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影を踏む

影を踏む


登場人物
アレフ、ルーシア、サマンサ、ヒミコ


 また、背後で爆音。
戦いが始まったのだろうか。
 今すぐにでも駆け戻って加勢をしてやりたい。その衝動を押さえつけているのは腕にかかる重みだった。

 くったりと弛緩した少女。
その小さく華奢な身体の、なんと重く感じられることか。

「……んっ……うぅ」
「大丈夫だ、すぐ解毒してやる!だから」
 額ににじむ脂汗を指で拭う。その炎のような熱さにアレフは呻いた。
 毒の進行が思った以上に早い。
今日のこの日ほどキアリーの習得を投げたことを悔やんだ日はなかった。
 このままではレーべに着くまでもつかどうか。
第一、着いたところで其処に解毒呪文の使い手がいるとは限らないのだ。
それどころか人がいるのかすら危うい。
 それでも、アレフにはその一縷の望みに縋って走り続けるほかない。
「頑張れよ、もう少しの辛抱だ」
 何度目になるか分からない気休めの言葉をかけて、アレフは森を疾駆する。と、

「何をそう急いでいるのです?」
 よく通る声が響いた。
思わず足を止めたアレフの前に、木陰から姿を現したのは一人の女。
 黒の高帽子に黄昏色のマント。
深緑色のドレスは踝までを隠す丈の長さとは対照的に肩から胸元までもが露わなデザインで、アレフは思わず顔を赤らめた。
顔立ちはまず美しいと言ってよかったが、美しさより知性に勝る。
 そう、彼女の纏う雰囲気は呪文を操る者のそれだった。

「見ての通りだ。連れが毒に侵されて困っている」
「では私が診て差し上げましょうか」
 あまりにあっさりと差し伸べられた救いの手。
罠ではないかとの思いが頭を過ぎり、嫌悪に顔を歪める。
そんな思考に至ってしまう自分にも、このゲームにも。
 まだ彼女がゲームに乗っていないという確証はない。
だが、見たところ彼女は狂気に陥っているようにも邪気に染まっているようにも見えないし、
こうしている間にも毒がルーシアを蝕んでいくのもまた事実。

「……感謝する」
 短い思案の末、アレフはその申し出を受け入れた。
ルーシアの身体を地面に横たえ、一歩下がり
空いた右手を女に気取られぬよう、そろそろとベルトの後ろへ――そこに括りつけられた鉄の杖へと伸ばす。
 彼女の善意を疑いたくはない。ない、が先頃出会った女性のようなこともある。
まだ彼女が信用出来ると決まったわけではないのだ、用心に越したことはない。
「俺はアレフ。彼女はルーシアだ。君は?」
「サマンサです」
 言ってサマンサは歩み寄り、ルーシアの傍らに膝をつく。
腕を取り、傷口を検分する。その手付きには不審なところは何もなく。

(俺の考えすぎ、か)
 考えてみればこんなふざけたゲームに乗る人間がそう沢山いるわけもない。
小さく安堵の息をつき、治療の様子を見守る。
何か治療に使う道具でもあるのか、サマンサがマントの内側に手を入れて、

何気ない仕草で取り出したそれ。
何か、鈍色の。
横たわる少女の首に振り下ろされて。

 きぃん、と澄んだ音。

「……残念、仕留め損ないましたか」
 間に割り込み、下から振り上げた鉄の杖に弾かれ、鋼鉄の剣がくるくると宙を舞い、地面に突き立つ。
自身も同じようにふわりと大きく後ろへ跳んで、サマンサは呟いた。
 何気ない一言。
そこには狂気も怒りも焦りも殺意すらも何も無い。
ただ淡々と、事実だけを述べるような。それゆえにひどく残酷に響く口調。

