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愛のうた、探して

愛のうた、探して


登場人物
アレフ@DQ1、アリス@DQ3、エイト@DQ8、フォズ@DQ7、マリア@DQ2・・・・・・


 
光が止む。
音が止む。
そこに、悪しき神の姿は─ない。

「やっ……」

魔法力のほぼ全てを根刮ぎ持っていかれた為か、ひどい虚脱感がアレフを襲った。
気怠げに汗を拭い、大きく息を吐く。

「やっと……か……」
「やり、ました……ねっ……!」

剣にもたれかかるようにして立っているのがやっとのエイト。
だが、彼の表情は安堵に満ちていた。

邪神の消滅。
彼らは、滅びの運命に勝利したのだ。
 

「マリア、しっかり!」
「……ありが、とう……ねえ、アリス……」

がくりと崩れ落ちたマリアの華奢な肩を、アリスが力強く支えた。
多くの血と魔法力を失い、どっと疲れが彼女の身体に伸し掛かるが、表情は明るかった。
荒い呼吸の中、決着の行方を問う。
大量の汗が目に入って、霞んだ彼女の視界には何も捉えられなかった。

「シドーは……破壊神は、どうなったの……」
「無事でよかった……ええ、破壊神はもう」

神を滅ぼすには余りにも華奢なお互いの身体を支え合い、笑顔を寄せ合った。
未来を手にした喜びで、彼女らの胸は満たされる。
しかし。

「みなさん」

少女フォズは、確かに皆と同じく喜びの表情を浮かべていた。
だが、その両眼からは光る雫が溢れかかる。

「強いられたこの戦いで……私たちはたくさんの……」

口にする度に、一同の頭には浮かびゆく。
掛け替えのない友の。
心から愛した人の。
互いの力を認めた宿敵の。

「……本当に、たくさんの生命が……」

自分を変えてくれたひとの。
数えきれない死があった。

「強いられた、この、場で……奪われ、ま、した……でも」

戦いの中で失われた全ての生命。
悲しき宴も終幕した今、等しく惜しまれる。
無理に笑顔を作ってみても、耳まで赤らめて、少女は涙を─。

「……もう、いいん、ですよね」

流すことは、なかった。
顔を耳まで紅潮させ、肩を震わせて。
両の瞳が潤んでいるというのに。
それでも涙を流すまいと、必死で堪えていた。
アレフは震える肩を優しく支えた。
温かい掌で、アリスは少女の手を握る。

「さ、行こう。俺たちが……思い描くところへ」
「胸を張って、とは行きませんが……帰りましょう。
 偽物なんかじゃない、本当の陽の光を浴びるため」

二人の勇者の心遣いに、フォズは甘えてしまいそうになった。
だが、泣くものかと彼女は─笑った。

「とても……とても長く感じましたね」
「そう……今までの、どんな、戦い……より、も……」
「!マリアッ」

崩折れる華奢な身体を、アリスとその傍らに立っていたエイトが慌てて支え直す。
片腕を千切られ、幾度と無く打ちのめされて。
加えて、生まれて初めての極大魔法をほぼ独力で構築したのだ。
すでに彼女の疲労は心身ともに頂点に達している。
放っておけば、衰弱死しかねない状態にあった。

「のんびり……休んでは、いられないみたいだな」
「魔力がもう尽きて……そうだフォズさん」
「は、はいっ」

エイトは疲れきって働かない頭をどうにか冷静に動かした。
フォズから奇跡の石を預かって、マリアの手に握らせ、閉じさせる。
柔らかな光は、マリアの体を落ち着けさせた。

「……もうこの空間が安定しているという保証もありません」

度重なる飛行により疲弊したファルシオン。
その鼻を撫でながら、アリスはマリアの身を案じていた。
いかな天馬が飛翔できると言えど、世界のはざまを越えられる保証はない。

「急いでここからっ、!?」
 
 
舌を噛みそうになったのは、口が回らなかったわけではない。

「空間がっ……!?」

まるで火山が噴火したかのように足元が激しく震動を始める。
夜空のように暗い空間が、蠢き始める。

「まさか……」

世界が、変質していた。

「崩壊……するのかッ!」

否、これは還ろうとしているのだ。
歪を正し、有りの侭の姿に。
全てが、元へと戻ろうとしていた。
─死んでいった生命を除いて。
 
 
 
 
 
*******
 
 
「おいっ!……おいっ!!」

光の大地が輝きを失い、罅割れていく。
音もなくさらさらと砂が崩れるが如く、消滅を始めていた。
まるで彼らを追い詰めるように、暗闇のなかへ世界の残骸はばら撒かれる。
その中には、『五人』も含まれていた。

「手をっ……伸ばっ、せ……っ!!」

上も下もわからぬ暗闇に投げ出されたアレフ。
虚空へと落ち続ける彼の眼に止まったのは、生涯初めての約束を交わした宿敵。
それが─遠ざかっていく姿。
顔色の悪さは元からだとしても、今の彼には生気は欠片もない。
呼びかけにも、応えない。
その手が動くことも、なかった。

「勝ったんだ!……勝ったんだって!俺たちは、くそったれの神様に勝ったんだよ!!」

最大の宿敵に向かって、届かぬ手を伸ばす。
いつしか、呼びかけは慟哭のようになっていた。
伸ばしっぱなしの手は強張り、やがて震えた後に力を失う。

「勝手に……押し付けたっ! 約束かも、しれない……けれど!!」

ぼろぼろの勇者は、宿敵であり友である男を見つめることができない。
がくりと項垂れたまま、やりきれない叫びが止まらなかった。

「お前を、引きずってでも……国に、連れてく、つもりだったんだ!!」

汗なのか涙なのか、熱いものが宙に大粒の雫となって飛んでいく。
─運命というやつは、またも自分から一つ大切なものを奪うらしい。
残酷なことだと、自嘲気味な虚無感が哀しみと共にアレフを満たしていく。
故に彼は叫ぶ。
叫ばずには、いられないのだ。

