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想い それぞれのかたち それぞれの在り処

想い それぞれのかたち それぞれの在り処


登場人物
ピサロ(DQ4)、フォズ(DQ7)、サマンサ(DQ3)、アレフ(DQ1)、アトラス(DQ2)


アレフは疾走する。
回廊の中には燭台が設置されており、予想よりも大分明るい。
これならばレミーラの必要はない、と彼は走ることに全精力を傾けた。
思えば彼はずっと走っていた。だが彼はそれを後悔しない。
自分が走ることで他の誰かが救われるのならば……彼女の危機が救えるのならば……。
(ローラ……俺に力を与えてくれ)
愛しい姫の姿を思い浮かべる。
疲労は溜まっていたが、それだけで彼の心は活力で満ち溢れる。
アレフはより力強く大地を蹴った。指に嵌められたリングが僅かに輝きを増していく。
回廊の床にはジグザグに血痕が残されている。
そして所々破壊された壁。
(あいつは今、目が見えていない。真っすぐに進むことも困難な筈……
 なら! すぐに追いつける!!)
なにより堀を飛び越えたことにより、アトラスとの時間差はそう大きくない。
決戦が近いという確信と共に彼は駆けていく。
 
 
ナジミの塔へと続く階段の前にピサロは立ち、近づいてくる気配を待ち構えていた。
その場所は回廊よりも幾分か広い造りになっており、戦闘するには充分な広さといえるだろう。
サマンサとフォズは寄り添って、回廊の角の影に身を隠していた。
そして程なく、地響きを上げながら近づいてくる赤い鬼の姿を視認した。
まさに鬼気迫る勢いで、傷だらけの姿も厭わず向かってくる。
「戦鬼か……フン、ただ待つというのも芸がない」
ピサロは詰まらなそうに鼻を鳴らすと、迫る鬼に向けて静かに詠唱を始める。
「虚ろなる世界より出でよ氷河の軍勢 至高なる女王との盟約により我に従え」
彼の銀髪が生まれ出た微風に流され、舞い上がる。
冷気が濃度を上げていき、小さな輝きが無数に具現化されていく。
「時の流れを切り裂く冷徹なる弓を射よ――」
輝く氷の結晶はみるみるうちに巨大な氷晶の槍と化した。

その一連の魔術動作を見てサマンサは驚きを隠しきれなかった。
(凄い……呪文の構成が確立されるまでの流れに淀みが一切ない)
詠唱していながら、その呪文完成までの速度は詠唱破棄した場合と遜色がない。
魔力を展開する為の「溜め」の時間が恐ろしく短いのだ。
(私ですらあのレベルには未だ達していない。わが師すら超えるかも……)
彼女の脳裏に白髭の老魔術師の姿が過ぎる。
格闘戦だけでなく魔術戦でも自分は勝ち目がないようだ。
フォズの肩においていた右手に少し力がこもる。
(彼を出し抜くにはやはりこの娘が鍵……)
震えながらピサロの様子を見守っている少女の姿を見る。

「マヒャド――!!」

呪文が完成し、無数の氷柱が嵐となって戦鬼へと飛翔する。
 
 
 
ただ敵を求め闇雲に疾走っていたアトラスは突然の風を切る音に反射的に腕を振るった。
同時に風のアミュレットが淡い緑光を発し、彼の周囲に風を張り巡らせる。
「ぐぅおおおっっ!!」
幾本かの氷塊はアトラスの豪腕が砕き、もう幾本かは風の障壁があらぬ方向へと弾き飛ばす。
しかし迫り来る無数の氷柱を盲目の身で全て回避できるわけはなく、左腕と、脇腹、そして右の大腿部
に鋭い痛みが突き立った。
疾走中に受けたことでアトラスは盛大に転倒し、その衝撃で突き立った氷柱が爆ぜ割れる。
全身を貫く衝撃と鋭痛、それを受けてアトラスが感じたのは―― 歓喜だった。
(敵! 敵がいた! アトラスの強さを証明する、炎になるための敵!!)
ベリアルに認められない恐怖、闇への怯えが一時的に身を潜め、自己を奮い立たせる歓喜が
アトラスの身を包む。
幸いにも行動不能になるほどのダメージはない。大腿部の一撃も急所は外れており
痛みを無視すれば走ることは可能だった。
うつぶせに倒れた状態から飛び上がると前方にいるはずの的に向かいアトラスは駆けた。

