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つないだその手を

つないだその手を


登場人物
アレフ、エイト、フォズ、ピサロ


 じっとほの暗い闇の中へと目を凝らす。
階下へ繋がる階段。どれほど目を凝らしても、耳を澄ましても、
群青の鎧姿は見えず、石畳に響く靴音は聞こえない。

(……遅い)
 遅すぎる。
立てた右膝を胸の前に抱え込むようにして、エイトは何度目かの溜息をついた。
支給された道具袋の中から鎖付きの懐中時計を引っ張り出す。
少し一人にしてくれ、とアレフが姿を消してから、フォズの治療や少しばかりの情報交換を済ませて既に四半刻ほどが経過していた。

 常ならそう心配するほどのことではないのかもしれない。
だが彼の負傷と、そして何より姿を消す前彼が見せたひどく力の抜けた――弱々しいとまで見えた表情を思えば、
嫌な予感ばかりがぎしぎしと胸を軋ませる。
 ちらりと再度、懐中時計を見下ろす。
二本の針が刻む時間は先程と変わらず、アレフが階下へ降りてからきっちり四半刻。
約束を破ることにはなるが、やはり様子を見に行った方がいいのかもしれない。

 そっと膝を伸ばして身体を起こす。
出来うる限り物音を立てないようにしたつもりだったが、
上着が立てた微かな衣擦れの音に眠っているとばかり思われたたフォズが弾かれたように顔を上げ、
その真っ直ぐな目とかち合って、エイトは曖昧な笑みを浮かべた。

「すみません。起こしてしまいましたね」
「いいえ。……あの、どちらへ?」
「アレフさんの様子を」
 
 ならば私も、とばかりに慌ててフォズは身を起こしかけ、不意に顔を顰めてぎゅうと胸元を握り締めた。
治り切らぬ胸の傷が痛むのだろう。
そちらに気を取られて足下が疎かになったのか、拍子に身体までもがぐらりと傾ぎ、
咄嗟に腕を差し出したエイトに支えられて危うく転倒を免れる。
 フォズはぱっと頬を朱に染め、か細い声で礼を言うと再度何か言いたげに口を開き、
「フォズさんはその人のことをお願いします」
その口から言葉が紡ぎ出される前に放たれたエイトの言葉に、ぱちりと目を瞬かせた。

 エイトが視線で示す先はフォズの隣、静かに眠るピサロがいる。
治療を行う前にピサロが眠り込んでしまったこと、残る魔力が乏しいこともあり、
フォズと同じくその怪我には最低限の治癒しか施されていない。
魔族は一般的に人より頑丈な身体をしているとはいえ、この状態の彼を一人残していくのは問題だろう。
それを言うならつい先程まで殺し合いに乗っていた人物と無力な少女を二人きりにするのも問題ではあるが、
エイトには『お前の声は届いた』と言った男が再びこちらを――いや、彼女を裏切るとは思えなかった。

 フォズもそちらに対する不安は抱いていないのだろう、取り立てて怯えた風もなく素直に首を縦に振った。
頼みますと重ねて言って、エイトはフォズに背を向ける――ほんの少しの罪悪感を抱きながら。
 エイトがフォズの同行を拒んだ理由はもう一つある。
先程のアレフとピサロの戦いの中、唐突に現れ、消えたあたたかな気配。
おそらくはアレフの覇気を奪った原因でもあるそれには覚えがある。
何かと問われてもはっきりした答えは返せないが、だが、おそらくはまだ新しい方に類する記憶。
何故だかそれをフォズに聞かせるべきではないと思ったから。
 何も知らずにお気を付けてと微笑む少女に、またもぎりりと胸が軋んだ。
 
 
 

 
 階段を下り辺りを見回すと、さして探すまでもなくアレフの姿は見つかった。
自分でやれると言っていた怪我の手当ても碌に為されぬまま、
地平線までも一望出来る見晴らしの良い場所に一人佇むアレフの背中は、やはりひどく小さく悄然として見えた。
 僅かに躊躇ってからエイトは声を掛けるべく口を開く。
その言葉が彼の背中を突き飛ばすことになりやしないかと密かな危惧を抱きながら。