「アレフガルドでふんぞり返ってたお前が……腰抜かすほどッ!!世界ってのは広いんだってな!!」

死線を越えた、ほんの少し前のこと。
思い描いていた夢を叫び散らす。

「十年、二十年、もっとかかるかもしれないけれど!!お前のよりもでっかくて、立派な城を建てて……」

その行為が無駄であろうとも。
今すべきことではなかろうと。
止めようのない感情だった。

「『ざまあみろ』って笑ってやるつもり……だったってのに……ッ!!」

震えを始めた声が、弱まっていく。
同じ速さで落ちていた、闇を突き進んでいたはずだった。
二人の距離は、徐々に、広がっていく。
もう手も、声も届かない距離になってしまった。

「何、格好つけて……笑ったまんま……お前は……ッ!!」

まったく魔王という奴はどいつもこいつも。

潔く嘘をつき、勝手な考えで行動して。

─そして勝手に、死んでいきやがる。

伸ばした腕は、哀しみのあまり強く握りこまれる。
またひとり、大切な友を、失ってしまった。
孤独には慣れていたはずだったが、どうにも胸が苦しかった。

「お前も、大馬鹿野郎だ……ッ!!」
 
 
*******
 
 
底しれぬ暗闇に、ただ静かに沈んでいく感触。
マリアは眼だけを動かして、仲間たちの姿を探す。
だが、何も見えない。
自分以外に視界に入る色彩は、黒に限られている。
彼女は、誰に向ける訳でもなく呟いた。

「……ねえ、『アレン』」

その名は、どちらを呼んだのか。
だが、もうどちらでもいい。
遅れてきた涙が、弔いと餞になればいい。
もう交わってはくれない、勇者の血筋と竜とが行く、生と死で分かたれた道。
彼女は、神々が慈悲を以てその先をそれぞれ照らすことを願い─涙した。

「あなたの思い……私が、連れて帰るわ」

もう彼の身体も、魂も。
現世には欠片も残っていない。
掬いとることなど叶わないと、彼女は知っていた。
肉体は監獄と共に消え去り、魂は自分たちのため、力を使い果たしたのだから。
だが。

「必ず……必ず、あなたを、みんなを……」

皆、自分の『記憶』の中に生き続けて欲しい。
ザオリクを唱えるようにはいかないだろう。
でも、死んでいった生命のことを、自分は決して忘れはしない。
もっと頼りない、蜘蛛の糸なんかよりもか細いものだけど─

「一人にはしないから」

弱くてもいい、儚くてもいい。
大切な人の行く道を、私は照らしてあげたい。
暗闇にぽかりと光った、優しい月のように。

─そうして私が、輝いていれば。
いつかまた、運命が交わる時が来るかもしれないでしょう?

「……ついて、きてね」

暗闇に落ちていく。
今の彼女に、為す術はなかった。
足掻き、生に渇望する気力が、残されていない。
だから彼女は、ぼんやりと考え、落ちていくままだ。

─ああ、また出会えるだろうか。
城から眺めた夜も、一人震えた夜でも、仲間たちと過ごした夜にも。
いつも優しく包み込んでくれた、ふるさとの月の光に。
 
 
*******
 
 
「ファルシオーーーーーンッ!」

仲間たちの名を、懸命に叫ぶ。

「フォズさんっ……エイトさん!!」

彼らの生命を消させはしない、勝利を無意味なものにさせはしない。
その懸命さが、疲労困憊の彼女に叫ぶ気力を齎した。

「アレンさんっ!アレフ!!マリアぁぁぁぁぁッ!!!」

肩を並べた仲間であり、誇るべき子孫達であり。
そして遠き世界の親友である彼らの名も、一際大きな叫びとなって喉から溢れ出る。

「皆っ……応えて!!」

絶望の淵へと落とされていく、というのはこういう事なのだろうか。
全員、必ず生きて帰ることを誓い合った。
明日の朝日を見ず、ここで潰えることなど。
ここで、闇の藻屑となり、消えることなど。
ここで散ることなど─認めない。
認めたくなかった。
諦めて、なるものか。

「帰りましょう……っ!私たち、のっ、……世界へ!!!」

アリスは、光り輝ける勇者でありたいと、常々思っていた。
まだ年端も行かぬころに見た、微かな記憶の中。
旅立つ父の背に見た、あの夜明けの光と重なった輝きを、ずっと追いかけて。
そうして、彼女は勇者になり─そして、伝説になった。

「勇者心得……ひとつ─」

闇の中、握り締める。
支配された異郷の地へと降り立ち、囚われし創造神を救い出した。
そのときに賜った、ひとつの守り。

「勇者はいつなんどきも……諦め、ないッ!!」

まるで太陽のように輝くそれを、胸に抱きしめて願う。
仲間たちに─我らに、未来を、と。
 
 
 

"……たちよ……"
 
 
 
 
「!?」

鈴の音のような声が、か細くだが、勇者アリスの耳に届く。

"愛し子たちよ……"

「ルビス様……っ!!」

幻聴ではない、確かに声がしていた。
今のアリスには知りえないことではあったが、それらは他の皆にも同じく聞こえている。
どこか、焦りを感じるような声だった。

"破壊神は、滅びの直前に……

 恐るべき執念を以て、

  自ら生み出した空間の存在そのものを破壊しました"

