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死闘の果てに

死闘の果てに


登場人物
エイト(DQ8)、マルチェロ(DQ8)、アリス(DQ3)、キーファ(DQ7)、マリア(DQ2)竜王アレン(DQ1)


紫炎のオーラを蒸気のように激しく身体から放出し、エイトは猛った。
彼は怒りによってスーパーハイテンションと呼ばれる気の昂ぶりが最高潮に達した状態になっている。
昂揚したオーラは彼の力を何倍にも高めるのだ。

(許せない)

エイトの心をその唯一つの言葉だけが埋め尽くす。
彼はククールを殺した。
腹違いとはいえ実の弟を。
ククールは……あの不器用な男は彼なりに兄を、マルチェロを想っていた。
幼い頃の出会ったばかりのほんの僅かな微笑みに救われたといって。

(ククールは……あなたを憎みながら……それでも想っていたんだ!)

それを目の前の男は踏みにじった。
許すことなどできなかった。

「我は聞く覇竜の咆哮!」

灼熱の魔力がエイトの双手に収束していく。
ギラ系最強の呪文、ベギラゴン。
ギガデインはもう撃つだけの魔力がない。
エルフの飲み薬があったが今それを取り出すだけの余裕はない。
左腕を使えぬ状態での槍撃は完全に力を乗せきれない。
だから、ベギラゴンこそが彼が今もてる最強の力。
それでマルチェロを――

(ローラ姫と……ククールの仇を討つ!)

エイトのオーラと炎の魔力が重なり、空気を歪ませた。

 
◆ ◇ ◆
 

エイトの唱える呪文に気づいたマルチェロはそれを阻止すべく暗闇を纏う剣を突き出す。

「させん!」

彼の意志に呼応して黒い炎は槍となってエイトの心臓目掛け疾走した。
刃を薙ぐ線の攻撃ではなく、ただ速さだけを求めた刺突……点の攻撃。

「それはこっちの台詞ですっ」

マルチェロの攻撃に瞬時に反応したのは、勇者アリス。
しかし彼女は足を負傷して素早く動くことができない。
その代わりに刃を失い、もはや剣として機能することのない隼の剣の柄を投げつけた。
それは迫る黒炎に寸分たがわず命中し、砕け散った。
だが剣は最後の役目として炎の侵攻を一瞬止めることに成功する。
その一瞬は遅れて反応し、庇いに入ったキーファを間に合わせるのには充分だった。

「ああ、させねぇさっ」

左手に握られた氷の刃と右手に握られたメタルキングの剣が交差し、
強固なる盾となって呪いの牙を受け止める。

「おのれ……ッ」
「我は見る金鱗の威風!」

マルチェロが剣を引いたその一瞬にもエイトの詠唱は進む。
彼は決断を迫られていた。

(奴の呪文には最大にまで昂揚された気が上乗せされて放たれる。
 並みの炎熱波ならばかまいたちで裂くこともできようが、これに対しては無意味!)

対抗できるとすれば自らも昂揚した上で放つグランドクロスだが
今からではエイトのベギラゴン発動に間に合わせることができなかった。
防御することは不可能。
あくまで攻撃して詠唱を中断させるか、回避するかの2つの選択しか彼には残されていなかった。
だが彼の周囲は背後と右手を堀に阻まれ、左手には開けた芝生とその先の城の側道。
今マルチェロが堀に飛び込めば、既に多量に出血している上に更に水に体力を奪われて
再び水上に上がることなく冷たい暗底に沈むことになるのは火を見るより明らかだ。
回避行動を取るならば左を選択するしかないのだが……それも厳しい。
城壁の影に入るまでの距離が長いのだ。
エイトの詠唱が終わるまでにキーファとアリスの妨害を跳ね除けて、壁まで走れるとは到底思えなかった。
その上、ベギラゴンの威力次第では盾にした城壁ごと焼き貫かれる恐れもある。
というよりもその可能性はかなり高かった。

(避ける選択肢はない……ッ!)

「我唱えるは王者の御名!」

もう詠唱が終わる。
マルチェロは呪いと同調することで僅かに昂った気を総て剣へと集中し、最後の斬撃を振るう。
今度は刺突ではなく斬撃。
刹那の遅れは出るものの、刺突では先ほどと同じようにエイトの周囲を飛び回る蝿に止められてしまう。
ならば全員を一度に屠れる可能性に賭けた。

「さぁ剣よ……奴らを――皆殺せぇ!」

空を裂いて刃が迫る。

―――無防備となったマルチェロの即頭部へ。

「!?」

「ワシを忘れるでないぞ、マルチェロよっ」

トロデがマルチェロを牽制すべく上空からイーグルダガーを投擲したのだ。
咄嗟にマルチェロは剣の軌道を変えて飛来するイーグルダガーを撃ち落す。
だが、その動作による行動の遅れは総てにおいて致命傷だった。

「こ…の…ゴミカスがぁああああああああああああああああああっっ!」

憎悪の叫びを上空のトロデ王へと吐き出す。
だが今彼はトロデ王にかかずらっている暇はなかった。

(まだ、間に合……)

一縷の望みを賭けて振り向いたマルチェロの前に……燃えさかる刃を振り上げたキーファが飛び込んできていた。

「マルチェロぉおおおおおおおおおおおおおおおお」
「キィーファァああああああああああああああああ」

マルチェロの皆殺しの剣とキーファの火炎斬りが激突する。
黒い炎と赤い炎が絡み合い、爆発した。
衝撃で弾き飛ばされる両者。
キーファはエイトの近くへ、マルチェロは堀の淵に危うく踏みとどまる。
だが……総てはそれで終わった。

「我が牙となりて唸れ、灼熱の竜よ! キーファさん、どいて下さい!」

その言葉に反応してキーファは横っ飛びにエイトの射線を開けた。
刹那――黄金の光がマルチェロの視界を埋め尽くした。

「ベギラゴン――ッ!」

 
◆ ◇ ◆
 

エイトの双手から放たれた光の竜は紅と黄金の粒子を撒き散らして疾走した。
その巨大なエネルギーの奔流はただ微塵の躊躇も容赦も慈悲もなくマルチェロの存在した場所を
地面ごと抉り取り、焼き尽くし、消滅させた。
断末魔も何もない。
閃光が収まった時、キーファが、アリスが、トロデが、そしてエイトが見たものは……
見る影もなく焼き尽くされ、大きく削りとられた芝地と、堀向こうの上半分が消失した並木。
そして僅かに壁を破壊されたルイーダの店の外観だった。
ベギラゴンの通った道にはまるで空間から切り取られてしまったように何も存在していない。
ただ融解した土が濛々と蒸気を巻き上げていた。
あまりのその威力に呆然としていたキーファは1秒の数十倍の時間をかけてからようやく声を絞り出した。

