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愛する人へ

愛する人へ


登場人物
アレフ@DQ1、アリス@DQ3、エイト@DQ8、竜王@DQ1、フォズ@DQ7、マリア@DQ2・・・・・・


ふざけるな。
とっさに叫ぼうとしたが言葉にならない。
銀髪が疾る、生を疾り去るその刹那。
アレフの瞬間は永遠のように時を止めていた。

――待て、ピサロ。

その永遠の中でアレフは見た。
彼が一人で闇に対峙するその覚悟は、己の生命を少しもかえりみていない。
否、むしろ自ら投げ出そうとしていることがわかる。そう――あれでは自爆のようなものだ。
彼が横たえた、頼むと言った、幼い少女が視界のすみに映る。
その小さな手を取った瞬間を、届いたと言った言葉を、アレフは目の前でたしかに見、聞き届けた。
それなのに魔族の王である青年は、自らの生命を絶つことになんの迷いもない。
まさか……彼は初めから、その覚悟があったのだろうか?
どこかで、その命を投げ出す時が来ることを想定して…………

「貴様に抗するは私の矜持! 私の無念! 私の憎悪!
 そこに理屈はない、ただ貴様を破壊する渇望あるのみだ!」

アレフは自分が勘違いをしていたことに気付かされる。
魔族の王が、この戦場に向けて抱いていた覚悟。
それはアレフたち、未来を希求して闘う若者たちとは明らかにベクトルのちがう意志だ。
ふざけるなと、叫びたかった。
生殺与奪と言ったあの契りを破るのかと、
勝手にもほどがあると、もうあの少女を泣かせるなと、言いたかった。

「マ ダ ン テ ――」
「こんの――――バカ野郎ぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

魔力が迸り、閃光と爆音が吹き荒れる中。
無知な己を責め、鈍感な己を呪い、無力な己を嘆いて――
アレフはただ、絶叫した。

 
***

 
マダンテによる衝撃波は、シドーが放ったグランドクロスのように、
この空間にいる者すべてをなぎ倒したりはしなかった。
シドーのいるその座標、ただ一点に向けて放たれていたからだ。
だから彼らは見ていた。
アリスは、エイトは、アレンは、アレフは、ピサロがその身体から全ての魔力をシドーに向けて解き放ち、
直後にシドーの爪牙に引き裂き貫かれるその様を、確かに目に焼き付けていた。
まばゆい光が闇を切り裂き、ピサロ自身さえ巻き込んで、イオナズンとは比べ物にもならないような大爆発が引き起こされる。
疾かった。誰にも手が出せなかった。
誰もがその瞬間、呆けるように立ち尽くしていた。
爆発が徐々におさまっていっても、未だに彼ら全員が、その現状を受け止めきれていたかさえ怪しい。
だが吹き荒れる粉塵がやがて立ち消え、祭壇の上に墜落したシドーがその輪郭を彼らの前にさらけ出したとき。
彼らの太陽、勇者アリスは駆け出していた。

シドーは祭壇に落とされたまま動かない。
顔面をふせ、うなだれたような状態で、時おりもぞもぞと身じろぐものの、
マダンテの直撃を喰らってから、大きな動きも見せずにただ祭壇のいただきに佇んでいる。
あの猛毒の瘴気は、マダンテによって全て吹き飛ばされてしまったようだ。
羽や背中は焼けただれ、血とも体液ともつかぬものに染まった醜い傷を見せていた。
魔族の王が命と引き換えに放った、全身全霊の復讐の一打である、
さすがにこの絶望の化身と言えども、容易に立ち直ることはできないはずだ。
だが死んだかといえば、その場にいる誰もが「いいえ」と答えるだろう。
闇の鼓動は未だ尽きることなく、おぞましく醜悪に、周囲に響き渡っているのだから。

「たあああッ!」
その鼓動を頼りに暗闇の中突進し、足場を飛び越えて祭壇へとアリスは走る。
ピサロが死んだ。
その事実が少女の胸に広がるとともに、もはや思慮も迷いもかなぐり捨てて、ただ衝動に突き動かされた。
傷だらけのはずなのに痛みを感じてもいないのか、否――心の叫びが、彼女に傷があることを忘れさせたのか。
熱い涙が次から次へと溢れてくる。手が、足が、抑え切れない激情にがくがくと震えている。それでもアリスは、駆けた。

「やあぁあああああッ」
めちゃくちゃに振り回した隙だらけの攻撃が、しかし避ける気配を少しも見せないシドーに会心の一撃として放たれた。
無防備に開かれた羽の付け根を深く切り裂き、血かどうかもわからぬ黒々とした体液が噴き出す。
破壊神の身体が、少しだけ揺らいだ気がした。

「アリスさんっ退いてください!」
そのアリスの攻撃に連なって、竜神王の剣を手にシドーの前に滑り込んだのはエイトだ。
彼の攻撃スキルは元々ヤリでの攻撃に特化している。だが剣での攻撃になんの小細工もなしかと言えば、そうではない。
振り上げたその手が雷光を発する。
雷は腕を伝って握られた竜神王の剣を覆い、エイトの手ともども、巨大な光の剣と化した。
「はっ!」
溢れ出すオーラを振り回すように身を躍らせる。
空間を切り裂くように伸びたオーラは、回転しながら動かぬシドーの体に叩き付けられた。

背中に深傷を刻み込んだギガスラッシュの手ごたえに、しかし会心の笑みを浮かべるでもなく、
エイトは更なる連撃に備えて構える。
アリスのように激情をさらけ出してぶつけることはない。だがエイトもまた、仲間を失った動揺で冷静さを欠いていた。
(とにかく今、攻撃しなければ)
もう回復させるわけにはいかないのだ。もう一度ベホマを使わせたら、ピサロの捨て身の大打撃を無為にしてしまう。
だから隙を与えないためには連続攻撃しかない。多少拙い攻撃であっても、繰り返す。
それが今彼らにできる、最善にして唯一の方法だった。

「エイト!!」
背後から掠れた叫びを聞き、エイトはそのまま飛び離れた。
「王者の剣よ、今一度力を貸せ!」
両足で偽りの大地をしっかりと踏みしめ、王者の剣を横に構えてアレフは念じる。
先にもシドーに向けて放ったバギクロスの破壊の突風が、避けることをせぬ敵の巨体を包み込み、切り裂いた。

アリスは目元をぐいと拭いながら、エイトは心を鎮めるように胸元を掴み、アレフは王者の剣を握り締め、
その光景を決死の表情で見ている。
この攻撃が身動き取れぬシドーに決定打を与えられることを、破壊神を葬り去ることに繋がることを、
三人は祈るような思いで見つめていた。
やがて、聖なる風は収まり、シドーの姿が再び彼らの視界に映る。
そこには傷付いて動けぬ破壊神が、致命傷を負い、最早消滅の一途を辿らんとする、敵の姿がある、筈だった。

『少し、五月蝿いな』

シドーはそこに、立っていた。
胸の悪くなるような笑みを浮かべ、深傷に苦渋の声を漏らすこともなく。

三人は言葉を失う。

起き上がって再び晒した正面、及び顔面は、背中側と違って大した傷は見られない。
来るとわかっている打撃に対して、神を名乗るほどの力と知性を持つ“それ”が、防御をしないわけがなかった。
放たれたマダンテに対して咄嗟に祭壇に降り、それでも回避しきれないと判断すると羽で巨大な体躯を覆い、
背中で正面を庇ったのだ。
だから傷を受けても深手にはならず、アリスたちの攻撃に対してもそれほどの痛痒を感じずにいた。

『――だから、愚かと言うのだ……』

打ちのめされる三人はしかし、一つの違和感をも覚えていた。
それは、先ほどまでシドーが何の動きも見せていなかったこと。
ここまで何事も無いように振舞えるのに、なぜ先ほどまでは動けなかったのか。
否――――動けないように見せてあくまで防御に徹し、うずくまったままその場に留まっていたのか。
にたりと笑みを深くする口から、赤黒いものが零れ落ちている。

『いくら、希望を託せど……死したからには、我が渇きを潤すだけというのに……』

三人の間をかつてないほどの戦慄が走る。
あってはならない、認めたくも無い、だが認めざるを得ない醜悪なシドーの行動を、徐々に彼らは理解する。
動けなかったのではない。動かなかったのだ。
ただその場に降り立ち、背中を丸め、その地面にあるものを、“貪っていた”。

「まさか……貴様……」
『潤うな……さすがは、仮にも魔族の王だ』

不要とされたのか、見覚えのあるザックだけが、バサリとその口から零れ落ちた。
絶句し、立ち尽くしてしまった彼らの前で、破壊神は呪文を紡ぐ。

――――“ベホマ”
「あ――――!!」

しまったと、誰かが正気に戻って声を上げたがもう遅い。
シドーの傷が、消えていく。
ピサロが命を捨てて刻み付けたものが、アリスたちが必死で繋げたものが。
たった一つの魔法で全て、消え去せていった。

 
***

 
もうシドーにベホマを使わせるわけにはいかない。
ピサロが投げ出した生命を、その輝きが繋ぐべき最後の希望を消させるわけにはいかなかった。
動けるものは総攻撃にかかっている。ピサロが、最期に言い残した通りに。
だから今、傷付いたアレンを回復できる者はいない。

戦場に横たわる一匹の竜は、破壊神を見つめている。
マダンテによって祭壇に墜落し倒れた破壊神、そこに斬りかかるアレフたちを。
仲間を失った動揺からか、それらの攻撃はひどく無鉄砲で統率を欠いているように見えた。
距離を離しているために戦闘には今のところ巻き込まれずにいたが、そのうちどうなるかはわからない。
なにより彼自身、いつまでも見ているつもりはない。
自力での回復手段も効力が弱いとは言え持っているし、折を見て前線へ向かうつもりではいた。