「破壊……!?」

ルビスから語られるのは、最期の憎悪にて成された所業。
破壊神が、強引に勝利という運命をねじ曲げようとしているのだ。
このまま終わりなき闇に勇者達を閉ざし、自らの敗北したという事実までも破壊するということ。
それは、死よりも恐ろしく、そして虚しい結末を意味している。

"ですが……恐れないでください

 あなたたちには必ずわかるはずです、帰還への路が"

「え……?」

何も見えない。
聞こえるのは精霊神の囁きに限られる。
暗黒の中、世界への標など何も─
 
 
 
 
"耳を、澄ませて"
 
 
*******
 
 
「レオンさん」

永遠のような時間を落ちて行くフォズは、どこか冷静でいられた。
勇者たちの奮戦により、もっとも身体が充実していたからではない。
絶望に対抗し、祈りを捧げることには慣れていた。
そして信じることの強さを、誰よりも知っていた。

「あなたも……祈っていてくださいね」

長く苦しい戦いに付き合ってくれた子蜥蜴が、喉を軽く鳴らした。
ぎょろりとした眼が少し怖かったあの時を、ほんの少し思い出す。
それは自分の故郷の記憶。
大切な人と出会えた、一番大切な場所の記憶だ。
そこのことだけを思い描き、帰還を祈る。
精霊神の言葉が、正しければ─

「きっと、聞こえてきますから」

その思いを忘れずに願い続ければ、きっと。
目指すべきものが現れる。
聞こえるはずだ。
還るべき世界の標が。

まるで─"歌声"のように。

初めに耳に飛び込んできたのは、聖歌だ。
神官達が歌う、信ずる神に捧ぐ歌。
フォズ自らも学んだ歌だ。

吟遊詩人の歌声も、聞こえてくる。
精霊のように澄んだ声は、生命の息吹を感じさせた。
思い出す。
数々の旅人に、可能性を示していた今までを。

そして最後に、耳に届いてきたのは。

「……あ、れ……」

勇ましい、勇壮な歌声。
少々粗野で、無骨なところがある。
しかしそれでも、背中を力強く押してくれるような。
暖かく、それでいて強い音色。

「……あ……」

これは、船乗りの歌だ。
遠き海に旅立つ船乗りが、友との再会を誓うとき奏でるメロディ。
そうだ。
教えてくれたのは、彼。
少し頼りなく見えるけれど、本当はとても強くてお兄さんで、私は─

「……あり、がとう」

アルスさん、マリベルさん。
輝かしき勇者だった、アリスさん。
何度も命懸けで救ってくれた、アレフさん、エイトさん。
誰よりも苦しみ、そして戦い抜いたマリアさん。
─ピサロさん。
そして、ここに招かれてしまった……みなさん。

短い間でしたが、みなさんと居るのは楽しかったです。
たくさんの人達と触れ合うことができました。
いろいろな人が、いました。
それぞれいろいろな心を持っていました。
人と人との、心の繋がり。
お互い、それを忘れずに……

「……頑張り、ましょう」

震えていたものの、きっと皆に自分の声は届いている。
信じている。
我々にはそれほどの絆が、生まれたと。

「また、お会いできるかも……いえ」

しばしの別離が、来るだろう。
しかしそれはきっと永遠では無い。

「また……きっと、また会いましょう!!」

たくさんの道が、この場所で断ち切られた。
だが、自分たちは未来を切り開いた。
そこには無限の道が、待っているはずだから。
きっと、出会う運命もどこかにある。
そう信じているから、今は─さよならを、力強く言おう。
船出のとき、寂しさを海原に預けるように。

「皆さんも……お元気で!!」

フォズには聞こえなかったかもしれない。
だが皆─力強く、仲間たちとの再会を誓い、そしてさよならを告げていた。
心、一つに。
 
 
*******
 
 
エイトは、自分の最も古い記憶を辿る。
そこには常に、父の─トロデ王の姿があった。
だが、彼はこの世界にて潰えた。
世界を手繰るのには─消え去った魂に縋ることは許されない。

「ゼシカ。ククール。……とうさん」

遠き友を思う。
偉大なる王の背を、思う。
だが、彼らに告げる。
別離の、言葉を。

「どこかで、見守っててくださいね」

目を伏せ、思い描くのは故郷の景色。
かつての旅路を逆からなぞれば、思い出す顔が幾つもある。
その中の一つ、顔の割には人情味あふれた盗賊を思い出した。
そう、彼との出会いが、長き冒険の始まりを告げたのだった。
─思い出すほどに強く聞こえてきた。
これは、彼の口笛の音色だ。

「……これ、は」

続いて聞こえてきたのは、子供の声。
遠い記憶の中、この歌を聞いた覚えがあった。
そう、これは。
しょっちゅう二人で城を抜けだしていた、自分が自由を知ったときの思い出。
あれを歌っていたのは─

「……姫」

二人で花の冠を、不格好ながら作っていた。
塞ぎがちだった自分を、そばで支えてくれた姫。
いつも花のように可憐な笑顔を振りまいてくれた。
帰りたい。
あのひとの元へ─愛する人の元へ、帰りたい。
強く、強く願った。

「……随分お待たせいたしました」

視界は暗黒から、光に照らされたように白んでいく。
子供の拙い歌声は、聞きなれた声へと変化した。
いつしか鼻孔をくすぐる、甘い花の香り。
何一つ触れることない闇の宙空に投げ出されていた感覚が、消える。

「……」

気づいたときには、ふわりと包まれるように、どこかに横たえられていた。
エイトが気づいたときに頬を撫でていたのは─
 
 
*******
 
 
蜜を探し、蝶がふわりふわりと舞い踊る。
風がさわさわと木々を揺らし、花弁を舞わせる。
踏まぬよう、静かな足取りで花畑に踏み入った。
この地は、自分にとっても彼にとっても大切な地だった。
花のひとつひとつに思い入れがあった。

