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[No.30]
 想いを背負い生者は歩む[1]
【登場人物】
エイト、アリーナ、ドランゴ

 二人がそこに駆けつけた時、炎は既に鎮まっていた。
遠目にはぼろのようにも見える無造作に打ち捨てられたそれは、
土埃に汚れ、焼け焦げてはいたが、まだ十分に元の形を留めていた。

 胴に幾筋もの傷を負い、脇腹の爆ぜ、焼き爛れた老人――いや、老人『だったもの』。

 それを見てとって、エイトは父とも慕う大恩ある主君を、
アリーナは口やかましいがその実深い愛情をもって、
幼い頃から自分を見守っていてくれた老魔法使いを想い、目を逸らした。
 それほどに酷い有様だった。

「……なんで」
 拳を握り締めるアリーナの声は震えている。
「なんで!?誰が、なんでこんな酷いことを!」
「ゲームに乗って、生き残りたいからでしょう」
 淡々と答える声が腹立たしくて、アリーナはぶつける言葉を探しながら傍らの少年を睨みつけ――言葉を失って俯いた。
「勿論、だからと言ってこんなことが許されるとは思いませんが」
 冷静さを装って言葉を紡ぐエイトの瞳は、だが怒りと焦燥に燃えていた。
色を失うほど強く、唇を噛み締める。

(まただ)
 思い浮かぶのは、あと少しで手の届くところでみすみす殺させてしまった老婆の姿。

(いつも、あとほんの少しのところで、僕は間に合わない)

 やがて、どちらともなく埋葬の支度を始める。
だが胴の一部が半ば炭化し、抉られた遺体は下手に動かしては崩れてしまいそうで、
また二人の支給品には穴を掘るのに適した道具は無かった。
雷神の槍は優れた武器だが、当然ながら穴を掘るにはまるで向かない。
 埋葬は諦めるほかなかった。
せめて胸の上で強張った手を組ませ、断末魔の苦痛に見開かれた目を閉ざす。
 今出来る精一杯の弔いだった。

「……土の中で眠らせてあげる事も出来ないのね」
「土に還すことが出来なくとも、このまま放って置くよりは焼いて天に還した方がいいかも知れませんね。
 アリーナさん、火炎の呪文の心得は?」
 エイト自身は火炎呪文の心得があるが、いかんせん呪文は得手ではない。
自分一人で天へ届くほど強い炎を呼び起こすことが出来るかは疑問だった。
 アリーナは黙って首を振る。
何も出来ない歯痒さと怒りでどうにかなってしまいそうだった。
(息せき切って駆けつけたのに、助けることも、満足に弔うことも出来ないなんて)

「――『祈りなんて、ただの気休めだ』」
 不意に、ぽつりとエイトが呟く。
「え?」
「以前、僕の仲間が言っていたことです。
 祈りを捧げたところで誰が助かるわけでもない、こんなのは自分の気休めだ。けど」
 記憶の糸を手繰りながら、とつとつとエイトは語る。

 そう。今こうして名も知らぬ老人の弔いをしているのだって、ただの気休めだ。
そうしたところで老人が生き返るわけでも、間に合わなかった事実が変わるわけでも、
他の誰が救われるわけでもない。
 でも。

「何も出来なかったと、後悔に足をとられて立ち止まるよりはマシだから、
 何の役に立つでもない気休めでも、何かをして、前を向けるようにならなきゃいけないんだ、って」
 己に言い聞かせるかのような口調。
彼の唇が未だ固く噛み締められたままであることにアリーナはようやく気付いた。

(ああ、エイトも辛いんだ)
 自分の気持ちで手一杯だった時はそんなことにも気付けなかった。
(駄目ね、アリーナ。あなたの長所は前向きなところだって、いつも皆言ってくれたじゃないの!)
 胸を張って前を向いて、この馬鹿げたゲームを潰すために突き進まなければならない。
あたしはまだ生きてるんだから。
 それがきっとこの人が守りたかった誰かを助けることにも繋がるから。

「――いい台詞だけど、ちょっと罰当たりね?」
 軽口を叩く。まだぎこちなかったけれど笑うことが出来た。
 つられたようにぎこちなくエイトも笑う。老人の遺体のことだろう、何か言おうと口を開き、
 ――ずしん。
 大地が揺れた。
 草原の彼方、何か小山ほども大きなものが恐ろしい速度でこちらに向かって移動している。
 緑に溶け込む鱗に覆われた体、携えるのは巨大な戦斧。
いかにも恐ろしげな乱杭歯に、アンバランスな愛嬌のある丸い目――

「……ドランゴ?」
 小さな呟きが漏れた。

 時は遡り。
 ふんふんと地面を検分し、時折鼻を差し上げ風の匂いを嗅ぎながら、どれくらい歩き続けた頃か。
ドランゴは悲しげに鼻を鳴らした。
(テリー、何処にいるの?)
 彼を捜し、歩き出したはいいものの、今に至るまで何の痕跡も発見出来ずにいる。

(こっちじゃなかったのかしら)
 そもそも最初に歩き出す方向を誤ったのかもしれない。
戻ろうか、どうしようか。
ドランゴは迷い、一先ず判断材料を増やそうと風に鼻を寄せ、
(あら?)
 彼女の敏感な鼻はそれに気付いた。
何かが――おそらく人が、焼ける匂い。
振り向くと遠くに煙がたなびいているのが見えた。
 それはちょうどドランゴが歩いて来た方角。
(誰かが戦っているの?……あのおじいさんは大丈夫かしら)
 よもやその煙がその老人から上っているものとは夢にも思わず。
迷った揚句にドランゴは戻る方を取った。
(テリーは最強を目指す剣士ですもの。戦いがあれば自ら赴くはずだわ)
 人の足には大分遠い距離だったが、人より身体が大きく、脚力もある彼女にはどうという距離でもない。
 立ち上る煙を目印に一目散に駆け戻る。小一時間も走った頃、目的のものが見えた。
 横たわる人間ほどの大きさのものと、人影二つ。
ドランゴのいる位置からはそれしか分からない。彼女はあまり目がよくなかった。
 片方はやけに頭が尖っていて、風が吹くと赤い髪がそよいで揺れる。
恋敵の小娘のことを思い出してドランゴはなんだか不機嫌になった。
 そしてもう一つ――
「……ドランゴ?」
 若い、響きのいい男の声。
(テリー?テリーなの!?)
 嬉しさのあまり口から炎を噴き出しながら、ドランゴは声の主に向かって突進した。

 脇目も振らず、こちらに向かって突進してくる魔物。
その携える巨大な刃と、口から吐いた炎を見、アリーナの疑いは確信に変わった。

 ぱくりと開いた幾筋もの切り傷と、焼け焦げた身体。

(こいつが、あのおじいさんをっ!)
 拳を固め、いつでも跳び出せるよう体勢を低くする。
「……!アリーナさん!?」
 突然現れた魔物に気を取られていたエイトが制止する間もあらばこそ、
魔物の喉下目掛けてアリーナ渾身の蹴りが飛ぶ。
 鱗の少ない柔い部分を狙われて、堪らず魔物は吹っ飛び、
苦悶に身を捩りながら、ぱちぱちと困惑に目を瞬いた。

「アリーナさん、突然何を!?」
「退きなさい、エイト!――とどめ!」
 狙うは身を捩ることで露出した腹。
とん、と大きく三つ後ろに跳んで距離をとり、アリーナは速度の乗った拳を繰り出し――
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