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いくつものさよなら

いくつものさよなら


登場人物
エイト(DQ8)、アリス(DQ3)、竜王アレン(DQ1)、マリア(DQ2)、アレフ(DQ1)、フォズ(DQ7)、ピサロ(DQ4)


 
─なんて顔をしているんだ、僕は
 

血に澱んだ水面に写るのは、今にも泣き出しそうな顔。
紅で埋め尽くされる水底に消えゆくのは、生の欠片も感じられない顔。
その二つのどちらもが、彼の心を騒ぎ立てた。
 

─どうして震えが止まらないんだ
 

手に残る、肋をすり抜け肉を貫き命を奪ったその感触。
穂先に残るのは、己が血と同じ朱。

(とうさん。僕は)

全てが自分に、決して消えぬ十字架を負わせたように感じられる。

(人を殺めました)
 
 
 
居ない仲間を、居ない父を思い、彼―エイトは眼を静かに伏せた。

「…リス…アリス……!」
「………ん……」

アリスのまどろみに霞む視界に写ったのは、相変わらずの曇天。
自分の名を呼ぶ声に、呼び覚まされた。

(私は……確かあの鏡を…)

太陽の鏡の放つ光を、あの男に浴びせたところから記憶が無い。
そう、キーファと切り結ぶあの男に。

(そうだ、キーファさんがまだ闘って…!!)
「……!!」

数瞬遅れて、覚醒する。
思わず起き上がろうとして、左腕で身体を持ち上げた。

「つっ!…………?」
「だ、駄目です急に動いては…!」

マリアに制止されるものの、不思議と身体に痛みは訪れない。
むしろ、身体には失われたはずの活力が満ち溢れている。
戻らないかと思われた左腕の自由も、今は利いているのだ。

「あ、あのっ、キーファさんは…っ!」
「ここだ」
マリアとアリスが振り向いた先には、キーファが居た。
顔は土と埃に塗れ。
紅い服は所々がズタズタで。
剣を握ったままの腕はだらりと下がり。
僅かに血の雫を滴らせながらぐったりとしたキーファは、アレンに背負われてそこに居た。

「き……」
「キーファさんっ!!」

駆け寄る二人の少女の前に、キーファはそっと横たえられる。
触れると、恐ろしく冷たい。
アレンは眉を顰めて、首を横に振る。

「キーファさん……!」
「……そんな……!!」

事切れていた。
倒れ臥しながらも、剣は決して離さずに。
衣服だけでなく、身体中を紅に染めて。
だが、苦悶の表情は浮かんでいない。
ほんの僅かだが、安らかな笑みを浮かべてすらいる。
彼は、血と刃に塗れながら、何を思い逝ったのだろうか。
彼らの眼の届かぬところで、炎の如き生命を燃やし尽くした一人の戦士は如何に命を落としたのだろうか。

「……眼を背けるな」
「…アレンさん?」
「……」

二人の少女の目の前で、アレンはじっとこの凄惨な光景を見つめていた。
そしてその視線は、キーファの手に注がれる。

「こやつの手を見ろ」
「え……」
「手が、剣に喰らい込んで離れておらぬ」

アレンの言うとおり、キーファは固く剣を握り締めたまま倒れている。
ボロボロの手袋は擦り切り、突き破り。
掌をも突き破かんばかりの力で、握られていた。
剣の柄はすっかり血が刷り込まれていて、黒ずんでいる。
その跡が、生命を、魂を込めた剣だと語っていた。

「…最期の最期まで、あやつと闘い抜いたのだ」
「……ええ。私は見ていました。彼が闘っているのを……」
「……アリス」
「……ただ……見ていることしか……」

アリスは唇を噛み締めた。
震える拳を握り締めた。
事実、キーファがたった一人抵抗する中、彼女は身を起こすことさえ叶わなかったのだ。
あそこで共に立ち上がり、マルチェロを討てていれば。
「キーファ、か。見たところ、こやつを庇ったのはアリス。おぬしであろう」
「え……」
「その血の跡が物語っておるわ」

アレンの示すとおり王者のマントの黄金は、既に赤で埋め尽くされている。
未だ乾かぬそれは、先程受けたはずの傷の深さを物語った。

「最期の最期まで、戦士として戦い抜けたのはおぬしのお陰……きっと冥利に尽きたことだろう」
「……」

アリスは俯き、己が胸に手を当てる。
戦い抜き、皆を救ってくれたことへの、感謝から。
 
(キーファさん……ありがとう………)

天を仰ぎ、ギリリと歯を食い縛る。
こうも優しい人を死なせてしまった、後悔から。

(そして、ごめんなさい)

気にすんな。
キーファのそんな明朗な声が、再び響いたような気がした。
 

「……足らぬな」
「え?」
「あと、3人。あの青服の男も居らぬ」

そこまで言われてアリスは気がついた。
エイトが、トロデが。
マルチェロも、いない。

「まさか、堀に?」
「…!あの血は…」

キーファとマルチェロが相見えていた場所。
そこには血溜りが大きく広がっていて、激戦を思わせた。
3人はキーファの傍を一度離れ、血の臭い立ち込める中を通り過ぎる。
そしてそのすぐ傍、堀の中を覗き込んだ。

「ひっ…」
「これは…!!」

澱んだ水に、巨大な血膜が広がっていた。
尋常で無い出血量に、マリアの顔がひきつる。

「…見ろ」
「え?」

アレンが示したのは、覗き込む自分達のすぐ傍。
まだ新しい、水に濡れた足跡が点々と続いていた
(─とうさん)

エイトは、アリスたちから見て北西部。
崩れ落ちた教会が、堀を挟んで見えている。
瓦礫の中に突き刺さる薄汚れた十字架が、自分の背中に圧し掛かっているように感じた。

(短い間だったけど、息子と呼んでくれてありがとうございます)

手には、槍は無い。
どこかで落として来たようだ。
でも、もうどうでもよかった。
誰のためにそれを振るえばいいのか、わからないから。

(僕が、そっちに行ったら)

代わり握られるのは、鳥の羽を模した短剣。
父の遺した刃だった。

(また…そう呼んでくれますか…?)

切っ先をくるりと回す。
向いたのは、喉。
無防備な喉に向け、刃は迫り─
 
 
 
かいしんのいちげき!
 