「……」

彼と、父が居なくなってからはや数日。
国は上を下への大騒ぎとなった。
頂点たる王の不在。
そして世界と国を救った英雄、近衛隊長エイトも共に行方が知れない。
父と、懇意にしていた幼なじみが突然消えた。
トロデーン王の愛娘ミーティア姫はひどくそれに心を痛め、ふらりと城を抜け出したのだ。

「……お父様」

居なくなった二人を探す為、もちろんかつての仲間たちに使いを出した。
だが、パルミドのヤンガスを除き、連絡は取れずじまい。
謎の失踪がこうも続くものだろうか。
それも、世界を救った一行ばかりを狙ってだ。
若き姫君といえ、流石に理解できる。
尋常ならざる事態に巻き込まれたということは。
現状を憂うことしかできない。
世界中を自分の足で歩き、どこかに彼らがいないか見つけたくてたまらなかった。
自分だって、世界を救う旅にずっとついてきていたのに。
お城の皆は『姫だけでも巻き込まれずによかった』と慰めた。
─そうは思わない。
彼女は、自分だけが置いていかれたような気分だった。

「……」

仲間たちのこと、父のことを考える。
そして、誰よりも大切に思っている彼のことを最後に思い─久しぶりに、歌った。
かつて亡くなった母から教わった、子供の頃に彼に教えたメロディーを口ずさむ。
そうすれば、時間もあの頃のように戻ってくれるような気がして。
 
 
 
 
「……う……」
 
 
 
 
うめき声が、聞こえた。
ミーティアは、はっとして立ち上がる。
先客がいたとは思わなかった。
ここは城の外、魔物も減少したとはいえ、危険が無いとは言い切れない。
だが、その心配はあっという間に立ち消える。
花畑に埋もれた人影の、その頭には見覚えのあるバンダナが巻かれていたから。

「エイト……っ!!」

何処に行っていたのか。
どうして、何も告げずにいなくなったのか。
父は一緒ではないのか。
様々な疑問より先に、安堵の涙が頬を濡らした。
花畑を気遣う余裕すら今はなくなり、全速力で駆け寄る。
傷だらけの身体を見て息を呑む。
頬を撫で、懸命に名前を呼んだ。

「……姫、様……」
「エイトっ!!エイト……エイトっ!!」

泣きじゃくり、縋りつくのが姫だと気づく。
思い描いていた景色がそのまま覚醒した自分の視界に飛び込んできたので、混乱していた。
ただ、違うのはひとつ。
思い出の中の彼女と自分は、成長した姿であること。
花畑の中疲れきった腕で、できる限り強く。
エイトは、姫の肩を抱き返した。
 
 
「ただいま」
 
 
これからこの笑顔を曇らせる事実を、伝えなければならないだろう。
だが、それきりだ。
もう彼女の笑顔は誰にも奪わせない。

(それが……姫と"僕の"父さんから託された、最後の約束だ)
 
 
 
とうさん。
彼女を幸せに─いえ。

僕らは、幸せになります。
 
 
 
 
 
 
*******
 
 
ざん、ざんと岸壁を波が叩く音が響く。
風が強くなってきた。
多少海が荒れるかもしれない。
遠き海を往く船乗りたちの無事を祈りながら、はためく法衣の裾を抑えた。
冷たい風に緑色の身体をぷるぷると揺らす彼の鶏冠の部分を、そっと撫でる。
戦友は彼女と視線を合わせ、嬉しそうに頭を揺らした。

「……さまー!どこにおられるのですか!」

いけない、と口を抑える。
日々食事の暇も取れない責務が押し寄せているというのに、彼女はここに佇んでいた。
蒼き海を眺めていると、いろいろな事を思い出すから。
幼き日、神殿の地下に幽閉されたあの牢獄から救い出されたこと。
破壊神に誘われたあの忌々しき舞台のこと。
そして思い出し、その度彼らから学んだことを胸に刻むのだ。
僅かな時のつもりが、随分と長く思いに耽っていたらしい。
 
 
ダーマ神殿の最高位である大神官の失踪。
あっという間に、その騒ぎは大陸中に知れ渡った。
吹き溜まりの町のあらくれは一人残らず絞り上げられ、神殿兵達は駆けまわる日々を送っていた。
誰もが取り戻された平和を疑いかけた─ある日。
ひょっこりと、傷だらけの大神官は戻ってきた。
幼い男児ですらこうも汚れまいと言わんばかりに薄汚れた姿に、女官たちは呆然としていた。
すぐに沐浴場にぶち込まれたのは今でも鮮明に、思い出せる。
 
 
─それから、彼女は語り継いだ。
闇より蘇った邪神の企み。
異界の勇者との出会い。
たったの数日ではあるが、人の様々な心の移り変わりを眼にした、殺戮の宴のことを。

全面的に信じるもの、幼子の幻想であると一笑に付す者、多くの人間がいた。
だがフォズは、敢えてそれ以上その話を続けることはなかった。
この話で失われた命について真に知る存在といえば、自分と子蜥蜴だけなのだから。
フォズが生きる世界の住人が失ったものは、恩人が異郷の地にて殺められたという事実のみ。
哀しみは生まれど、それが忘れ難き悼みに変わることはないのだ。
─自分の悲哀を伝え聞かせても、誰にも共感などされはしない。
 