だが一つ、そんな彼を思考の渦へと向かわせている疑問がある。
それはどうしてシドーがグランドクロスを使えるのかということだった。
最初はシドーが曲がりなりにも、邪悪であっても神として君臨するからだと、そう思った。だが、本当に?
グランドクロスは祈りを込めて切る十字の力だ。故に本来は聖職者、信仰を神に捧げる者にしか使うことはできない。
かのマルチェロさえかつては神の下に心身を委ねた者であり、自身の思いを祈りに変えるすべを知る一人の人間だ。
祈る資格を持ち、祈りの作法を知り、祈る心を知っている。
アレンはそこまでかの技の知識を持つわけではない。だが漠然と思うのだ。
聖なる祈りとは対極に位置するはずのシドーがグランドクロスを使えることは、何かがおかしい。

――ふと、先ほどの光景が蘇る。
フォズの祈りによって闇の衣から参加者の魂が解き放たれたとき、
少女に導かれることを拒んだ霊たちを口腔に放り込んで咀嚼した、醜悪なその様を。

(……魂を喰って得た力、か)

予測した、更なる相手の手の内に、竜はぎりりと牙を噛みしめた。
(終末の時は、近いのかもしれぬ……このままでは)
こちらの癒しは未だ封じ込められ、向こうは最大の回復力を持つ。
それだけでさえ、あまりに酷なハンデであるのに――――
想定したくはないことだが、こちらが犠牲を出すほど敵は力を強める可能性がある。
そうなれば勝ち目は、万に一つも無いだろう。

そのとき。アレンの発達した聴力は、ひとつのか細いうめき声を拾う。

「う……」
首を動かせば、マリアがふらふらと立ち上がっていた。
傷だらけだが意識ははっきりしているようだ。頭をぶんぶんと振って顔を上げ、戸惑いながらも戦場を見渡す。
その視界に動けぬ竜の姿を認め、端正な面差しに驚愕と悲壮を浮かべて駆け寄ろうとした。
しかし足場が悪く、またマリアの乗る足場とアレンの乗る足場には、少女が飛び越えるには距離がありすぎる。
結局傍に行くのは諦め、代わりに声を届けようと、喉をふりしぼった。

「アレン!!」
「マリア……無事ノヨウダナ」
「ええ。でも、あなたはどうして、その傷……! 今、回復を」
「待テ、マズハ自分ダ」
「でも」
「ナニ。致命傷ニハ程遠イモノヨ」
思ったより流暢に答えてくれる竜の姿に、少しだけ安堵する。だがそれだけではマリアの混乱は収まらなかった。
現状が、まるで把握しきれない。
「教えて、一体何が起こったの? 確か、奴に一斉攻撃を仕掛けて……そこから……」
「状況ハ一変シタ。最早奴ニ一ツノ隙ヲ与エルコトモデキヌ。……時間ガ無イ、マリア、心ヲ鎮メテ耳ヲ貸セ」
矢継ぎ早に紡がれる竜の言葉に、マリアは眉根を寄せる。
その柔らかな少女の心に染み通るよう、そして突き付けるように、アレンは明瞭な声で告げた。

「ピサロガ死ンダ」

マリアの心臓が矢で射抜かれたかのような衝撃に貫かれる。

「うそ……」
「我ラノ一斉攻撃ハ相殺サレタ。シカモ、奴ハベホマデ傷ヲ回復シタ。
 ダカラ突破口ヲ開イタノダ。ピサロハ一人奴ノ懐ニ飛ビ込ミ、全テノ魔力ヲ解キ放チ、同時ニ奴ノ攻撃ニ貫カレタ。
 ドウアガイテモ、生キテハイマイ……」
「待って、待って。あの攻撃が相殺されたって、どうやって!」
「破壊神ノ聖ナル祈リニナ。出鱈目ナ話ダガ」
忌々しげに竜が吐息を漏らす。マリアの頬を透明な涙が伝った。
「うそ……ッ!」
「マリア……絶望ハ奴ニ力ヲ与エル。最早猶予ハ無イノダ。ピサロノマダンテハ確カニ奴ノ瘴気ヲ飛バシタ。
 酷ナコトシカ言エヌガ、コノ機ヲ逃スワケニハイカヌ」

そう言って竜は、厳しい眼差しで戦場を見つめる。先の攻撃より動きを止めた破壊神を、そこに立ち向かう三人を。
マリアもまた同じものを見る。今もなお戦い続ける、どんな逆境にあっても決して希望を捨てぬ勇者たち。

マリアはベホマで自分の傷を癒しながら、祈るように目を閉じた。
諦めるなと言った、ピサロの言葉を思い出す。
それはつい先刻のことだ。フォズが見守る中で行われた二人の賭け、小さなメダルを以て優勝者を決するその前に、
一人悲壮ともいえる決意を宿したマリアの胸のうちを見透かしてピサロは言った。諦めるな、希望を持ち続けろと。

(――じゃあ、あなたは? 諦めてしまったの?)

同じく復讐という目的を共有しながら、道半ばにして倒れた彼の最期に思いを馳せる。
目を開けても、その亡骸をマリアの位置から確認することはできない。
本当は倒れ臥してるだけではないか、
今にも起き上がってあの皮肉めいた笑みを浮かべてくれるのではないかと、疑う気持ちもあった。
だけどそれはありえない。ピサロの最期は、アレンが確かに見届けている。

未だ一割程度しか力を発揮しない回復力では、ベホマを以てしても完治に至るには程遠い。
だからマリアは自分の回復もそこそこに、足場のぎりぎりで膝をついて身を乗り出し、
細い腕を精一杯アレンの方に伸ばして、再びベホマを唱え始めた。
彼自身のベホイミでは癒しきれなかった傷が、少しずつ塞がっていく。

(諦めた……いいえ、きっと違う)
マリアは思う。ピサロはきっと、求めていたのだと。
自分に相応しい死に場所を。命に代えてでも希望を繋ぐことのできる、その瞬間を。
破壊神への復讐を果たす、その願いを仲間に託すことができる、それは確かに、彼にとっての希望だったはずだ。

(そう、私も……)
今のマリアをなにより焦がれさせるのは、やはり破壊神の命。彼と同じく、復讐という悲願。

――――託すことができるなら。守ることに繋がるなら。

ベホマの光は、尚もアレンの巨体を淡く照らしている。
だが距離が離れているせいか、或いはその巨体のせいなのか、彼に至っては余計に回復効率が悪い。
マリアがそのことに気付き顔をしかめると、アレンはグルォオオ…と短く吼え、頭を振り上げた。
もう行け、という合図だ。

「今治しきるのは無理そうね……」
申し訳なさそうな表情を浮かべて立ち上がるマリアに、竜は溜息にも似た吐息を漏らす。
「案ズルナ……オ前モ回復シキレテイナイダロウ」
「私は平気。先に、行ってるわ」

凛然とした眼差しで戦場を見つめるマリアは、一片の迷いも浮かべることなく毅然と立っていた。
「ワシモスグニ向カオウ」
「無理はしないで」
「アア。……マリア、守リハドウシタ?」

アレンの言葉に、え? とマリアは素っ頓狂な声を漏らしたが、すぐに彼女が首から提げているルビスの守りのことだと気付く。
当然胸元にあるだろうと、自然な動作で手を置くが、そこにある筈のものには触れなかった。

「え――!?」
背筋が凍る。見下ろせば、胸元には何も下がっていない。
はっとして先ほどまで自分が倒れていた足場を見ると、そこには首から提げていたはずのルビスの守りが落ちている。
「鎖が、切れてしまったのね」
この激戦の中においては仕方ないだろう、むしろこの異空間の中へ消え去りはしてなかったことに安堵した。
息をついて拾い上げようと手を伸ばせば、その紋章はほのかに、意志を持ち自立するかのように、光を放っている。

――意志を持って、離れたのかもしれない。

頭に浮かんですぐ、おかしな妄想だと自嘲した。この期に及んで、自分はなにを考えているのだろうか。
だがやがて、どこか納得したように、マリアは頷いた。
(そうね……私にはもう、相応しい守りではないのかもしれない)
相手を滅ぼすことだけを望む自分と、命を司る紋章の輝き。こうして並べてみると、確かに不似合いだ。だったら。
そっと、拾い上げる。この守りを胸に抱くのに、もっと相応しい存在がいると思った。
マリアが倒れていた場所から、アレンとは反対側の足場で今もなお気絶している、幼い少女。

(フォズさん、どうかあなたは生き延びて)

マリアは足場を飛び越えてフォズの傍に行き、彼女の傍らに守りを置く。
ルビスの加護がこの力なき少女を守るよう、祈りを捧げた。
ピサロはもう、いないから。

 
***

 
「許しません」
アリスは怒りに身体を震わせた。
仲間を失うばかりかその亡骸さえ穢されたことに、それをみすみすさせてしまった自分に。
「許しません」
アリスは憤怒の形相を浮かべて立っていた。
地獄の底から湧き上がるような激情に、足のつま先から髪の毛先まで、体中が熱く焦がされていく気がした。
「許しません」
アリスは最早己を焦がす憎しみを抑えようとはしなかった。
目の前の敵を滅ぼすこと、それは勇者としての使命ではなく、アリス自身の望みであり矜持であった。

「お前は――お前だけは!! 絶対に絶対に絶対に許さない!!!」

アリスは果て無き怒りに狂い、吼えた。

シドーに与えた傷はベホマでほぼ塞がれた。
もう一度、先と同じところまでダメージを与えられるかどうかすら、現状では疑わしい。絶望的とさえ言える状況だ。
だが嘆く暇も迷う猶予も無かった。アリスの怒りの炎は最早、鎮まる術も無く燃え盛っている。
「アレフ、エイトさん、援護を!」
「あ、ああっ」
上擦った声を返して前に出るアレフを見送り、アリスはギガデインを唱えるべく集中し始める。
エイトが先陣を切った。繰り出された爪の一撃を、竜神王の剣で見事に受け流す。

『どこまでも哀れな者たちよ……早々に、絶望に身を委ねれば良いものを』
(煩い)
破壊神の哀れむような声を心の中で苛立たしげに一蹴し、アリスは詠唱を紡いだ。
 
「天よ、照覧あれ――」
『強く、賢しき者たちよ……
 最早気付いているであろう。今のお前たちの努力が、なんの意味も成さないことを』
(黙りなさい……っ)
集中が乱される。シドーの巨大な、未だ血の滴る口から激しい炎が吐き出された。
アレフとエイトがそれぞれアリスの前で盾を振りかざし、炎になぶられながらも少女を守る。

「全てを滅ぼさん闇を、嘆きを与えし魔を、冥府へといざなえ」
『少し頭を働かせれば、目を向ければ、その事実にはいくらでも思い至るであろう。
 本当は、思っているのだろう? 先の、己の仲間の犠牲すら、無意味だったのではないか……とな』
(煩い、煩い……!!)
シドーが一言口にするたび、アリスの心が激しく掻き乱されていく。
理性をどんどん失っていく少女の口から、辛うじて詠唱の続きが発された。

「来たれ、正義の雷!」

爪の攻撃を打ち払ったアレフが、続けて繰り出された羽に直撃して転がった。
エイトが彼の名を呼んで駆け寄り、更なる追撃を切り払って庇う。
パチリと、雷の爆ぜる音が響いた。気付いた二人がシドーから飛び離れる。
かっと開かれたアリスの瞳がきらめいた。

「滅しなさい、破壊神よ!! ギガデインッ!!!」

『――ぬるいわ』

さながら竜のように唸る雷光が迫るとともに、シドーの足下から別の力が這い上がってくる。
吹き荒れる暴風に、真っ先に気付いたのは最も近くにいたエイトだった。
(また相殺!? これは――……!)