「アレフさん?」
だが、それは結局のところ杞憂というものだった。
「君か、エイト」
アレフは勿論塔から身を投げることもなく、ゆったりと緩慢に振り返った。
その顔は何処か生気に欠けていたけれど。

「……ちゃんと治療しないと駄目じゃないですか」
「ああ」
 指摘されて初めて気付いた、とでもいうようにアレフは己の身体を見下ろした。
傷を負っていない部分を探す方が早いくらいに全身を覆い尽くした裂傷に打撲。
一度は治癒を済ませたはずの足の傷口までもが開いて、じくじくと血と肉と体液らしい黄ばんだ汁を吐き出している。

「あの、もし魔力が足りないというのでしたら僕が」
「いや、大丈夫だ。少し他のことに気を取られて忘れていただけだから」
「忘れる、って」

 どれほど負傷に慣れても、その痛みに慣れきってしまうということはまずない。
痛みを忘れていたなどなおさら尋常なことではない。
思わず声をなくしたエイトにアレフは唇の端をかすかに吊り上げ、笑みめいたものを浮かべて見せた。

「……考えていたんだ。色々なことを」
 そうして再び視線を正面へと向ける。場に沈黙が落ちた。
 
 無言のまま彼方を見据えるアレフに倣って眼下を眺める。
下で炎のようにちらちらと踊る赤はククールが着せ掛けた弔いのマントだろう。
そのまま視線を上へと移動させるとエイトを翻弄した内海が悠然と流れ、
波立つ水面の如く風に揺られてめまぐるしく色彩を変える広大な草の海の果て、
静かに聳え立つ灰色の影。
 大切な人がいるはずのその場所を、アレフは一人何を思って見つめているのだろう。

「エイト」
 唐突に、アレフが呼んだ。視線は彼方の城へ向けたまま。

「君は先にアリアハンへ行ってくれ」
「……え?」
「俺はこの脚だからな。ピサロも……フォズと言ったか、あの娘も傷付いている。
 俺たちの治療を待って君の大切な人が傷付いては、それこそ意味がないだろう?」
「いえ、でも」
「俺たちのことなら心配ないさ。怪我をしているとはいえ――」
「そうではなくて!」

 飛び出した声は言った本人にも意外なくらい大きくて、
言葉を遮られたアレフは勿論エイト自身も一瞬続く台詞を見失った。
もともとエイトが一番傷が浅い。一人が先行するというなら自分だろう、とは漠然とではあるが考えてはいた。だが。
あなたはそれでいいのか、あそこにはあなたの大事なひともいるのだろうに、と言い募りかけ、エイトはぎくりと身を竦ませた。
 ローラ姫。アレフの愛するひと。あたたかな春の陽射しのような気配をしたひと。
そう。

『暖かくて、穏やかで……優しくて――』

 戦いの最中感じたそれと、よく似た。
 
 ぎりり、とまたも胸が軋む。がんがんと頭の中でひっきりなしに警鐘が鳴る。
痛い。どちらが?聞きたい。これ以上聞きたくない。

「まさか」
 どうか否定してくれと、縋るような気持ちで見上げたその先。
たった三語の意味を為さない問いかけの意味を、何故だかアレフは正確に読み取り、首を横に振った。
 ぎゅっと引き結ばれた口元は、痛みを堪えているようにも嗚咽を漏らすまいとしているようにも見えた。

「声が、聞こえたんだ。ローラの」
 そんなものは幻聴だと切り捨てられればどんなにか楽だろう。
だがエイトは押し黙る。ひとの想いが起こした奇跡を知っているが故に。

 真実を伝えるために、いつ訪れるとも知れぬ妹を待ち像に宿ったゼシカの兄。
月の調べの助けを借りて悲嘆に暮れる王を救った亡き王妃の想い。
何の心得もないミーティア姫でさえ、一途な祈りを聞き届けたのが何者かは知らないが夢の中に現れたではないか。
ひとの心は、想いは、人が思うよりずっと強い。ときに世界に力を及ぼすほどに。
 だが、それも光ある世界でのこと。
神ならぬ邪神が見守るこの大地では、そうそう奇跡など起きようはずもない。
それ相応の代償でも支払わぬ限り。
 それは、つまり。