 
それからは、かつてのような日常が再び動き出す。
だが、ほんの少しずつではあるが、日々に変化が訪れていた。
大神官は失踪事件があってから眼を見張るほどに成長なされた、と評されたり。
異国の勇者の話が様々な人間に脚色され、多くの英雄譚が流行ったり。
フォズは年齢の割に派手な下着を身につけている、と召し使われている女官の噂になったり。
すくすくと育ったレオンを隠し続けることもできなくなり、こうして神殿を抜け出し森に出向くことが増えたりと

様々なことがあって─そして、幾年もの時が流れた。

あれから彼女は、違った生き方を見つけた。
強く、誰よりも強く輝きを放つ命になるために。
いつかまた出会えるその日まで、約束をこれからも守り続ける。
泣いてしまういそうな夜もあるけれど、我慢していく。……なるべく。
それが優しき魔王と、憧れの勇者たちへの、ただひとつの恩返しだ。

「レオンさん!また来ますねっ!!」

フォズの頭の上から、嬉しそうな喉鳴りが聞こえる。
今やすっかり成長した彼女のさらに頭三つ分ほど上の高さから、見下ろすほどの巨体へとレオンは育っていた。
竜は頬を器用に歪ませ、笑みを返して、森へ帰っていく。
フォズは、うれしかった。
アルスの形見も、こうして壮健を貫いていてくれて。
森の中へ消える巨体を安心して見送って、彼女は激務へと再び駆け戻っていくのだった。
 
 
奇妙な話だが、帰還を果たした直後の彼女の荷物からひとつ、ある物が消え去っていたらしい。
異形への"転身"をも可能とする『竜の悟り』なる秘宝らしいと専らの噂だ。
掌に乗るような子蜥蜴が竜になる、など誰もが疑うだろう。
だがどのような神にすら、生きとし生ける物の未来を定めることなど出来ないのだ。
フォズが美しく、誇り高き大神官に成長したのも。
小さな蜥蜴が、巨竜へと変貌を遂げたのも。
もしかすれば悲劇や奇跡などが関係したのではなく、成るべくしてなった結果だったのかもしれない。
それを証明できるものは居ない。
居ないからこそ、人は変わろうとするのだから。

─全ての生命の前に、無限の可能性が広がっている限り。
全ての生きとし生ける"ひと"は、"誰かに"なれる。

今日も明日も、フォズはそれを信じ、祈り続ける。
 
 
*******
 
 
眼を開いて最初に認識したものは、あたたかい木漏れ日だった。
さわさわと葉が擦れ合う心地よい音が、この場を支配している。
他に音と言えば、遠くの小鳥が囀る声が静寂にアクセントを刻むだけだ。
この場所は、確かに記憶にあった。
そう、ここは『彼』と邂逅した場所。
私にとっての、冒険の始まりの地であった。

「………」

いや、それはあり得ないだろう。
確かに似た場所というのは、存在してしかるべきだった。
鏡写しにしたような景色が存在したとして、珍しくないと知っている。
夢のような話だが、そんな旅路を歩んだのだ。
だが、彼らと出会ったあの世界はもう既に─

「ああ」

深き森に、足音が、草をかき分ける音が交わる。
そして最後に青年の声が、届いた。
自分は、例えようもないくらい深く、この声を知っている。
野山を駆け、砂漠を越え、厳しい雪原も耐えぬいた。
果てしない旅路を乗り越え、彼と共に戦い抜いて生きてきたのだ。
忘れようが無い。

「こんな所に居たのか」

そしてその果てに、己の正体を知り、そして取り戻すまでに至ったのだ。
私にとって恩人と呼べる、大切な主と再び会えた。
逆立つ蒼髪を風に揺らし、彼は歩み寄る。
その光景も、あのときとまるで同じに見えた。

「みんな、どこに行ってしまったんだろうな。お前は、知らないか?……!」

鼻先を撫でてくれる感触すら懐かしい。
と、その手が驚きに止まった。
透き通るように白く美しい毛並みに、血の汚れが見受けられたからだ。

「……何か……」

快活な表情が、みるみる不安に染まる。
主もまた、同じ感情を抱いたように感じ、私は鼻を擦り寄せた。
己に名を与えてくれた、心優しき巨漢はもういない。
迷える一行を導いてくれた美しき女性も、辛い旅路を明るく盛り上げた赤毛の少女も、もういない。
主と一度は剣を交えた鋭敏たる剣豪も、彼に馴致する猛き巨竜も、いないのだ。
私と、私の主は、かけがえのないものを、本当にたくさん失ってしまった。

「何かが、あったんだな……?」

天馬と同じ、共に強き眼差しの光を放つ双眸が哀しみを帯びる。
最も誉れ高き姿と力を持った名馬ファルシオンは─どこか悲しげに嘶いた。
そして自らが馬であることを、ほんの僅かに呪うのだ。
ああ、私が鳥であったなら。
ここまで聞こえるほど美しく澄んだ、あんな声で歌えれば。
その歌で、主の心を安らげることができたら。
私が貴方を想う気持ちをその歌で紡げればどれだけいいだろう、と。
 
 
*******
 
 
グランバニア王、そして王妃と王子の失踪。
世界稀に見る大国の要人が、一夜にして消えた。
ただひとり、王女のみを残して。

騒ぎは大陸全土に及ばず、友好国ラインハットやテルパドールにも及んだ。
直ちに各国からの捜索隊が向けられた、が─
彼らの影も形も、無い。

かつて先代王妃が拐かされた魔界にて、地獄の帝王が目覚めたのではないか。
魔物との友好を深めたがための、謀反によるものではないか。
王妃が息子を連れて逃げ、王はそれを追いかけたのではないか。
実しやかなる噂が次々に流れ、忠臣サンチョや国王代理オジロンは大いに頭を悩ませる。
なぜなら、そのどれもがその行方を掴む手がかりとは程遠いものであったのだ。