「二人とも、ここを離れてください!!」
「!?」
響き渡った怒鳴り声に、呪文を解き放ったまま無防備に立ち尽くしていたアリスを抱えて、
アレフは咄嗟に祭壇を駆け下り、別の足場へと飛んだ。
振り返ればエイトも付いてきていたが、彼は剣をザックにしまい素手の状態で、二人を守るように仁王立ちしている。
先ほどもエイトの『大防御』によって守られたアリスが、はっと我に返り、目を見開いた。

祭壇上では異なる二つの雷光が光を強め、片方は天から、片方は地の底からそれぞれ強烈なエネルギーを生んでいた。
勇者の雷に対抗するそれは、地獄の雷ジゴスパークだ。エイトが誰よりも早く気付いたのは同じ技を習得しているからで、
彼は地に足をつけて構えながらも既視感に眉を潜めた。似たような感覚を、彼はつい昨日にも体験している。

(これは、このジゴスパークは……あの人と同じ……!)

構えをとる手足が震えた。こうも巨大な力が再びぶつかり合えば、規模はどうあれ後ろへの被害は避けられないだろう。
ましてや先ほどからの激しい攻撃で今にも崩れ落ちそうな脆い足場ばかりなのだ、
こちら側への余波の勢いを殺すためには、『大防御』で強固な守備力を誇るエイトが盾として踏ん張るしかない。

「来い……ッ!!」
地の底から現れた黒々とした雷光が渦を巻き、天から放たれた雷撃を退けていく。
祭壇が衝撃に耐えられずひび割れ始めた。
『だから、それが』
破壊神の笑みが深まる。

『愚かだと言っているのだ』

二つの雷が衝突する。
吹き荒れる強風に衣服がはためき、衝撃波が津波のように押し寄せる。
ざり、と、踏ん張る足が少しずつ押し出されていくのがわかり、さっとエイトの背筋が冷えた。
――ダメだ、耐えきれない。
せめて庇っている二人に告げようと、エイトは僅かに首を動かす。
「逃げ……」

次の瞬間、エイトの身体は宙を舞っていた。

「――!」
叫ぶ間も与えなかった。
祭壇は砕け散っていき、闇の中粉塵と化して消えていく。
やがて風は収まるが、吹き飛んだエイトの身体はこのまま果て無き闇の中へ放り出されるかと思われた。
彼が飛ばされていった方の足場へアレフが咄嗟に飛び出し、王者の剣を振るう。
(間に合え!)
みたび巻き起こったバギクロスがエイトの身体を包み込む。綱渡りをするかのような集中で、必死で風を手繰った。
アリスが身を乗り出して両手を広げる。
「エイトさんッ!!」
聖風によって浮き上がり、速度を落として落ちてくるエイトの身体をアリスは全身で受け止めた。

間一髪で、全員が足場の上に身を確保する。咄嗟に限界ギリギリの集中を強いられたアレフが、荒く息をついた。
「けほ、かはっ……す、みません、二人とも」
アリスの腕の中でそう言いながら咳き込むエイトの状態は、致命傷で無いとは言え満身創痍だ。
二人はそれぞれ自責の念に駆られ、顔をゆがめた。
「いや、謝るのは俺の方だ。無事か」
「すみません……私が、あんな無茶をしなければ」
ことにアリスは、直前の自分の攻撃が原因にもなったようなもので、
しかもそれが我を忘れて放ったものだったから余計に苦い思いを抱いていた。
立ち上がろうとするエイトを留めてベホマを唱える。彼の勇気に、自分の弱さに、涙が出そうになる。
思いに身を任せるのはいい。だがそれによって仲間を危険に晒すようなことだけは、あってはならないのに。
(何をしているのです、アリス……!)
いくら復讐心に焦がされようとも、正義の心を見失ってはいけない。父の叱咤が聞こえてくるようだった。

だが戦いのときは、アリスに内省を促す時間さえ与えてくれない。

『“ベホマ”』

またも、シドーの傷が消え去った。
それを悟った三人の心がじわじわと絶望に蝕まれていく。
アリスのギガデインがどれほど敵にダメージを与えていたかはわからない。
だがどれだけ与えていたとしても、今のシドーには関係の無い、意味の無いことだった。
ただ呪文を唱える隙さえあれば、いつでも傷は癒せるのだから。

(違う……ダメだ、こんなんじゃ……)

アレフはギリリと歯噛みした。
このままではダメだ。小規模な攻撃では痛手を与えられず、大規模な攻撃を試みれば相殺され、最悪足場を失う。
そして如何なるダメージを与えようとも、少しの隙を与えればすぐに回復されてしまうのだ。
これでは成す術が無い。だが今、アレフはそれ以上に、強く思うことがあった。

(誰かが犠牲になってちゃ、ダメだ……『死』そのものが、奴の、力だ……望みなんだ……)

アレフもまた、エイトと同じく昨日“彼”のジゴスパークを見ている人間だ。
見ている、どころか真っ向から斬り結んだ彼が、その技に気がつかないはずはなかった。

術や技は例え同じ名のものでも、行使する術者の魔力や構築方法によって姿を変える。
威力の大きいものは特に、その傾向が見られる。
だが今シドーが放ったものは威力の差を除けば紛れも無く、ピサロが修得していた、そして放ったものと同じ技であった。

アレフの脳裏に先のおぞましい光景が浮かぶ。
背中への攻撃を厭わずに、まるで捕食動物のようにその亡骸に喰らいついた姿。
闇に染まった魂を口にしてその身体が黒々と染まった時と同じ――彼の死が、破壊神に力を与えてしまったとしたら。

重傷を負い、息も絶え絶えの状態であるエイトも、似たような確信を強めていた。
ジゴスパークが恐らく、ピサロの亡骸――或いは死して遺された魂――によって得た力であるならば。
あのグランドクロスもまた、……悲しいことではあるが――
死して尚闇に染まっていたのだろうマルチェロの魂を喰らうことによって、シドーが得た力だろう。
グランドクロスに関しては特に、そうでなければ説明がつかなかった。
闇の究極に位置する破壊神が聖なる十字を切るなどと、最早相手にとっても皮肉でしかない。

敵はなりふり構うことをやめている。
知性ある言葉を、哀れみに満ちた謳い文句を聞かせながらも、ただひたすらに絶望を与えようとするその姿は――――
人の知恵や組み立てた理屈では及びもつかぬほど、純粋で、そして果てしない闇のようだった。

ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………

闇の衣がはらわれたときと同じかそれ以上の衝撃を伴い、邪神の咆哮が響き渡った。
巨大な翼をはためかせ、上空からゆっくりと近付いてくる。アレフたち三人がいる足場に向かって。

(どうする……どうすればいい!? 一体どうしたら……!)
王者の剣を握る手に力を込めて、だけど未だ打つ手も見出せず、アレフは戸惑いの渦中にあった。
エイトはまともに動かせる状態でなく、アリスはその回復で手一杯な上に、彼女自身の負傷も酷い。
今破壊神に対峙できるのは、アレフしかいないというのに。

(ローラ……俺に、力を貸してくれ……!!)

迷いと絶望に押し潰されそうになりながら。
勇者は愛するその人の名を胸のうちに叫び、固く目を閉じた。

その刹那――――

 
「天の精霊、歌え断罪の聖歌」

 
アレフの後ろから、鈴のような声が響き渡った。

「掲げられし王錫の下、王に成り代わり我らは命ず」
詠唱は素早く紡がれていく。歩みを止めない彼女はアレフをも抜き去り、破壊神と真っ向から向かい合った。
その小さな背からは、一筋の恐れも感じられない。

「落ちよ、万物を砕く精霊の槌! ――イオナズン!!!」

シドーの片翼の付け根辺りで爆発が起こった。爆風に、風のマントがはためく。
その衝撃にも揺らぐことのない少女の身体は、ゆっくりと、背後の勇者たちを振り返った。

「遅くなってごめんなさい。……ここも、じきに崩れるわ」
「マリア……!」
「後は、任せて」
傷だらけのエイトとそれを癒すアリスに微かに憂いの表情を浮かべ、だがすぐに敵へと視線を転じ……
アレフと、彼が愛した女性の命の連なりの先にある、その少女は。
一人破壊神に対峙する。

「待て、マリア――」
アレフの静止は届かない。
マリアは睨むような眼差しで厳しく、一瞬崩したバランスを持ち直して迫るシドーを見据える。
その背中には見覚えがある。一人で闇に対峙するその覚悟、己の命を顧みることの無いその背中は。
アレフが今しがた、あの永遠のような一瞬の中で、銀髪の男に対して感じたものとよく似ていた。

(やめろ……。やめてくれ……)

うめき声が、闇のとばりに溶けて消える。

 
***

 
――――あのときは覚悟が、足りなかった。

マリアが、目の前の破壊神に対峙するのはこれで三度目となる。
一度目は頼もしき二人の末裔と共に、二度目は優勝者として一人で立ち向かった。
だが圧倒的な力の前に、少女は一人では、いつも無力だった。
強くなったつもりでいたのだ、いつだって。なのに。
どこかでずっと恐怖に震えていた気がする。迫り来る死が、怖かった気がする。

