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[No.25]
 王女空を行く
【登場人物】
リア

―この狂った世界にも日は昇る。
薄雲に覆われた空が朝日に照らされていた。
しかしそれは偽りの光。
希望も勇気も沸きはしない、紛い物。

嗚咽混じりの小さな鳴き声を、冷たい空が聞いていた。
空に近しい、塔の最上階。
小さな居住がそこにはあった。

「ぐすっ…うっ…うう……」
サマルトリア王女、リア。
小柄な、愛らしい少女は部屋の隅で蹲って泣くしかなかった。
いきなり殺し合いの中に投げ込まれた衝撃は小さい物ではなかった。
恐怖と孤独で、小さな心と体は押し潰されてしまいそうで。
その肩を抱いて慰めてくれるあの人も、今はいない。
ただただ寂しさが募るばかりだ。

「お兄ちゃん……」
兄、ランドもあの場にいた。
リアは兄を慕っている。信じている。
普段は温厚で暢気な兄だが、きっと、きっと自分を助けてくれる。
兄はあの二人と共に、あのハーゴンを打ち破った。
きっと、今回も…にっくきハーゴンは倒される。
彼女はそう信じた。
その、信じる心が…彼女に一握りの勇気を与えた。
顔を袖でゴシゴシと乱暴に拭い、表情を引き締めてすっくと立ち上がる

もちろん、恐怖はある。
しかし、頼れる兄がこの世界にいるだけで少しは安心できた。

「お兄ちゃんは、のんきものだから…
 助けにくるまで寄り道するかもしれないもんね」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、ザックを開ける。
自分から行動しなければ、兄に会えないかもしれない。
一人での行動は多大に危険を秘めている。だが、じっとなんてしていられなかった。
何か、布のような物が入っている。
リアは大きなそれをザックから引きずり出した。

「あ、これ…風のマントじゃないっ!」
兄が旅の途中サマルトリアへ帰ってきた夜を思い出した。
兄の声を聞いた途端に大はしゃぎで彼の胸に飛び込んだことをよく覚えている。
お土産の一つもない、と頬を膨らませて苦笑いされた。
いなくなった兄を思い、寂しかった分甘えたかった。
こっそり兄のベッドに潜り込んだときは流石に怒られたが。

このマントは、そんな兄が見せてくれた物だった。
(―お兄ちゃん、これなーに?)
(こら、勝手に荷物を漁るなよ。…ああ、それはな。風のマント、って言ってな…)

兄はあのとき、話してくれた。このマントで鳥になったように、空を舞った、と。
(すごーい!いいなー…お兄ちゃん。空を飛ぶって、どんな感じ?)
(飛び降りるんだぞ?最初はビビったさ。
 だけど…空飛んでる最中は、怖いのなんてどっかに吹っ飛んでさ。すっげー気持ちよかったさ)
(…ねぇお兄ちゃんっ!あたしも、飛びたい!)
(ダーメ。お前には無理だって…高いとこ苦手なんだろ?)
(う…なによ〜、お兄ちゃんのケチっ!)
あの後、こっそり持ち出してお城の見張り塔で落っこちかけて、大騒ぎになったっけ。
くす、と笑う。
なんだか、マントに包まれていると兄の温かさを思い出した。
「お兄ちゃん…待っててね!」

ザックをしっかりと胸に抱え、少々大きめなマントを纏って塔から身を乗り出す。
眼が眩みそうなのを必死に堪え、目標を確認する。
北西の方角、村が見える。
兄は目的地に向かう前に寄り道する。
あそこに行くかもしれない…
勇気と兄への思いを持って、リアは空へ一歩を踏み出した。

「……?」
広がるのはお腹の下辺りに浮遊感。
凄い勢いで塔の外壁が上から下へと流れていく。
落下。
「きゃあああああああぁぁぁっ!!!」
風をうまく掴めなかったのかマントはしぼんだままだった。
ああ、ここで死んでしまうのか。
せめて兄に一目、会うことすら許されないのか。
ぽろぽろと涙が流れては空に飛んでいく。

(さよなら……お兄ちゃん……)

風の精霊は気まぐれと、どこかで聞いた。
確か、楽園とその為に闘う戦士の物語だったか。

建物の側でたまに起こる風の悪戯が、偶然にも彼女の命を、身体をすくい上げた。
鋭い風が上昇を誘い、彼女は風と一つになった。
「……あたし……飛んでる?」
下に広がるのは平原。見事北西への風に乗り、彼女は空を行く鳥と化したのだ。
「…あははっ、や、やった!やったやった〜!!
 バンザーイ!!…あっ」
不運。
ザックの蓋がきっちりと閉まっていなかったのか、彼女の支給品の中に入っていた一振りの剣。
するりと抜け落ちたそれは、遙か下へ真っ逆さま。

「あ、あーーっ!」
慌ててザックを抱え直すがもう遅い。幸いにも他の荷物は落ちていかなかったようだ。
もう落ちた剣は見えなくなってしまった。
「あーあ……
 なんか大事な物落としちゃったかも……」
武器のようだったし、兄に渡してあげたかった。
(でも、そんなことより……お兄ちゃんを見つけなきゃっ!)

空を行く彼女は、怖さを忘れてしまっていた。
そう、兄の言葉の通りに。
空を飛ぶリアは、兄のランドもこんな気持ちだったことを理解して、喜びの中にいた。

一方。
落ちていったその剣が、とんでもない剣だったことを。
彼女は、全く知らなかった。
【D-2/草原の上空/午前】

【リア@DQ2サマルトリア王女】
[状態]:健康 マントで飛行中
[装備]:風のマント
[道具]:支給品一式(不明の品が1〜0個)
[思考]:兄に会うため、レーベへの道を空から探す

※『はかぶさの剣』がマップD-2のどこかに落下しました。
※はかぶさの剣…破壊の剣の威力とはやぶさの剣の二回攻撃を併せ持つ。
 一度手放してしまうと効力を失ってしまう。

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