そんな騒動の中、サラボナの大豪商ルドマン氏がグランバニアを訪問した。
なんと時を同じくして、彼の愛娘フローラが行方をくらませたというのだ。
両者の関係は友好そのものだったとは言えど、あまりに近しい時期の失踪。
互いが、何かを隠していると疑いを持ち始めるのも時間の問題であった。
取り戻された平和に、ほんの少しの亀裂が入る。
そして。

─8年。
 
 
「……」

あれから、タバサの日常はそこまで変わっていない。
大国ラインハットの援助やオジロンとサンチョの努力もあり、グランバニアは亡国とはならずにいる。
だが頭を失った蛇が徐々に死へ向かうのと同じく、国家は衰退の一途を辿るばかりであった。
そして正式の王位継承者である彼女。
だが、その時間はあのときのままだ。
孤独という苦しみを抱え、蹲ったまま前に進めていない。
時折訪れるラインハットのヘンリー国王夫妻やコリンズ王子とも顔を合わせようとしないまま過ごしていた。
何度となく、絶望のあまり身を投げようとして止められている。
いつしか彼女の部屋の窓に、格子が嵌められた。
囚人のように鉄格子越しの月を眺める毎日が続いた、ある日。
眠れない彼女は、またかつての記憶に縋っていた。
脳裏に浮かぶのは、優しき母の子守歌。
眠りへ誘うメロディーを想い描きながら─
本当に、本当に気まぐれにだが。
歌った。
家族との幸せだった時間を、忘れられなくて。
 
 
"……タバサ……タバサ!!"

「!」

消えたはずの、彼女の半身たる兄の声がする。
美しく成長した彼女より、思い出の中にある、幼い頃のままの声が。

"……んね……ごめんね、タバサ"
"君と……一緒に、居られなくて……すまない……"

「お父さんっ!?お母さんっ!?」

いなくなったはずの両親の声がする。
この状況下ならば、誰しも幻聴を疑うだろう。
だが、タバサに届いたこの声。
いや、これは声ではない。
魂が告げた、最後の思念。
世界を、長き時を越え─届いたのだ。
彼女が紡いだ、歌声を手繰り寄せ。

"タバサ。もっとあなたと、ずうっと一緒にいたかった"

「お母さん……おかあさんっ!!おかあさん!!どこ!!」

"君を悲しませたくは……なかった……"

「どこなの……どこなのおとうさぁんっ!!」

"ごめんなタバサ。僕ら……もう"

「お兄ちゃんっ!!待ってお兄ちゃん!!!わたし一人なんてやだ!
 やだってばぁっ!」

タバサは何年かぶりに、大声を上げて泣いた。
大粒の涙が溢れ、ドレスの裾を踏んで足が縺れ、それでも声の元へ辿り着こうと足をばたつかせる。
まるで─子供のように。

"だいじょうぶ、タバサ。君はこれからも、ひとりなんかじゃないから─"

「……いかないでっ!!おねがい、待ってよぉ!みんなぁーーーっ!!」

"どうか、泣かないで"
 
 
 
 
─遠い遠い、未来。
人と魔物とが、いつしか心を通わせ、世界は真の平和が訪れる。
そこには、平和に向けて尽力した、一人の女王がいたという。
その女王は、幼い頃に別れた大切な人たちの帰りを、今でも待っている。
多くの国民と、様々な種類の魔物たち、そして全ての世界の人々までもが。
心を通わせて、王達の帰還をいつまでも待っているらしい。

『おかえりなさい』と言うために。
 
 
*******
 
 
山奥の、静けさを保った小さな村。
美しい花が咲き誇り、森の動物たちがあちらこちらから顔を出す。
自然あふれるこの村にも少しずつ住人が増え、村は再建へと向かっていた。
小鳥の歌声が朝日を彩り、村人たちは今日も畑に向かう。

そんな事件など何一つ無い農村。
そこに、血相変えた宮廷魔導師が駆け込んできたのはつい最近だ。

「アリーナとクリフトが姿を消した」。
剣を鍬へと変えて、穏やかに暮らしていた天空の勇者には寝耳に水の知らせである。
移動魔法ルーラの使い過ぎで息を切らす彼に茶を出して聞いた話によれば、奇妙な話であった。
またも姫が脱走を企てた月夜の晩、それを追いかけていたブライ。
あと少しでアリーナのマントに手が届く、と思ったその瞬間。
彼女は息を切らすブライの目の前で、消えてしまったと言うのだ。
まるで、煙のように。
肝を潰したブライは教会で寝泊まりしているクリフトを血相変えて叩き起こしに駆けつけたが─

「いなかったの?」

ブライはふさふさの髭を撫でながら、眉を顰めて頷いた。

「トルネコ殿ならば二人を匿ってもおかしくないと思い、訪ねましたがな……」

エンドールの店は閉まっていた。
こと商売に関して熱心なトルネコ、これは滅多なことでは無い。
何事かと裏口を叩いてみれば、浮かぬ顔のネネが出てきた。
聞けば、何一つ告げることなく忽然と姿を消してしまったとか。

「奥方によれば、このようなことは過去に無かったそうな……よもや」
「?」
「あの魔王めがまた良からぬことを企んで……」

ブライはピサロと旅路を重ねたとは言え、魔物とは相容れないという歴史を歩んできた人物だ。
故に彼を信用するのに最も長くの時間を必要としたものだ。
そうして、平和になった今。
姿を見せぬかつての魔王に、再び疑いの目を向けてしまいそうになる。
しかし。

