トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

影は光に追いついた

影は光に追いついた


登場人物
アレン(竜王)、ローラ、トルネコ、マルチェロ


 路地裏に隠れた魔族と娘はまだ姿を見せない。
まさかこのまま逃がしてもらえると思っているわけではなかろうが、あまり策を練る時間を与えれば後々面倒なことにもなりかねない。

 ならば、燻り出してくれようか。

 掌に意識を集中させ、口の中で力ある言葉を唱えれば、小さな炎の渦が巻き起こる。
だがそれが巨大な火球を成す前、ごうと風を切る音にマルチェロは横へ跳んだ。
家並みの一部を打ち崩しながら叩きつけられた宵色の尾は石畳を深々と抉り、
途中で集中を欠いた炎は空しく四散する。

「なるほど、そちらが本性か」

 現れた宵色の鱗に覆われた巨大な竜の姿に、マルチェロは一人ごちる。
気の弱い者なら一目で威圧されてしまうであろう、圧倒的な存在感を放つ巨竜。
しかし、よくよく見ればその巨大な身体を覆う鱗はあちこちがひび割れ、あるいは傷付き、
先程の巨人との戦いの激しさ、消耗の大きさと、竜と言えども無敵でも不死でもないのだということを如実に物語っていた。
 傷の治療が完全でないこと、小回りの利く人型ではなく頑健な竜の姿を選んだところからして、魔力もそう残ってはいまい。

 ちらりと竜の背後を窺う。
予想通り、娘と白馬の姿は無い。

(これで目的の半分は達成されたわけだ)
 竜が娘たちを逃がすことも、彼らの行き先も予想のうち。
両者を引き離すことには成功した。あとは各個撃破を狙うのみ。

 内心の笑みを隠して、マルチェロは刃を振るった。
 
 
 
  
 
「今の音は――?」

 小さな丸い目を不安に曇らせて、トルネコは空を見上げた。
ピサロの元へ行くべく宿を飛び出したものの、
すぐ外でファルシオンの治療に当たっていたはずのアレンの姿は見えず、加えて今の轟音。
 何者かとアレンの間に戦端が開かれたことは、どうやら間違いない。

「まったく、一難さってまた一難どころか……」
 リアの救出に赴いた少女たちと、トロデ、キーファは放送時に生きていたことのほか
全く行方が知れず、アトラスを追ったアレフはピサロの口振りからするに浅くない負傷の様子。
ピサロの乱心だけでも手一杯なのに、新たな襲撃者まで現れるとは――

「考え込んだところで始まりませんな」
 どうにも悲観的になりがちな思考を振り払い、轟音の源へ向かって大きな身体をゆすりゆすり走り出す。
ピサロの元へ向かうことを伝えるにしろ、加勢するにしろどのみち行き先は変わらない。
一刻も早く襲撃者を説得するなり、撃退するなりしてピサロの元へ向かわなければ、
本当に彼は“戻れなくなってしまう”。

『お願いです、どうかピサロ様の、いいえ――』
 彼を一途に想って涙を流した、やさしいエルフの娘はもういない。
彼女自身に殺されるに値する罪など何一つない、理不尽な死。
ピサロの憤りも、何としてでも復讐を、と望む気持ちも分からないでもない。

 だが、トルネコは覚えている。

 これ以上彼の手を血に染まらせないでくれ、と泣き崩れた震える薄い肩を。
思わず、といった風に手を伸べた勇者の少年の掌で音もなく砕けた紅玉の涙の哀しいほどの美しさを。  
 
 死者は黙して語らず、その胸のうちを知る術はない。
「彼女はそんなことは望んでいない」と死者を代弁するのは、ピサロの言う通りナンセンスなのかもしれない。

 だが、少なくとも彼女はそんなことは望んでいな“かった”ことをトルネコは知っている。

 あの日の彼女の言葉を聞いた者は、今やトルネコ一人しか残っていない。
だから、ピサロを止めるのは自分の役目なのだとトルネコは己に課していた。

 勝算は、ある。
先程のインカムを通じた交渉は失敗に終わったが、説得材料は他にもある。
今までにまとめた首輪に関しての考察、解呪に使えそうな道具が幾つか手元にあること、
そして生き残った大半の参加者とは既に接触済みであり、皆信用出来る協力者であること――
盗聴の可能性を鑑みて話すことが出来なかった情報と、己の弁舌と商才の全てをもって
トルネコは銀の魔王の生命と心を買い戻すつもりだった。