風のアミュレットが見えない筈の敵の位置を教えてくれている。
周囲の空気の流れをアトラスは完全に知ることができた。
「おぉおおおおおおおおおお!」
彼の豪腕が唸りを挙げて標的へと疾走した。
 
 
マヒャドのダメージも意に介さずに迫り来る戦鬼の姿を認め、ピサロは不機嫌そうに舌を鳴らす。
「ちっ、タフさがとりえの猪突猛進タイプか。厄介だな……」
だがその目は潰れ、全身にも無数のダメージがある。
既に満身創痍の身、ピサロは冷静に戦力を分析する。
(どうやら既に幾度もの戦闘をくぐり抜けていたようだな。蓄積されたダメージは深い。
 単眼も失い、奴は感覚だけでこちらを捕らえているようだ。ならば……)
豪速で唸る拳を回避し、彼は真空波を放った。
周囲の空気が悲鳴を上げて無数の刃となりアトラスに襲い掛かる。
だがそれらはアトラスの強靭な皮膚を貫くには威力が足りず、かすり傷をいくつか負わせるに留まる。
しかしそれで充分なのだ。ピサロの狙いは攻撃ではなく撹乱だったのだから。
風を乱されることで標的を見失い、鬼の動きが止まる。
その瞬間を見逃さず、ピサロは戦斧を持って高く飛び上がった。
身体を捻り、回転しながら飛翔してアトラスの背後に降り立つ。

瞬間、赤鬼の全身から鮮血が噴出した。

ピサロが得意とするムーンサルト。敵の攻撃を回避しながら複数の攻撃を放つことの出来る特技だ。
だがアトラスは膝をついたものの、倒れない。全身の筋肉を収縮させ、強引に出血を止める。
「ア、アトラスは……無敵!! アトラスは負けない!!
 ハーゴン様のため、ベリアルとバズズのために! アトラスは誰よりも強くなる! 炎になる!!」
血反吐を吐きながら、それでも鬼は倒れずピサロ目掛けて再び左拳を振り上げた。
その言葉を耳にし、ピクリ、とピサロは眉を上げた。
「貴様……ハーゴンの……」
その問いかけに応えることもなく、赤い暴風が吹き荒れる。
「バカの1つ覚えか……なら、これではどうだ?」
暴風の中を舞うように回避しながら、ただ愚直に拳を振るう赤鬼を嘲る。

今、彼の中には巨大な憤怒がある。憎悪がある。そして――哀惜があった。
そして彼は大きく斧を振りかぶる。
「我が一撃は魔神の一撃―――全てを切り裂く無情の刃―― 魔神斬り!」
銀の閃光が疾走った。
それはアトラスの左腕の上を一直線に走り…… 一瞬の後鮮血が噴出す。
だらり、とその機能を失った腕が力を失った。
「ぐわぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
「胴体を狙ったつもりだったが……ふん、外したか。相変わらずの命中精度だな」
絶叫を挙げる鬼を背後にピサロは斧を一振りし、血糊を払う。
「おぐぁあああ、な、何故? なんで!? あ、アトラスは、無敵ぃ!!
 ベリアルがそう言った!! お前なんかにぃ……」
「無敵か……そんなものは存在しない。私も、貴様も……そしてハーゴンも……無敵などには成り得ん!
 必ず滅する時は来ることを知れ! バイキルト!!」
赤色がピサロを包み込み、彼の攻撃力を倍増させる。
「戦いを忘れて眠れ! 貴様は下につく主を間違った!!」
「やめてぇ、ピサロさん!!」
あまりの壮絶な戦闘を前に動けなかったフォズだが、明らかなピサロの殺気を前にしてようやく
凍えていた口を開いた。
だがその制止の叫びも虚しく、鋼の斧はアトラスの肩口に深深と突き刺さり――
「ぐ……あ……ベリ、ア、る……」
巨人はついにその動きを止めた。
だが倒れない。鬼は膝をついたその状態で活動を停止している。
「倒れぬか……私もまた魔物の長。貴様のような部下が欲しかったものよ……」
怒りはあった。憎しみもあった。そして大きな哀しみがあった。
だがそれでも目の前の鬼には敬意を払いたくなった。
そしてピサロは肩口に突き立った斧を取り去ろうとして、それが動かないことを知る。
強靭な筋肉に絡めとられてしまったようだ。
「フ、餞別だ。くれてやる……」
マントを翻し、彼は不動の鬼の姿を後にした。
 