「やった……のか?」

恐る恐るエイトの方へと首を向ける。
エイトは全ての力を使い切った様相で地に膝を突き息を荒げていた。

「ええ……おそらくは」
「す、凄いじゃないですかエイトさんッ」

アリスも満面の笑みを浮かべてエイトを賞賛する。
足を引き摺りながらもエイトに近づき、回復呪文をかけた。

「ふふん、エイトの力はまだまだこんなもんではないわい。じゃがようやったぞ!」

トロデも誇らしげに頷き、ファルシオンを降下させた。
アリスの回復呪文に身をゆだねながらエイトは目を閉じる。
 
「陛下……みんな、ありがとうございます。でもみんなの力がなければ僕は全力を出し切ることはできませんでした。
 この勝利はみんなのおかげです」
「ふむ、テンション攻撃は隙が大きいからの。まぁ我等に感謝するが良い!」

胸を張るトロデを見て、誰からともなく笑声が湧く。
戦いは終わったのだ。
哀しみも、憎しみも、今は総て忘れてこの勝利をかみしめよう。
エイトは強くそう思っていた。

(ローラ姫、ククール、ゼシカ、アリーナ……僕は勝てました、やっと――)

誰も護ることができなかった自分だったが、今ようやく誰かを護れたという実感が湧いていた。
放送で聞いた生存者は12人。
今、エイトだけが全員の現状を把握していた。
エイト。アレフ。フォズ。ピサロ。ローラ。トルネコ。アレン。マリア。アリス。キーファ。トロデ。
そしてマルチェロ。
この中でいまだに優勝を目指し、殺戮を続けていたのはマルチェロ一人だけ。
そのマルチェロの死でこのアリアハンでの戦いは終焉を迎えたはずだった。
もう彼の護るべき王が、仲間が死の驚異にさらされることはないはずだ。
少なくともこの世界から脱しハーゴンめらと対峙するまでは。

(マルチェロ……君の敗因は一人だったことだ。差し伸べられていた手を振り払い、一人を選択したことだ)

ククールはきっとマルチェロに手を差し伸べようとしたはずだった。
あの聖地ゴルドで奈落へと落ちるマルチェロを救った時と同じように。

(あなたは道を間違えたんだ)

アリスの回復呪文の光の中、エイトの目から一滴の涙が零れ落ちた。

 
◆ ◇ ◆
 

「この怪我ではエイトをここより動かすわけにはいかんのう、合流はマリア王女の方の治療が終わって
 こちらにくるのを待つしかあるまい。」
「は、いえ陛下。この程度の負傷…くっ」
「駄目ですエイトさん、あなたは全身に酷い傷を負っているんですよ!」

強がろうとしたエイトにアリスは顔をしかめると強く押さえつけ、座らせた。
本来なら動かすこともできないはずの身体であれほどの戦闘を行ったのだ。
エイトの身体にはかなりの負担がかかっていた。

(酷い……左肩はもう二度と動かせないかもしれません……)

自分も左腕にもう治療の叶わない後遺症を持っている。
トロデ王とマリアの腹部の傷も塞がっているとはいえ完治には遠いだろう。
またいつ傷口が開くとも限らない。
キーファの両手の火傷も彼は口には出さないが、剣を持つたびに痛みが走っているはずだ。
アレンについては言わずもがな。
ファルシオンだけがほぼ無傷でアリスの傍らに佇んでいる。

(まさに全員が満身創痍ですね)

それだけの死闘がこの城下町では繰り返されていたのだ。

(しかしマルチェロを倒したことで、とりあえずの闘いの芽は摘まれたはずです。
 これからのことを考えなければ……)

主催者の定めたルールでは24時間死者がでなければ全員の首輪が爆発するという。

タイムリミットは……あと24時間。
 
それまでにできるだけ傷を癒し、魔力を蓄え、首輪を外してこの世界を脱する方策を練り、実行しなければならない。
その為には今生存している者全員が集結し、互いの情報と知恵を分かち合わなければならない。
マリアとアレンに早々に合流するというトロデの判断は妥当なものだ。
なにより回復呪文の使い手を一箇所に集めることで治療の効率化を図ることもできる。
エイトと同じくらい酷い負傷を負っているアレンには辛いかも知れないが、こちらよりはマリアの治療も
進んでいるはずだし城の東部から西部までくらいの距離ならそう大きな負担にはならないだろう。

(あのハーゴンという邪悪な輩が今の私たちをそのままにしておくとも思えません……
 リミットは思った以上に少ないのかも)

アリスの胸には言い知れぬ不安が湧き上がっていた。

 
◆ ◇ ◆
 

「さてと」

トロデはそういうと、堀の方へと歩いていく。

「どーしたんだよ、トロデのおっさん?」
「なぁに、奴の持っておったアイテムが何かしら焼け残っておらんかと思ってのう。
 ザックが堀にでも落ちておれば炎から逃れられておるやもしれんからな」
「ふーん、なんも残ってねぇと思うけどなぁ」

キーファにはあれだけの高熱波の中、ザックが焼失を免れたとは思えない。
ザックの中がいくら四次元構造であろうと、外見は普通の袋であり単なる麻地だ。
ベリアルを倒したときも、そのザックは炎によって灰となったのだ。

(ま、確かになんか残ってりゃめっけもんだよな。あの大筒とか)

 
戦いの中で度々マルチェロが構えていた奇妙な大筒。
あれがあればこの後控えているであろう、あのハーゴンたちとの戦いに役立つかもしれない。
そんなことを思いながら彼は堀を覗こうと淵から身を乗り出すトロデをぼんやりと眺めていた。
その瞬間であった。

どす、という鈍い音と共にトロデの背から黒い羽が生えた。

いや、羽に見えたものは黒い炎につつまれた切っ先。
それが堀を覗き込んだトロデを下から貫いたのだ。

「おっさ「トロ「陛下ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!」

キーファよりアリスよりも早くエイトが飛び起き、ガタのきている身体を圧して駆け出す。
しかしそれはすぐさま遮られることとなった。

「動くな! それ以上動けばトロデ王を殺す!」

その声にはエイトも足を止めざるをえない。
キーファも剣を構え、トロデ王を貫いた刃を凝視する。
信じられなかった。今聞こえた声はまさしく……

「マルチェロ!?」

アリスが悲鳴にも似た驚声をあげる。
堀をよじ登ってきたのはまさしく今燃え尽きたはずのマルチェロだった。
その衣服は積み重なったダメージでボロボロではあったが真新しい焦げ目は見当たらない。
堀に飛び込んだとでもいうのだろうか? しかし――

