トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

悪夢の種子

悪夢の種子


登場人物
レックス、トロデ、マリア、ククール、ハッサン


 ごーん、ごーんと遠くで鐘の音。
旅の途中泊めてもらった修道院で聞いたそれとよく似ていた。
妹と二人、一度でいいから自分たちも鐘を鳴らしてみたいと駄々をこねて
力一杯撞いた釣鐘を凹ませてしまって、お父さんにひどく叱られたっけ。

……いもうとは、おとうさんは、なんてなまえだったっけ?
  なんだか全てが靄に掛かったように曖昧で。

――『Ryuka』――
 知らない声が読み上げる。
りゅか。そう、確かお父さんはそんな名前だった。
……でも、なんでお父さんの名前が呼ばれたんだろう?

「覚えてないの?」
 横合いから声。振り向けば緑の頭巾の少年が立っていた。
その首から下には無数の傷が刻まれていて、元は頭巾と同じ色をしていただろう上着も何もかもが真っ赤に染まっていて、
とても痛そうなのに彼はその苦痛も感じていないかのように平然としていた。
 何処かで見た覚えのある顔。でも何処でだろう?

「此処ではね、死んだ人は名前を呼ばれるんだよ」
(うそだよ)
 即座に首を横に振る。
(お父さんはとっても強いんだ。死んだりなんてするもんか)

「嘘じゃないよ」
 聞き慣れた声に顔を上げる。
いつの間にやら、すぐ目の前に子供が一人立っていた。
 癖の強い金色の髪に、天空をそのまま切り抜いたような色の瞳。
その身に纏った胴着や群青色のマントまで、その子は髪の先からつま先まで、何処をとってもレックスに瓜二つだった。
――その手が血に塗れていることを除けば、だが。

「なんでそんな必死に否定するの?死んで良かったじゃないか、あんな奴」
 鏡映しの子供が笑う。
にいと開いた口元から覗く赤い舌、その禍々しさにレックスは思わず後退る。

「国も産まれたばかりの僕らも放り出して、お母さんを助けに行って、
 挙句石化して8年間も行方不明になったりしてさ!
 結局お父さんはお母さんが一番なんだ。死んで清々するよ、あんなやつ!」
(そんなの嫌だよ!やっと見つけて――これからはずっと一緒にいられると思ってたのに!)

 同じ顔、同じ声がこれ以上父に対する呪詛を吐くのを見たくはない。
己の影に背を向け走り出し、どんど何かにぶつかって慌てて顔を上げる。

「そんなのって、ないよ」
 呟いたのは、炎のような赤毛を高い位置で結い上げた小柄な少女。
胸にぽっかりと穴を空け、まだあどけなさを残すなめらかな頬は溢れる涙に濡れていて、
可哀想に思って手を伸ばすと、少女は引き攣った悲鳴を上げてレックスの手を振り払った。
 駆け出そうとして足が縺れて尻餅をつき、それでも少しでもレックスから距離を置こうとでもいうようにじりじりと後退る。

「あたしのこと騙して、殺して、これ以上何をするっていうの?
 あたしだってもっと皆と一緒にいたかった。もっと生きていたかった。
 死にたくなんてなかったのに。……ねえ」
 涙に濡れた瞳が、狂おしくこちらを見上げる。
「なんであたしを殺したの?」

(……知らない。知らないよ!僕じゃない)
「君が僕を殺した」
 少年の虚ろな瞳がこちらを見つめる。――この顔をレックスは知っている。
「あんたがあたしを殺した」
 少女の潤んだ瞳がこちらを見上げる。――見覚えが、ある。
 でも思い出せない。思い出したくない。

 けらけらともう一人のレックスが嘲笑を上げた。
「そう、僕が殺した。君が殺した。僕らが殺した!
 ほーら、君の両手を見てごらん?」

 言われてのろのろと視線を落とす。視界の両手は真っ赤に染まっていた。
ぬるぬるとした生暖かい感触。鉄錆の臭い。
脳天に雷が落ちたような感覚が身体中を駆け巡り。

 己の胸に吸い込まれた刃を信じられないといった様子で見つめる頭巾の少年。
二度、三度、刃を振り下ろすたびぱっと赤い華が咲き、少年の身体はまるでダンスを踊るように揺れ、赤い海に倒れ込む。

 恐怖に震える手を武器へと伸ばす赤毛の少女。その胸を雷光が射抜く。
ぴくぴくと痙攣するその胸に刃を突き立てると、少女の身体が一際大きく跳ねて、
恐怖か、痛みか、はたまたただの生理的な現象なのか、どんよりと曇った瞳から零れた涙が頬を伝う。