「…はぁっ…!!!はぁっ…!!!エイトさんっ……!!!!」
「……」
「あなたは……あなたは……!」

刃は阻まれ、かしゃんと落ちる。
アリスの拳は、ダガーを跳ね飛ばし、エイトを瓦礫に埋めていた。

「……何をしようとしているんですか、あなたはぁっ!!!」

足跡を点々と辿ってみれば、落ちていたのは血染めの槍。
そして自分達から身を隠す必要があるのは、ただ一人。
アリスは最悪の結末を想定してたまらず二人を置いて駆け出し─そして広がった光景がこの有様だった。

「何とか…言ってくださいっ!!」
「……」

瓦礫の中のエイトを引きずり出し、胸倉を掴んで揺さぶった。
しかしその瞳はひたすら暗い。
無表情の奥に隠された深い悲しみが漏れ出でたかの如く。
漆黒の渦のように、その闇は深かった。
 

「…トロデさんですか」
「……」
 

彼の敬う父の名を出した瞬間、顔色が僅かに変わった。
瞳は、少し色濃くなる。
 

「トロデさんも……亡くなったんですか?」
「……」
 

エイトの口は、開かない。
エイトの視線は、動かない。
しかし表情に、険しさが宿る。

「……トロデ、さんが…私達を、救ったんですか…?」

エイトの唇が、色を失うほど噛み締められている。
死の危機に瀕していた自分達を救ったのは。
天空から降り注いだ奇跡の光を齎したのは、一体誰だったのか。
全てが、一つに繋がった。

「ならば…ならば!!」
「……」
「何で救ってもらった命を…捨てるような真似をするんですか…ッ!!!」
「……から」
「?」
「…守れなかった…から」

暗く澱んだ瞳のエイトは、独り言のように小さく呟く。
埃に塗れた顔を、涙が一筋洗い流した。
ぽつぽつと、エイトは語り出す。

「僕は、物心ついた頃から陛下のお傍にいさせていただきました」

エイトががくりと俯いた。
一筋の涙は、大粒の雫に変わり、足元に落ちる。
すすりなくようにエイトは続ける。

「陛下は僕を……最期に、息子、と、呼んでくれ、ました」

アリスの手が震える。
エイトはもはや、主君を失ったのだけではない。
大切な家族を失ったのだ。
自分と同じく、父を失ったのだ。

「とうさんは僕の、全てだったんです」

アリスの手が、緩む。
エイトはがくりと脱力し、膝を折り、崩れ落ちた。

「僕は全てを失った」

マリアとアレンも、いつの間にか駆けつけてそこに立ち尽くしていた。
しかし、かける言葉が無い。
両者の様子に、口を挟めずにいた。

キーファ。
トロデ。
この闘いでの喪失は、余りにも大きかった。
それきり皆が皆、沈黙する。

「……僕は……」

しばらくして、沈黙を守っていたエイトの口が、静かに開かれる。
マリアは涙ぐみながら、アリスは拳を固めながら。
俯いたままのエイトが零す、震える言葉に耳を傾けた。

「…僕は、とうさんを守れなかっただけじゃない」

カタカタと、震えのとまらぬ掌を見つめながらエイトは次の言葉を紡ぐ。
今にも砕けて、壊れてしまいそうな声だった。

「憎しみに任せて、人を殺めもしました」

両方の掌が、顔を押さえる。

─そう。
自分の意思で、自分の憎しみで。
マルチェロはククールと血を分けた家族だったのに。
ククールがいつだって大切に思っていた、兄だったのに。
仲間の大切な人の命を奪ったことが、彼の心をさらに蝕んだ。

「とうさんを守るための槍で、僕は人を殺めてしまったんです…!!」

身体を震わせ、嘆きを口にした。
主を失い、父を失い。
兵士は嘆いた、子は泣いた。
今にも壊れてしまいそうな。
今にも崩れ落ちてしまいそうな。
そんな心を抱え、エイトは果てしない苦しみにもがく。
「もう、僕に生きのびる資格なんて…」

全てを終わらせる、絶望の言葉が零れ出る。
だが。
彼の言葉を遮るように、アリスは彼の右手を取った。
マリアもまた、彼の左手を握った。

「…エイトさん」

アリスが口火を切る。
両の手でしっかりとエイトの右手を握った。
エイトの冷たい掌に、手袋越しにアリスの暖かさが伝わる。
エイトは、ゆっくりと顔を挙げ、彼女らの瞳を見た。

「あなたと、そう時間を重ねていない私が言うのもおかしな話ですが」

握る手に、力が篭った。

「あなたはそんなに弱い人じゃない」
「……そんな」

まっすぐな瞳が、エイトの心を揺るがした。
アリスとて、目の前で尊い命が奪われたのだ、悲しいに決まっている。
勇者として守るべき命の灯を、2つも消されたのだから。
そんなアリスを知ってか知らずか、エイトはひどく胸が締め付けられた。

「…僕は憎しみに支配された……だから…!」
「いいえ」
マリアが、遮る。
トロデの傍に、ずっとマリアはいた。
エイトと、アリスと同じく、トロデを父のように思い慕ってすらいた。
だからこそ、今マリアの瞳からは涙が毀れているのだ。
握られた手に、涙が滴り、落ちた。

「私もかつて父をハーゴンの手によって失いました」
「!!」
「憎しみに…囚われ、荒んだ心で旅路を歩んだ日は…忘れません」

父を奪われ、姿を奪われ。
焼け落ちる国を見て、復讐に心囚われたあの日を、思い出す。

「確かに、人は憎しみから逃れることは出来ません」

マリアはさらに思い出す。
傷つき、歪みつつあった心を少しずつ解かした二人を。
強き王子、優しき王子を。

「…ですが私には、素晴らしい仲間がいました」

アレンの優しい言葉に諭された日もあった。
彼の背中を借りて、涙した夜も。
ランドの冗談に笑みを浮かべた日もあった。
彼の暖かい手が、涙を拭ってくれた夜も。

「私、変われたんです」

一息飲み込んで、マリアは続ける。
彼女の仲間、その輝かしい思い出を思い返しながら。
少しずつ、エイトは纏わりつく闇から逃れつつあった。

「憎しみからは逃げられません…でも、囚われずに、輝ける生き方を見つけることはできます」
「……」
「マリアさんの言う通りです……私も、かつて目の前で父を失いました」
「!!」

エイトの力無き手が、握られた。
 
 
(ああ、マリアさんも)
 
 
エイトの震えが、弱まった。
 
 
(アリスさんも)
 
 
荒い呼吸も、落ち着いた。
 
 
(辛かったんだ)

アリスはさらに、続ける。

「そのときは…今のエイトさんのように、悲しみ、絶望し、荒みました」

アリスは深く思い出した。
父の勇姿を、父の最期を。
サマンサも、フィオも、デイジーも。
そして自分も何故か止めには入れなかった。
大魔王の目前で虚ろになったその心。
涙を流し、怒りに燃え、仲間を置いて走り出してしまった。

「自暴自棄になって…自分の命すらどうでもいいとまでも思ってしまいました」

たったひとり。
全てを仇のキングヒドラにぶつけ、アリスは鬼と化したように荒ぶっていた。
叫び、血に染まりながらの五ツ首竜との激戦。
自分の身を省みることも無く、ぼろぼろになり、父の後を追うことになりかねなった。
ヒドラの牙に、噛み砕かれそうになったそのときに。