 商談の決裂は、すなわち自分とピサロの命運が尽きる時だ。
これ以上に貴重な商品を扱う機会など、おそらく二度とはあるまい。
あまりの重圧に、知らず口から笑みとも溜め息ともつかぬ吐息が漏れた。と、

「――きゃっ!」
「おおっと」

 思考に集中するあまり、周囲に向ける注意力が散漫になっていたのだろうか、
角から飛び出してきた小柄な影を認識したときには既に距離がつまりすぎていて、
慌てて減速をかけるも間に合わず、重量に勝るトルネコが相手を吹き飛ばす形となった。
 直前の減速か、はたまた腹の贅肉が幸いしたのか、
衝撃によろけた娘は同行者に背を支えられてなんとか転倒を免れた。
娘に大した怪我のないことを確かめて、彼女の同行者であるところの白馬は横目でトルネコを睨み、
憤慨したように鼻を鳴らす。
 白い馬など数多くいれど、これほど見事な白馬は滅多にいないだろう。
ましてや住人のいないつくりものの世界の中では、尚更。
 もちろん、知った顔である。

「ファルシオン!?
 なんだってこんなところに……アレンさんは?」
「ということは、あなたがトルネコさんですのね?」

 問い返すや否や、娘はドレスの裾を摘んで優雅に一礼してみせた。
今は汚れてはいるが綺麗に磨かれた桜色の爪、手入れの行き届いた金の髪、
それを押さえる宝冠やちょっとした仕種の優美さからは、いかにも高貴な、
それでいて少女のような可憐さが窺えた。

「私、ローラと申します。先程男の方に襲われたところを、竜王さんに助けていただいて」

 一瞬聞き慣れぬ名に眉根を寄せて、それがアレンの元の呼び名であることを思い出す。
娘の名乗った名は確かに名簿とも合致している。
加えて、気難しいファルシオンが大人しく手綱を引かれていることといい、ローラを疑う理由はないように思えた。
よほど急いで走って来たのか彼女の声は弾んでいて、やや明瞭さを欠いていたものの、
トルネコはなんとか事態の全景を把握することが出来た。

 王都に着き、アレンと再会してすぐ青い服の男に襲われたこと。
ローラを逃がすため、アレンがその襲撃者の足止めを買って出たこと。
 
 襲撃者の風体を聞き、トルネコは再び思案をめぐらせる。
まだ出会ったことのない参加者の中で男は二名。
マルチェロという名の男の方は確か青い服を着ていたが、服装などいくらでも変えられるものなのだから
それだけでは決め手にはならないが。

「ですが、ローラさんお一人でよくぞ此処まで無事に辿りつけたものですな」
「途中までエイトさんという方と一緒だったんです……橋が崩れた時にはぐれてしまって」

 では、やはり襲撃者はマルチェロという男の方で間違いないのだろう。
これで情報のない参加者はフォズという少女ただ一人。
名簿で顔を見た限りでは、到底殺し合いになど乗りようがない、か弱い少女と見えた。
万一彼女が殺し合いに乗っていたとしても相手は子供。無力化するのはそう難しいことではあるまい。

 現在、殺し合いに乗っている人間は多くて三人。
フォズという少女が殺し合いに乗っていなければ、ピサロを翻意させることが出来れば、
あと一人止めるだけで無意味な殺戮は終わるのだ。
喜ばしいことではあるのだろうが、自分の責任がますます重くなってしまったように思えてトルネコは小さく息を吐いた。

「……では、エイトさんはこちらにはいらしてないのですね」
 やはり向こう岸に流れ着いたのだろうか、と肩を落としたローラにトルネコは眉根を寄せた。
ピサロの現在地はナジミの塔。彼と交戦したらしいアレフも近くにいるとみていいだろう。
もし、そのエイトという青年が今のピサロと出会ってしまったら、まず間違いなく戦闘になる。
そうなればもう説得どころではない。
もっとも、遠く離れたアリアハンから出来ることなど何もない。幸運を祈るほかなかった。
 
