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[No.21]
 呪われし王と王女[1]
【登場人物】
トロデ、マリア

 太陽が中天に差し掛かる頃。
その光の恩恵も届かぬ鬱蒼とした森の中を小柄な人影が歩いていた。
否、人ではない。
毛髪のほどんど無い頭、尖った大きな耳、そしてその森と同化する異様な体色。
「まったく、酷い目に遭ったわい」
 怪物は――トロデは彼の小柄な身体には大き過ぎるザックを腹の前で抱えなおし
小さく溜め息をついた。
 朝方あの太った男と出くわしてからもうずっと歩き通しだった。
いい加減足は疲労を訴えているし腹は空腹を訴えている。
それでも足を止めたらあの男が追ってくる気がして、ずっと無理を重ねていたのだが、
(そういえばあの男も怯えておったようだの)
 もしかしたら自分と同じ、殺し合いに乗る気の無い者――というか乗るだけの力の無い者だったのかもしれない。
 来た方を振り返ってみるが、道らしい道も無い森の中、
がむしゃらに走ってきたこともあって何処をどう走ってきたものだか見当もつかなかった。
それにこうも時間が経ってしまうとあの場に男が留まっているとも思えない。
折角の連れを得るチャンスを無駄にしてしまったようだ。
もっとも、この風体では信用してもらうのも難しいだろうが。
 大広間で目を覚まし己の身体を見下ろした時、彼は一度は解いたはずの呪いが
再びこの身に降りかかっていることに気付いた。
自分たちを拉致したのが自称大神官・ハーゴンなら、これも奴の手によるものだろう。
「魔物の姿ではワシのダンディさも半減じゃわい。
 あのハーゴンめもワシのダンディさに恐れを為したに違いない!」
 好き勝手に悪態をついて、トロデは座り込む。
 今まで必死に逃げてきたのが無為だと気付き、どっと疲れが押し寄せてきた。
そろそろ休まなければ身がもたない。
まだ支給品の確認すらしていないのだ、今後の為にも休息は必要だろう。
 何処か身を隠せそうな場所を探してきょろきょろと辺りを見回して、
「む?」
 木々の向こうに白いものがちらりと見えた気がして、トロデは目を凝らした。

 こちらに背を向けて、胸に何かを抱え込むようにして少女が座り込んでいた。
白いローブに秋桜色の頭巾、その下からは波打つ菫色の巻き毛が溢れている。
 緑一色の森には目立つ事この上ない色彩。
(ミーティアと同じくらいの年頃かのう)
 見るからに華奢な少女の背中を見遣り、トロデは思案した。
 自分はこの姿だ。下手に声を掛ければ逆に警戒されてしまうかもしれない。
だが、あのような目立ってはいずれ害意を持った者に気付かれ少女は殺されるだろう。
 行動を共にしてもらえるかはともかくとして、その危険性を指摘しなければ。
意を決し、トロデは声を掛けた。
「おおい、お嬢さん」
 弾かれたように少女は振り返り、怯えを浮かべた瞳がトロデを映すや否や。
少女は抱きしめていた杖を抜き放つとトロデへと向けた。

「出たわね魔物!ハーゴンの手先め!」

 杖の先端から火線が迸る。
 最初の一撃を避け切れたのはトロデのマジックアイテム知識の賜物だった。
暗黒神を封じた杖の封印を担っていた事や錬金釜の存在からも窺える通り
トロデーンは魔法技術に長けた国であり、その上トロデには旅で得た知識もある。
 彼女の杖が何であるかも、魔法の杖の前に立つ事の危険性も分かりきっていたし、
また少女が最初座っていたため攻撃が遅れたこともトロデの味方をした。

「ちょ、お待ちなさいお嬢さん!誤解じゃって……のわっ!」
 続く二撃目を避けられたのはひとえに幸運のためであった。
 想像を上回るスピードで放たれた二撃目に動揺したトロデは下草に足を取られ、
転倒したトロデの頭上を掠めるようにして火線が飛ぶ。
 転んだ際に打った腰をさすりさすり、立ち上がろうとしたトロデの視界にほっそりとした足首が映る。
 見上げれば、杖を高々と振り上げる少女の姿。
――三撃目。

「滅びなさい、世界の理を乱す魔のものよ」

 何か身を守れる物はないかと、トロデは咄嗟に前に抱えたザックに手を突っ込み、
最初に手に触れた何かを引っ張り出した。
 少女が杖を振り下ろす。杖の先端から炎が溢れ、トロデ目掛けて襲い掛かり、
だがトロデの目の前で火線は弾かれ、少女を掠めてその背後の木を焼いた。
 少女は驚きに目を見開き、トロデは己の手が取り出した物を見て歓喜の声を上げた。

「おお、これは――」

『おお、これはまた随分立派な盾じゃの!』
『ええ、陛下。これはミラーシールドといって、魔法反射の力を持つ盾だと――』

「――ミラーシールドではないか!
 くぅ、ここにアモールの水と魔法の聖水が無いのが残念じゃの!」
 錬金釜が無い以上、どのみち錬金は出来ないが。
そもそもそんな時間も余裕も無い。
 ミラーシールドの魔法反射の力は絶対ではない。
今は運良く弾き返せたからいいが、次も同じように上手くいくとは限らないのだ。
 今の隙を突いて逃げ出せれば良かったのかもしれないが、
反射のタネが盾にあると気付いたらしい少女は今はもう油断無く杖を構え、こちらの様子を窺っている。
トロデは覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った。
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