 僕はこの人たちを知っている。この人たちの死に顔を知っている。
だって、僕が殺したんだから。

僕が殺したボクガコロシタぼくがころしたぼくがコロしたぼくガころしタボクがころした
僕がぼくがボくがぼくがボクがボクガぼくがぼくガ僕ガぼくガぼくガボくがぼくガぼくが

「やっと思い出した?馬鹿な僕!
 たとえ忘れたところで君の罪は消えないんだよ!」

(誰か、助けて。助けて、誰か)
 思い浮かぶのは家族のことだ。もうこの世にはいない父、いつもレックスを慕って後ろをついてきた妹、それに。
(たすけて、おかあさん――お母さん!)
「無駄だよ、お母さんは来やしないさ」
(なんで?)
「だって、君にはあれが見えないの?」

 芝居がかった仕草で指差すその先に、血溜まりの中倒れ伏すのは一人の女。
その着衣はところどころが焦げついて、だが背を覆う長い髪はいささかもその美しさを損なってはいなかった。
 眩く、清廉な輝きを放つ黄金の滝。

『――ほら、こっちよ、レックス!』
霞みのかかった記憶の中で、母が笑う。
彼と妹の色彩は母譲りだった。天空を切り取った青の瞳に、長い長い金髪の――

「そう、僕らが殺したんだよ」
 同じ顔をした子供が醜悪な笑みを浮かべ、

――『Bianca』
 追い討ちを掛けるように、無情にも声が告げた。

(――ああああああああああああああああああああああ――)
 
 
 
 
 時は夕刻。闇の中なら空飛ぶベッドも昼間ほどには目立たないかもしれないが、
見通しの効かぬ闇の中を飛び回るのは危険に過ぎる。
どうやってこれをザックに仕舞ったものかと首を捻る男二人と、難しい顔で地図とにらめっこを続けるトロデを尻目に、
マリアは眠る子供を膝に乗せ、手持ち無沙汰にその髪を梳いていた。

 緑の彼方に陽が沈み、残滓が世界を茜色に染め上げる。
その瞬間を素直に美しいと思い、柳眉を顰めた。
見事な夕焼けも、響き渡る鐘の音も、殺し合いにはまるで似つかわしくない。

 美しくも不吉な調べは、幼い頃の母の葬儀を思い出させる。
もともと沈んだ気分が更に落ち込んで、マリアは目を伏せた。
と、その視線の先、子供の睫毛がぴくと震える。
 まさかまた目を覚ましたのだろうか。思わず身体を硬くするが、鐘の音は子供を覚醒させるには至らなかった。
 唇が何やら音にならない言葉を刻み、子供らしい丸みを帯びた頬を一筋、透明な雫が伝う。
 途端、憐憫が溢れてマリアは胸を押さえた。

 一度となくマリア自身や、トロデを襲い、命を脅かした子供。
しかしそれも呪いに侵され、強制されてのことと知ればその事実さえもまた憐れだった。
 膝の上の軽い身体。
自分たちに襲い掛かって来たとは――もしかしたら、もう人を殺めているとは思えない、稚い無垢な寝顔。
 呪いが解け、己を取り戻した時、この子はその罪の重さに耐えられるだろうか。

(もっとも、その呪いを解く方法さえ見当がつかないのですけど)
 嘆息する。これでは取らぬ狸の何とやら、だ。
マリアは呪い破りの呪文を知らない。
かつて彼女自身に掛けられていた呪いを打ち破った、邪を払い真実を映し出す鏡があれば。
トロデの錬金釜か、あるいはハッサンとククールが見つけてきた書物にでも何か手がかりがあればいいが、彼女に今出来ることは何も無い。
 せめて涙を拭ってやろうと子供の頬へと手を伸ばし、
 
 
(――え?)

 紡がれた名に思考が止まる。
放送は二度とは繰り返されない。震える手をザックに伸ばし、奥底から名簿を引っ張り出す。
どうか聞き間違いであってくれと祈るように頁をめくり、ようやく辿り着いた目当ての頁。
こちらを見つめる見慣れた二人の姿絵と、

その身体を切り裂くように斜めに引かれた、血のように赤い線。

『――マリア!』
『ほら、早く来いって!』

 こちらを振り返り、笑う二人の声。
 家族も民も故国も失くし、復讐に凍りついた心を溶かしてくれた遠縁の少年達。
全てを失ったマリアがようやく見つけた、大切なもの。それを。
(私はまた、失くしてしまった)