そう……本当は怖かったのだ。この神殿の入り口で、首輪を外す順を決するときでさえ。
この先自分に未来が残されている可能性など、限りなくゼロに等しいのではないか、と。
そう思ったのは、最後まで彼女を戒めた首輪の存在に、少なからず心を惑わされたというのもあるだろう。
だけど、それ以上に――マリアには、復讐以外、何も残されていない。
懐かしき故郷も、血の繋がりも、自分と同じ伝説の血を継いだ二人の末裔ももう、全ては失われてしまった。
たった一人でハーゴンに挑むことを望ませたその思い……裏を返せばそれは、未来の見えない不安だ。
例え自分がこの先、生きていく場所などどこにも残されてないとしても、
せめて己に残された使命、己とハーゴンとの忌まわしき因縁だけは、必ず清算しようと思ってた。

だが、目の前の敵にはもう、ハーゴンの面影は無い。

マリアは思う。
目の前の破壊神は確かに、ハーゴンの遺志に同化したものだ。
哀れみに満ちた言葉やその口調自体は、マリアの知るハーゴンのそれに通じている。
だが今彼女が向き合っているそれは、最早その遺志を離れた。ただ純粋に、絶望を欲する闇でしかない。
果てしない渇きを潤すために、死した魂を飲み込む姿。
そこには、誰の意志も願いも理由も存在しない。
だからどれだけ憎しみをぶつけても、返ってくる心は何も無い。

これが彼女が求めた運命の答えだ。
末裔たちが滅ぼせなかったもの、それ故に生まれたこのバトル・ロワイヤルの悲劇の根幹。
そこにはただ、深く絶望を求める意志が存在しているだけだった。

ピサロに見透かされていると気付いたとき、希望を持てと言われたとき、本当に嬉しかった。
まだ甘えてもいいのだと言ってもらえたようだった。
そう、思えばあのときから、マリアはとうに知っていた気がする――かつての魔王たちが元々持っていた覚悟。
未来を希求する者たちの、踏み台になろうとする覚悟を。
そうしてピサロは“同志”であったマリアにさえも、希望を持つことを示してくれた。
それは紛れも無く、彼の優しさであったけれど……だからと言って、身を委ねてばかりいるのは甘えだ。

もう彼はいない。そして欲しかった答えは出た。
ならばマリアは果たさなければならない。ロトの末裔として、かつて邪神を滅ぼせなかったものとして――――
ケリをつけなければ、ならなかった。

 
シドーにより近い足場へと移動し、魔力を再び展開させる。
最大限の集中をもって、最短の時間で解き放つ。
爪を構えたシドーが迫り来るが、ピンポイントで狙うのだから外す筈が無い。
マリアの頭は冴え渡っている。

「イオナズン」
「――!!」
再び、シドーの翼が爆ぜる。
先ほど狙ったところとほぼ同じ箇所、片翼の付け根。
詠唱を破棄した分威力は半減しているが、動きを止めるには十分だ。
爆風が少女の頬を撫ぜ、そして衝撃の余波なのか、彼女の立つ足場に唐突にひびが入った。
咄嗟に隣の足場へと飛び移る。先ほど装着しなおした風のマントのおかげで、マリアの身は羽根のように軽い。
だがたった今まで彼女がいたそこは、跡形も無く崩落していった。

安堵の息をつく時間は無い。
閉じかけた魔力のフィールドをみたび展開する。
一歩誤れば彼女自身に牙を剥きかねない、危険な上級魔法の連打。
それでもマリアの高まる意識は、ただひたすらに破壊神へと向けられている。

『……如何なる時も、お前は独りであるな……怨念に囚われし、亡国の犬姫よ』

挑発を決然と無視して、マリアは呪文を解き放つ。
マリアにとってはもう――過去の因縁は、彼女を揺るがすものではなかったから。
三発目のイオナズンが、少し外れて腕の付け根に当たった。
高度な魔法を詠唱もなく連続して唱えているためか、頭がガンガンと打ち付けられたように鳴り響くが、
少女は尚も魔力の展開をやめようとはしなかった。
長い髪をまとめていた、先の攻撃ですっかりぼろぼろとなった頭巾を、煩わしさのために取り払う。
戦場に、菫色がふわりと広がった。

もう、一かけらの容赦もしない。
その死を見届けるまで、否、見届けても尚。
地獄の果てに至るまで、彼女はこの魔法を打ち続ける。

『王女よ……今一度、我が依代とはならぬか? ここではお前の持つ苦悩など、蜃気楼に等しい』
「――イオナズンッ!」

妄言を吐き散らすその口を意図して塞ぐかのように、放たれたイオナズンによりシドーの唇が爆ぜた。
マリアの息が荒くなる。頭が割れそうに痛む。
それでも頑なに揺らがぬ細い身体は、五発目のイオナズンに向けて魔力を加速させていく。

だがシドーも、いつまでもその呪文の連打を見逃したりはしない。
次の魔法は発動させまいと、爆発を振り切って素早い動作で爪を振りかざす。
マリアはなんとか身を捩って避けるが、シドーが狙ったのは彼女自身ではなく、その足場。
強烈な二連撃がマリアの立つ地面を抉り、叩き割った。

「ッ――……!」
風のマントの力を頼りに別の足場へ飛ぼうとするが、すんでのところで届かない。
まだだ、まだ死ぬわけにはいかない――――
闇の中、重力に抗い懸命にもがく少女の元に、一陣の風が吹く。
とさりと、落下した衝撃が軽いのはやはり身に着けた外套のおかげだろう。
落下していたはずの身体がいつの間にか上昇しており、上からの大気の抵抗を受ける。
なにか飛んでいるものの上に、自分は乗っかっているようだ。
気付いたマリアががばりと身を起こすと、彼女を乗せた竜が薄く笑んだように見えた。

「アレン……!」
「全ク、無茶ヲスル」
行クゾ、と短く囁いて翼を羽ばたかせ、更に上昇する。
その鱗に包まれた身体は未だ酷く傷付いていたが、飛び立っても支障ないほどには回復したらしい。

足場のある高度まで戻り、改めて眺めてみると、
かつて祭壇のあった場所、今いるシドーの周りの足場はほとんどが崩れていた。
これでは他の皆が近付けないと、内心アレンは眉をひそめる。
だがマリアはシドーを視界に捕らえると、すかさず魔法を展開しだした。その早さにアレンでさえ思わず目を剥く。
魔力のきらめきを込めた瞳が、破壊神に向けられる。
シドーが何かを唱えようとしていたが、それよりも早く。

「――イオナズンッ!!」
『グギャァァァアアアアアアッッ!!!』

五発目が放たれると同時に、胸の悪くなるような絶叫が響き渡る。
先と同じように翼の付け根を狙った爆発により、ついに翼が千切れて闇の中に落ちていった。
バランスを保てなくなったシドーが、その巨体を近くの足場に墜落させる。

上がる粉塵を、その中にいると思われるシドーを油断無く見据えながらも。
背中に乗せた少女が咳き込むのを感じながら、竜は苦しげに顔を歪めた。

(そういう、ことか……)

付け根部分を集中的に狙い、先に両翼を落とそうという、彼女の判断は悪くない。
この戦場に用意された足場は元々ひどく脆いものだ。
最も大きかった祭壇でさえ、先の相殺で跡形も無く崩れ去るほどに。
――無論グランドクロスやマダンテなどで、元々弱っていたのもあるだろうが――
どうしても、アレンを除けば地上でしか動けないマリアたちは、翼を持つシドーに比べて遥かに不利だ。
上から狙い撃てる上に、向こうは足場を壊し放題なのである。
だが、肝心の翼が落とされればそれも別。
敵も地上でしか戦えなくなり、そうなれば今までのように、簡単に足場を壊すわけにはいかなくなる。
ベホマで翼まで元通り生え揃ってしまうかはわからないが、使わせなければいい話だ。
勝算はわずかでも増えるだろう。

一方で――問題は翼を落とすまでだ。
生身の人間の足ではもうシドーのいる高みには届かない、だからマリアは風のマントに賭けたのだろう。
そして、敵にベホマを使わせるわけにはいかないこともわかっている。
だから自分に使える最上の威力の魔法を、最短の間隔で唱え続けなければならない。
詠唱を破棄し、魔力の展開を早める。それは明らかに、術者の精神力を削り取っていくであろう荒業だ。
続けていれば彼女の身がもたないのは間違いない。現に、マリアはすでに酷く憔悴しきった様子でいる。

生半可な覚悟ではない。否――自分の命を惜しんでいては、到底成すことのできない所業だ。
アレンはすっと目を閉じる。一匹の竜は、マリアの覚悟を静かに受け容れた。

(最後まで――――おぬしの傍にいようぞ、マリア)

それは、自らもまた、必要とあらばその命を投げ出す覚悟を持つ者の誓いだった。

シドーが地上に降りたというのに、アレフたちが追いついてくる様子は無い。
足場を失い、シドーに近付ける術が無くなったため、三人とも一旦フォズの傍へと後退したようだ。
今シドーがいる足場の周囲にも道らしき道は無いため、無理もなかった。
必ず手の届くところまで墜落させてやろうと誓う。

「っ、ごほっ……」
そのとき、背中で身じろいだマリアの気配に、アレンは羽ばたく速度を落とした。

「マリア、無事カ」
「え、ええ、ごめんなさい。シドーは……」
「ソコダ」
そう言って視線で示す先には、片翼を失って動きを止めているシドー。
起き上がるまでに少しの猶予があると判断したマリアは、頭を振り払って身を起こした。
弱っているであろう身体をいとわずに、先ほどまで破棄し続けていた詠唱を口にする。

「天の精霊、歌え断罪の聖歌……」
だがその詠唱に反応したかのようにシドーは突然起き上がり、そして片翼のみで羽ばたきだした。

『絶望、せヨ……希望を持たヌ者どもよぉぉオおおおおオオオッ!!!』

先ほどまでとは違い余裕の無い喚き声を上げながらも、予想以上の速さで迫ってくるシドーに、
アレンは背中の少女を案じながらも止むを得ず旋回した。
それを追い、二人を丸ごと溶かそうとするように、シドーの口から激しい炎が広範囲に吐き出される。
「サセルカ!!」
浴びせられかけた炎を翼で振り払い、避けきれぬ炎にのみアレン自らが吐き出す炎で相殺する。
まともにぶつけ合っては勝てないことがすでに証明済みだからこその回避策だ。
そしてその攻防に振り回されながらも、マリアの詠唱は続いている。