「フフフフ……今のは私も危なかった。この剣がなければ文字通り消し炭と化していただろう」
「「「!」」」

 
その言葉を聞いてキーファは真相に気づいた。
表情から察するにエイトもアリスも同じ事を思ったようだ。
マルチェロはベギラゴンの灼光に晒される瞬間、堀へと身を躍らせた。
そして剣を伸ばして水底に突き立てたのだ。
まるで竹馬のように剣を突きたてたまま水面上に身体を固定していたのだろう。
堀の壁にでも身を預ければバランスを崩す心配はない。

「ちっくしょう!」
「動かないでもらおう、エイト、君の主君はまだ生きている」

マルチェロがトロデの首筋に剣を突きつけるのをみて、キーファの身体は凍てつく。
トロデを見れば確かに胸の辺りがわずかに上下していた。
剣は意図してか知らずかトロデの急所を避けて貫いていたのだろう。
しかしうつ伏せに倒れたその身体の下からじわり、と血だまりが広がっていく。

打つ手がない。

このままではトロデを人質にされたまま手も足もでず皆殺しにされてしまう。
打開策を模索しようとしてキーファの心には焦燥ばかりが募っていた。

「マルチェロッ、僕の命をやる! その代わりに陛下を解放しろ」

キーファは思わずエイトを見る。
彼は悲壮な決意を顔に浮かべていた。

「ほほう」
「キーファさんとアリスさんにも手は出させない……あなたにとって悪い取引ではないはずだ」
「おい、エイト!」

キーファはエイトを止めようと声を荒げるが、エイトの有無を言わせぬ視線に沈黙した。
エイトを止めたいという気持ちに偽りはないが、それ以上にこの場を打開する策が思いつかない。
彼の決意を止めるだけの力が今のキーファにはないのだ。

(くそ、エイトの奴本気で死ぬつもりだ。でも、でもよ……)

それでマルチェロが引き下がる保証はないのだ。彼の最終目的は皆殺しなのだから。

「いや、駄目だ」

だがキーファが止める必要もなく、マルチェロはその要求をばっさりと切り捨てた。

「何故だ! 僕たちを皆殺しにするつもりなら、それこそ全力で抵抗するぞ!」
「おまえがトロデ王を見捨てないことは判っている。だが他の二人はどうかな?
 おまえが死ねば他の二人はトロデ王を見捨てて襲い掛かってくるかも知れない。
 所詮は他人に過ぎない間柄だからな……それでは困るのだよ」
「侮辱です! 私たちもトロデさんを見捨てることはありえません!」

アリスの抗弁もマルチェロは口ではなんとでも言える、と相手にしなかった。

「じゃあ、何が望みだっていうんだ!」
「簡単だ、私はこの場を立ち去る。貴様らは私を追わない。その保証が欲しい」
「な、に?」

マルチェロの口から出たのはキーファにとっては意外すぎる言葉だった。

(なんだ? 何を企んでる?)

「意外かね? だがこの身体を見てくれ、こいつをどう思う?
 度重なる戦闘によって貴様らに増し満身創痍だ。魔力もあと少ししか残ってはいない……
 私としては無理を押して貴様らを殺す危険を冒すより、安全にこの場を立ち去って休みたいのだよ」

確かに、マルチェロは胸を大きく裂かれ、青い僧服は血によって大きく紫に染められている。
その他にも火傷、創傷、裂傷が散見されその顔には血の気が引いていた。
マルチェロが追いつめられているのは厳然たる事実だった。
その言葉を疑う要素は見当たらない。
迷い、キーファはアリスを見た。視線に気づき、アリスは小さく頷く。

「トロデさんの危機です。迷っている暇はありません」

エイトもそれに首を縦に振った。

「わかった、マルチェロ。僕たちはあなたを追わない。どこへでも立ち去るがいい」
「慌てるな、私は保証が欲しいと言っただろう? 約を違えて後ろから撃たれては敵わない」
「そんなこと――」

激昂しかけたキーファをエイトはそっと手をかざして制止した。

「言い争っている時間はありません! 陛下の命は今こうしている間にも削られていっているんです!
 マルチェロ、どうすればいい? 」
「まず貴様らの呪文を封じさせてもらう。そして武器とザックを……捨てろとは言わん。
 だがすぐには手の届かない場所に投げてもらおう」

そういってマルチェロはザックから髑髏の僧を象った杖を取り出す。

「待ってくれ、武器を手放すのはともかく呪文を封じられたら陛下を治療できない!」
「案ずるな。術者である私が遠く離れれば呪縛は効力を失う。
 大事な主君を助けたいならば是が非でも私を逃がさなくてはならないというわけだ、クク」

キーファは歯噛みする。
何もかもがマルチェロのペースで進んでいる。
確かにマルチェロの出した条件は破格だし、その要求も疑い深くはあるが妥当といえなくもない。
だがそれは本当にマルチェロが逃走するという前提でのものだ。
武器も道具も手放し、呪文を封じられた状態であの皆殺しの剣の攻撃を受ければそれこそ全滅ではないのか。

「さあ、早くしろ。間に合わなくなっても知らんぞ!」
 
トロデに突きつけられた刃がわずかに沈み、フードの首元をわずかに切り裂いた。
キーファたちに選択肢はない。

「ち、くしょう!」

キーファは3mほど後方に氷の刃、メタルキングの剣とザックを投げ捨てた。
エイトとアリスも同様に武器とザックを放る。
同時にマルチェロが杖を振るった。
呪文の使えぬキーファには何も感じないが、アリスとエイトにはそれぞれ魔力の光輪に拘束される。
光輪はすぐに消えたが、かすかに呻いた二人の様子から呪文は封じられてしまったようだ。

「フ、ではさらばだ」

マルチェロはトロデのフードを剣先に引っ掛けると、そのまま無造作にエイトに向けて放り投げた。
そして背を向けて走り出す。

「陛下!」

血の雫を散らしながら宙を舞うトロデをエイトは咄嗟に受け止める。
だが踏ん張りがきかずにその場に尻餅をついてしまった。
重傷を負ったトロデに衝撃を伝えないためにその身体に総ての衝撃を受け止めてエイトは呻き声をあげる。