「その方が上手くアレフさんと合流してくれればいいんですが――」
「アレフ様をご存知なのですか!?」

 弾かれたように顔を上げたローラと目が合って、トルネコははじめて己の失態を悟った。
慌てて口を塞ぐも、一度言葉となって口から零れたものは元には戻らない。
言い逃れなど許さない、と言葉よりなお雄弁に語る真っ直ぐな視線に、
トルネコは観念したとばかりに両手を上げ、アレフが手負いの魔物を追って行ったこと、
首尾よく魔物を倒したはいいが、負傷して動けずにいるらしいことをかい摘んで説明する。
ピサロの件を省いたのは、いずれ説明しなければならないにしても、
今は詳しい事情を話す余裕がなく、要らぬ誤解を生まないための意図的なものだった。
どうして離れた場所にいるアレフの負傷のことを知っているのか、と追求されれば終わりの苦しい説明だったが、
やはりローラには愛する人の負傷の方が大事だったらしい。
見る間に顔が強張り、身体の前で揃えた両手が祈るように組み合わされる。

「アレフさんはお強い方ですし、癒しの呪文の心得もおありなんですから。
 しばらく休んだら戻ってきますよ」
「そう、ですね」
 手の震えを隠すようにきつく握り締め、ローラはなんとか微笑と呼べないこともない表情を浮かべてみせた。

「アレフ様は私の勇者様ですもの。きっとご無事です。きっと――」
 自分に言い聞かせるように呟くローラの言葉を遮って轟音が響く。
反射的にそちらを振り向けば、家並みの隙間を縫って覗く空が一瞬赤に染まる。

「……どうやら、長く話しすぎたようですな。私はアレンさんのところへ向かいます。
 ローラさんは――宿に隠れていて下さい。
 じきに他の仲間たちも戻ってくるでしょうし、ファルシオンがいれば怪しまれはしないはずです」

 ローラは一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに唇を引き結び神妙に頷いた。
一つ頷いてローラに背を向けかけて、ふと思いついて言葉を付け足す。
 
「ああ、あともう一つ。宿に着いたら一度、宿帳に目を通しておいて下さい」
 盗聴の可能性について教えようにも、紙は先程使い切ってしまった。
地面に書こうにも石畳を削って文字を書くのは容易ではないし、なにより時間が掛かりすぎる。
宿帳にはその辺りの考察も記してある。今説明するよりは分かりやすいはずだ。
 ローラは不思議そうに目を瞬かせたが、素直にこくりと頷いた。
手綱を握りなおした彼女に、どうせ一緒に行くのならファルシオンに乗せてもらえばどうか、と提案すると、

「ファルシオンさんも怪我をしているんですもの。無理をさせるなんてそんなひどい」
 微笑しながら首を振るローラに、なるほど優しい女性だとトルネコは口元を緩ませた。

「ではローラさん、お気をつけて」
「トルネコさんもどうかご無事で。竜王さんも」

 背後で軽い足音と蹄の音が遠ざかっていくのを感じながら、トルネコも再び足を速めた。
振動と時折空を染め上げる炎を頼りに路地を駆け抜け――感じた違和感に足を止める。

(移動、している?)
 じりじりと、戦場が移動している。
それ自体は別に珍しいことではない。片方が何かを守ってでもいない限り、戦いながら場所を変えていくというのはよくある話だ。
 だが、何かが引っ掛かる。
頭の中で街並みを図面におこし、最初の戦場と今のとを線で繋いで、それに気付いたトルネコの顔が一気に蒼褪める。
故意にか、偶然にかは知らないが、このまま戦場が移動を続ければ、その先にあるのは――

「……ローラさん!」
 迷わずトルネコは来た道を駆け戻った。
 
 
 
 
 
 鼻先を掠めた刃がちりりと小さな痛みを走らせる。
逃げる身体を追った顎は、だが空に残った青い影を噛み裂くだけに終わった。

 不愉快だ。

 再び同じ距離を置いて男と睨み合い、小さくアレンは鼻を鳴らした。
軽い斬撃程度なら簡単に弾いてしまう竜の鱗にも脆い部分は存在する。
 顔面と下腹部。
それを知っているのか、男は執拗に二点を狙って斬撃を繰り出すが、
半ばで折れた刃はそのほとんどが弾かれ、または浅い傷を残すのみで、有効打を与え切れずにいる。