「でも」

メラゾーマが、ヒドラの顔面を焼き潰した。
暖かなベホマが、アリスを包み込んだ。
鋭い剣光が、迫り来る首を刎ねた。

「仲間がいました。仲間が救って、くれました」

サマンサが共に泣いてくれた。
フィオが、頭を撫でてくれた。
デイジーは、肩を抱いてくれた。

「私、仲間に救われたんです。悲しみから救ってもらったんです」

「でも…」

エイト瞳に涙が滲む。
口が、悲しみに歪む。

「…もう誰も!!僕には、僕には誰も…!!!」

エイトが面を上げ、強い語調で返した。
二人は、穏やかな表情のままでエイトをじっと見つめる。

「…誰も…!」

"今の貴様はひとりきり"

マルチェロの言葉が、再びちくりと胸を刺した。
ひとり。
そう、トロデも失い…今では本当に、一人だ。

「いいえ」
「あなたはひとりではありません」

マリアは、エイトに女神のような微笑みを与えた。
アリスは、エイトに太陽のような眼差しを向けた。

「私達が…います」
「ええ!」

優しい言葉は、心を溶かす。
暖かい手は、心を解く。
二人の言葉が、エイトの眼に微かな光を取り戻した。
自分にはこうして励ましてくれる仲間がいる、自分を信頼し送り出してくれた仲間もいる。

(こんなところで…腐っていたら)

"ようやくワシにも覚悟ができたぞい。エイトよ……娘を……ミーティアとトロデーンを頼むぞ"

トロデの言葉が、頭の中に蘇る。

(……合わせる顔なんか、無いじゃないか…!!)

失われていたエイトの光が、瞳に再び煌いた。
握られた手に力が篭る。
エイトは皆の顔を見上げ、ぎこちなくも、僅かに笑った。
二人の少女も、顔を見合わせ笑い合う。
溢れかけの涙は、一滴零れて本当の笑顔を生んだ。
 
 
アレンはその後ろで、じっと三者を見つめていた。

(互いが互いを、支え合う。互いが互いを、信じ合う…)

ひとりが皆のため、皆がひとりのため。
団結の力、人の強さ。
彼の愛した人間達の力を見て、竜の血族は笑みを浮かべた。
しかし、どこか空虚な寂しさも同時に感じる。

(親…か。ワシは…)

自分は誰かの情に触れ、共に育んだという経験が無い。
ローラを求めたのも、今思い返せばそれ故かもしれなかった。
友と認めたトルネコが息絶えたとき、そのときすら涙は流れなかった。
皆と同じ、熱い涙を流せぬことに、アレンは後ろめたさを感じずにはいられなかった。

「…さあ、キーファを…皆を、そのままにはしていられぬだろう。行くとするか……」

アレンは皆を促し、踵を返した。
寂しさを気取られぬように、気持ちを押し殺して。

再びキーファの所に舞い戻り、エイトは深く頭を下げた。
彼もまた、自分の支えとなってくれた大切な友人だった、と思っている。
自分らの命を守ってくれた、命の恩人でもあった。
血と埃に塗れた顔を拭い払う。
現れた顔面は、色を失い冷たかった。
アリスが、彼の背後から歩み寄った。
マリアもまた、十字を切って恩人であるキーファに祈りを捧げる。
隣でアリスも一頻り祈り、傍らに外して置いた星降る腕輪とメタルキングの剣を拾い上げる。

「キーファさん。あなたの誇り…私が継ぎます」

剣の柄には、血の跡がくっきりと残っている。
アリスはキーファの戦う姿を思い出した。
炎のように燃え盛り、闇を打ち払う。
アリスは、憧れの念すら抱くほど、燃え上がる炎が眼に焼きついていた。
あの闘いでは、キーファの魂が燃え盛っていたのだと錯覚するほどに。
決して絶えぬ希望の炎─さながら、太陽のような輝ける希望の存在に、勇者としての高みを重ねていた。

「私も、あなたのように輝ける勇者になりたい」

鞘に収め、剣を背負う。
今までとは違うずしりと重たい剣の重みは、キーファの遺志をそのまま背負ったように感じられた。

「…アレンさん、一つお尋ねしても」
「うむ」

瓦礫の中から、騒乱で散らばった道具を探し出す作業の最中、エイトはどこか同じ雰囲気を感じるアレンに声をかける。
マルチェロの決死のグランドクロスは、瓦礫を生み出し土を巻き上げ、作業はやや難航し、既に数刻も経ったのではないだろうか。
城は、もはや原型を留めていない。

「─あなたは『竜神王』という人物をご存知では?もしくは、『竜神族』という種族に…心当たりは」

エイトが気にしているのは、アレンの本性である竜の姿。
竜形態での姿は、エイトの見た竜神王の最終形態「永遠の巨竜」の姿に酷似していたのだ。
そこから、彼は竜神王に縁ある者、ないしは竜神族のひとりかもしれないと、推測したのだ。

「…いや、知らぬな」

しかしアレンに思い当たる点は無い。
いや、彼は自分を知らないのだ。

「知らぬ、というよりは覚えておらぬ、と言ったほうが正しいかもしれん」
「え…」

「ワシは、己の生まれを知らぬ。親すらわからぬのだ。だから、お前の言うとおりなのかもしれんが、そうではないかもしれんのだ」

だが、話をしながら、ふと思い当たったことがあった。
この地に降り立って、自分が最初に握った剣。
その名は『竜神王』の名を宿してはいなかっただろうか。

「…しかし、だとするとワシが『竜神王の剣』とやらを引き当てたのは…何か故あってのことなのかもしれんな」
「…あなたが、あの剣を?」
「うむ」

エイトが思い出したのは、数刻前にナジミの塔で見た遺体だ。
彼を斬ったのはその剣、元の持ち主である彼には確証が持てている。
加えて、彼にはククールの物であるマントが被せられていたことも思い出した。

「…塔の下で、彼を斬ったのは…やはり…あなたですか?」
「『彼』……フ、あやつのこと、か」

アレフの言葉もあり、彼のことはもはや不審には思ってはいない。
しかし、彼の根底を揺るがした人物であると、アレフが匂わせたために気になっていたのだ。
いったい、彼…『アレン』と、目の前の『アレン』に何があったのか。

「…あやつは」

"あなたは人間を愛した"

「あやつは、ワシに…」

"お願いです。僕たちに力を貸してください……人と……力を……"

「人と生きる道を選ばせてくれた……いわば恩人よ」

竜王は、この地での自分を変えた全てを辿るように語る。
命を賭けた決闘。
放たれた矢、救われた命。
奪えなかった乱入者の命。
立ち尽くす敗者、倒れた勝者。
失った名を、彼の名『アレン』で埋めさせてもらったことを。