「君のせいじゃない」
 でなきゃ誰もが悪いんだ、とうそぶいてアレフはこちらに顔を向け、
つと手を伸ばした。
 
「俺が一度でも足を止めていれば。彼女の足があとほんの少し速ければ。
 君が彼女の傍を離れなければ。橋が壊れなければ」
 エイトの拳、握りこんだ指を一本一本引き剥がしながら、
ひとつひとつ有り得た可能性を噛み締めるように唱えていく。
知らず力を込めていたらしい爪は掌の肉を食い破り、ぽつぽつと赤い跡を刻んでいた。

「数えればきりがない。――だから、いいんだ。君一人が背負う必要はない」
「……」
「それとも、エイト。君の知るローラは誰のせいでもないことまで他人のせいにして
 恨みに思うような女性だったか?」
「いいえ、決してそんなこと!」
「なら行って君の大切なひとを――いや、その人だけではなく皆を、助けてやってくれ。
 その方が、きっと彼女も喜ぶ」

 言い終えたアレフの唇は変わらず固く引き結ばれている。
だが、こちらを映したその目はもはや揺らいではいなかった。
静かな、穏やかながらもしっかりと前を見据えた瞳。
 気付けば、首を縦に振っていた。

「……強いんですね、アレフさんは」
「強くなんてないさ」
とアレフの唇が小さく動き、
そうして今度刻まれたのは穏やかながらも寂しげな微苦笑だった。

「俺はただ、彼女の愛してくれた俺のままでいたい。
 いつかまた巡り会えたとき、彼女に誇れる俺でいたい。
 ……ただ、それだけなんだ」

 呟いたなり俯いて定かではない表情の中、口元がかすかに歪む。
折りしも差し込んだ陽射しがアレフの顔を照らし、頬に記された涙の名残りが一筋、白く光った。
 
 
 

 二人連れ立って戻ってきた姿をみとめてフォズは汚れた顔をほころばせたが、
彼女はすぐにその笑顔を引っ込めることとなった。

「……でも、お一人でなんて」
「行かなくちゃならないんです」
 守りたい人がいるから、と続ければフォズは形の良い眉をきゅっと寄せた。
 彼を一人で行かせるの不安だ。だが同行を申し出ても自分では足手まといにしかならない。
せめて治療だけでもしてやれればいいが、生憎魔力は尽きている。
白くなるほど固く握り合わされ震える拳を見れば、彼女の葛藤はすぐに知れた。
 改めて、フォズにアレフの話を聞かせないで済んで良かったと思う。
幾多の死を知っても己を曲げぬ真っ直ぐな目をした彼女の強さを、
闇の淵まで引き込まれかけた魔王を引き戻した気高い覚悟を、侮るわけではないけれど。
それでもこの細い肩に魔王という重すぎる荷を背負った彼女に、これ以上の負担は過酷に過ぎると思ったから。

「何かあちらの様子を知る手段でもあれば良かったんだが」
「――ないわけでもないがな」
 低い声が割り込んだ。
いつ目を覚ましたものか、こちらを見上げる銀の魔王の目は相も変わらず赤くはあったが、
炎の如く爛々と輝いているわけでも、鮮血の如く不吉な色を帯びているわけでもない。
いささか、静か過ぎるほどに。
さしもの魔王もこの負傷は堪えるのか、ピサロは視線だけで部屋の隅を、
正確にはそこに転がる奇怪な形をした兜、無線インカムを示してみせた。

「元は主催者の送り込んだ者どもが連絡を取るのに使っていたもののようだがな。
 ……アリアハンのトルネコに繋がっている」
「私が取ってきます」
 思わず腰を浮かせたアレフとエイトを押し留め、すっとフォズは立ち上がり、
ややおぼつかない足取りながらも小走りに部屋の隅へと駆けていく。
同じ部屋の中とはいえ、それなりに距離はある。
フォズの背中が充分離れた頃を見計らって、アレフが声を低めて囁いた。
  
