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[No.7]
 約束の…[1]
【登場人物】
レックス、バーバラ、アルス

 日が昇ったばかりの城内はまだ暗闇の余韻が残っている。
バーバラは足音を立てないよう慎重に内部を探索していた。
 アリアハン城、一階。
まったく人気のない不気味な王宮に一人でいるのは、たまらなく心細い。
足がふるえてブーツがカタカタ音がしそうで怖い。
近寄ってくるものは、みんな敵。
頭がどうかなりそうだった。

 支給品は短剣(アサシンダガー)と棘のついた鞭、それに見るのもおぞましい色をした
毒薬ビンだった。
それらをぎゅっと握り締めてあてもなく城内をうろつくバーバラ。
自分に人殺しなんかできるわけがない。
こんなものをあてがわれたって、やりたくないものはやりたくない。
どうしてこんなゲームなんか……

ガタン。
近くで物音がした。
バーバラは青ざめて、そばにあった戦士の像の陰に隠れた。
まさか、もう誰かに気づかれてしまったのか。
泣きたくなりながらも、懸命にこらえて短剣と鞭の使い方を頭の中で思い浮かべる。
もし相手が襲ってきたら闘うしかない。
自分の身を守るにはこれしかないんだ。
バーバラは何度も自分に言い聞かせる。
やるしかない、やるしかない。
心の中でくり返しても怖さは一向におさまらない。
むしろ増幅する一方で、心臓が破裂しそうなほど緊張している。
思わず声が出そうだった。
誰かが私を狙っている……。

「……」
がらんとした部屋内をじっと見つめたまま、しばらく経った。
大体三十秒ぐらい?それとも一分?
ぷはぁっ、と息を吐く。
自分でも聞こえないくらい小さく、体を強張らせながら。

「ねえ」
「きゃああっ」

バーバラは絶叫してしまった。
ちょうど右のほうをちらりと見た瞬間、左側から声をかけられたのだ。
「あ、あ、あ……」
「心配しなくていいよ、僕は子供だもの」
突然あらわれたのは、金髪をした十歳くらいの少年。
安心させようというのか、屈託の無い笑みをうかべてバーバラを見つめていた。

「おどろいた?」
「そ、そりゃまあ。いきなりすぐ横にいるんだもの」
バーバラは責めるように言いたてた。
それにしてもいったいいつの間にここに現れたのか?
まるでいままで気づかなかったが、少年は気配を消していたとでも?
もしかしたらこの子供……

バーバラの疑念をよそに、少年は笑顔を崩さないでいた。
どこにでもいそうなやさしくて感じのよい少年。
きっと普段は家族や友達とたわむれたりしながら、いい生活をしているのでは
ないだろうか。

きっとこんな子供なら、まさかゲームに乗ってることはないだろうと思ったので
ひとまず気を落ち着かせた。
少年は笑顔を崩さずにバーバラの前にしゃがみこむ。
「どうして隠れたりしたの?」
少年はあけすけに訊く。
「どうしてって、もしあんたが悪いやつだったらどうするのっ。誰が敵かだなんて
 わからないじゃない」
すると少年は笑顔のままでつぶやいた。
「僕が、悪いやつ、ねえ」

少年は急にバーバラの腕をとって引っぱり出す。
「ねえ、さっきあっちでさ。誰かが悲鳴をあげてたけど、行ってみない?」
「え、そんな音したっけ」
「したよ。きっと悪いやつが誰かを襲ってるんじゃないかな。ねえ助けに行こう」
バーバラは少年の力が妙に強いことに動揺したが、本当に襲われている人がいるなら
確かに放ってはおけなかった。
殺し合いなんて嫌だけれど、人助けとなればまた話は変わる。
勇気を出して行ってみるしかないのかもしれない。
一度深呼吸してみる。
「……案内して」
バーバラは少年の後を追って廊下を進んでいった。

 少年が案内したのは地下への階段だった。
「あっちって、地下のことだったの?」
少年はうなずいて階段を下りていく。
そんなに確かめもしないで暗がりに入っていくのに、まるで心配もなさそうに
彼は悠々と進んでいく。
バーバラは不自然なものを感じずにはいられない。

おかしい、何かがおかしい。
バーバラの疑念は深まっていく。
まるでこんな恐ろしいゲームを怖がってもいない。
せいぜい十歳かそこらの子供が。
そしていくつもの牢の前を通り過ぎていくうち、
ふと前を歩いていた少年が突然消えた。
「え――」
バーバラは辺りを見渡した。
やはり姿が見えない。
今、彼の背中を見ていたのは確か。
それが一瞬で――

キィン

かすかに響いた音。
この地下のどこかで、確かに音がした。
バーバラは音の正体を確かめたい気持ちに駆られて、歩んでいった。
ここから逃げ出したい気持ちは当然ある。
けれども、バーバラには根っから好奇心旺盛なところがあって、
それが彼女を突き動かした。
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約束の…[1]
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