「そう、だったんですか」
「出来れば、きちんとした決着をつけたかったものだ…」

遠き天に、叶わぬ願いを投げかける。
受け継いだ思いを、確かめるかのように。

「それと…」
「?」

遺体には真っ赤なマントが被せられていた。
アレンの話と照らし合わせ、エイトは、その乱入者が自分の仲間、ククールであると説明する。
そして、そのアレンの命を奪う原因となった矢のことも、エイトは言及した。

「ククールがアレンさん…ああ、『その』アレンさんの命を結果的とは言え、奪ってしまったようなものです…」
「……」
「…すみません」
「……あやつも、マリア達から人となりは聞いた。恐らく、お前と同じ事を言ったのだろう…な」

ククールの届かぬ謝罪は、エイトが繋いだ。
『ふたりのアレン』へ今再び、謝罪の念は伝わった。

「…お前の仲間だったのだな?」
「ええ。大切な、仲間…です」
「ここ、アリアハンにそやつは眠っている」
「え…」
「……ワシが弔った…行ってやって、くれ」
「はい…ありがとうございます」

亡き者の遺志は潰えはしない。
生ける者の思いが、繋がっている限り。
二人の竜の血を引く者は、死者への祈りを心に抱えた。
 
 
ひとしきり時間が経過し、各々協力して荷物を纏めた。
ファルシオンの意識も回復しており、そろそろ宿へと舞い戻ることにした。
しかし、キーファを置き去りにはできない。
共に乗せていこうとアリスが提案し、皆も賛同したのだった。
トロデも探そう、とマリアは訴えたのだが、エイトが制する。
悲しげな笑みを湛えたまま首を横に振った彼に、マリアはそれ以上何も言えなかった。

「エイト、アリス。天馬はそなたら二人が乗っていけ」
「良いのですか?」
「構わぬ…ワシには」

そこまで言って、アレンは数歩退いた。
見る間にその影が巨大な物へと膨れ上がる。

「己ノ翼が有ルカラナ」
「…わ、わかりました」
「お先に失礼しますね」
「お気をつけて」

エイトは近衛兵、加えて主君の娘は呪われて馬の経験がある。
だからというわけではないが、それ故扱いも手馴れたものだった。

「ではアリスさん、落ちないように」
「は、はい」

エイトが手綱を力強く引き、天高くペガサスは飛翔した。
アリスはその背にぎゅっとしがみつく。
先程の叱咤の主が、やけに小さく感じられてエイトは苦笑する(もっとも、彼の背中には跡が残ったらしい)
暗き空ではあったが、エイトの心は先程よりもずっと穏やかだった。

「エイトさんも…そして、アリスさんも。立ち直ってくれそうです」
「…オヌシモ、ナ。サア、乗レ」
「……ええ」

竜の確かな優しさに、暖かさを感じ笑みを返す。
遅れて竜も、天を駆けた。
その手にマリアと、動かぬキーファを乗せて。

宿─いや、『宿だった所』は何一つ変化していない。
散らばる瓦礫、横たわる二人。
時間が止まってしまったかのように、そのままだった。

「……」
「……さあ、私達にはやるべきことがあります」
「ええ…そのとおりです」

皆、最初死者への別れ、つまり埋葬を行うと決めていた。
彼らをこのままにしておくのはあまりに忍びない。
しかし、あまりにそのままの光景に、かつての悲劇がそのまま胸へと呼び起こされる。
悲しみを振り払いつつ、マリアは穴を掘り始めた。
皆もそれに続く。
 
 
アレンが、ローラの傍らに、華奢な身体が収まるほどの穴を掘った。
マリアは埃と泥に汚れた顔を、綺麗に拭いさる。
死化粧も施せぬが、せめてもの餞となればよかった。

「……ローラ」

アレンは、死してなお彼女が握り締めていたという宿帳を手に取った。
トルネコが遺したものだ。
ぱらぱらと捲ると、そこには彼の遺した情報が事細かに書いてある。
人柄を表すような、大きく丁寧な字で。
遺してくれたトルネコに、守ってくれたローラに。
アレンは改めて友と、愛する人に感謝の意を捧げた。
マリアは自分と確かに血の繋がる者を失ったことに、動揺が隠せなかった。
背を向けた彼女に対し、ただ一匹の竜はさざなみの剣を拾い上げる。
どこか寂しげな彼は、姫に静かに歩み寄った。

 
大柄なキーファを収めるだけの穴は、アリスとエイトの二人がかりでも少々かかった。
汚れきった顔を綺麗にすると、現れたのは安らかな笑顔。
闘いの最中に死んだとは信じがたい笑顔で、眠っている。
その笑顔が、皆のせめてもの救いとなった。

そして最後に、トルネコを収める墓穴を皆で掘る。
その温和な人柄が表すとおりのトルネコの身体は大きく、大いに労した。
彼は優しい。
それ故、どんなに他者の心の痛みを理解したのだろうか。
自分の心を、それと同じく傷めたのだろうか。
すべてを受け止めてくれた、彼もまた立派な父。
感謝の意、親愛の意、謝罪の意。
様々な思いを乗せ、彼の眠る穴を掘り終えた。
それぞれに合った、それぞれの穴に、彼らをそっと横たえる。

埋葬は、少し躊躇われた。
一掘り一掘り、彼らが現世から消えていく姿は、物悲しいものだった。
土が被さるごとに、彼らの言葉が一つずつ浮かび、消えていく。
宿屋跡の瓦礫を片付ける。
彼らの遺した物を拾い上げながらも、荒れた周囲は僅かに小奇麗になった。

 
「間に合わせで、すみませんが…」
「…どうか、安らかに」

瓦礫の山から見つけ出した、柱をいくつか切り落とす。
柱の残骸を組み簡素ながらも墓標の代わりと成した。
彼らがほんの少しでも、穏やかに眠れるようにと。

「……終わりましたね」
「ああ」

終わってしまえば出来上がったのは小さな三つの墓標のみ。
達成感も無い、満足感などことさら無い。
あるのはやはり、虚無感。
心に穴が空けられた感覚のみ。

「道具類も、あらかた拾い終えました。見つけるのに苦労しましたが…」

確かに、もう日が暮れかかっている。
黙々と作業をしていて、時間が経ったように感じられなかったが、空は赤みが差していた。
集めた道具を辺りに並べ、それぞれをいくつかのザックにしまい込む。

「…アリスさん、それを貸していただけませんか?」
「え?これですか、エイトさん」

エイトが手を伸ばしたのは、トルネコが最後まで装着していたインカムだった。
これと同じものをナジミで見た彼は、片割れとのコンタクトを試みようと頭に嵌める。
ピサロに教わったように、耳元の突起を押して会話を試みた。