 ならばアレンが有利なのか、と問われるとそうでもない。
竜の身体は頑健さこそ人より勝るが、その巨体故に動きは鈍重になりがちである。
牙も、爪も、尾も。繰り出す打撃は僅かに男の身体を掠めただけで、吐いた炎も衣の裾を舐めるのみ。
 結果として二人の戦いは地味な消耗戦の様相を呈していた。

 全く、不愉快だ。
遅々として進まない戦いも、行方の知れぬ仲間たちも。

 アリス、マリア、トロデ、キーファ、そしてアレフ。
今朝方の放送で彼らの生存と、それぞれが追った敵の死は確認されている。なのに、
(何故、戻らぬ)
 新たな問題が起きたか、それとも負傷して動けなくでもなったか。
いずれにせよ、今下手にこの男を取り逃がせば、彼らの生命を危険に晒すことにもなりかねない。
 結局、此処で食い止めるほかないのだ。
全く、貧乏くじを引かされたものだ、と凶悪な牙を生やした顎が苦笑の形に歪む。
 
 幾度目かの変わり映えのしない攻防ののち、アレンの振るった爪が僅かに男の衣を捉えた。
直撃こそはしなかったものの、男の身体がぐらりと傾ぐ。

 ――好機!

 その機を逃さず、アレンの口から炎の奔流が迸る。
赤い流れは瞬く間に男の姿を呑みこんで、アレンの視界までをも埋め尽くす。
が、それに常の勢いはない。
赤い巨人との戦いで受けた負傷が、疲労がまだ後を引いているのだろうか。
どうにも思い通りにいかない歯痒さに、アレンはますます苛立ちを募らせた。
 途端、頬を微かに撫ぜた風が呼び起こした既視感に、アレンは咄嗟に顔を伏せた。
ほぼ同時、炎の幕を引き裂いて飛来した銀閃が額を薙ぐ。

 眼前には青い男の姿。
避けられぬと悟って自ら剣圧で炎を裂き、その間隙に飛び込んだのだろう。
衣服のところどころが煤に塗れ、これは避け損ねたのか、左腕には炎が宿ったままだった。
 本来なら眼球を刺し貫くはずだった刃は間一髪のところで狙いを逸れ、
がりがりと耳障りな音を立てて額の鱗を削るだけに終わる。
 その不快な感触を感じながら、だがアレンは微苦笑を浮かべた。

(どうやらお前に助けられたようだな、アレフよ)

 男の奇襲に気付けたのは、それが一度喰らったことのある手だったからだ。
火傷も厭わず、炎の壁を切り裂いて突き立てられたロトの剣。
それは竜王と呼ばれていた頃のアレンに一度目の死をもたらした、アレフが使った手だった。
 そして、同じ手を使ってくるのであれば次は予測出来ている。

 必殺の刃が防がれたと見て取ると、ならばとばかりに男は炎に巻かれた左腕を伸ばす。
常人ならばとうに炭化していてもおかしくないはずの腕は、だが無事で、
男が腕を差し上げるとしゅるしゅると巻き戻って火球を成した。
 
(やはり擬態か)
「――メラゾーマ!」

 呪文は違えど、やはり同じ手。応じてアレンは口を開く。
喉の奥から迸る灼熱と、叩きつけられた火球とがせめぎあい、弾けた。
ごう、と巻き起こる炎と熱気と土煙とが瞬く間に視界を覆い隠していく。
男の気配は――遠い。

(何処へ消えた?)
 鱗の奥の皮膚を焼く熱気に顔を顰め、薄く目を開けて視線を走らせる。
土煙の向こう、路地に飛び込む青い燕尾が目に入った。

 退いたか――いや。
瞬時に脳裏に街路図を呼び出して、アレンは思わず舌打ちを漏らした。
その路地の先は、トルネコのいる宿のある通りへと繋がっている。

 考えてみれば、あのククールとかいう若者を殺した下手人はアレンたちが到着するより前からアリアハンにいたはずなのだ。
こちらの根城が知られていても何ら不思議はない。
予想して然るべきだったのだ、と苦い後悔が頭を過ぎる。

 トルネコはまだ宿にいるだろうか。ローラは彼の元へ辿り着けただろうか。
男の後を追って足を踏み出しかけ、アレンは再び盛大な舌打ちを漏らした。
このまま竜の姿で狭い路地を通っては、民家を崩す恐れがある。
ハーゴンの作ったまがい物の世界がどうなろうといっこうに構わないが、
もし民家の中で休息を取っていたアリスたちを知らず踏み潰しでもしたら洒落にならない。