「なんてことをする!」
「あ、後です! アリスさん、陛下を!」
「はい!」

キーファはマルチェロの背に怒りの視線を向けるが、構っている暇などない。

「く、動けない……キーファさん、さっき投げた僕のザックを取ってください!
 その中に魔力を回復する薬が入っています!」
「ああ、わかった」
 
トロデを抱えたまま身動きのとれないエイトの為にキーファはザックを探す。
その時、呪文を唱えようとトロデに手をかざしたアリスが悲鳴を上げた。

「まだ魔封じが解けないッ」
「なんだって!?」

エイトの丁寧語も忘れた焦燥の声が聞こえる。
そしてキーファが見たものは少し離れた場所でこちらを眺めるマルチェロのニヤついた顔だった。
その場所はその気になれば真空波も呪文も届く位置。
戦闘域から離れた場所とはとても言えなかった。

「何やってんだ、とっとと逃げちまえよ!」
「フン、何しろダメージが深くてな……走るのも億劫なのだ。だから、いい方法を考えた」

マルチェロの唇が耳まで裂けたかのような錯覚を覚える。
とてつもない邪悪の気配にキーファの背筋に冷たい針が突き刺さったような悪寒が走った。

「おまえ……」
「貴様らの方にこの場を去ってもらおう……あの世までなッ!」

マルチェロの指先に光が灯り、輝く十字架を描く。
エイトが憎悪の声を上げた。

「マルチェロ、貴様ァーーーーーーーーーーーッ!」
「私に残された最後の魔力を込めて贈ろう――グランドクロスッッ!」

断罪の十字架が死の極光となって放たれた。

 
◆ ◇ ◆
 

「フン、我ながら情けない破壊力だ……四人ともまだかろうじて生きている……」

呼吸を荒げてマルチェロは舌打ちする。
せっかく剣が五月蝿く喚きたてるのを宥めて策を弄したというのに誰も殺せていないとは流石に予想外であった。
トロデとエイトくらいは殺せると思っていたのだ。
追いつめられればスライムとてドラゴンに立ちむかう。
それよりも逃げ場を用意してそこに罠を置いた方が確実だと、皆殺しを前提に剣に納得させた策だった。
だがそれで殺せなかったことで剣がマルチェロの精神に執拗に殺意を送り込んでくる。
マルチェロは目の前の現状を把握し、今エイトたちに止めを刺しに行くのはまだ早いと結論付けた。
目の前には数m四方のクレーターが穿たれていた。
そして崩れた城壁には身体をしたたかに打ちつけて気絶している女戦士――確かアリスといった――がいる。
身に纏っているマントのおかげか致命傷は受けていないようだが、意識がないなら止めは容易にすぎる。
たとえ意識を取り戻しても武器もなく、呪文を封じられ、足の怪我も悪化しているこの状態では敵ではない。
その傍には翼ある白馬が倒れていた。場所に恵まれたせいか傷はほとんどなく、衝撃で昏倒しているだけに見えた。
だが翼に傷がついている。小さい傷とはいえ目覚めたとしてもしばらくは飛べまい。
そこからまた数mの距離の芝生には身体を張って庇ったのであろう、トロデを抱きかかえたまま倒れているエイト。
うつ伏せになっているため、意識があるかどうかは定かではないが二人ともピクリとも動かない。
エイトの足は完全に潰れていた。いかな回復呪文でもこれを治癒することは不可能だろう。
背中は焼け爛れ、生きているのが不思議なほどであった。
立つこともままならなかったあの状態ではさすがに大防御を発動することはできなかったと思われた。
トロデ王も庇われたとはいえ元々かなりの重傷にこの衝撃では悪化は免れない。
鼓動も確認できず、わずかに漏れでる息だけがかろうじてトロデの生存を証明していた。
これもまた止めを刺すのになんの支障もないだろう。

そして――

「全く目障りだな、貴様は……」
「る、せ…え……」

マルチェロの視界の端に移っていたのは唯一身体をズタズタに引き裂かれながらも
意識も失うことなく立ち上がっているキーファの姿だった。
「これ」を先に片付けるまでは前述の三人に止めを刺すわけにはいかなかった。

「あの女を楯にしたのか……不様だな」
「黙れ…よ、畜生」

キーファの顔が悲痛に歪む。
おそらくはあのアリスという女の方が庇ったのだろう。
だがそんな事実よりもキーファを激昂させるための侮蔑の言葉を浴びせる方が重要だ。
彼はまだ戦う力を有している。
自分の力が万全でない以上、相手の力はどんなに小さくとも削がなくてはならない。
偶然にも剣と同じ方向に飛ばされたのだろう。その手には再び白銀に輝く剣を手にしている。

「前から随分と人道らしきものを説いてくれたが、貴様の本性はそれだ。
 女を犠牲にしても生にしがみつく惰弱な男。貴様には私を非難する資格などない」
「黙れっつてんだろッ……おまえに何がわかる。おまえだけは……ゆるさねぇ!」

キーファの剣に炎が発する。
炎はキーファの怒気に呼応してその勢いを増し、刃は白銀から真紅へと輝きを変えた。
全身を駆け巡っているはずの激痛などまるで感じさせないかのような動きでキーファは剣を振り下ろす。

「燃え尽きろ、火炎斬りィッ!」

威力速度とも申し分ない斬撃だった。当たれば致命傷どころか即死は免れない。
掠ってもその炎熱はマルチェロの身体を焼くに充分。
消耗激しいマルチェロにとってそれは命とりになりかねなかった。
だが――致命的に直線的な攻撃だった。
加えてその炎の技は先ほどマルチェロは目にしている。

「その技は一度見せてもらった」

キーファの怒りを煽り、直線的な攻撃を誘発。加えて見知った技。
マルチェロにとってはもうそれに命中する方が難しい。
速度は僅かに予想を超えていたものの修正の範囲内。

「この私に同じ技は二度も通じん!」

炎の唐竹割りを半身になって回避すると、無防備なキーファの脇腹に剣を突きたてた。
ずぶり、という確かな手ごたえ。
肋骨を粉砕し、臓腑を切り裂いた――そんな確信。

「ごはっ」

血混じりの唾が吐き出され、キーファはよろめいた。
ずるり、と引き抜かれた刃の痕からおびただしい量の血が流れ出す。
2歩、3歩と後ずさり、キーファは小さく呻きを残してその場に崩れ落ちた。
うずくまるキーファを見下ろしてマルチェロは苛立たしげに剣を振って血糊を落とす。
マルチェロが苛立った理由は一つ。
腕が震えて刃を捻りいれることができなかったのだ。
本来ならそれで即死させられていた。
思うとおりに身体が動かず、止めを刺す必要を生んでしまったことはマルチェロにとって非常に腹立たしいことだった。
だがこうしている間にも剣はマルチェロに殺人衝動をせきたてる。

(わかっている!)