「─アレフさん、ピサロさん、フォズさん。どなたか、聞こえていますか?」

 
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「…へぶしっ!」
「だ、大丈夫ですかアレフさん」

一路塔からアリアハンへ向かっていた3人は、やっとのことで対岸へと辿りついた。
と言っても、竜の姿で岸まで辿りついたピサロ、フォズに半刻ほど遅れて到着したアレフは、若干息を切らせている。
怪我人である彼を差し置いて自分だけピサロの世話になったことに引け目を感じて、フォズが少し休息を取ろうと言い出した。
それ故今こうして渋々従ったピサロを待たせ、濡れた装備をフォズに手伝ってもらい乾かそうとし始めた訳であった。
まあ、ピサロ自身も竜変化の影響なのか気分が未だ優れないようで、大人しく待機している。
この世界はそう厳しい気候でもないが、血を失って万全でもない体にいきなりの長距離泳は些か辛い。
体温を奪われたアレフは豪快なくしゃみを先程から頻発している。

「…くそ、流石にああも水に浸りっ放しだと冷えるな…」
「すみません、私だけ…」
「いや、いいんだ…傷も開かなかったことだし」

アレフの裸胸に眼をそわそわさせ、顔を赤らめながらも申し訳無さそうに頭を下げる。
そんなフォズを手で制しながら、アレフは手頃な木に背中を預ける魔王を見据えた。

「むしろ、お前は何でそう堂々としていられるんだ…!」
「愚問だな」

不平不満をぴしゃりと遮り、眉一つ動かさずにピサロは言った。
一度凶行に走った彼ではあるが、今やその様子は勇者と旅路を歩んだときのような平静さを取り戻しつつあるようだ。

「お前は見事泳ぎ切ったではないか…沈んでいたら祈りの一つも捧げたかもしれんが、今さら不満を言われる言われは無い」
「誰のせいで泳ぐ羽目になったと思ってる……フォズだけ運んで俺を乗せなかったからだろうが…!」
「あああ、あの」

頭に付いた水滴を振り払いながら捲し立てるも、当の本人ピサロはすました顔でやはり風のように受け流す。
二人の狭間でフォズはどちらを庇い立てすべきかまごまごするばかりだ。

「済んだことを掘り返して、四の五の抜かすんじゃない……それより、休むなら口を動かす前に全力で休め。時間が惜しい」
「…くっ…こいつは…!」

ここでこれ以上言い争っても無駄なので、しぶしぶアレフは押し黙る。
対するピサロは、どういうわけかほとんど濡れていない。
竜変化を解く前に、数回身震いしたくらいで、身体はおろか服すら毛ほども濡れていなかったのだ。
古の魔術にまで精通してはいないアレフには及び知る範囲では無いがその恩恵にあやかり、こうしてピサロがすました顔でいるのがどうにも憎たらしかった。
だが彼の言う通り、確かにアリアハンの状況が只事ではないと思われる今、時間は必要だ。
すっかり濡れねずみになったアレフは、何か火種はないかと荷物を探ろうとする。

「待て」
「…なんだ、時間が惜しいんだろ?」
「使え」

いかにも面倒臭そうに立ち上がり近付いたピサロの手から、枯枝の束と油か何かを染み込ませた紙束が落ちる。
目も合わさずに踵を返して、再び仏頂面で座り込んだ。

「…まったく、お前らの身体は…不便なものだな」
「…くく、すまないな…ははは」
「…フン」
「ふふっ」

悪態を吐かれつつもやっていることとのその差に、アレフはおかしさを隠し切れなかった。
フォズも同じで、あどけない少女らしい笑みでその顔を綻ばせた。

対してピサロはじろりとアレフを睨みつけるも、面白く無さそうに目を伏せる。
しかし、禍々しさはこれっぽっちも感じなかった。

「…何がおかしい?さっさと火を起こせ」
「いや、せっかくだから火も点けて欲しかったんだがな?」
「消し炭にして欲しいのか」
「自分でやるよ、やるやる」

彼なりの不器用な優しさに笑みを浮かべて軽口を叩く。
ありがたく枝束を拾い上げ、装備を乾かそうと荷物を放り出す。

「…ギラ!」

薄闇に包まれた世界に、小さな火種が煌々と輝いた。
裸の胸が赤く照らされ、微かな温かみを味わう。
さあ乾かそう、と濡れて纏わりつくズボンを脱ごうとベルトを外す。

「っくし!…もっと日が照ってればな」
「きゃ!」

隣で脱ぎ始めたアレフに驚いたフォズが、可愛らしい叫びを上げた。
男性の下着姿など眼にする機会は無いのだろう、ひどく動揺している。
「うん?……あ、すまない…あとは一人でやるから、向こうに行っていても構わないよ」
「いいい、いえ!大丈夫です!どうぞごゆっくり!」

いささか不躾すぎたな、とアレフは頭を掻きながら促すも、フォズはなお留まった。
やはり一人泳がせたことを申し訳なく感じているらしく、半ば意固地だ。
顔を赤らめながら全力でそっぽを向き、ザックを半ばひっくり返すようにして、中の荷物をばらまく。
そんな様子を後ろから見ながら苦笑して、アレフはズボンを下ろして水気を飛ばした。
見たところ、中の荷物は思いの他濡れていない。
不思議なことに、濡れていたのはアレフが落水した際に身に着けていたマントやブーツ、装備品くらいだった。
どうやらただの荷物入れではないらしく、機密性は想像以上に高いらしい。
取りあえず濡れていない物はザックに戻し、残りをアレフに渡すために分け始めた。

「こ、こんなに重たい物を身に着けていたのですね…」
「ああ、気をつけて…重たいなら後で俺がやるから」
「いえ!大丈夫です、一人でできますから」
「そ、そうかい?…あ、そうだマントを貸してくれないか?」
「はいっ」

アレフの申し出を断って、鉄兜と盾を危なっかしい手つきでまとめて置く。
続けて剣をおっかなびっくり運び、上着とマントを取り出そうとザックに手を突っ込んだ。
 
 

「………レ…さん…ピ…ロ………ォズ…ん………」

 
 
「え?」
「…何の音だ?」

少し離れたピサロも、優れた聴覚に依るものか微かな声を聞いたようだ。
音の源は、フォズの手の内。

「どなたか、聞こえますか?」

今度ははっきりと聞こえた。
フォズが握っていたのは無線インカム。
偶然、スイッチに手がかかっていたらしくそこからはエイトの声が届いた。
薄い、曇った声だった。

「…!え、エイトさんですか!?フォズです!」
「!聞こえた…もしもし、そうですエイトです」
「なに、エイト!?無事だったか!」
「よかったですね!アレフさ…」

思わず振り向いてしまったものの、エイトの無事に歓声を上げたアレフが今どういう状況下にあるのかをフォズはきれいさっぱり忘れていた。
アレフがマントを求めた理由も、想像していなかった。
そしてそのマントはインカムとは逆の左手に握られたまま。
お互いにとって不運なことに、エイトからの朗報はちょうどアレフは『全て』をさらけ出したところに訪れていたのだった。