「……アリアハンの不安要素の話はしたな?
 確定している限りローラに危害を加える人間はいないはずだった。だが彼女は殺された。
 君の知り合いを悪く言いたくはないが、そうなるとやはり――」
「ええ、分かっています」
 同じく声を潜めて、こくりと頷く。
アレフの眼を信じるならば残る不安要素はただ一人。
「僕もそのことを考えていましたから」

 ふと脳裏を過ぎるのは見慣れた赤。
見知らぬ青年の遺体に覆い被せられたマントと一輪の花。
ククールがここにいたことと、地下通路を通って移動したことはまず間違いない。
現在判明している地下通路の出口は三つ。
ここナジミの塔とフォズたちが使ったというレーベ近郊への道、そしてアレフが使ったアリアハン城の地下へと繋がる道。

 だが、とエイトは小さく頭を振る。
エイトはほぼ丸一日をレーベで過ごした。
聞けばエイトがレーベを離れた直後にフォズたちが到着したとのこと。
運悪くすれ違ってしまったという可能性もないわけではないが、素直に考えればククールはレーベ側には向かわなかったとするのが自然だろう。
となれば残るのはアリアハンへの道。
そこには彼の異母兄――マルチェロがいる。
なんだかんだとは言っても血縁に並々ならぬ執着を持っているらしいククールのこと、
異母兄が殺し合いに乗ったと知れば必ずや止めようとするだろう。そして、
(そして――殺された?)

 無論、ククールがアリアハンへ向かったという確証はない。
マルチェロがずっとアリアハンにいたとも限らない。そもそも、本当に彼が殺し合いに乗ったのかさえも。
だが、ただの偶然というにはあまりにぴたりと当て嵌まりすぎていて。
 
「エイト?」
「……大丈夫です」
 王の無事。仲間の無事。襲撃者の正体。そして彼の最期。
また一つ、確かめたいことが増えた。

 やがて再びぱたぱたと軽い音が近付き、ピサロはフォズからインカムを受け取ると何やらしばらくいじっていたが、
やおらひょいとアレフに投げ渡す。

「使え。私よりお前の方が信用があるだろう」
「あ、ああ。
 ……トルネコさん、聞こえるか?聞こえたら返事をしてくれ。トルネコさん、竜王」
 慣れぬ道具に戸惑いながらも、アレフは何度か同じ呼びかけを繰り返す。
そうしてしばし目を瞑り、聞き逃すまいとじっと耳を澄まし――首を横に振った。

「駄目だ、何も聞こえない。ザックの底に押し込んででもいるのか、さもなければ」
 通信に出る余裕もない状況に追い込まれているか。
あまりに不吉な後半部は声に出されることはなかったが、誰もがじっとりと首筋を這い回る不安を感じ取っていた。

「結局、あちらのことは何も分からないままだが――行ってくれるか?」
「やりたいことも、やらなければならないこともありますから」
 頷いたエイトの拳はまたもきつく握り締められていたが、アレフはその手を引き剥がそうとはしなかった。
それが悔恨ではなく、決意の現れであると知れた故に。
代わりとばかりに伸ばした手はエイトの肩に置かれた。その手にぎゅっと力が篭る。
食い込む指の強さは、信頼と責任の重さそのもの。

「指輪はそのまま持って行ってくれて構わない。君にルビスの加護を」
「ええ。必ず、また会いましょう」
「ああ、必ず」
 
 なんだかやけに聞き覚えのある会話だ、とエイトはいぶかしみ、思い至って小さく笑う。
アレフも同じことを思ったのだろう、微かにその目が和らいだ。

 レーベで交わした一度目の再会の約束は果たされた。
ならば、今度もきっと。

「ご武運を」
 何句かの祈りの言葉とともに囁いた少女に微笑み返して、荷を拾い足を踏み出した。
途端、ひゅっと風を切る音。
殺気などは感じられない。
何だろうとゆったり振り向いて、もう目前まで迫った光るものを見とめて目を見開く。
咄嗟に手を滑り込ませる。それはぱしん、と小気味良い音を立てて掌に収まった。
まじまじと観察する。一瞬エイトが肝を冷やしたようにそれは刃物――などということは、無論、ない。