 竜型を解き、変化の際に地面に突き立てておいたさざなみの剣を引き抜いて、
改めてアレンは男の後を追った。
 
 
 
 
 
「此処……かしら?」
 どうにか宿屋らしい建物の前まで辿り着き、独り言のつもりで漏らした言葉に
ひひん、と威勢のいい返事が返ってきて、ローラは小さく笑った。

 土地勘のないアリアハンで彼女が迷わず此処まで来れたのには、ローラが首を傾げるたび、
鼻面で背中を押して道案内をしてくれたファルシオンによるところが大きい。
 これではどちらが手綱を握っているのか分かったものではない。
ふと思い浮かんだ言葉に苦笑して、ローラは隣に立つファルシオンへと笑みを向けた。

「ファルシオンさんのおかげで助かりましたわ」
 礼を述べれば、得意げに歯を剥いて笑顔を見せるファルシオンに、ローラは改めて目を見張る思いだった。
彼女の生まれ育ったラダトームの王宮の厩舎にも、場所柄名馬は数多くいたはずなのだが、
これほどまでに人の意を解する馬も珍しい。

(まさか、本当は人間だったりなんてしないでしょうけど)
 くすりと笑い、戸に手をかけたところではたと気付いて立ち止まる。
あのハーゴンという男に追い出されたのか、レーべと同じく此処アリアハンにも人影はない。
が、だからといって人様の家に勝手に動物を連れ込むのは気が引ける。
その上、並より大きな体格のファルシオンには、室内はあまりに狭く思えた。

「ファルシオンさんはお外で待っていて下さいね?」
 了解した、とばかりにぶるると鼻を鳴らしたファルシオンに、
手綱を何処かに結んでおいた方がいいだろうかと考えて、首を振る。
これだけ賢い馬が勝手に何処かに行ってしまうとは考えにくいし、何かあったときのためには自由が利いた方がいい。
 
 念押しするようにファルシオンに微笑みかけて、ローラはドアノブを握る手に力を込めた。
ぎい、と微かに軋んだ音をたててドアが開く。
室内に足を踏み入れながら後ろ手に扉を閉め、ぐるりと視線を巡らせると目的のものはすぐに見つかった。
テーブルの上に置き去りにされた、いかにも使い込まれた風に手摺れした焦げ茶の革表紙。
あれがトルネコの言っていた宿帳だろうと見当を付け、そちらに向かって歩み寄り。
 そのテーブルの下、窓から差し込む陽光を受け、きらりと何かが輝いたのに足を止める。

「剣……の、柄?」
 精緻な、だが何処かおどろおどろしい装飾の掘り込まれた剣の柄。
だがその刃は半ばからぽきりと折れ、もはや使い物にはなりそうにもない。
誰かの――トルネコは此処が彼と仲間たちの拠点なのだと言っていたから、
おそらく彼か、彼の仲間の忘れ物なのだろうが。
 必要なものなのかローラには判断がつかないが、一応回収だけはしておいた方がいいだろう。
身を屈めて、テーブルの下へと手を伸ばし――

 表で激しい嘶きの声。
ローラはぴくりと身を竦ませて、そのまま静止した。

「……ファルシオンさん?」
 顔だけを戸口の方へ向けて呟くが、返事はただ嘶きばかり。
ローラにはそれが「来い」なのか、逆に「来るな、逃げろ」なのかも分からない。
せめて外の様子が分かるよう、戸口は開けたままにしておくべきだったのかもしれない。
今更どうにもならない後悔に、ローラは戸口を見つめて立ち尽くした。

 瞬間、今度は背後でがしゃんと硝子の砕ける音。
次いでどさりと何かが飛び込んできた気配に、ローラは弾かれたように振り返った。
 
 まず最初に視界に入ったのは青だった。
見覚えのあるその色は、だがローラの愛する人のものではない。
青い男――先程ローラたちを襲った男の、緑柱石のような眼がこちらを見据えて、
ローラはぞわりと悪寒が這い上がるのを感じた。
 まるで、深い森のように得体が知れない。

 逃げなくては。
脳裏に閃いた言葉に従い、テーブルの上の宿帳をひったくるようにしてローラは男に背を向けた。
幸い、まだ荷物を降ろしていない。
戸口に駆け寄りドアノブへと手を伸ばして――あと一歩、踏み出せばとどくところでローラの足は崩れ落ちた。
 
 
 いたい。
 あつい。
 ――どうして?
 