そして目前にうずくまる敗者の首を斬り落とそうとした瞬間――ふ、と視界が暗くなった。
ぐらり、と身体が傾くのを感じて慌てて剣を杖代わりに身を支える。
意識を失いかけたのだ。

(思ったよりも消耗は深刻だ……一刻も早く休息を取らなくては……)

とにかくほんの僅かの間だけで良い。
意識をはっきりさせ、平衡感覚を取り戻さなくてはならない。
既に魔力は使い切ってしまったため、回復呪文をかけることはできない。
ぐずぐずしているといつあの竜と女魔道士が戻ってくるかわからないが、背に腹は代えられなかった。

(2分、いや1分だけだ)

マルチェロは目を閉じ、じっと己が意識の回復に努めた。
身体の方は剣の呪力によって少しなら無理が効く。

(剣よ、待っていろ。食というものは焦れれば焦れた分だけ美味というものだ)

それが理解できたのか剣も今ひと時、マルチェロの殺意を刺激するのを止めた。

(1分後……それがこの場にいる者たちの命運が尽きる時だ)

 
◆ ◇ ◆
 

懐かしい声が聞こえる。
緑色の帽子を被った純朴な少年。
橙の頭巾を被った小生意気な少女。

もう、死んでしまった友達。

(お前たちは、生きたいように生きれたか?
 いや、そんなはずないよな……無理やりに、こんな場所で……)

自分もまた同じだ。
やりたい事があったのに。約束を守りたかったのに。

緑の帽子の少年が聞いてくる。

『キーファはどんな風に生きたかった?』

その答えは――確か以前言った気がする。

橙の頭巾の少女が聞いてくる。

『あら、どこでだったかしら?』

どこだっただろう。
自分はなんと答えただろうか。

(俺は――どんな風に生きたかったんだろう)

ぼんやりと彼は考えた。
力強く生きたかった気がする。
心強く生きたかった気がする。

そう、あの激しく猛る炎のように――

「そうだ、俺は――」
『今頃思い出した? あの時キーファがなんて言ったのか』
『僕は覚えてるよ――あの時キーファがなんて言ったのか』

あれはアルスと、マリベルと冒険を始めて2つ目の世界だった。
炎の精霊に守られるという村、エンゴウ。

「ああ、思い出したよ。アルス、マリベル」

自分はこう言ったのだ。

 
――俺は炎のように熱く生きたいと思ってる。どうせ燃え尽きるならせいいっぱい熱く生きるんだ。
   そうだろアルス!

(そうだ、俺はまだ……燃え尽きるほど熱く生きていない! そうだろ、みんな!)

暖かい、まるで太陽のような光を感じる。
キーファはゆっくりと目を開けた。

その瞬間、灼熱と激痛が全身を駆け巡る。
だがそれがどれほどのものだというのか。
どうせすぐ燃え尽きる命、灼熱はいくらでも歓迎したいほどだ。
脳が焼ききれるほどの激痛。
それすらも糧に――キーファは立ち上がった。
自分の背にはアルスとマリベルがいて、支えてくれている。
目には見えなくともそう確信できた。
自分の瞳には決意の炎が燃えていると信じていた。
対照的にマルチェロの瞳には驚愕が浮かんでいる。
信じられないものを見たというように――実際そうだろう――大きく見開かれている。

「なぜ、だ……なぜ立ち上がる、いや立ち上がることができるッッ!?」
「おまえには、一生わかんねぇよ」

残された生命の一欠片。
それを総て炎に換えて刃へと疾走らせる。
見切られていようとなんだろうと……これが正真正銘最期の一撃。

炎のように生きる時は今なのだ。
あの誓いを実現させる時は今なのだ。

「俺の命の総てをぶつけておまえを倒す!」

 
◆ ◇ ◆
 

暖かい光を瞼の上に感じて、アリスは目覚めた。
そして目にしたものはキーファのものであろうザックの口から零れ落ちていた赤い宝石。
かつてラダトームに隠されていた虹の雫を生み出すための鍵の一つ、太陽の石だ。
その石の力はかざせばどんな深い、たとえ魔法の眠りからでも目覚めさせる輝きを放つのだ。
まさに今、その光がアリスを目覚めさせた。

「そうだ、みんな――うぐぅッ」

エイトたちの姿を探そうとして、身体を跳ね回る激痛に身を捩じらせた。
荒々しく吐いた呼気に血が混じっている

(そうだ……私はマルチェロの攻撃からキーファさんとファルシオンを庇って……)

王者のマントのおかげで致命傷は免れているようだが、どうやら右腕と肋骨の骨が何本か折れているようだ。
足にも力が入らず、かろうじて動くのは後遺症の残る左腕だけのようだった。
少量とはいえ血を吐いたところをみると内臓も傷ついているだろう。
なんとか左腕だけで身体を支え、改めて周囲を見渡す。
最初に目に付いたのは倒れたエイトと彼に抱きかかえられたトロデだった。
エイトの余りの惨状――両足は焼き潰れ、背が爛れ、全身の傷から出血している――に死んでいるのかと思ったが
どうやら二人ともにまだ息はあるようだ。

だが、それも時間の問題。

二人に積み重ねられたダメージは致命的なものだ。
まだ生きている……しかし――助けられない。

「やってみなくちゃわからないでしょう!」

 
そんな自分の弱い考えを叱咤してアリスは這いずり、なんとか二人の近くへ行こうとする。
アリスの魔力はもう残り少ない。
だが祈りの指輪を使えばなんとか仮死状態を保つまでは治療できるかもしれないのだ。
そして絶望に至る事実に気づいた。

(魔封じが……まだ解けていない!)

焦りながら魔封じの元凶であるマルチェロの姿を探す。

居た。

マルチェロは立って、何かを驚いた目で見詰めている。
その視線の先に居たのは……真紅に染まったキーファ。
キーファの衣服は元々赤いものだった。だがその下半身をさらに鮮やかな真紅に染めている。
脇から流れる血液が。

(なんていうこと……キーファさんまでが、こんな)

キーファが最期の勝負をかけようとしていることは解かる。
このままでは回復呪文を使うことができないため、マルチェロを倒すことは最優先事項。
しかしアリスには武器がなかった。
呪文も使えず、満足に動くこともできない。
死にいくキーファの為になんの援護もできないのだ。

(太陽の石は私を絶望させるために目覚めさせたのですか!)

思わず地に叩きつけた左の拳。
だがそれに僅かに触れるものがあった。

(鏡? ラーの鏡じゃない……そうだ、これは私が持っていたもの)

どんな力を持っているか解からずザックの中で放置していたものだ。
だが前に見た時と今では決定的に違っていた。
今、アリスの手に在る鏡は魔力に満ち溢れ、まるで太陽のように輝いていたのだ。
その光には溢れんばかりの破邪の力を感じることができた。
まるでバラモス城の暗雲を払い飛翔した、かの神鳥ラーミアに似た聖なる力。
それこそはアリスとともに太陽の石の輝きが目覚めさせた新たなる力だった。
いかなる闇の力をも陽の光の下に照らし出す――太陽のカガミ。

(今あの男は剣の呪いに捕われています。この鏡の破邪の力なら!)