「…きゃあぁぁーーーーーっ!」
「フォズさん?どうかしましたか?フォズさーーーーーん!!!」
仔細は省略するが、ともかく局地的な混乱が収まったようだ。

「…お、お恥かしいところをお聞かせしました」
「いえ、無事なようで何よりです」

フォズは真っ赤になって縮こまりながら、姿の見えぬエイトに何度も頭を下げた。
顔の火照りが取れない様子で、頬を頻りに叩いている。
ピサロは仏頂面を通り越して呆れた様子で立ち尽くしていた。

「あ、ああアレフさんも、どうもすみません…」
「い、いや…こちらこそ見苦しいものを」
「いいい、いえ、そんなことはありませ…」
「…もういい、貸せ」

痺れを切らせたかインカムを受け取り溜息を一つついた。
フォズはというと、アレフを直視できないでいる。
腰にマントを巻いただけのアレフはどうしたものやら、居たたまれない。
ピサロはもう一度深く溜息を吐いて、エイトに問いかけた。

「…で。首尾はどうだ」
「あ…はい……話せば、長くなりますが…」
「…エイト。まずは、ワシから話そう」

 
アレンと、エイトによって長い長いアリアハンでの悲劇は伝えられた。

ローラとの再会。

マルチェロの奇襲。

ローラの死。

トルネコの最期。

死闘。

エイトの怒り。

キーファのほのお。

命のひかりがふりそそぐ。

すべては、終わった。

弔いも、別れも。
 
 
「トルネコさん……」

トルネコが通信に応じないことに、もしかしたらとは思っていた。
しかし、あの温情に満ちた男を失ったことに、アレフは動揺を隠せなかった。

そして、キーファ。

「キーファ………っ!!」

アレフは拳を大地に打ち付けた。
どこまでも強く、優しい、そして真っ直ぐな青年だった。
誰かの為に、全てを賭けて一生懸命になれる。
自分の背中に身を預ける者の為に、全てを防ぐ盾になろうと。
誰かの心を覆い隠そうとする闇を、切り払う剣になろうと。
そして希望を照らし出す為の光を生み出す、太陽になろうと。
本当に、愚直で、そして素晴らしい青年だった。
そして。

「ローラ……」

ローラの命が奪われたことは、既に悟っていた。
だが、こうして直接聞けばやはり悲しみは深い。
再び心が抉られつつあった。
しかし。
勇者は、亡き姫に誓ったのだった。

(生きてみせる…勝ってみせる……)

死して尚、自分を救ったこの恩を。
最期まで、愛を貫いたこの想いを。

(残してみせる…生きて残す…彼女の生きた、証を)
 
 
ピサロの顔が、死の知らせを聞いて普段以上に無表情になった。
色を失った、と言うべきか。
人形のような顔色になった魔王は、優しき商人を思い、目を伏せた。

「……」

拒絶したのは、自分。
突き放したのは、自分だ。
だからこそ、胸が痛む。
何故拒んだ。
どうして受け入れなかった。
後悔という念が、深く刻まれる。
トルネコは、自分の為に命まで張ったのだ。
しかし、もう彼に会うことは叶わない。
謝罪の言葉が届くことはない。

「ピサロさん…」

フォズは、もうずっとこの地にひとりきりだった。
ピサロと出会ってからは、彼とずっと共にあった。
彼の代わりに流した涙もある。
彼の為に投げ出した命もあった。
それ故、彼の心の痛みがわかるような気がする。
今、再び代わりに涙を流しそうになった。
しかし涙は流せない。

「……アレフさん……!」

ここにいる皆が皆、辛いのだ。
自分が真っ先に泣き出せば、この二人はきっと悲しみ、怒りをぴたりと押さえ込んでしまう。
この人たちは、やさしいのだ。
そう、悲しいほどやさしい。
だからこそ、自分が気を使わせるわけにはいかない。
フォズは黙って、祈りを捧げた。
大神官としての、という驕りなどではない。
『ひと』としての最後の意地と誇りだった。

 
「ですがみなさん……この状況を考えてみてください」

機械越しのエイトの言葉に皆、頭を上げる。
目を伏せたままのエイトの曇り声は、ほんの少し明るみを見せた。

「この大陸にいるのは、もう僕達だけです」
「…そうか」
「…これで」

もう安心。
その言葉は、マリアの喉に飲み込まれる。
ここまで減った、ということは、ここまでの命が奪われたということに他ならなかった。
そのことが、躊躇を生む。
しかし、続きの言葉をアレフが紡いだ。

「もう、ハーゴンの奴に……命は奪わせない」
「…そうですよね…!!」
「僕らが、戦わなければ…止めなければ!!」

アリスの拳が握られる。
エイトの瞼は開かれた。

「勝ちましょう。死んでいった人たちのため」
「ええ……弄ばれた魂の、安らぎのために」

マリアの声に、力が篭る。
フォズは天に祈りを捧げた。

「…さあ、アリアハンで待っているぞ勇者」
「じき、向かう……後腐れの無いようにしておけ」

そう、目指す王都はあとわずか。
フォズ、アレフ、ピサロは立ち上がった。

「…さあ、急ごう!アリアハンは目の前だ」
「あ、アレフさんその前に…」

フォズの頬の赤みは取れず、アレフは首を傾げる。
ピサロの眉間の皺が深く刻まれた。

「服を着ろ」

勇者はひどく赤面した。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
「…城が……」
「随分と、様変わりしたな」
「…余程ひどい争いだったんだな」

程なく着いたアリアハンは、見る影も無く荒れている。
城は見る影も無く、舞い上がった埃が夕闇の薄暗がりを、より深く濃くしていた。

「集合場所は?」
「西門から入って左の酒場…でしたっけ?」
「いや…」

確かに通信当初はそう話していたものの、エイトの提案があり、変更したのだった。
何故かと酒場を見ると、屋根の辺りが焦げ付いている。
いや、そうではなかった。
二階が『焼き消されていた』のだ。
破片も残さず、消えていた。

「そう考えていたようだが、あれではまずいということでな」
「そうでしたか」
「右だ…すぐ見える民家に、揃っている」

ピサロが示したのは、二階建てを尚留めている家屋。
勇者ロトの生家であった。

「……」
「……アレフさん?」

目的地を目の前に、アレフの歩みが止まった。
フォズは振り返り、彼の元に走り寄ろうとするが、手で制される。

「…二人とも、すまないが……先に、行ってくれないか?」

「え…でも」
「行って来い」

アレフを促し、ピサロはさっさと通りを曲がる。
フォズはうろたえるも、ピサロの後に続いた。
微かに笑みを、浮かべながら。

「あの、ピサロさん…」
「奴は戻る」

ピサロには、アレフの行き先がわかったらしい。
フォズが振り返ると、どこか寂しそうな後姿だった。

「そっとしておいてやれ」
「…はい」

その一言にフォズも頷き、玄関口までたどり着いた。
すぐ傍の柵に、白い馬が繋がれている。
汚れてはいるが、その瞳はとてもきれいだった。
歩み寄ったフォズに、鼻を摺り寄せる。
とても、人に慣れているようだ。