 
 支えを失った身体が床に投げ出され、その拍子に肩に引っ掛けたザックがどさりと落ちる。
腰に挟んでおいた雨雲の杖がからんと音を立てて床を転がっていった。
 身体を打ちつけた痛みと、思うように動かない身体に顔を顰めつつ、
ずるずると身体を引き摺るようにして壁際に這い寄る。
身体の向きを変えようと、床に着いた手がぬるりと滑る。
 何故だろう。不思議に思って目の前にかざした手は真っ赤に塗装されていた。
視線を上げた先、もうローラのことなど忘れてしまったかのようにこちらに背を向け、
身を屈めた男の右腕の刃も、同じように真っ赤に塗りたくられている。
それでようやく自分が刺されたことに気が付いた。
 
 そうっと背中に手を這わせる。
べっとりと付着する赤は、先程よりも量を増しているように思えた。
それがどの程度の傷なのかは、膝でも擦り剥こうものなら大騒ぎだったお姫様育ちのローラには分からない。
ただ、暗い洞窟の奥からアレフに助け出されて城まで戻る旅の途中、
魔物との戦いで負傷したアレフの傷を思い返すに、決して浅い傷ではないことだけは理解出来た。
 と、不意に視界が翳ったような気がして目を擦る。
気のせいか、表のファルシオンの嘶きも、蹄を踏み鳴らす音も、少しずつ遠ざかっていくように感じられた。

 ただぼんやりと開いた目に映る景色の中、男の手が剣の柄を拾い上げた。
右手に握った血塗れの刃と、柄に残った途中で折れた刃の断面がぴたりと合致し、滴る血液が継ぎ目を伝った瞬間、
まるで魔法のように刃に走った亀裂が失せて、折れた刃と柄は一本の剣へと姿を変えた。
 禍々しいほどに冴えた刃には刃こぼれ一つない。
改めて右手に握りなおしたそれを男が振るうと、
さして力を込めた風でもないのにテーブルがまるでケーキみたいにぱくりと裂けた。
その結果に満足したのか、男はもう一度軽く剣を振って血糊を振り払うと肩越しにこちらを振り向いた。

 暗い緑の眼が、再びローラの姿を捉える。
ぎし、ぎし、と人の形をした死が近付いてくるのを、ローラはただどうすることも出来ずに見つめていた。
ローラの目の前で男の足が止まり、剣が振り下ろされて、

「――ローラさんっ!!!」

 聞き覚えのある声とともに、蝶番を壊しかねない勢いでドアが開き、
続いてぶん、と唸りを上げて鈍色の風が宙を裂いた。
 
 男は即座に刃の振り下ろす先をそちらに変え、
一瞬男の握る刃と乱入者の振るった鈍色の鉄球とがぶつかり合って火花を散らす。
が、途中で無理に方向を捻じ曲げた剣では、重さと勢いに勝る鉄球の一撃を支えきることは敵わず、
競り負けた男の身体は横合いに吹っ飛ばされてカウンターに激突した。
 それには目もくれず、乱入者はどたどたと地面を揺らしながらこちらに駆け寄り、
壊れ物を扱うようにそっとローラの上体を抱き起こした。
そうして霞む視界に乱入者の顔が大写しになって、ローラはようやくそれが誰なのか思い至る。

「……ルネ、コさ……ん」
「喋……で!動……すから……」

 ほんの鼻先で話すトルネコの声すらも、ひどくざらついて聞き取りづらい。
薄れる意識を繋ぎとめようと指先に力を入れて、
胸に抱えた宿帳の表紙にべったりと赤い手形がついてしまったことに気付き、謝らなければと顔を上げ。
トルネコの肩の向こうでぽうと明かりが灯るのが目に入った。
――いや、それは明かりではなく炎。
炎を支えるのも松明ではなく、青い袖に包まれた腕。

 トルネコは気付いていないのか、男に背中を向けたまま動かない。
注意を喚起しようとトルネコの顔を見上げたところで、ローラはそれが間違いであることに気付いた。
 トルネコは気付かないから動かないのではなく、気付いているからこそ動けないのだ。
身動きのとれぬローラを炎から庇い、自らを盾にしようと。