「掲げられし王錫の下、王に成り代わり我らは命ず……」
『我の前ニ平伏せ――哀れナる――死ぬが、よイ――死ヌガ、よい――!』
翼を落とされたことで恐慌状態にあるのか、或いは繕っていた知性が崩れ去ろうとしているのか。
闇に轟く叫びは鳴き声とも付かぬ声に混じって、酷く不明瞭に発されている。
容赦なく浴びせられ続ける炎に少しずつなぶられながら、それでもマリアに危害は与えまいと
必死で避け続けるアレンに痺れを切らしたのか、シドーは四本の腕を振り上げ爪をかざして突撃した。

「落ちよ! 万物を砕く精霊の槌!」
『そシテ、絶望の淵に落とサレるがヨい――!!』
アレンは歯噛みした。シドーはこの爪での連続攻撃が異様に早い。
一撃目を余裕を持って避け、二撃目も宙をきる。だがシドーはなおも迫り、アレンに肉薄した。
マリアにだけは近付けさせまいと広げたアレンの翼が、三撃目の爪牙に引き裂かれる。
呻いたアレンにシドーはにたりと笑みを深め、最後となる渾身の一撃を、その首筋に叩き込んだ。
鮮血が、はじける。
だが、アレンは倒れない。迫るシドーの顔に、自らも爪を振るった。
それを避けようとして飛び離れたシドーに向けて、高められた魔力が解き放たれる。

「イ オ ナ ズ ン !!」

シドーの残されたほうの片翼の付け根で、閃光と轟音が撒き散らされる。
醜悪な叫びを残して再び地に落とされるシドーと同時に、
遂に持ち堪えられなくなったアレンが、近くの足場めがけて半ば墜落するようになりながら滑り降りた。
くたりと身を横たえる竜に、魔力の反動でめまいに襲われながらも、マリアは必死で呼びかける。

「アレン! アレン、しっかりして!」
「アア、無事ダ……コンナモノデハ死ナヌ……」
「ごめんなさい、あなたを巻き込んで、こんな……!」
彼から飛び降り、抉られた首筋へ向かおうとするマリアをたしなめるように、
アレンはその鼻を彼女の頭に近付ける。

――時間が、無いのだ。今このとき、シドーにベホマを使われれば一貫の終わりなのだ。
だからアレンを癒す時間は無い。そうとわかっていても捨て置くことのできぬ心優しき少女を、
彼もまた優しく押し留める。
瞳を潤ませるマリアは、しかし尚もアレンが身を起こそうとしているのに気付き、
それを制止するように鼻先を抱きしめ、子供のように首を振った。
アレンがこれ以上飛びまわるのは無茶だ。下手すれば、そのまま闇の帳に落ちかねない。
時間が、無い。
マリアが決意に至るのは一瞬のことだった。

少女は竜から身を離す。
白い頬を、一筋だけ涙が伝った。
竜が目を見開いて少女を見つめる。

「……こんなところに置き去りにしてしまいたくないけれど」
「待テ、一人デハ行クナ……!」
「ごめんなさい。……ありがとう――」

か細い涙声は残り香のごとく竜の鼻先を掠めて、そして闇の中に霧散する。
アレンは翼を動かそうとした。だが片翼が持ち上がるだけで、抉られたもう一方には力が入らない。
アレンは身を起こそうとした。だが首の傷から黒々とした血はとめどなく溢れ、アレンの生命力を奪っていく。
それでもアレンはもがいた。なんとしても、かの末裔の少女を追わなければならなかった。
少女の涙を見た瞬間、アレンの体中を電撃のように貫いた、ひとつの確信のために。

死なせてはいけない。その想いだけが無限回廊のように響き続ける。そこには理屈も何も無かった。
彼女をひとり死なせてはいけない。
今更だ、本当に今更なのだ。だがその涙に、アレンは突如として気付かされ、思い知らされる。
マリアが、マリアが本当に望んでいるのはきっと、孤独な死なんかではなくて――――

 
いつだって、一人ではなかった。
自分がどれだけやり場の無い感情を、痛みや嘆きや憎しみや悲しみを抱えて苦しんでいたとしても、
いつも彼女の傍には仲間がいて、幾度ともなく凍てついた心を溶かしてくれていた。
時間が無いとわかっているのに、彼女の目の前に愛する仲間たちの顔が浮かぶ。
この歪んだ世界で誇りを貫き、散っていった命と、生き抜いた命。
その全てを守ることが、破壊神を滅ぼせなかった末裔の宿命であり、悲願だった。

覚悟はとうに決まっている。
なのに、どうしてか――――マリアの片頬を今も尚、涙が伝っている。

『取り繕うことはない――……本当は恐ろしいのだろう?』

どこからか聞こえてきた声に、マリアは静かに笑った。
不適ながらも、どこか自嘲めいた笑みを。

「そうね、本当は……今も少しだけ、怖いのかもしれない。
 だけどもういいの。みんなのおかげで、全てを受け容れられたのよ。
 それが、私の宿命だって」
『ならば、なぜ、お前は泣いている』
「どうしてかしら。お別れが、寂しいのかもしれない」

少女は、破壊神の前に再び立つ。
シドーが爪を振りかざす。彼女は先のように身を捻って避けようとするが、細い左腕が根元から吹き飛んだ。
同時にシドーの翼が爆ぜる。もう何度放ったかもわからないイオナズンが、
シドーに残された片翼をも、闇の中に葬り去ろうとしていた。

『なぜだ? なぜ、我に畏怖を抱きながら、そうも平然としていられる?』
「あなたを恐ろしいとは思わない。もう、憎しみさえ残っていないの。
 ……あなたはきっと、私の分身だから」

肩口から吹き出る血を撒き散らしながらも、マリアは呪文を展開する。
消えない炎。焼きついた惨劇。触れた亡骸の冷たさ。
すべての記憶は少女の中から、二度と消えることはないだろう。
その記憶が失われない限り、少女の中には復讐心と言う名の、深い闇が存在し続けるだろう。
少女だけではない。人は生きている限り、多かれ少なかれその心に闇を抱き続ける。
それは、紛れも無く――――彼女が相対する破壊神を成すものと、同じ存在だ。

『分身だと?』

次に発動したイオナズンは、シドーの側頭部を掠める。
迫るシドーの勢いを殺せず、巨大な爪牙がマリアの立つ足場を再び粉々に砕いた。
マリアは必死で片腕を伸ばす。
風のマントの加護もあってか、細い指が浮遊していた欠片に辛うじて引っかかる。
勢いあまったせいかバランスを崩したシドーを見据え、
マリアは、最後の詠唱を始める。

 天の精霊――
 歌え、断罪の聖歌――

「気付いたの。私にたった一つ残されたこの思いは、最早あなたの存在を成すものと同じだと。
 あなたを死に導きたいという、ただそれだけの願い……」

少女は、笑った。真実が、あまりにも皮肉なものだったから。
憎むべき敵だと思っていた相手の根幹と全く同じものを、マリアは自分の中に宿していたのだ。
それは人の知恵や理屈では説明がつかない……純粋で、果てしない、死への希求だった。

 掲げられし王錫の下、
 王に成り代わり、我らは命ず――

「だから、決めたの……私もまた、あなたの“死導”となるわ。
 そしてハーゴンの遺志を、この世から完全に葬り去る」

それは今は亡き、かつて共に闘った愛する末裔たちへの誓い。
この呪われた遊戯の中で失われた、全ての命への誓い。
そして、光を希求して闘っている勇者たちへと捧げる望み。

 落ちよ――
 万物を砕く、精霊の槌――

「それが、私から全てを奪ったものへの――――」

平衡を保てないまま、シドーはがむしゃらにマリアへと迫る。
爪を振り上げ、牙をむき出しにし、マリアの存在を消し去ろうとする。
だが、その全てよりも早く。
マリアは目を閉じた。

 
 
「最後の復讐よ」

 
 
そして。
シドーが、マリアの命のともし火を消すことは無かった。
同時に、最後のイオナズンが発動することもまた、無かった。

シドーが破壊をぶつけた先にもうマリアはいなかった。
既にマリアは、自分を戦場に繋いでいた脆い足場の欠片から手を離していた。
否、離したのではない。――離れたのだ。
度重なる魔法の発動によって限界を迎えたマリアの意識が途絶え、
指先に込められた力が失われたのだ。
まさに呪文を解き放たんとした、その瞬間に。

落ちる。
墜ちる。
自らを死導と言い放った少女が闇の中に墜ちていく。
風のマントが大気の抵抗を受けているせいか、ゆっくりと。
復讐に身を焦がし、そして意識を手放した亡国の王女が、深い闇の中へと消えていく。

 
その闇を切り裂くように、
一筋の光が走り抜けた。

 
「うおぉぉりゃああぁあああああああああッ!!!」

 
天馬が、光の速さで駆けた。
果てしない闇の中に勇者の咆哮が響き渡る。
二人の勇者を乗せた天馬は、落ち続けるマリアを追いかけた。
手綱を取るのは太陽の始祖、アリス。
そしてファルシオンがマリアの直下まで舞い降り、アリスの背に乗るもう一人の勇者は、
天に向かって両腕を広げた。

「マリアッ!!」

とさりと、人一人分の体重を感じさせない重みをもって、アレフの腕にマリアがおさまる。
彼がマリアをしっかり抱きとめたのを確認すると、アリスは手綱を素早く引いた。
目指す先は、傷付いた竜が待つ足場。
アレンはまるで祈るかのように必死に見つめていた深淵の底に彼らの姿を認めると、
未だ傷の塞がりきらない首を懸命に起こして、叫んだ。