フォズがよしよしと撫でると、白馬は嬉しそうに目を伏せている。
ピサロはフォズを止めることもなく、静かな扉をノックした。

「私だ」
「エイトさん、いらっしゃいますよね?」

二人の声を聞き入れて、ノブが回る。
古びた蝶番を擦れ合わせる音を上げ、扉は開かれた。

「お待ちしていました…」
「エイトさん!」

先ず顔を出したのは、エイトだった。
バンダナは解れて、汚れだらけだがしっかりと頭に巻いている。
服はデザインは似ているが微妙に違い、小奇麗だ。
どうも着替えたらしい。
扉を開き、二人を招き入れる。
椅子に座っていたのは、二人の少女だった。

「はじめまして…ですよね、フォズさん」
「ええ、はじめまして」
「アリスといいます!」
「私が、マリアです」

ピサロがアリスという名に、ちらりと反応を見せる。
なにやら思案しつつ黙っていると、フォズが衣を引っ張った。

「ピサロさん、初めてお会いしたのなら挨拶しなくては」
「……私が、ピサロだ」

子どもが大人にお説教をしているのが何やらおかしく、アリスとマリアは顔を見合わせる。
くすりと笑い出したのは、どちらが先だったか。
エイトも、表情を和らげた様子で問いかける。

「アレフさんは?」
「……野暮用で、少々遅れるそうだ」

ピサロは表情を変えはしなかったが、エイトは察した。
アレフ自身の口から語った、あのことを思い出す。

「……そうですか」
「…一人、足りんようだが」
「アレン……ですね」

ピサロの問いには、マリアが答える。
複雑な表情は一瞬で消え、微笑みを湛えた。
そう、わだかまりなど欠片も無いように。

「…あの人なら……」
 
  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 

花は無い。

 
伝えたいことも、全て伝えたつもりだ。
 

しかし彼は、ここに来た。

愛する姫の、その傍に。

「…よう、お前もここにいたか」
 

ただ傍で、祈るため。
 

足元に眠る、彼女に祈るため。
 

「遅い」
 

陰り日に立つ粗末な十字架が、物寂しかった。

「…名前は、お前が刻んでくれたのか?」
「お前が迷うと思ってな」
「迷わないさ…ははは」

アレフは先ず、トルネコの墓標の前に座る。
被せられた土は一番大きく、彼そのままだった。

「トルネコさん…」
「…トルネコ」

アレフは隣のアレンを見やる。
本当に、悲痛そうな顔をしていた。
これがアレフガルドを恐怖に陥れた男の顔か、とも思う。
しかし、トルネコは本当に信頼されていた。
トルネコは、本当に良き男だった。

「…貴方と過ごした時間は少ない。でも…」
「……」
「貴方はいい人だった」

アリーナというひとのため、目の前の竜王アレンのため。
彼は本当に頑張っていた。
彼の人柄は、この殺戮の宴を変えたとも言っていい。
それほどまで、彼という人間は大きかった。

「…トルネコ……すまぬ」
「…どうして、謝る?」

アレフは問いかける。
アレンが殺めたわけでないことは解る。
彼は、変わった。
勇者としてそれを信じたいし、信じている。

「…ワシの命と引き換えに、トルネコの命は奪われた」
「…トルネコさんは…商売人だろ?」

アレフは、まるで関係ないといったことを不意に尋ねる。
アレンは疑問に思いながらも、その問いに答えを返した。

「…そう、だが」
「プロなら、自分が損するような事はしない…お前に、賭けたんだよ。トルネコさんは」
「…」
 
 
─あなたなら、できる。本当のアレンという方もそう感じたのでしょう─
 
 
トルネコの最期は、希望ある死だったのだろうか。
アレンは謝罪と、そして感謝の念を捧げた。
人ならざる自分を信じ、最期まで共にいてくれたことを。
隣の勇者ともども、トルネコのために祈りを捧げた。

 
アレフは次に、キーファの墓標の前に跪く。
あの彼がこの下で静かに眠っているとは、どうにも思えなかった。
今にも元気な声が聞こえてきそうな、そんな気すらする。

「キーファ……君は、本当に凄かった」

アレフは墓に語りかける。
まるで親が子どもに話しかけるかのような、優しい声だった。

「…はじめは、リア、という子のために君は一生懸命だった」

剣を傍らに置く。
兜を脱いで、その脇に置いた。

「アレン、教えてくれ。彼は…」
「…我々を守るために」
「…戦って……」
「そう、死んだ」

勇者の言葉を先読みするかのように、かつての竜王アレンは告げた。
キーファの最期を。

「……あの、手…」
「……?」
「…ボロボロだった……丁度そうだな、お前のようだった」
「そうか?」

アレフは手袋を外し、己の手を見る。
治してはつぶし、治しては潰したマメの跡。
固い、戦士の手。

「……俺は」

アレフが沈黙の後口を開く。
アレンもまた、沈黙のまま聞いていた。

「……彼みたいな、誰かのために一生懸命になれる…」

笑顔だった。
悲しみは、振り払った。
今は、ただ。

「全力で剣を振るい、大切な物を守る…」

ただ、彼を称えたかった。
勇気の炎を燃やし尽くした、彼を称えたかった。

「そんな彼こそ、勇者と呼べるんじゃないかと思う」
「…聞こえたか?……世界を救った勇者様にそう言われておるぞ」
「はは………なあ、キーファ……」

彼の墓標に、祈りを捧げる。
太陽のような笑顔がそこに、あるように思えた。

「俺は、君のことを忘れない」

勇者は、墓の下の友に誓いを立てた。
仇を討つ。
故郷に帰る。
そして君が憧れてくれた、勇者で有り続けることを。
 
 
「ローラ。ごめんな、遅くなって」
 
 
愛するその人は、いまここにいる。
 
 
「ずっと、探していたんだ…けど、すれ違ってばかりで、本当にすまないと思ってる」
 
 
土の下に、その人はいる。
 
 
「でも、君の言葉は届いたよ」
 
 
とどかぬばしょに、きみはいる。
 
 
「ありがとう」
 
 
むねのおくにも、きみがいる。
 
 
 
アレンが場所を、譲った。
微笑で、礼を返す。
墓に接吻、とまではさすがに照れくさかった。
それに、未練は残したくない。
アレフは敢えて墓には触れずに、跪く。
そしてまた、笑顔を捧げた。