アリスは痛む左腕で鏡を持ち上げると、マルチェロへ向かって鏡を掲げた。
全身を焼く激痛に意識が飛びそうになる。

(こ、んな痛みが――なんだっていうんですかぁ!)

鏡から眩いばかりの光が溢れ出て、彼女の視界を白で染め上げた。

 
◆ ◇ ◆
 

「俺の命の総てをぶつけておまえを倒す!」

その言葉は驚愕から立ち直ったマルチェロを激怒させるに充分だった。

「しつこい、しつこい……しつこいしつこいしつこいしつこいッッ!
 一体なんど私の邪魔をすれば気が済む!」

最初は井戸の前でトロデ王を殺害するところを邪魔された。
この場では竜王とエイトを倒すところを妨害され、
またグランドクロスで瀕死のエイトたちに止めを刺すのを遮られた。
そして今。
 
「実に理解しがたい……なぜ立ち上がる? そのまま寝ておけばこれ以上苦しまず死ねるものを
 意地か? プライドか? 義心か? 責任感か?」

「――全部だよ、バカ野郎!」

マルチェロは歯軋りする。
怒りの余りその額には血管が浮き出ていた。

「いいだろう、貴様を我が障害、倒すべき敵と認めよう!
 全力をもって葬り去ってやる!」

マルチェロは剣を構え、キーファと対峙する。
互いの身体はもはや限界を迎えていた。
勝負は一太刀。
それで総てが決まるのだ。

「死んで手に入るものなどは存在しない、全ては生きてこそ得られるのだ!
 命を賭ければその代償として勝利を得られるとでも勘違いしているのではないか?
 自分の力はかならず報われると? 愚かの極み! 貴様に現実を教えてやろう!」

マルチェロの殺意に呼応して剣の魔炎気が大きく膨れ上がった。
キーファもまた命の最期の燃焼を炎の剣として振りかぶる。

その瞬間、二人の横合いからまるで太陽がそこに存在するかのような閃光が発せられた。

視界が真っ白に染め上げられ、マルチェロはわずかに怯む。
そして――

「うぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

彼の身体を支えていた皆殺しの剣。
その殺意の呪縛が急速に薄れていく。
剣を包みこんでいた黒い炎はみるみるうちに小さくなっていくのだ。

「こ、これは……!」

自分を保っていたものが消えていく。
マルチェロは動きを止めざるを得ない。
だが全てを真っ白に染め上げる光の中、迷いなく動く紅い光があった。
それはキーファの剣。
マルチェロの発する黒いオーラだけを目印に一心に斬りこんだのだ。
さしものマルチェロもこれは回避できない。
だが流石というべきか、それでも咄嗟に剣を楯にしてその斬撃を受け止めた。
キーファの命を込めた一撃。
それでも、マルチェロの防御を押し切ることはできなかった。
刃を這う炎は一度大きく膨れ上がり、消失する。
交差した剣はマルチェロの額ぎりぎりで止まった。
ニヤリ、とマルチェロは笑みを浮かべた。

その時――ぴしり、という音が聞こえる。

「!」

それはマルチェロの剣に亀裂の入った音だった。
亀裂は一筋にとどまらず、ぴしり、ぴしりと無数に枝分かれして刀身を駆け巡る。
そして亀裂の中から炎が噴出した。
キーファの火炎斬りの威力は消失したのではなく、皆殺しの剣の中に浸透していたのだ。
謎の光によって黒い殺意の炎を弱体化されてしまった剣にそれに抗する術はない。

ぱきん

澄んだ音を立てて皆殺しの剣は千々に爆ぜ割れた。
剣の核を成す魔水晶も、刀身も、柄も、全てが無数の欠片となって舞い散った。
その欠片も地に落ちることなく中空で燃え尽きる。

「バ…カ、な」

今や彼の拠り所であった剣を失い、マルチェロはぺたんとその場に尻餅をつく。
彼の身体から急速に力が失せていく。
殺意も弱くなり、冷静な思考をとり戻す。
そして把握したのは――今が絶望的な状況だということだった。
眼前には再び剣を振り上げるキーファがいる。自分の身体は動かない。

「ま、待て! 私はこんな場所では死ねん、この世の総てを掴むまで、私は……ッッ」
「みんな、やらなくちゃいけないことがあった。ローラさんだって……ククールって人だって
 みんな、みんな使命と、希望を持って生きていたんだ! それを……それを踏みにじったおまえが言えたことかよ!」

「よせぇえええええええええええええ」

「ア…ル、す、ら、ンド……りべ、る……勝った……ぜ――」

白銀の剣は真っ直ぐに振り下ろされ――マルチェロの脇を通過して地面に切っ先をめり込ませた。

「!?」

何が起こったのか解からず、マルチェロは呆然とキーファを見上げる。
キーファの瞳からはすでに光は失われていた。
ぐらり、とその身体は揺れて倒れた。

死んだ。

しばらくマルチェロはただ唖然とキーファの死体を見詰めていた。
そしてようやく事態を把握すると、小刻みに震え始めるのだった。

「ク…クッククク……クックック、ハーーハッハッハッハッハ! 死んだ、死んだぞ!」
 
天はまだ自分を見放してはいなかった。
やはり総てを掴むのは、総ての上に君臨するべきは自分なのだということを確信する。
そしてマルチェロはこれからすべき事を考える。
あの女魔道士や竜がいつやってくるかは解からないため、早くこの場を去らなくてはならない。
しかし自分の身体はもはやほとんど動かない。
なんとか這いずれるほどまでに回復させて、逃げることは無理でも身を隠さねばならなかった。
その時、マルチェロは先ほどの謎の閃光に思い至り周囲を見渡した。
あれは一体なんだったのだろうか。
そして鏡を持ったまま気を失っているアリスを見つけた。

(あの女の仕業か……だが気を失っているなら好都合だ)

身体が動くようになればキーファの持っていた剣で止めを刺せばいい。
その上で瓦礫の下にでも身を隠せば、この場にやってきた女と竜は
自分が彼女たちを皆殺しにしてここを去ったと思うだろう。
幾分、楽観的な策となってしまうが今はこれ以上の方法はとれない。
とにかく少しでも動けるようになるために身体を回復させなければならない。
増援がくるまで時間との勝負だった。
あの女が仲間の奮闘を信じて、竜の治療に専念していたならば勝機はある。