「マリア!!」
「アレン、マリアは無事だ! まだ息がある!」
「ソウカ……シカシ、酷イナ、コノママデハ」
「マリア、しっかりしてください!
 目を覚まして、マリア!」
三人を乗せた天馬がアレンの待つ足場に辿りつき、
すぐさま全員でマリアの安否が確認される。
だが、アレンが口にしたように――少女の状態は酷いものだった。
左腕をまるごと失った肩口からは血がとめどなく溢れ、
精神力を極限まで使い果たしたその身体は最早、露出する皮膚すべてが青白いように見える。
ただ失われていない温もりと僅かながらも上下する胸を頼りに、アリスはすぐにベホマを唱えた。
癒しの魔法に光溢れる中、くたりと垂れ下がった手を掴み、その指を絡ませて懇願する。
二人、仄暗い井戸の底から命を繋ぐことを祈っていた、あの時のように。
「手を……この手を取って、マリア、お願い!」

その大きな目から、大粒の涙が溢れた。
アレンは彼女が成した所業を知っている、そしてそれを一度認めているために、
アリスのように懇願を口にすることはできない。
だが想いは同じ、彼女が目を覚ますことを心から願っていた。

闇の鼓動が、蠢く。
アレンたちの足場からは近からぬ場所で、千切れかけた片翼を頼りに宙を舞うシドーは、
波のように静かにとどろく何かを発し始めていた。
ベホマを唱えられるかと思ったが、どうも様子が違う。
天馬からアリスとマリアを降ろし、アレフは油断無くシドーの様子に気を配りながらも、
足場に降り立ったアリスに視線を向けた。

「アリス、二人を頼む」
「アレフ!」
「俺が、決着をつける!!」

左手で天馬の手綱を掴み、右手で王者の剣を握り。
虚空へ向けて、アレフは一人駆け出していく。
エイトは生死に関わらぬところまで回復を施し、彼自身とフォズを託して残してきた。
ここにいるメンバーでベホマを使えるのはアリスだけだ。
フォズのザックからファルシオンを探し出してマリアを追いかけてきたアリスは頷き、その背を見送る。
傷付いて未だ動けぬアレンも、また。

(もう、死なせない)
力強く見据える先には、不気味なまでの脈動を放ち始めたシドー。
片翼は既になく、もう片方も千切れかけている。それを成したマリアの姿に、ただ胸が痛み、憤りが湧く。
なぜ一人で行こうとした。
なぜ一人で、行かせてしまった。
仲間が死に急ぐことを許せぬ思いが、既に失った仲間への怒りと哀しみが、アレフの剣を握る手に力を込めさせた。
相手がどんな強敵であっても、アレフはそれを認めない。
もう誰も、犠牲にはさせない。

(俺はみんなと、生きてこの戦いに勝つんだ――!!)

 
決死の眼差しでアレフの背を見送って、そしてアリスは腕の中の少女に、再びベホマを唱えた。

「――ねえ、マリア。
 私、ちょっとだけ楽しみにしてるんですよ。
 この戦いに勝って、皆が元の世界に戻って、そしたら――いつかどうにかして、マリアの元に行こうって。
 そこで、国を復興したマリアと再び出会って、他愛もない話をして……」
目覚める気配の無いマリアに、アリスは微笑みかける。
涙は、留めることができないけれど、でもそこに浮かぶのは……哀愁ではなく、温かい思い。
例え生きる時代が違っても、多くのものを失ったとしても。
戦いが終わったその先を、一人ではない未来を信じる勇者の、強く優しい微笑みだった。

「あなたに、一人で戦わせてしまったことが、どうしようもなく悔しいんです。
 辛いことを、なにか深い苦しみを抱えていたなら、ほんの少しでいいから誰かに話してほしかった。
 あなたに犠牲になってほしいなんて、これっぽっちも思っていなかった。
 私は、マリアと一緒に戦って……そして、一緒に生きていたいんです」
ベホイミで自らの傷を癒しながら、アレンはアリスの囁きを聞いている。
深い、後悔と罪悪の念を、噛み締めながら。

「だから……まだ、間に合いますよね?
 私もよく暴走するけど、ついさっきもしたけど、たくさんたくさん間違えるけど……
 私が一人で戦ってしまいそうになったら、あなたに引き留めてほしい。
 そして、その逆もあっていいでしょう?
 仲間って、そういうものじゃないですか……そうでしょう? マリア……」
アリスもまた、旅の中でたくさん間違ってきた。己が犠牲になることが正しいのだと思うときもあった。
その過ちを正してくれた愛しき仲間は、もうどこにもいない。

「お願いです……目を開けて、マリア……!
 私はもう、誰も――誰も失いたくないんです!!」
失った仲間たちを思い浮かべたせいか、ついにアリスの涙腺が決壊する。
泣き崩れる勇者を見守っていたアレンだったが、やがてふと、もう一人の勇者が飛び立った方へと視線を向けた。

この、力は。

アレンははっと目を見開いた。
遅れてそのアレンの様子に気付いたアリスは、しかしぼろぼろに泣き崩れているせいか、
アレンが何を感じたのかがわからない。
だが、先にアリスの施しによって傷が多少なりとも塞がっているアレンは、アリスに説明する間もなく身を起こした。
名を呼ぶ少女の声に応えず、応える猶予も無く、残された力を振り絞って翼を広げて飛び立つ。

目指す先には、まるで痙攣するかのように、びくりびくりと不気味な脈動を放っているシドーの様子に戸惑う、アレフの姿がある。
一体何が起きようと言うのか、アレフは気付けない、アレンが先に気付いた。
巨竜が破壊神とアレフの間に割って入る、同時にシドーの身体から赤い光が漏れ始める――
その見覚えのある光に、アレフがようやく何が起ころうとしているのか勘付いた。
彼の盾となることに迷いの無い、巨竜の背中で。

瞬間が、まるで永遠のように、時の歩みを遅くする。

 
「――――アレン、」

 
赤光が質量を増していく――――
破壊神が魔族の王を喰らったことによって得た、全ての魔力を何倍の威力にも高めて放出する呪文、マダンテ。
シドーの果てしない魔力によってそれが放たれれば、ここにいる者全員どころか……
この空間全てが、破壊しつくされない。

(ルビスよ……ルビスの加護よ……
 ワシはもうどうなってもいい――勇者たちを、光へと導いてくれ! 頼む――!!)

自らが王だと自負して生きてきた、かつて世界の全てが己の手の中にあると疑わなかった彼はいま、
自分ではない誰かのために全身全霊で祈りを捧げた。
あの夜の祈りに連ねるように。
愛する人の、ために。

 
***

 
(何が起きているんだ……)
閃光と爆音が遠く響く、遥かなる虚空の戦場を見つめ、エイトは一人歯噛みしていた。
自身はベホマが使えるため、先の傷も完治とまではいかずとも、動ける程度には回復している。
フォズの傷も癒してある。それでも彼がここに留まるのは、ひとえに虚空へと向かう手段が無いからだった。
(くっ……力が残っているのに、戦えないなんて)
彼はつい先日、ナジミの塔でも似たような立場にて、やはり手の出せない戦いを見守っていた。
そのとき剣を交えたもののうち一人は、もうこの世にはいない。
そして魔族の王を救うべく身構えていた少女は今、慕う彼の死を知らず、未だ眠り続けていた。

(フォズさん……)
エイトは近い未来、大切な人の喪失に嘆くのであろう、この少女に思いを馳せて胸を痛めた。
もしかしたら今は目覚めなくていいのかもしれない、とも思う。
ただでさえ絶望の漂うこの空間で、傍にいることを誓った人を失った事実を知るのは、あまりにも残酷な気がした。
その気遣いが正しいのかどうかわからない、だが彼はその思いゆえに、
無理にフォズを起こそうとはしないのであった。しかしそれもまた歯がゆいものだ。
わかっている。何が起こるか知れぬこの戦場で、自分はこの少女を守るためにここに留まった。
それは意味の無いことではない、だけど…………

葛藤に頭を痛めるエイトはふと、フォズに寄り添うようにして置かれた杖に目をやった。
回収したアレンのザックと共に置いてあるそれは、神鳥の杖。
つい先ほど闇の衣にとらわれた魂を導いた奇跡、その媒体に用いられたもの。
そして遠い昔には、エイトの世界を暗黒神が支配しようとしたその時、祈りを捧げた杖でもある。
あの杖を作らせたという神鳥がここにいたら、もう一度その背に乗れたら、自分も戦えるのに――
思うだけではどうにもならないとわかっていても、彼はついかがんでその杖に手を伸ばした。

彼の世界で賢者の子孫の血を吸ってもいるその杖を、つつくように触れ、
そして持ち上げようと顔を上げ……
エイトはぎょっとする。

フォズが、立ち上がっていた。

いつの間に起きたのか、けれども眼差しは未だ夢見るように。
その平らな胸元にルビスの守りを握り締め、何故だろう、両の目から涙を零して、
フォズはそこに立っていた。

「あの人が――あの人の声が、聞こえる」
「フォズさん……?」
「怒っている――力を使うなと――こんなことのために、命を投げたのではないと」
「フォズさんッ!」
夢うつつを彷徨うフォズの言葉に、エイトが焦って小さな肩を揺らすが、
フォズは尚も虚空を見つめ、天に小さな片腕を伸ばし、涙を流しながら叫んだ。

「聞いて、ください……聞き届けてください……!
 この声が聞こえているのなら……お願いします、どうかあの人の力で、全てを滅ぼさせないでください!」

長い銀髪を揺らして、『あの人』はフォズに微笑んでくれた。
あるかなしかの、それこそ注意せねば笑っていると気付けぬようなものだったけれど。
もう永遠に失われてしまった、だがフォズの胸の中で生きるその淡い笑顔を、フォズは失いたくなかった。
だから、叫んだ。
闇の中、夢を見ながら、かつて彼女に語りかけたその存在に。

「――――ルビス様ッ!!」

 
 
赤い光が闇の空間にひびを入れる中、二つの強い祈りが、一つの声となって発される。
その狭間で、菫色の髪の少女のまぶたが、ピクリと動いた。

(……ルビス様)

太陽のような始祖の少女が、彼女に向かって必死で呼びかけたその叫びを、胸の中で反芻する。
放棄しようとした加護の名を、思う。

(私の中にも……アリスのような光は、あったのでしょうか……?)