 いつだってそうだ。
大切なものは指の間を擦り抜けていく。
 
 
(……冗談きついぜ、おい)
 淡々と、事務的に続けられる死者の列。
その一端に知った名を聞いて、ククールは瞠目する。
瞼の裏に浮かぶのは勝気に微笑む、赤毛の少女の姿だった。

(ゼシカ)
 口説く小道具に渡した指輪は突っ返され、真面目に口説けばそっぽを向かれ、茶化せばするりとかわされ。
 共に旅するうちに自分と彼女の関係はすっかり兄妹のような関係に落ち着いてしまったけれど、行きずりの恋人なんかよりずっと大切な仲間だった。
 真っ直ぐで、はっきりと物を言う、だけれど心根の優しい少女。
言葉で「死んだ」と言われただけではとても信じられない。例え遺体を突きつけられたとて信じたくもない。
 それはただの気持ちの問題だけではない。
ゼシカは七賢者の血をひく賢者の卵だった。
呪文の腕は言うまでもなく、魔法剣士であった兄の手ほどきもあってか武術の才もある。
その彼女が殺されたということは、それ以上の使い手がこのゲームに乗っているという証明でもある。

「――畜生っ!」
 突然の大声、次いでどん、という音に目を開く。
ハッサンがこちらに背を向け、地面に拳を打ちつけていた。その肩は小さく震えている。
ああ、では彼の仲間も死んだのだ。
何か慰めの言葉でも掛けようかと口を開き、やめる。
自分がそう感じているように、今はどんな言葉も届かない気がした。
(ま、男を慰めるなんて俺の流儀じゃないしな)

『もう、またそんな馬鹿なこと言って!』

 もうどんな軽口を叩いても、いつものように唇を尖らせた彼女が怒るのを見ることはないのだ。
それが無性に寂しかった。
 
 
 ククールの知るもう二つの名前が呼ばれることはついに無かった。
一つは間違いなく喜ぶべきことであったが、もう一つの名が呼ばれなかったことが良かったのか、悪かったのかは彼自身にも分からなかった。
 聖地ゴルドで一応の決着を見たとはいえ、彼が異母兄に抱く感情は未だ複雑に過ぎる。

 嘆き悲しむ大男の背中を見遣り、ふいに今朝の少年のことが思い出された。
 直接少年の命を奪ったのは魔物の刃だったろうが、責任の一端は間違いなくククールにある。
 彼の仲間も、彼の死をこうして悲しんでいるのだろうか。
――俺を、憎んでいるのだろうか。
 胸に刺さった棘がちくりと痛んで、空を仰ぐ。と、

「どうしたんじゃ!?マリア王女!」
 ふらりと揺らめくマリアの上体をトロデが支える。
頭痛を堪えるようにこめかみに当てた手は絶え間なく震え、雪白の肌はますます色をなくして死人のように白い。
 貧血だろうか。慌てて駆け寄り、何気なく目を遣ったマリアの手元の開かれた名簿。
見知った姿に、今度色をなくしたのはククールの方だった。

「おじさま、私、また大切なものを失くしてしまいました」
 泣きそうに歪んだ顔でマリアは笑い、震える指が愛しげに名簿をなぞる。

 言わなければいい。
今朝のことを知っているのは自分と、あの魔物だけなのだから、このまま何食わぬ顔をして、トロデと一緒に彼女を慰めればいい。
けれど。
 許してくれと、ククールは少年の遺体に言った。
死者に赦しを求めるのは容易い。死者は弾劾することはないのだから。
でも、彼がゼシカの死に痛みを覚えるように、マリアがあの少年の死に痛みを覚えるなら、
謝るべきは死者にではなく。
 
 
「……の、せいなんだ」
「ん、どうしたんじゃ?ククール」
「俺のせいなんだ」

 ぴくとマリアの肩が動く。
ゆっくりと持ち上げられた視線がククールを捉え――次の瞬間、彼女の手に納まった杖の先端がククールの喉に突きつけられる。
 立ち上がった拍子、膝から転がり落ちた子供を慌ててトロデが抱え起こした。

「どういう、ことですか?」
 問う言葉は凍てつき、赤葡萄酒色をした瞳は今や怒りに爛爛と輝き、炎のようで。
美人は怒っても綺麗ってのは本当なんだ、とどうでもいい考えばかりが脳裏にちらつく。
勿論、彼女に言うべきはそんなことではない。