そう、思っていた。

ふとエイトの姿が視界に入る。
エイトは目覚めていた。
少し驚いたが、なんということはない。
声も出せずにただこちらを睨んでいるだけだ。
いや、睨んでいるというのも違う。
絶望の瞳で、ただ見ているだけだ。

「もう少し待っていろ……貴様もこいつの後を追わせてやる」

そう嘲笑した時違和感に気づいた。
何かが足りない。
そこにあるべき何かがすっぽりと抜け落ちている。
しばらく考えて違和感の正体が解かった。

トロデ王が……いない。

 
◆ ◇ ◆
 

エイトとトロデもまた太陽の石の力によって目覚めていた。
しかしその時はすでにキーファが倒れた後だった。

「おお、キーファ……なんということだ……ワシの、ワシのせいで」
「陛下のせいでは、ありま、せん。全ては、僕が至らな、いため……に」

文字を一つ音にするだけでエイトの脳髄に針が突き刺さるようだった。
もはや足どころか指一本動かすことも敵わない。
かろうじて首が少し動く程度。その他は喉を震わし、唇と瞼を開閉できるだけだった。
トロデはそれよりはマシな状態だったが、腹部の傷からの出血はすでに致死量に達している。
彼らの状態を一言で表すならば、「まだ死んでいない」というだけだった。
エイトの視界からはアリスやファルシオンの状況を確認することはできないが、
キーファに加勢できなかったところを見るとおそらく自分と似たような状態なのだろう。
自分たちは負けたのだ。
魔力もほぼ尽きた今、彼にできることといえばメガンテで相討ちに持ち込むことくらいだろう。
だがそれではトロデ王を道連れとしてしまう。
臣下としてそれだけはできなかった。

『はい…でも、これさえあれば、どれほど絶望的な時でも僕は王をお守りできます』

メガンテを覚えた時、エイトはこう言った。
同時にトロデからは強い叱責を受けたものだったが、いざという時の決意はなくさなかった。
だというのに、メガンテではもう意味がない。

「僕に……メガザルが、使えたら――」

そんな言葉が口をついてでた。
それにトロデが反応する。

「メガザルとは、なんじゃ説明せい」
「いえ、もう――」
「よいから説明せい、命令じゃ!」

決定的な敗北を喫し、今命の灯も消えようかという時に交わす言葉ではない。
だがあまりの剣幕に命令を拒否できず、声を発する痛みに耐えて端的に説明した。

すなわち、自己の命と引き換えに仲間の傷を癒す呪文。

命という火種で敵を破砕するメガンテとは対を成す高等呪文だった。
エイトには何故トロデがそんなことを知りたがるのか理解できなかった。
彼の王は呪文を使えないはずだ。
しかしそれを聞いてトロデが微笑んだ時、エイトの心臓は冷たい手で鷲掴みにされた。

自分は決してしてはいけないことをしてしまった。

「へ…い、か――?」
「嬉しいぞエイト、我が子よ……ワシは親として、子の命を救うことができるのだな」

そういうとトロデはエイトの腕の中から抜け出し、這いずりながらマルチェロへと向かっていった。

「待っ……」
「ようやくワシにも覚悟ができたぞい。エイトよ……娘を……ミーティアとトロデーンを頼むぞ」

 
エイトは腕を伸ばそうとした。
しかし腕はぴくりとも動かない。
エイトは立ち上がろうとした。
しかし身体のどの部分もぴくりとも動かない。
エイトは叫ぼうとした。
だが、喉がかすれて声はほとんど音になることはなかった。
エイトは命をも擦り切らすほどに力を込めて喉を震わせた。

「とう、さん」

しかし出てきたのはとてもか細く、聞き取ることも困難なほど小さな声だった。

エイトの搾り出したとても小さな音。
だがそれはトロデにははっきりと聞こえていた。
その言葉は今にも力尽きそうなトロデにまるで魔法のように活力を注ぎ込んだ。

「待っていろ、今助けてやるからのう」

ずりずりと虫のように地を這いずりながら彼はマルチェロへと向かう。
マルチェロはまだ自分には気づいていなかった。

(キーファよ、ワシが不甲斐ないばかりにすまぬ……
 いま少し早くメガザルの力を知っておれば間に合ったかもしれんかったというのに)

「もう少し待っていろ……貴様もこいつの後を追わせてやる」

マルチェロが言葉を発する。
見ればエイトのほうを見て哂っていた。
まだ、気づいていない。
 
「悪いが、させぬ」
「なに!?」

トロデは這いずりながらマルチェロの背後に辿りついた。
力の全てを込めて立ち上がり羽交い絞めにする。

「き、様! なにをする、離せ!」
「そう連れぬことを言うな……この老いぼれの黄泉路に供をせい」

普段ならば身体の小さいトロデにマルチェロを羽交い絞めになどできるはずもない。
だがマルチェロは身体が弛緩して地に座り込んでいたし、トロデは死の際とも思えないほどの怪力を発揮して
マルチェロを拘束していた。
ろうそくの灯は消える前に大きく燃え上がるという、そんなことを思い出した。
マルチェロは全力で抗っているつもりだが僅かに身をよじるのが精一杯でありトロデの拘束から逃れることができない。
トロデはそのまま彼をずるずると引き摺っていく。
向かう先は――城の堀。

「や――」
「さらばじゃ……エイト」

最期に愛しい息子を見た。
彼は何かを叫ぼうとしている様子だったが、声などもはや出せる状態ではないだろう。
いや、例え出せていたとしてももうトロデの耳には何も聞こえない。
ただ何を言ったのかは解かった。

だからニッコリと微笑んだ。

そして彼の身体はマルチェロとともに冷たい水の底へと落下していった。

 
◆ ◇ ◆
 

冷たく暗い水の中、トロデは娘の幻を見た。
娘を抱きしめようとして彼は大きく手を広げる。

そして彼の腕に嵌められた腕輪が砕け散り、トロデは光となった。

 
◆ ◇ ◆
 

アリスたちが戦っているであろう場所に幾度もの閃光と爆音を聞く。
それを確認するたびにアレンはそこにただちに駆けつけたい衝動に駆られた。

「駄目です、今はアリスさんたちを信じましょう」

そういって彼の治療を続けるマリアが宥めてくる。

「だが……ワシは人を守らねばならぬ、アレンと約束したのだ」
「アレンは本当にそう言ったのですか? いえ、彼は一方的な庇護を願うような人ではありません」

そう言われて彼はアレンの言葉を思い出した。

『お願いです。僕たちに力を貸してください……人と……力を……』

そうだ、あの時アレンは人と協力しろといったのではなかったのか。

「あの人なら……必ず共に力を合わせようと言った筈」
「ワシは……どうやら傲慢にすぎたようだ」

何も聞かずにアレンの最期の言葉を言い当てたマリアを見て、彼は恥じ入った。
思えば自分には人を信じるということができていなかった気がする。
常に上から、自分が人間を守ってやると、そう考えて行動してきた。