何故だろう、一人闇の中に消えていくはずだったのに。
胸のうちがいつの間にか、暖かなもので満たされていく。
嘘みたいに心地良い。そして永いこと忘れていたように懐かしかった。

(……私は――)

独白を肯定するように、暖かな白光がマリアを包む。
もう一度彼女は望む。憎き闇の神官でなく、自らの命を、望む。

 
 
 
きっと誰もがその身のうちに、闇を抱えて生きている。
それは生きている上で、常に他人の前にあらわにするものではないけれど……
例えば何かが切欠で……例えば、この殺し合いの遊戯がそうであったように……
時に歪みとなって姿を現し、あるいは人々を疑心暗鬼に陥れ、あるいは罪を犯させる。

けれどそれはきっと、彼らが本当に望むものではなかった。
人々が苦悩し、時に闇に堕ちても、もがいていたのは、
本当に欲しいものが、望んでいたものがあったから。

そう、きっと……
闇の中にあっても変わらず、恐らくほとんどの者が求めていたであろうもの、それは……

生きたいと願う、幸せになりたいと願う……
楽しく笑っていたい、全力で闘いたい、身を粉にして働きたい、夢を叶えたい……
誰かのそばにいたい、誰かに受け入れられたい、愛されたい、
誰かを、何かを愛したい……
そんな些細で、けれどなにより大きな、強い祈りを持っている、
いきとしいけるものすべての、 “命”  ――――
 
 
 
  
光が、弾けた。
フォズの胸に抱きしめられている守りから、巨大な光の弾が飛び出したのだ。
それは闇を断ち割り、虚空を駆け、今まさに放たれんとしていた、マダンテの赤い輝きに対抗するように……
立ちふさがっていたアレンの身体に宿り、驚愕するアレフの前で、彼は巨大な光の竜と化した。
異なる色の光はぶつかり合い、やがて均衡を崩し――白い光がシドーを押しやる。
そしてその空間にいる者全てをも……否、空間すらも呑み込んで。
聖なる光は太陽のようにぐんぐん輝きを強め、果てのないと思われていた闇を、
その全てを貫いていく――――
 
 
 
 
最早足場の存在など関係ない。
光溢れる空間に、戦士たちは降り立っていた。
困惑する彼らの胸に染みとおるような、凛とした声が、響きわたる。
 
 
 
 
“ようやく届きました”
 
 
 
 
何が起きているのか。
必死で把握しようと辺りを見回す彼らの中で、唯一その身を横たえていた少女が。
ふらつきながらもゆっくりと立ち上がり、そしてより強い光の方向を見上げた。

「ルビス様……ルビス様なのですか?」
「マリア――!?」

唐突に起き上がった彼女に、抱きかかえていたアリスは驚きを隠せない。
だが、次の瞬間、みるみるとその目からまた涙が溢れ出した。
感極まって首から抱きついてくるアリスに、はにかむような曖昧な笑みを浮かべて、
マリアはその腕に自らのほっそりとした右手を重ねる。

 
“愛し子たちよ、今もあなたたちが、人々の命の輝きを信じるなら……
 どうか祈りを捧げてください。彼らの最後の願いを……”

その言葉と共にふわりと浮き上がり、彼らの中心に掲げられるのは――
エイトが手にしていた、神鳥の杖。
先にフォズが、参加者たちの命を導き、宿したもの……

アリスは、マリアは、エイトは、フォズは、
ファルシオンを降りたアレフは、そして竜化の解けたアレンは、その杖を見上げる。
そこに宿っているのであろう、かつて彼らが邂逅した、全ての命を想う。
やがて、一人、また一人と両腕を上げ。
全員がその杖に向けて高々と手を掲げて、祈りを捧げた。
理不尽に失われた彼らの願いが、解き放たれるように――――

 
 
 
神鳥の杖は、先端から砂と化していき、
ゆっくりと光に溶けて消える。

 
“アリス”

唐突に聞こえてきた声に、アリスは目を瞠った。
それは閉ざされた世界において、遂に会うことの叶わなかった人の声だった。

“しっかりなさいね――あなたが、リーダーなんだから”
“ん、まああたしは、信じているさね。あんたは必ずやり遂げる、ってさ”
「フィオ……、サマンサ……!」
アリスの両隣を、人影が横切った気がした。
振り返ってみればそれは確かに気のせいで、けれど魂の輝きは確かに、アリスの声を呼んでいたのだ。

彼女たちだけではない、出会い、手を取り合い、時には剣を向け合った、失われたはずの命たちが……
戦士たちに、次々に呼びかける。

 
“また泣いてたのか、マリア? 相変わらずだなぁ”
“お兄ちゃんのばか! マリアお姉ちゃんはいっしょうけんめい、戦ってくれてたのよ”
“はいはい、わかってるって”
「ふふ……ありがとう、リアちゃん。そうね、私はずっと……私のままだわ……」

それでいいんだ、と。
気さくな少年は明るく笑って、マリアの肩を叩いてくれる。
見えるわけでも、本当に触れているわけでもない。でもマリアにはそれがわかる、確かに伝わっている。

 
“こりゃ、エイト!!”
“ハイハイおっさん、そこまでな”
“まだ何も言っとらんわ!!”
“大体元はと言えばトロデ王が原因でしょう、そう怒らないの”

飛び出してくるなり怒られて、それをたしなめる仲間の声が聞こえて、
エイトは涙を滲ませながらも思わず笑ってしまった。
怒られた理由はもちろんわかっている。もう、あんな風に情けない姿は晒さないと決めていた。

「……生きて、必ずトロデーンに帰ります。父さん」
――当たり前じゃ、ばかもの。
返ってきた声はもちろん怒っていたが……どこか湿っぽく、そしてとても、暖かかった。

 
“……ね。届いただろ?”
優しく、どこか得意げな声色で笑っている気がする。何度も夢に見た、もう一度会いたかった人。
フォズの涙が止まらない。

“よく、頑張ったね”
“そうね。今回ばかりはまあ、認めてあげるわよ”
声を出すことも、顔を上げることすら叶わず、ただ聞こえていることを伝えたくて必死に頷く――
その小さな頭を、懐かしい手のひらが撫でていく。

 
“アレフ様……”

悼みにはもう、揺らがない。
愛する彼女の存在は、アレフの中で今もなお、生き続けているから。
それを伝えたくて、アレフはその魂に向かって、時折鼻をすすりながらも精一杯の笑顔を向けた。
光の姫もまた、その愛を伝えるべく、アレフに向かって最大の笑みを送り届ける……
それは決して気のせいではなく、確かな魂の触れあいが、そこにはあった。

 
“……ありがとう、竜王”
「馬鹿者め……ワシとの勝負を、投げ出しおってからに……」

ルビスの加護があったとはいえ、あのマダンテとぶつかりあった直後だ。
彼は祈りを捧げた後、立ち続けるのが辛いのか、膝をついていた。
その横に同じく座り込むような気配に顔をしかめ、精一杯の悪態をついてみせる。
それは紛れも無い、ただの強がりだったけれど――或いは心配するなと、言いたかったのかもしれない。

「ふん。何が、ありがとうじゃ。
 おぬしのせいで、散々な目に遭わされたわ……この、大馬鹿者が……」

どことなく言葉尻の湿った声に、末裔の少年は困ったような笑みを浮かべ、首を傾げた。

 
 
 
彼らの横を通り過ぎていく命たちはやがて、彼らの足下に集束していく。
同時に、空間全体を満たしていた光が、徐々に薄れていった。

そして戦士たちは、またも目を瞬かせる。
彼らを包んでいた景色、目を向けて真っ先に視界に飛び込んでくるのは、果ての無い夜空だ。
否――夜空、ではない。
その存在を知る者が彼らの中にいたのかどうか、そこは世界を飛び出した、空の先――宇宙。
だが、果ての無いそこにただ放り出されているわけではない。
彼らを取り囲むようにして、幾層にも広がる景色がある。
歪み、連ね、重なっているそれは、それぞれが見覚えのある――――

「アレフガルド!?」
「あれは、ダーマ神殿……」
「トロデーン城もあります……1,2,3……全部で、8つ……?」

そう。
彼らを囲っているのは、歪められ無理やり接点を作られた、時代も次元も異なる8つの世界。
バトル・ロワイヤルの参加者が呼び出される前に、元いた全ての世界だった。

「どういう、ことだ……?」
『愛し子たちよ……。よくここまで、闇を打ち破ってくれました。
 闇が、シドーによる呪いが失われるまで、あと少し……
 ひとつの世界を束ねる者として、どうかお願いします。
 この闇を完全に打ち破り、そして全ての世界を――元通りに――』

ルビスの声が、途絶えていく。
彼らの足元を覆っていた命の輝きは、やがて強固な、ダイアモンドを平らにしたような広い足場と化した。
それぞれが目を瞠る。このフィールドはなんて美しく、なんて、温かいのだろう……
傷だらけだった彼らの身体が、少しずつだが、癒されていく気がした。

それは彼らの祈りによって解き放たれた命たちが、戦士たちと共に戦うことを望んで生まれたもの。
不本意な結果に終わった命がたくさんあった。だけど本当は、そんな命たちも願っていたのだ。
仲間と共に悪へと対峙し、そして共に戦いたかった、と。
今、そんな失われた願いはここに集まり、彼らを守るひとつの大地となったのだ。
理不尽にかき消されてしまった願いが、ここに叶えられたのだ。

その事実に気付き、彼らの魂を闇の衣から導いたフォズが、更に胸を熱くして涙を零す。
そんな少女を、ひんやりと涼しい風が撫ぜた。
鋭利な、でもどこか優しいその風に――――
フォズは、はっと顔を上げる。

“やはり、な”
苦笑したような気配を感じた。
笑顔など、生前でさえほとんど見せなかったのに、フォズの胸には鮮明にそれが描き出される。
声はひどく淡々としていて短かったけれど、確かに少女の耳に届いた。

“……泣くな”