 地の薄い硝子に華奢な銀細工が施された、やや小型のティーポット。
中身が零れぬようにしっかりと栓がされたその中には、良く知った葉と何か香辛料らしきものがゆらゆらと漂っていて、
たぷんと揺れる液体を透かして薄青い光がエイトの顔を照らす。
その貴重さを知るが故に、もし落として割れたらどうするつもりだったのだろう、などと
貧乏性めいたことが脳裏を過ぎる。
 何故、と説明を求めて視線を向けた先、だがピサロが紡いだのは簡潔すぎる一言だった。

「受け取れ」
「ですが」
 旅の途中何度も使い、錬金したものだ。これが何なのかは分かっている。
精神の疲れと魔力を癒す森の善き妖精族秘伝の霊薬。
俗に“エルフの飲み薬”と呼ばれるもの。
 はじまりの広間。爆発音と共に宙を舞った娘の首。
ふわりと広がった淡紅色の髪、その合間から覗く木の葉のようにぴんと先端の尖った耳は、
三角谷のラジュと同じ、エルフ族の特徴ではなかっただろうか。
だからこそ、エイトは困惑せずにはいられなかった。
  
 勿論、あの霊薬を煎じたのがピサロの愛した娘のはずはないが、
エルフの恋人を亡くした男の手元にこの霊薬が渡るとは、まるで彼女の意思のようではないか。
これを受け取ってしまえば、死してもなお繋がる絆が断ち切られてしまう。そんな気がして。
 なおも躊躇するエイトに、ピサロは小さく嘆息し肩を竦めた。

「これから戦場に向かうお前と、残る我ら。
 どちらにそれが必要か、分からぬほど馬鹿ではあるまい?」
 正論だった。こちらを見据える赤い目もただ静かな輝きを湛えている。
彼もまた、何かを乗り越えたのだろうか。
泳いだ目がピサロの傍に立つフォズを捉える。
身体の前で揃えた手を軽く握り合わせ、真っ直ぐにピサロを見つめる翠の瞳。

(ああ)
 不意に納得がいった。
(この人は、大丈夫だ)
 二人の後ろでアレフが頷く。
エイトの後押しをするように、万感の想いを込めて「行け」と。

「……では、お言葉に甘えて」
 万が一にも割れないようにポットを慎重にザックにしまい、再び肩に引っ掛ける。
重さなど変わるはずもないザックがやけにずしりと感じられるのは、きっとこれも信頼と責任の重さ。

「皆さんも、どうかご無事で!」
 今度こそエイトは駆け出した。
疲労がずしりと圧し掛かるが、指輪が纏う風の守りが身体を軽くする。まだ走れる。

 ただ一路アリアハンへ。肩の痛みに、荷の重みに、応えるために。
 
 

 
「先に使ってくれ」
 ザックから取り出した奇跡の石をちらつかせれば、ピサロは不審げに眉根を寄せた。
自分は回復呪文が使えるから不要だ、とでも言いたげに口を開きかけた先手を打って、
「お前の方が重症だからな」
 それに魔力は温存すべきだ、と告げればピサロはふんと鼻を鳴らして押し黙る。

 奇跡の石の回復効果はせいぜいがホイミと同程度。
それでも癒しの術が制限されたこの世界においては貴重な回復手段の一つではある。
 一応は納得したらしい様子に胸を撫で下ろして石を渡そうと手を伸ばすアレフの前に、
おずおずと白く小さな掌が伸びた。

「あの、出来ればそれを私に使わせていただけませんか?」
「君が?」
 フォズの申し出に、アレフはしばし考え込む。
魔力こそ必要ないものの、石に込められた治癒の力を発動させるには通常の呪文と同じく持ち主の意志を必要とするし、
その癒しの効果は持ち主の精神に左右されもする。
見るからに癒し為す神官然とした姿をし、また心からピサロを気遣っているだろう彼女に石を使わせるのは道理に適ったことと思われた。