(それは……間違いだったのだな)

「解かった、マリアよ。信じよう……人の力を」
「ええ」

彼は再びマリアの治癒の光に身を任せた。
その時だった、大きな光の柱が西の堀から立ち上ったのは。

「なんだ!?」

何か、よくないことが起こった。
そう確信した二人は同時に立ち上がる。

柱はアリアハンの天空を貫き、そして光が収まった後――雪が降ってきた。

光り輝く黄金の雪が。

マリアは舞い降りてきた雪の一粒を手の平に乗せた。
その瞬間、彼女の傷は全て癒され、体力が完全に回復していた。

「これは?」

それはアレンも同じ。
瀕死に近い深手だったにも関わらず完全に身体は復元されていた。

「おじさま?」

何故かトロデ王の存在を身近に感じて、マリアは呟いた。
彼女の頬を一筋の雫が伝う。

いつの間にか、彼女は涙を流していた。

 
◆ ◇ ◆
 

「ぶはっ」

マルチェロは杭に身をぶつけ、水面から顔を出した。
城の堀には水の深さを調べるための杭が何本も立っている。
その内の一本に身体をぶつけたのだ。
トロデ王に堀の中へと引き摺り込まれた彼だったが、『何故か水中でトロデが大きく手を広げたため』
その拘束から図らずも逃れえることができたのだ。
だがもう、彼の力も尽きようとしている。
傷口から命そのものが溶け出していっているかのように力が入らない。
一度は浮かび上がったものの、また彼の身体はずぶずぶと沈んでいく。

(死んでたまるか……)

ただそれだけを念じてマルチェロは杭に手を絡ませた。
なんとか沈むのを先送りにしてなにか助かる方法を見つけ出さなくてはならない。
霞む目で周りを見渡した時、彼の傍にあるもう一本の杭の上に誰かが立っていることに気がついた。

「そ、ん…な」

そこに立っていたのはエイト。
しかも潰れていたはずの足は完全に治っている。
いや、足だけではない。
服こそボロボロだが彼の身体にはまったく傷はついていなかったのだ。
大量に出血し、青白くなっていた肌も完全に血色を取り戻している。
 
もはや言葉を発することもできず、マルチェロはただ絶望した。
その様子を静かに見詰めて、エイトは落ち着いて口を開いた。

「憎しみで戦ってはいけないと思っていた。
 誰かを守るために戦わなければ、それはただの殺しだって……」

エイトはいつでも誰かの為に戦おうとしていた。
私怨の為に剣を取ったことなどない。
ただ自らの主君の為に、自分の信じる正義の為に戦った。

「でも、今、僕は憎しみに支配されている。人を殺すために、この場所にいる」

エイトの双眸から透明な雫が毀れる。
今の自分を見れば父は……彼の主は悲しむだろう。
だが、それでも胸のうちから湧き上がる衝動が抑えきれなかった。
手にした銀の槍を大きく構え――

「あなたを殺すためにだ、マルチェロ!」

突き出された穂先は寸分たがわずマルチェロの心臓を貫いた。

(私、は――全てを掴――)

最期の瞬間マルチェロは空を見上げ、何かを掴むように腕を虚空へと伸ばした。

だが、伸ばした腕は空を切り――何も掴むことはなく、彼は暗い水の底へと沈んでいった。

 
◆ ◇ ◆
 

ハーゴンが「ゲーム」と呼んだこの殺し合いの宴。
それが始められてより二日目の午後。
この時点で生存者は七名となっていた。

ロトの称号を持つ勇者 アリス。
ロトの血を引く勇者アレフ。
ロトの末裔マリア。
トロデーン近衛兵隊長エイト。
魔族の王 ピサロ。
ダーマ大神官 フォズ。
ただ一匹の竜アレン。

この中に殺し合いの意志を持つ者は――もう誰も居なかった。


【キーファ@DQ7 死亡】
【トロデ@DQ8 死亡】
【マルチェロ@DQ8 死亡】
【残り7名】

【E-4/アリアハン城跡地:西部/午後】

【エイト@DQ8主人公】
[状態]:健康 MP1
[装備]:メタルキングの槍 はやてのリング
[道具]:なし
[思考]:果てしない哀しみ 竜王を警戒?

【アリス@DQ3勇者】
[状態]:健康 MP1/4
[装備]:王者のマント 祈りの指輪(あと1.2回で破損)
[道具]:なし
[思考]:仲間達を守る 『希望』として仲間を引っ張る

【E-4/アリアハン城跡地:中央/午後】

【竜王@DQ1】
[状態]:健康 MP微量 人間形態
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:この儀式を阻止する 死者たちへの贖罪 異変に戸惑い

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:健康 MP1/4
[装備]:いかずちの杖 布の服 風のマント 宿帳(トルネコの考察がまとめられている)
[道具]:支給品一式  引き寄せの杖(2) 小さなメダル アリアハン城の呪文書×5(何か書いてある) 天馬覚醒の呪文書  
[思考]:儀式の阻止 アリスを支えたい 一段落した後宿に戻りローラたちを弔う
     闘いを終えて、アレンの最期のことを問う  異変に戸惑い

※ファルシオンも完全に回復してアリスの傍にいます。
※アリス、ファルシオンは気絶から立ち直りました。
※まほうのカガミは太陽のカガミへと変化しました。
※皆殺しの剣、隼の剣、メガザルの腕輪は消滅しました。
※以下の道具はその場に放置してあります。
マルチェロの道具:84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾→発煙弾×1 照明弾×1) 魔封じの杖
エイトの道具:支給品一式 首輪 あぶないビスチェ エルフの飲み薬(満タン)
キーファの道具:支給品一式 ドラゴンの悟り 太陽の石(ホットストーンから変異) 雨雲の杖 ロトの剣 
        トルネコのザック(聖なるナイフ 錬金釜 プラチナソード ラーの鏡 首輪×2)
        メタルキングの剣 氷の刃 星降る腕輪
アリスの道具:支給品一式×4 ロトのしるし(聖なる守り) 太陽のカガミ(まほうのカガミから変異)
        ビッグボウガン(矢 0) 魔物のエサ インテリ眼鏡
トロデの道具:イーグルダガー 支給品一式×2


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