「何故だ!?何故君はこんな!」
「勿論ゲームに乗ったからです。何故そんな当たり前のことを聞くのです?」
 今度の言葉には嘲るような響きがあった。次いで口から漏れる呪文の詠唱。
杖をベルトに捻じ込み、ルーシアを抱き上げる。
顔を上げれば己の周囲を取り囲むようにして浮かぶ光球の群れ。

「――イオラ」
 サマンサがぱちんと指を鳴らし、光が弾ける。
咄嗟に腕に抱いた少女を身のうちに庇って身体を丸める。
もとより両手が塞がっている状況では他に選択肢もない。
 爆風が伴う熱がアレフの背を焼いた。

「ああ、まだ生きているのですか。なかなか頑丈ですね」
「……君は、人を殺して生き延びて、何とも思わないのか」
「今更揺らぐような決意ではありません。私はあの子を生き残らせるのだから」
 静かな言葉。それでようやくアレフは彼女に殺意がない理由に思い至った。
『あの子』を生き残らせたい。殺すのは目的ではなく、ただの結果だから。
「大切な誰かを生き残らせたいと願うのは君だけじゃないだろう」
 ちらりと、愛しい王女のことを思う。
もしこのゲームから抜け出す手段が見つからなかったら、ハーゴンの言葉に従うほかないのだとしたら、
自分は彼女と同じことをしないと言い切れるだろうか?

「……大切?」
 しかし、返ってきた声に滲むのは冷ややかな侮蔑。

「私があの子を生き残らせるのは、愛だの友情だの、そんな生温い感傷のためではありません。
 あの子の血筋は此処で絶やしていいものではないのです。私は使命に従うまで」
「そのために、君自身も死ぬとしてもか?」
「構いません。それが世界の意思なのですから」
 おそろしくきっぱりとした、何の迷いもない口調。

(もし俺が彼女と同じことをしたら、ローラはどう思うだろうか)
 怒るだろうか。詰るだろうか。嘆くだろうか。
きっとどれも正解だろうけど、あの愛しい優しい頑固者の王女は、
どうか自分のために傷付かないでと泣くだろう。

「――だからって、こうして君が傷付くことを『その子』は望んじゃいない!」
 サマンサの能面のような無表情がはじめて揺らいだ。
一瞬、その瞳に自嘲と驚きと、何か懐かしむような色が浮かび、だが彼女の唇が紡ぐは氷の息吹。

「ヒャダルコ」
 襲い来る雹弾を横様に跳んでかわす、そこに続けざまに次の雹弾が跳ぶ。
幾筋もの裂傷を負いながらもルーシアを庇い、転がり、跳んで避け続け。
気付けばそこは終点だった。
 背後には太い木の幹。両側の木々の間はヒャダルコの冷気で凍りつき、塞がれている。

 それはさながら死出の旅へ向かう旅行者がくぐるアーチのようで。

「――終わりです」
 相も変わらず淡々とサマンサが告げた。
天に向かって突き出した掌の上、赤々と巨大な火球が踊る。
 逃げ場も打つ手も無い。アレフはただサマンサを睨みつけ、

 殺気。
がさりとサマンサの背後の叢が揺れ、見えない何者かが躍りかかる。
くるりとサマンサが向き直り、完成した火球をそれに向かって放り投げた。
 見えない影はしなやかな動作でそれを避けると、サマンサとアレフ、ちょうど両者の中間辺りに音もなく着地した。
影がうっすらと輪郭を取り戻し、色付いていく。

 それは女だった。烏の羽のような黒々とした長い髪。
裾の長い衣装やじゃらじゃらとした装身具はまるで先程の見事な動きには似つかわしくない。
 不意に、くつくつと女が喉を鳴らす。
その目はぎらぎらとした妄執に燃えて、まっすぐサマンサの姿を映し出していた。

「ようやっと探し人に会えた。まさかわらわのことを忘れてはおらぬな?」
「……何故、あなたが此処に」
「知れたこと。わらわを引き裂き、焼き、断末魔の苦痛を味わわせたそなたらを喰らうためじゃ!」