(駄目です、トルネコさん。私の後ろに)
 あの炎が呪文であれば、光のドレスで跳ね返すことが出来る。
確実な手段ではないが、何の守りもないトルネコが盾になるよりはマシなはずだ。
だが、その意志を伝えようにも、既に力を失った喉はまともな意味を持つ言葉をなさず、ひゅうひゅうと空気を漏らすばかり。
 
 では、雨雲の杖は。
眼球だけを動かして辺りを探るが、杖は落としたはずみで部屋の隅まで転がっていて、
試すまでもなく手が届かない。
 トルネコの背中越し、灯る赤が一回り大きくなった。

 何か。
 なにか。

 ただやみくもに床の上を彷徨っていた指先が何かに触れた。
それは簡素な作りの麻袋、先程男に切りつけられた際に落としたローラ自身のザックだった。
その拍子にだろうか、しっかりと結んであったはずの口紐は解けかけている。
迷わずローラはザックの口に手を入れて、最初に触れたものに指を這わせた。
 ひやりとした宝玉と金属の感触。
握りには使い込まれてぼろぼろになったなめし革が巻きつけられている――ロトの剣。
邪悪を祓う勇者の剣。だが、正しき持ち主以外には振るうことさえ容易ではない。
そして此処に正統な使い手がいない以上、今の状況を好転させる役には立ちそうもない。

(大地の守り手たる精霊ルビスよ、勇者ロトよ。どうかご加護を)

 掠れた視界の中で炎が踊り、ローラを庇うトルネコがぴくりと身を硬くする。
じき襲い来るであろう灼熱の責め苦を覚悟して、ローラは無意識に剣の柄を強く握り締めた。

(――アレフ様)

 途端、剣を握り締めたローラの右手が跳ね上がる。
ローラの意志ではない。普段の腕力でも両手で抱え上げるのが精一杯のこの剣を、
怪我をしたローラがしかも片手で扱えるはずもない。
 ならば、これは剣の意志か。
 
 異変に感付いたか、男の口が呪文の最後の一節を紡ぎ、火球が放たれる。
呼応するように振りかざした剣に象嵌された宝玉が一瞬、かつて王者の剣を呼ばれていた頃の輝きを取り戻し、かっと強烈な光を発した。
剣を中心として真空の刃の嵐が吹き荒れる。
――バギクロス。

 驚きに目を見張ったトルネコの頭上のベレー帽が吹き飛ばされて、見る間にぼろ雑巾へと姿を変える。
風の刃は放たれた巨大な火球を切り刻み、無数の小さな火球へと姿を変えさせるだけには留まらず、
術者である男までをも弾き飛ばした。
切り刻まれた小さな火球は無数の小規模な爆発を起こし、壁を焦がす。
 ようやく世界が元の静けさを取り戻したときには、宿は一部壁が突き崩されて半ば廃墟のような酷い有様となっていた。

 徐々に風が弱まると共に宝玉から光が失せて、掌から零れ落ちた剣が床にぶつかり、からんと乾いた音をたてた。

 そして、剣の意志による助力を失ったローラの腕もまた、くたりとその場に崩れ落ちた。
 
 
 
 
 
 トルネコさんが無事で良かった。

 力の抜けた身体を揺さぶる分厚い手の感触に、ローラはうっすらと笑みを浮かべた。
少し前までは動かすことくらいは出来た指先も、今やほとんど感覚がない。
もしかしたらロトの剣が起こした奇跡が、ローラの生命の最後の一片さえも奪い去ってしまったのかもしれない。
だが、尽きかけた自分の生命と引き換えに誰かを救えたのなら、それも悪くないとローラは思う。
この自分の生命とて、今まで沢山の人に救われてきたのだから。

(ゴンさん。
 あなたは生命を賭して私を助けてくれたのに、長生き出来なくてごめんなさい。
 もしあの世というものがあるのなら、どうか追い返したりせず迎えてやって下さいね。

 竜王さん。
 “ありがとう”と“ごめんなさい”を伝え忘れたままでした。
 私をやさしいドラゴンさんと出会わせてくれてありがとう。
 あのひとを失わせてしまってごめんなさい。
 もう少しあなたとは話してみたかったのだけれど、それはもう叶いそうにもありません。