「─たぶん、違うよ」
「む?何か知っておられるのですかな!?」
「……今朝、見つけたんだ」
 
 
ユーリルは懐から、そっと何かを取り出した。
汚れたそれは、布だろうか。
黒く、そしてボロボロになった布切れ。
汚れは、旅なれた彼らならば見慣れたもの。

「血……ですかな」
「たぶん、ね。ピサロのだ」

魔法使いは、驚きに眼を丸くした。
退魔の使命を背負って勇者にしか知り得ぬ、何かがそこにあったのだろうか。
少々悲しげな瞳をしたまま、勇者は告げる。
何を知っているのか、何も知らないのか。
底しれぬほど澄んだ瞳の深きから、それを窺い知ることは、できない。

勇者は、多くの仲間を失った。
けれどもその事実を知ることなく、これからも生きていくのだろう。
ただ、いつまでも帰りを信じ続けて、待つのだろう。
そして─

「ピサロは、誰かを守り続けてるんだよ」
「あ奴めが……ですか?」
「ああ。きっと、ね」

かつての魔王が、信じる心を以て人を愛したと、そう信じて。
勇者は笑顔で、かつての宿敵を肯定した。
 
 
 
 
きっと彼がその場に居れば、こう言うことだろう。
ため息混じりに、だが決して不快そうにでは、なく。

"まったく、勇者という奴はどいつもこいつも"

と。
 
 
*******
 
 
光を取り戻したアレフガルド。
その広野を行く、一人の戦士が居た。

「……」

極限まで鍛えられ、尚も美しさを損なわない肢体。
それを惜しげも無く晒すような軽装な鎧を身に纏う女戦士。
彼女は、大魔王を打ち倒したパーティの一人。
名を、デイジーと言った。
 
 
彼女は、世界を救う前から旅をしていた。
故にこうしてゾーマ亡きアレフガルドを、こうして歩いている。
どこかに腰を落ち着ける、という選択もあった。
例えば腕を見込まれて、ラダトームから士官を勧められたこともある。
その美貌から、異性から伴侶となることを求められたことすらある。
だが彼女にとって、どうにもそれは性分に合わない選択だった。
 
 
一匹狼の彼女にとって、静かな旅というのは好ましいはずだが。
今は、どうにも静かすぎた。
騒がしい旅に少々慣れすぎてしまったのだろうか。
夜も更けて火を焚き、早めに眠りにつく。
いつものように、そうしようと思っていた。
だが今夜はどうしたことか、どうにも胸がざわついていた。
こんなことは久しぶりで、どうすれば眠れるのかわからない。
素振りをしてみても、酒を呷ってみても、まるで眠れそうになかった。
故に、火をじっと眺めてみることにする。
こうしていると、旅をしていた時のことばかりが頭を駆け巡る。
決して楽しいことばかりではなかったが、とても大切な思い出だった。
思えばあの旅で、初めて心から自分は笑えた気がする。
そう、あれはバラモスを討伐した際のアリアハンへの凱旋祭。
アリス達と手を取り合い、凱旋のファンファーレに聞き入っていた。
懐かしく思えたデイジーは、見かけによらず澄んだ声色で、柄にも無く口ずさむ。
穏やかな気持ちとなり、ぼうっと思いを巡らせているその時。
とても唐突にではあるが─気配が増えた。

「デイジー?」

反射的に剣を取ろうとした手が、強張る。
普段ならばあり得ないことだ。
だがその声がつい今しがた、思い出していた彼女と─余りにも一致していた。

「……デイジー!!ああっ……」

そう、それは。
彼女の、掛け替えのない友。
そして敬愛する、小さき勇者であった。

「デイジー!!デイジーですね!?」
「そうだ、アリス」
「うっ……」

勇者アリスの表情が、ぱっと子供のような笑顔に変わる。
そして、みるみるうちに─泣き顔になり、涙が溢れ落ちた。

「うあぁ……ひぐっ、う、うわあぁぁぁぁぁっ!!」
「アリス、泣くな」
「ううっ……うっ……」
「……久しぶり」

世界の救世主は今、この瞬間に限り単なる少女となり、戦士デイジーの胸を借りる。
そして声が、涙が涸れるまで涙した。
それは、大切な親友達を失った哀しみの涙。
それとその事実を、生きて親友と再会して伝えることができた─喜びの涙だった。
 
 
 
─残念ながら、この後勇者アリスと戦士デイジーの姿を見た者は誰もいない。
 
 
 ただ、勇者が死闘から持ち帰った道具のうちの一つに、指輪があった。
  
 
 戦士へと贈られたその指輪は『戦士の指輪』として後の世に伝えられたという。
 
 
  
 そして、伝説は再び─始まった。
 
 
*******
 
 
「……傷は……痛むかの?」
「いいえ、もう平気。いつまでも床に伏せってなんていられないもの」

ラダトーム城の対岸、かつての竜王が君臨した城の跡地。
かつて毒沼に覆われていた地は花畑となり、春の香りを漂わせていた。
そのすぐ傍らにて、やや古めかしいが洒落た机が置かれていた。
そこで彼らは、美しい装飾のティーカップをふたつ、挟んで語り合っていた。
片腕となった王女は焼け焦げてしまった髪をばさりと切って、印象はやや大人びた風になっている。
しかし和やかな雰囲気に反し、その表情はどこか考え込んでいるように見えた。
無理もない、彼女にはこれから母国の再建のみならず、世継ぎを失ったローレシア、サマルトリア両国をも支える使命を背負うことになる。
このか細い肩で支えられるのかという不安があるのは否めない。
だが、迷う暇は無い。
シドーと戦った時のような仲間は、もう居ない。
そして、『アレン』の遺志を守るのは今や自分ひとり。