「ピ――!!」
声のした方向を振り向いた。
だが、当然そこには誰もいない、特に何も見つからない。
シドーの中でもがいていた彼の魂もまた、ルビスの加護によって解き放たれたのだろうか。
わからない。だが、フォズは慌てて涙で真っ赤になった目を拭う。
泣いているだけでは、何も出来ない。
己の意思を貫き通すために、戦う。
それは紛れも無く、フォズが傍にいると誓ったあの魔族の王が、彼女に遺した勇気だった。
 
 
 
 
全ての気配が、失われていく。
ルビスの存在も、揺らめく魂たちも、何もかもが感じ取れなくなっていく。
残されたのは、歪められた世界と、戦士たちと共に闘うフィールドと、気力の充実した戦士たち。
そして。

 
『ル、ビス……ルビスゥゥウウウウウウ!!!!』

 
片翼をもがれ、もう片方も千切れかけ。
己を取り囲むもの全てへの憎しみをあらわにする、叫ぶ破壊神の姿だけだった。

 
だが、こんなに傷付いているのに、こんなにも隙があっただろうに――――
シドーが、ベホマを使わない。
使えないのだ。
たった今、無限とも思えたほどの魔力を全て破壊に変えて、放出してしまったから。

光溢れるフィールドにおいて、闇は先ほどまでの何十分の一にも縮小してしまったように思える。
この数日間、たったの数日間、だけど永遠のようだった数日間で、生きていた全ての命が、求めてやまなかったもの。
生きる希望。明日への光。
それが、すぐそこにある。
確実に、彼らの手の届く場所にまで、近づいている。

「……アリス」
そのときアレンが、掠れた声で呼びかける。
振り返ると、アレンはぐったりとその身をフィールドに横たえていた。
驚く仲間たちに、案ずるな、と笑ってみせる。

「すまぬが、ワシは……先のマダンテを防いだせいか、しばらく動けそうも無い」
「そんな――どこか、怪我を……!?」
「いや、そうじゃない……。このフィールドで少し休めば、また闘えるだろう。
 先に行っていてくれ」
「……わかりました。どうか、無理はなさらないで」

未だ心配そうな彼らに不適な笑みを返して、アレンは静かに瞼を閉じる。
それを見届け、やがてアリスが、ぐるりと周囲を見据えた。
彼女を中心に立つ、闘志に燃える仲間たちの目を、一人ひとり見つめていく。

「――エイトさん」
「結局僕は、誰かに奮い立たせてもらってばかりですね。
 ……こんな僕でも、元の世界で待っていてくれる人がいると、思い出しました」

「――フォズさん」
「泣いてばかりいて、ごめんなさい。もう大丈夫です。わたしも、いっしょに闘えます!」

「――マリア」
「アリス……本当に、ありがとう。心配かけてごめんなさい。
 きっといつか、私もあなたに会いに行くわ……必ず、勝ちましょう」

「――アレフ」
「ご先祖……いや、アリス」

かつて世界を救った伝説は、闇の中に失われようとしていた。
だが、彼らの中には確信がある。
人々に希望を与えたあの伝説を、取り戻せる――――そんな確信が、勇者たちの中に生まれていた。

「作戦を」

促すアレフに、返すリーダーは頷き一つ。
ここへ来て、皆に告げるべき最後の作戦はもう、決まっている。

「――――――――『いのちだいじに』!」

誰も死なない、死なせない。
全員が必ず生きて、勝利する。彼らの未来を手にする。
皆は正しくその意図を読み取り、そして各々に笑みを浮かべ、頷いた。

『応!!!!』

掛け声が唱和される。
これから、再び死闘へ向かうというのに。
視線を合わせ、頷き合う5人のどの顔にも、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
そこには、未来への希望があったから。
誰もが明日を勝ち取ると、最早信じて疑わなかった。

そして、アレフは振り返る。

己の身を犠牲にし、アレフたちの命を守ろうとした、ただ一匹の竜アレンを、アレフは振り返る。
身を横たえているアレンがその気配に気付き、勇者を見返す。その光を湛えたまなざしを、見つめ返す。

アレフは気づけなかった。
元よりピサロが、この戦場を己の墓場と定めていたことに。
そもそも魔に位置するピサロと人間の勇者たるアレフの立場が違いすぎることを、
その死に伴った覚悟などアレフには想像も及ばないであろうことを、彼はおそらく理解できない。
だから憤った。ピサロとマリアが選択したときも、ピサロが一人先に逝ったことも、彼は決して許さなかった。
この先も決して、許すことは無いだろう。
同じく魔に位置し、例え破壊神を倒せたとしても帰る場所のないアレンが、
ピサロと似たような覚悟でこの闘いに臨んでいたこともきっと、理解しえないだろう。
己の未来を見ず、ただ、信じてもいいと思えた若者たちに、全てを託す覚悟など。
愛する仲間が生きること、その未来を、信じている彼だから。

だから、言うのだ。

「この闘いが終わったら、俺の国に来いよ」
「…………何だと?」

アレンは、耳を疑った。
あからさまに顔をしかめた相手に苦笑し、アレフは肩を竦めてみせる。

「つってもそんなもん、まだ無いけどな。帰ったらきっと、また旅に出て、自分の力で立派な国を興してみせるからさ。
 だから、そしたら……俺んとこに来いよ」
「ワシに、家臣になれと? 冗談を言っているのか」
「あぁそういうことになるのか……まあ、それはどっちでもいいや。
 俺は、本気だよ。絶対に成し遂げてみせる。見てろ」

そして、勇者は身を翻す。勝利を、明日への希望をその手に掴むために。
アレンはその背を――遠ざかる、未来へと向かう若者たちの背を、眩しく見つめていた。
いつまでも、見つめていた。
 
 
 
 
「アレフの国に、か」

ふっと、馬鹿にしたような笑みが漏れる。
竜の姿は論外、この人型の姿でさえ人間には程遠い自分が、人間の国で暮らしていけるはずないだろうと。
どこまで愚直ならば気が済むのかと、呆れ果てる思いだった。
だが決して――不快な感覚ではない。

視界が霞んでいく。
指先、足先、身体の末端の一つ一つから、熱が失われ、感覚が消えていく。
ルビスの加護を受けたとはいえ、無限とも思えるシドーの魔力が何倍にも高められた、
そのエネルギーとぶつかり合ったのだ。
到底生き延びられるはずがないと、わかっていた。

(アレン……ワシからも、礼を言わせてもらおうか)

目を閉じる。
彼が力を貸した、力を合わせた、力をくれた者たちの顔が浮かぶ。
この世界のはじまりに己に名をくれた者。
人間味に溢れたあたたかな心を持つ武器商人。
恋焦がれた光の姫。
その姫によく似た面影を持つ末裔の娘。
そして、勇者。
魔に生ける者の最大最後の敵であり、唯一無二の恋敵であり、
――そしてかけがえのない仲間であり、ただ一人の友人であった、呆れるほどに愚直な男。

(ワシは人間を、愛している)

孤高であり、孤独であった竜王は、
王の名を捨て、ただ一匹の竜になり、
人と関わり、失い、悩み、苦しみ、
そして孤独を手放して、途方も無い愛を得た。

(愛している……)

 
 
 
―――――――――――――どうか、彼らに勝利を。

それが、
もうただ一匹でない竜が、過去ではなく未来のために、呟いた祈りだった。

 
 
 
 
 
 


【竜王(アレン)@DQ1 死亡】
【残り5名】

 
 
 
 
【???/歪められた世界/ゲーム終了後?時間経過】

 
 
【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP3/10 MP7/10 全身に中度の火傷 無数の打撲、擦過傷 首輪なし
[装備]:ロトの剣 ロトの盾 鉄兜 風のアミュレット
[道具]:支給品一式 氷の刃 消え去り草 無線インカム
     天馬の手綱(ファルシオン)
[思考]:生きてシドーに勝利する もう誰も死なせない

【アリス@DQ3勇者】
[状態]:HP1/5 MP5/10 身体に絞跡 全身に重度の打撲傷 軽度の火傷 首輪なし
[装備]:メタルキングの剣 王者のマント 炎の盾 星降る腕輪 
[道具]:支給品一式 ロトのしるし(聖なる守り)炎のブーメラン 
    祈りの指輪(あと1.2回で破損) ビッグボウガン キラーマシンの矢×17
[思考]:生きてシドーに勝利する 仲間達を守る 『希望』として仲間を引っ張る

【エイト@DQ8主人公】
[状態]:HP3/5 MP4/10 全身に重度の打撲 軽度の火傷 首輪なし
[装備]:竜神王の剣 布の服 マジックシールド はやてのリング
[道具]:支給品一式 イーグルダガー 無線インカム 
     84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾→発煙弾×1 照明弾×1)
     さざなみの剣 首輪(竜王) 魔封じの杖 破壊の鉄球
[思考]:生きてシドーに勝利する 悲しみを乗り越え、戦う決意

【フォズ@DQ7】
[状態]:HP4/5(神秘のビキニの効果によって常時回復) MP9/10 首輪なし
[装備]:天罰の杖 神秘のビキニ(ローブの下) 
[道具]:支給品一式  アルスのトカゲ(レオン) 引き寄せの杖[0]
     祝福サギの杖[7] ドラゴンの悟り あぶないビスチェ 脱いだ下着 
     太陽のカガミ(まほうのカガミから変異)錬金釜 ラーの鏡
     ルビスの守り(紋章完成)
[思考]:生きてシドーに勝利する 泣かない
※神鳥の杖は消え去りました。

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:HP1/5 MP1/10 全身に軽度の打撲 擦過傷など 左腕なし(肩口は止血)
            呪文の行使による精神的疲労 首輪なし
[装備]:いかずちの杖 布の服  風のマント
[道具]:小さなメダル 聖なるナイフ 鉄の杖 インテリ眼鏡
[思考]:生きてシドーに勝利する

  
【破壊神シドー(真)@DQ2】
[状態]:HP1/2 MP0 翼は片方のみ(もう片方も千切れそう) 辛うじて飛行可能
[思考]:全てを破壊する

 
 
※ピサロのザックは消滅しました。
※フィールドの効果により、人間5人は毎ターンHPが微量回復します。
 詳しい回復量についてはお任せします。
※回復呪文の制限(効力1/10)、及び使用禁止呪文については完全には解除されていません。
 制限が軽くなったか否か、どの程度軽減されるかなどは、お任せします。


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-Aqua System 2007-