 エイトさん。
 とっても真面目な人だったから、私のことで悩むんじゃないか心配です。
 私が死んだのは自分がはぐれてしまったせいだなんて、どうか自分を責めないで。
 あなたは十分過ぎるほど私を助けてくれました。

 それから。――それから)

 最期の力を振り絞り、剣の柄に震える掌を重ねた。

(アレフさま)
 
(もうこの手で剣を届けることは出来ないけれど、
 私の魂はロトの剣と共に、ずっとあなたの傍におりますから。
 悲しまないで。憎まないで。ただ前だけを見つめていて。
 だって、アレフ様は私の勇者様なのだから。

 ああ、でも本当は、もう一度だけ――)  
 
 
「……会い、た、かっ」
 唇が音にならない最期の言葉を刻んで、
細い首は小さな頭を支える僅かな負荷にも耐えかねたように、ことんと落ちた。
 
 
 
 

 どん、と小さな爆発音。それも単発ではなく、複数。

 ローラが真っ直ぐ宿屋に着いたとは限らない。
ああ見えてトルネコはなかなかの手練だ。そう簡単に不覚を取るとは思えない。

 どちらも無用な心配のはずだ。
だが、どうにも神経を苛む嫌な予感を振り払いきれず、アレンはただ通りを駆ける。

(間に合え――どうか、杞憂であってくれ)
 正面の入り口へ回る時間も惜しく、アレンは爆発で出来たらしい建物の亀裂からそのまま中へ飛び込んだ。

「トルネコ、ローラ!無事か――」
  
 目に飛び込んできたのは、まず青い男の背中。
アレンと対峙したときよりさらにその衣服は千切れ、薄汚れて、
その右手に握る剣だけが不気味なほどに冴え冴えとした輝きを放っていた。

 次いで目に入ったのは男と対峙するトルネコ。
鉄球を手に、やや足を開いて油断無く身構えているその身体の影に、それはあった。

 血溜まりに浮かぶのはくたりと弛緩した四肢。
薄く開いたままの珊瑚の唇は、だが二度と言葉を紡ぐことはなく、
かつて太陽のようだと心中で感嘆した眩い金の髪でさえ、心なしか色褪せて見える。

 “光の姫”からただの物体へと変わり果てたローラの姿が。

「……さま。貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 血を吐くようなアレンの怒号にも眉一つ動かさず、
男は――マルチェロは、静かに手に持つ剣の切っ先を向けた。
 
 
 
 

 その顔には、もはや狂気すら残されてはいなかった。


【E-4/アリアハン城下町宿屋/午前】

【アレン(竜王)@DQ1】
[状態]:HP1/4 MP1/8
[装備]:さざなみの剣
[道具]:なし
[思考]:マルチェロを倒す この儀式を阻止する アレンの遺志を継ぐ

【トルネコ@DQ4】
[状態]:HP3/4 背中に軽度の火傷
[装備]:無線インカム 破壊の鉄球
[道具]:支給品一式(食料と水は半分) ???
[思考]:マルチェロをどうにかする ピサロを止める為にナジミの塔へと向かう 首輪が爆発する瞬間まで諦めない
    宿帳に記した考察を仲間に伝える 仲間の安否を気遣いいずれ合流 対主催への強い決意

【マルチェロ@DQ8】
[状態]:左目欠損(傷は治療) 全身に裂傷、軽度の火傷 HP1/2 MP1/5
[装備]:皆殺しの剣(呪い?)
[道具]:84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾 発煙弾×2 照明弾×1)
[思考]:皆殺し

※宿帳(トルネコの考察がまとめられている)はローラの遺体の腕に握られています。
※トルネコは慌てていたので室内にばら撒いていたアイテムのうち、どれかを回収し忘れているかもしれません。
 (ホットストーン?(異変中) 聖なるナイフ 錬金釜 プラチナソード ラーの鏡 マジックシールド 魔封じの杖 首輪×2)
*雨雲の杖は部屋の隅に、ロトの剣とザックはローラの遺体の傍に、それぞれ落ちています。
*光のドレスはローラの遺体が身につけたままです。
*ファルシオンは宿屋の表口にいます。手綱は繋がれていません。

【ローラ@DQ1 死亡】
【残り11名】


<<BACK [ 本編一覧 ] NEXT>>


-Aqua System 2007-