 爛々と光る瞳に夕日が反射し、一瞬女の目が金色に染まり、縦に裂けた瞳孔が覗く。
まるで爬虫類か何かのようなそれ。
瞬きをしてもう一度見た時にはもう普通の目に戻っていたが。
(気のせい……か?)
 女の乱入に助けられたことは確かだが、違和感は拭えなかった。
見た目こそは美しい女性のそれだが、裏に潜むざらりとした嫌な気配。
邪悪に染まった人とも違う。言ってみればそれは魔物そのもののような――

「これ、そこな男」
 己の思考に没頭していた頭を上げれば、件の女がアレフを睨みつけていた。

「疾く、去ね」
「……は?」
「助太刀する気も邪魔だてする気もないなら早う去れと言うたのじゃ。
わらわの目当てはこの娘だけじゃ」
「だが」
「あまりぐずぐずしていては助かるものも助からなくなるやも知れぬぞ?」
 ふんと鼻を鳴らし、このまま去っていいものかと考えあぐねるアレフの腕のルーシアを示す。
 先程までの立ち回りで毒が回ったのか、その唇は今や紫色に変じ、苦しげに荒い呼吸を繰り返す少女。

「……済まない!」
 助けられた恩と、不吉な気配と、連れの命と。
結局アレフは最後を取った。
 果たして最後の言葉はどちらに向けられたものか。
行き掛けの駄賃とばかりに傍らに刺さる鋼鉄の剣を拾い上げ、ふらつく足で走り出す。
 大分時間をロスしてしまった。
ゼシカの助けはもう間に合わないだろうが、せめてルーシアだけは。
(死ぬなよ)
 腕に抱いた少女と、此処にはいない少女に同じ言葉を向けて、アレフはひたすら駆け続けた。

「ふふ、これで二人きりじゃのう」
 楽しげに笑うヒミコの声にサマンサはうんざりと溜息をついた。
 以前勝利を収めた時は4対1。
あの時より腕を上げた自信はあるが、1対1で勝てるかと言われるとまるで分からない。
その上あそこまで追い詰めた獲物をみすみす逃す羽目になるとは。
 だが、とどめを刺し損なったことに不思議と安堵を覚える自分がいた。
理由は分かっている。
似ていたからだ、勇者と呼ばれる彼女の年下の幼なじみに。
 同じ立場にいたら、アリスもきっと同じことを言っただろう。

 あの溢れんばかりの正義感も、何者も見捨てることの出来ぬ優しさも、曲がったことの許せぬ性分も、
本来ならば美徳なのだろうが、この状況下にあっては弱み以外の何物でもない。
それでもあの子は決して己の信じる正義を曲げず、死ぬのだろう。
――だから、私はあの子の影を行く。

 かつて殺されたことを恨みに思っているのなら、次に狙われるのはアリスかフィオか。
ならば、たとえ相打ちになろうとも、勇者の敵は私が倒す。

「いいでしょう、前と同じように焼き尽くして差し上げます」
 
 
 
 アリスは私を詰るだろう。それで、いい。
勇者という光輝に寄り添う影を見るのは、私だけで充分。

 それは一度担った使命へのプライドと、ひとかけらの感傷。


【B-5/森林地帯/夕方】

【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP2/3 背中に火傷(軽)
[装備]:マジックシールド
[道具]:鋼鉄の剣 鉄の杖 消え去り草
[思考]:ルーシアの毒を治すためにレーベを目指す ゼシカを助けに戻る ローラ姫を探す

【ルーシア@DQ4】
[状態]:毒
[道具]:神秘のビキニ 祈りの指輪
[思考]:同上 仲間(アリーナ・クリフト・トルネコ)を探す

【サマンサ@DQ3女魔法使い】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:鉄兜 マリベルの支給品(多少焦げている可能性あり)
[思考]:勇者の血を守る

【ヒミコ@DQ3】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:きえさりそう ホットストーン
[思考]:サマンサを喰らう アリス、フィオを喰らう


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