「だが、君は大丈夫なのか?」
「私はもうエイトさんに治療していただきましたから」
 だから是非、と再度せがまれてアレフは苦笑する。
この彼女の熱意を無にするのは申し訳ないことのように思われた。
頼んだ、と石を手渡せばフォズは一度嬉しげに石を両手で握り締めて、
すぐにピサロに添うようにして座り、祈りの文句を唱え始める。
そのどこか微笑ましい光景に目を細めて、アレフは先のピサロの言葉に思いを馳せた。 

 ピサロがあの何やら貴重そうな霊薬をエイトに託したときは意外にも思ったが、また納得もしていた。
インカムの話をしたときピサロはトルネコのことを名で呼んだ。
人間、という彼にとっての差別用語を用いずに。
 トルネコの声音を思い出す。
人間も魔族もなく、ただ彼を仲間と呼んだあたたかい声。
そしてそれは魔王の心に、僅かなりともぬくもりをもたらした。
闇の淵から引き戻されて、意識的にか無意識にかは知らないが彼はそれを思い出した。
 だから彼はエイトに託した。道具だけではなく、仲間の無事を。
つまりは、そういうことなのだろう。

 ちらりと二人の様子を窺う。
石を患部に押し当てて、一心に祈りを紡ぐ少女の空いた片手は、そっとピサロの手に重ねられていた。
(なんだ、まだ繋がってるんじゃないか)
 愛しい娘を不条理に引き剥がされたからっぽの手にも、まだ差し伸べられる手がある。
 仲間だと、導くと、重ねられる手がある。

 ふと己の右手を陽光にかざした。
一生を共に歩むと誓った娘を亡くした、からっぽの手――いや。
(空なんかじゃない)
 竜王から譲り受けた宝剣を振るう手だ。エイトに想いを託した手だ。
まだ全てを失ったわけではない。
最愛の人を亡くしても、この手はまだ世界と繋がっている。
 
 
 

 手を広げる。繋ぐべき手を一つ失くした分自由になった手を、精一杯に空へ伸ばして。
繋いだその手を、繋がるその手を。もうこれ以上、失わせはしない。

 


【E-3/ナジミの塔最上階/午前〜昼】

【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP1/8 MP1/6 背中に火傷(軽) 左足に刺傷(悪化) 満身創痍
[装備]:竜神王の剣 ロトの盾 風のアミュレット
[道具]:鉄の杖 消え去り草 ルーシアのザック(神秘のビキニ) 無線インカム
     神鳥の杖(煤塗れ) 鉄兜 ゴンの支給品一式 ルビスの守り アサシンダガー
[思考]:このゲームを止めるために全力を尽くす 治療を終え次第、アリアハンへ

【エイト@DQ8主人公】
[状態]:HP1/4 MP微量 左肩にダメージ 背中に打撃 腹部を強打 火傷 疲労
[装備]:メタルキングの槍 はやてのリング
[道具]:支給品一式 首輪 あぶないビスチェ エルフの飲み薬(満タン)
[思考]:アリアハンへ向かい、仲間(トロデ優先)を探し、守る  危機を参加者に伝える
     竜王を警戒?(今はアレフの判断を信用) マルチェロを質す

【フォズ@DQ7】
[状態]:HP1/6 MP0 全身打撲 肋骨にヒビ・内臓に損傷(エイトによって治療)
[装備]:天罰の杖
[道具]:アルスのトカゲ(レオン) 奇跡の石 支給品一式
[思考]:ゲームには乗らない ピサロとともに生きる

【ピサロ@DQ4】
[状態]:HP1/9 MP1/10 右腕粉砕骨折(固定) 全身打撲
[装備]:鎖鎌 闇の衣 炎の盾
[道具]:支給品一式  首輪二個  ピサロメモ
[思考]:沈黙(ロザリーの仇討ちとハーゴンの抹殺を諦めたわけではない……が?)


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