─私が、私がしっかりしなくては。

「……どうしたのじゃ?」

顔が強張っていたのか、心配そうに覗き込んでくる。
幼い子供を彷彿とさせる少々甲高い声で、問いかけられた。

「いえ……なんでもないの」
「マリア、出来ることがあらば何でも言ってくれい。わしらは友達なんじゃからの!
 ……おおそうじゃ、このみやげのケーキも半分やろう」
「ふふ、ありがとう竜王」

ときたま、姉妹国家の代表としてラダトームを訪れる機会がある。
その度、僅かな時間を縫い、こっそりと竜王の曾孫とふたりきり、ささやかな茶会を楽しむことにしている。
アレンの面影を見出しているから、という理由だけではない。
友と呼べる存在を、あまりに一度に失いすぎて─マリアは、やはり寂しいのだ。

「よいよい、無二の友ならば当然のことじゃ。そうじゃ、これからはそなたをマリアちゃんと呼ぼう」
「え、ええっ?」
「わしのこともリュウちゃんと呼んでいいぞよ、かっかっか!」

記憶に新しい彼の曽祖父と比べれば、とても小さく若い彼(彼女?)は性格もまるで一致していない。
だが、よくよく考えてみる。
先祖同士の闘いなどまるで気にかけず、こうして人間に対して友好的な竜王の曾孫を見ていると─

(あなたの遺志はちゃんと継がれていたのね)

"人と竜とが手を取り合い、笑い合える世界" 。
今はこうして、ふたりきりだけど。
徐々に人と竜との間に、境界線なんて引かれない世界を。
ひとりじゃない。
私たちで、作っていきたい。
そうすれば、きっと。

(また、あなたに……みんなに、出会える気がするから)

遠い空に思いを馳せながら、微笑んだ。
向かい側からきょとんとした視線を向けられ、そうだ、と一つ思いつく。

「ねえ、聞きたいことがあるの」
「む?なんじゃマリアちゃん」
「……あなたにも、本当の名前があるのよね?」

「おお、そういえば名乗っていなかった!
 もう何年も名乗ることなぞなかったからのう。
 わしの名はな、偉大なるひいじいさまから……」
 
 
新たなる仲間を加え、探求の旅は続く。
仲間たちの思いを抱え、いつまでも走り続ける。
遙かなる旅路を越え、果てしなき世界を突き進んでいく。
この道も、我が旅も─終わらない。
 
 
*******
 
 
─また、一人か。

死地より帰還して、初めに口にするのが、こうも辛気臭い台詞だとは思わなかった。
でも、こうも言いたくなる。
いくら一人に慣れていたって、孤独を望んでなんかいやしない。
 
 
帰ってきたアレフを迎えたのは、人も疎らな新天地であった。
アレフガルドを出てここに、自分の力で国を興す。
途方も無い話だが、二人ならなんとかやっていけると思っていた。
─思って、いたのに。

「……私の治める国があるなら……それは、私自身で探したいのです……っか」

柄にもない、滅多に使わぬ一人称で喋ったかと思えば、国王の御前でとんだ大見得を切ったものだ。
どこぞの風来坊に娘と国を譲るとまで言ってくれた好意を、断ったのだ。
なかなか覚悟のいることをあの時はよくもまあ、やって退けた。
さすが勇者だ、あっぱれな奴めと、半ば自嘲気味に笑う。
頭を掻こうと兜を外し─
ああ、今は無いか。
無性におかしくなって笑いが漏れる。
落ち着いたところで、深く息を吸って、吐いた。
ごろりと草原に横たわり、ずいぶんと久しく見ていなかった真の青空を仰ぐ。
ゆっくりと別れを告げる暇もなく、別れてしまった皆の顔を、一人ひとり思い出していく。
 
 
幸せに、なってくれよな、エイト。
君はきっと立派に成長してるだろうな、フォズ。
いつか会えたら、ぶっとばしてやるから覚悟しておけよ、ピサロ。
俺は、君に恥じない勇者になってみせるよ。アリス。

……きっと、君に未来を繋ぐ。
その時まで待っていてくれ、マリア。

俺の国に来るって約束、守れなかったな。
でも見てろよ。
必ず良い国にするぞ。
お前の息子だか娘だかが……あいつ、子供いたのかな?ま、いいか。
そいつの居場所だってちゃんと用意してあるような、立派な国にしてみせる。
─じゃあな。
アレン。
 
 
……君のうたが、聞こえたよ。
おかげで、帰って来れたんだ。
最後まで世話になりっぱなしで……すまない。
それから……また、会おうな。
しばらく一人で頑張ってみる。
そうだ。
新しい国は、俺のじゃなく君の名を国の名にするよ。
楽しみに待っててくれ。
─愛しているよ、ローラ。
 
 
これから先、また邪神のような大いなる災厄が目覚めるかもしれない。
世界を脅かす邪悪な存在は、いつどこにでも現れかねない。
だが、その度に必ず、立ち向かおう。
世界を、いのちを愛する─真の勇者として。
 
 
「さてと……!」

勢いをつけて、起き上がった。
風は、自分に吹いている。

─アレフの、新たな旅が始まる。
 
 
 
 
*******
 
 
 
 
たくさんの、命があった。
 
たくさんの、死があった。

全てが、それぞれの思いを、信念を、愛を謳い。

戦い、そして散った。

そうして生き残った、わずかな命。

彼らもまた戦うのだろう─誰かを、何かを、愛する限り。

戦いではなく、愛するものを求め、探すため。

人々は強く、光ある生を歩み続ける。

だから、彼らは今日も生きていく。

それぞれが、それぞれの─

愛の歌を、探して。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


【DragonQuestBattleRoyale    Fin】


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