「アレン、っていうんだな、あいつ」
 名簿を見れば簡単に分かったはずの名前。
今の今までそれを調べなかったのは、自分の罪と向き合うのが怖かったからだ。
どうしても異母兄と真正面から向き合うことが出来なくて、逃げるように修道院を出た時と何も変わらない。
 いつも楽な方へ、傷付かない方へと逃げてばかりだった彼の横っ面を引っ叩き、激を飛ばしてくれたのは今は亡き赤毛の少女で、
彼女はもういない。だから自分で向き合わなければいけない。

「魔物と戦ってたんだ。援護してやろうと思って矢を射って、丁度そいつが踏み込んだところに当たって、そのせいで魔物に斬られた。
 ――俺が殺したも同然だ」
「……嘘をついていないと、誓えますか?」
「女神と、騎士の名誉と、育ての親に誓って」

 海青石の瞳と赤葡萄酒の瞳が見つめあう。先に視線を外したのはマリアの方だった。
 
 
「出会ったのはつい先程ですけれど、あなたがたの話はおじさまから聞いていましたから。
 おじさまの知り合いですもの、きっと良い方たちなのだと、そう思っていました」
 喉元に突きつけられた杖がすいと下ろされる。
目を瞑り、次に開いたマリアの目は相変わらず爛爛と輝いてはいたが、瞳に宿るのは怒りではなく強い決意。

「だから、貴方が嘘をついていないと言うのなら、私は貴方を信じましょう」
「……済まない」
「謝らないで下さい。悪いのはハーゴンと、アレンを襲ったその魔物なのですから。
 一つだけ、教えて下さい。その魔物の名は」
問いと同時に手渡された名簿。頁をめくり、見つけた絵姿をマリアに示す。

「――竜王」
 その名を見とめて、マリアは我知らず皮肉な笑みを浮かべた。
かつて彼女の祖先が討伐したはずの魔物。それがアレンを殺し、今自分はまた彼を殺そうとしている。
それはロトの血族に刻まれた宿命か。

「マリア王女……憎しみからは何も、生まれぬよ」
「……分かっています。それでも」
 心配そうに自分を覗き込むトロデの顔。
大丈夫だと笑みを返して、ますますトロデの顔が曇り上手く笑えなかったのだと知る。
「大丈夫ですから」

 父を失い、民を失い、故国を失い、それでも彼女を歩ませたのは憎悪だった。
だから、今度もこの憎しみを抱えている限り前を向いていける。
いつかきっと普通に笑えるようになるから、それまではこの憎しみに囚われさせて欲しい。

(アレン、ランド。きっと私がハーゴンを討ってみせます。必ず)
 それは、いつか父に交わしたのと同じ誓い。
 
 
 
 

「大丈夫だって!タバサは此処にいないんだから。何をしたってバレっこないよ」
 場違いなくらいに明るい声。
同じ顔に狂った笑みを浮かべて、子供は笑う。

「みんな殺して帰ろうよ、グランバニアへ!
 それで、お父さんやお母さんが見つかる前みたいに妹と二人で暮らそう。
 だって――」
 差し伸べる手は、べったりと朱に染まって。

「――もう引き返せないんだから」
 
 
 
 たすけて、と。
眠る子供の声なき言葉は、届かず潰えた。


【E-4/アリアハン城北の平原/夜】

【トロデ@DQ8】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(不明の品が1?) 大錬金釜 聖者の灰 空飛ぶベッド ミレーユの通常支給品
[思考]:レックスの呪いを解く方法を探す 打倒ハーゴン

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:健康
[装備]:いかづちの杖
[道具]:支給品一式(不明の品が1〜2?) ※小さなメダル トゲの鞭 毒薬瓶
[思考]:レックスの呪いを解く方法を探す 打倒ハーゴン 竜王(アレン)を倒す

【レックス@DQ5王子】
[状態]:呪われている(呪いの効果弱)  気絶(睡眠) 打撲
[装備]:折れた皆殺しの剣 王者のマント
[道具]:祈りの指輪×1(一回でも使えば限界)
[基本行動方針]:不明

【ハッサン@DQ6】
[状態]:健康
[装備]:聖なるナイフ
[所持]:まだらくも糸 魔物のエサ
[思考]:レックスの呪いを解く方法を探す 打倒ハーゴン

【ククール@DQ8】
[状態]:右腕に火傷(半分回復
[装備]:ビッグボウガン(矢 18)
[道具]:天馬の手綱 インテリめがね アリアハン城の呪文書×6(何か書いてある)
[思考]:レックスの呪いを解く方法を探す マルチェロを止める


<<BACK [ 本編一覧 ] NEXT>>


-Aqua System 2007-