「…これを」
「?」
「遺髪、だ」

ローラの流れるような金色が、そこにあった。
いつも彼が撫でていた、天の川よりも美しい流れが手の中にあった。

「…お前が?」
「ああ……共に、持とう」

二つの輝きは、竜と勇者の手に分けられた。
いとおしげにそれを、アレフは懐に入れる。

「ローラには…会えたのか?」
「…ああ…だが、守れなかった……」
「……そう、か」

アレンはこちらを向き、深く頭を下げる。
それこそ大地を擦るまで。

「おい」

アレフは怒りを覚えるでもなく、ただ。

「なんのマネだよ」

ただ、笑顔を見せた。

「…ワシの責任だ…」
「…」

謝罪だった。
勇者への、謝罪だった。
姫を愛した竜の、謝罪。

「ワシが、ローラを…」
「……」

竜の声は、責任という名の枷に締め潰されそうであった。
低い嗄れ声は、悲しみに閉ざされてしまいそうで。

「守り、切れて…いれば…」
「俺、さ」

アレンの悲痛な謝罪は断ち切られる。
顔を上げたアレンの眼にはやはり、彼の笑顔が映った。

「ローラの声が聞こえたんだ」
「……」
「最期まで、俺のことを気にしてくれていた」
 
 
─だって、アレフ様は私の勇者様なのだから─
 
 
死闘の最中、確かに届いた。
眠る勇者に、確かに伝わった。
愛と、心と。
そして永久の想いは、ローラの温もりと共に、伝わった。

「だから、さ」

勇者が微笑んだのは、竜だったのか、姫だったのか。
あるいは、そのどちらともだったかもしれない。

「いいんだ」

「……」
「お前もローラを愛していたんだろうが…」

勇者の手は、竜の肩に置かれる。
その顔は、誇るような笑みを浮かべていた。

「残念だったな?俺の勝ちだ」
「フッ…ハハハ…ああ」

竜も、笑った。
軽口を叩き合う、勇者とかつての竜王。
アレフガルドが引っくり返りそうな光景だが、二人の心は満たされていた。

「おぬしの勝ちだ」

同じ姫を愛した二人の男が、その姫の墓前で笑い合う。
奇妙な光景だが、そこには絆があった。
その絆は、目には見えない。
しかし、墓の下の姫にも、しっかりと絆の糸は伸びていた。

「ローラ」

一頻り笑いあい、再び墓に語りかける。
胸の内の髪に手を当て、甘くささやくように。

「愛している」

姫に跪く騎士のように、祈りながら愛の言葉を紡いだ。
続けて、別れを惜しみながらも最後の言葉を続ける。

「…君を忘れない」
 
 
静かな時が刻々と流れた。
アレンも、アレフも。
沈黙が姫への想いの深さを表していた。
やがて、共々立ち上がる。
兜を被り、剣を拾った。

何も言わず、何も答えず。
ただ、姫へのさよならを、二人は背中で伝えて去っていった。

「時に、勇者」
「うん?」
「お前の勝ち、とは言ったが…こちらの勝負はどうかな?」

さざなみの剣を、鞘から抜いた。
アレフは慌てて、後ずさりする。

「おいおい、こっちは手負いだ!…それに、これはお前の剣だからな?」

竜神王の剣の鞘を、小さく鳴らした。
約束は、果たされる。

「……そうか」

二人の男が、並んで歩む。
絆が描く、三角形は崩れない。
姫との絆も、永遠に。
 


【E-4/勇者アリスの家/夕方】

【エイト@DQ8主人公】
[状態]:健康 MP1
[装備]:メタルキングの槍 はやてのリング  布の服(アリス家から調達)
[道具]:イーグルダガー 支給品一式 首輪 あぶないビスチェ エルフの飲み薬(満タン) 無線インカム
[思考]:悲しみを乗り越え、戦う決意

【アリス@DQ3勇者】
[状態]:健康 MP1/4
[装備]:メタルキングの剣 王者のマント 祈りの指輪(あと1.2回で破損)
[道具]:支給品一式 ロトのしるし(聖なる守り) 太陽のカガミ(まほうのカガミから変異)
    ビッグボウガン(矢 0) 魔物のエサ インテリ眼鏡
[思考]:仲間達を守る 『希望』として仲間を引っ張る

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:健康 MP1/4
[装備]:いかずちの杖 布の服 風のマント 宿帳(トルネコの考察がまとめられている)
[道具]:引き寄せの杖(2) 小さなメダル アリアハン城の呪文書×5(何か書いてある) 天馬覚醒の呪文書  
[思考]:儀式の阻止 アリスを支えたい アレンの最期のことを問う

【フォズ@DQ7】
[状態]:HP3/4 MP3/5 肋骨にヒビ・内臓に損傷(半分治療済み) 神秘のビキニの効果によって常時回復
[装備]:天罰の杖  神秘のビキニ(ローブの下) ルビスの守り(命の紋章)
[道具]:支給品一式  アルスのトカゲ(レオン) 神鳥の杖(煤塗れ) 奇跡の石 脱いだ下着
[思考]:ゲームには乗らない ピサロとともに生きる 5つの紋章についてマリアに話を聞く

【ピサロ@DQ4】
[状態]:HP1/2 MP1/2 右腕粉砕骨折(固定、治療済み)  無理な食事による地味な吐き気(時間経過で回復)
[装備]:鎖鎌 闇の衣 アサシンダガー
[道具]:支給品一式 首輪二個 ピサロメモ 炎の盾
[思考]:ハーゴンへの復讐 脱出方法への模索
※ピサロの右腕は通常の治療では完治できません。
 また定期的な回復治療が必要であり、治療しないと半日後くらいからじわじわと痛みだし、悪化します。
 完治にはメガザル、超万能薬、世界樹の雫級の方法が必要です。

※アリスの家内に回収したアイテムがあります
聖なるナイフ ロトの剣 プラチナソード 氷の刃 破壊の鉄球 
炎のブーメラン 魔封じの杖 84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾→発煙弾×1 照明弾×1)
マジックシールド 祝福サギの杖[7] 飛びつきの杖(2) 
ドラゴンの悟り 雨雲の杖  太陽の石(ホットストーンから変異)  
錬金釜  ラーの鏡 首輪×2 星降る腕輪

支給品一式×8
トルネコのザック キーファのザック トロデのザック ローラのザック マルチェロのザック

※ファルシオンは家の前にいます

【E-4/宿屋跡地/夕方】

【竜王@DQ1】
[状態]:健康 MP微量 人間形態
[装備]:さざなみの剣
[道具]:なし
[思考]:この儀式を阻止する 死者たちへの贖罪 

【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP5/6 MP3/5 背中に火傷(治療済み) 左足に刺傷(治療済み)
[装備]:竜神王の剣 ロトの盾 鉄兜 風のアミュレット
[道具]:支給品一式 鉄の杖 消え去り草 無線インカム
[思考]:このゲームを止めるために全力を尽くす アレンに剣を返す
    (爆破阻止方法は実践してみたいとひそかに考えている)
※左足の傷はとりあえず塞がりましたが、強い衝撃を受けると再び開く可能性があります。


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