 
「危なげない戦いでしたね。本当に援護は必要なかったようです」

「奴が既に満身創痍だったからな。万全だったならば私も危なかったかも知れぬ」
迎えるサマンサを一瞥し、答える。
その言葉にサマンサは意外そうな顔を作るが特に何も言っては来なかった。
そしてフォズを見る。
「ピサロさん……何故……」
ピサロを出迎えたのは少女の涙だった。
ボロボロと零れる涙を拭い、フォズはピサロを責める。
「哀しいか、フォズ。だが奴は……いや、アトラスは死なねばならなかった。
 ハーゴンの配下であり、我らを殲滅にするために存在していたようだ。
 奴の言うベリアル、バズズも同じだろう。そ奴らは既に亡いようだがな」
「でも、ピサロさんの方が強かったじゃないですか! 殺さなくても別の道があった筈です!
 あの方は救いを求めていました!」
「死こそがアトラスの救いだったのだ。そうでなければ奴は戦い続けただろう。
 それほどの執念だった。お前の奇麗事ではアトラスを止める事も救う事もできん」
「そんな……それでも……」
「納得できぬか。ならばそれを貫いてみせろ……泣くばかりでは何も出来ん」
ポン、と少女の頭に手を置く。
フォズは唇を噛み締め、必死に涙を堪えようとしていた。
肩に乗っていたトカゲがその雫をチロリ、と舐める。
その姿を眺め、ピサロは自分自身に違和感を感じていた。
(私は……どうしたのだ)
仇の一匹を討ったというのに妙に心が穏やかだった。
愛しい人を守れなかった自分自身への怒り。愛しい人を奪ったハーゴンへの憎しみ。
愛しい人を失った拭いきれない悲しみ。
常の自分ならばアトラスがハーゴンの部下と知った時点で憎悪に身を任せて八つ裂きにしていた筈だ。
だがその負の感情が何らかの力によって抑え込まれているのを感じる。
(この……幼子を側においているせいか……)
その時、彼は初めて懸念を感じた。
このままでは自分は憎しみを薄れさせてしまうのではないか、と。
 
 
(強い……まるで隙がない……このままでは)

サマンサはピサロの力を前に畏怖する。
巨人との戦いではその圧倒的な力の前に横槍を入れる機会すら生まれなかった。
背後から呪文で奇襲したとて、容易く回避され斬り捨てられていただろう。
それほどの強さだった。
(アリスよりも……上かもしれない……)
だがそれでも絶望するわけにはいかない。
何か、何か銀髪の魔人の意表を突くことが起きれば。
あの巨人では役者不足だった。もっと強い何かが……。

その時、軽快な足音が聞こえてきた。
 
 
 
ピサロもその足音に気づき振り向く。
相手もこちらに気づいたようだ。
駆けつけてきたのは黒髪の戦士。その姿からは歴戦をくぐりぬけた威風が感じられる。
だが敵意はなく、状況に対する戸惑いが見て取れる。
「アトラス!? これは……あんた達は無事なのか?」
「貴様……この鬼を追ってきたのか。ならば……」
ならば現在のアリアハンの情報を知っている筈だ。
その事を問いただそうとした時、戦士――アレフは叫んだ。
「サマンサ!! 貴様!」
彼の持つ竜鱗の装飾が施された剣が魔女に向かい突きつけられる。
自然、盾はアレフの背後に面を向けることになり、サマンサはその存在を気に止めることはない。
「これはこれは……奇遇ですね、アレフさん、でしたか?」
ゆっくりとフォズの近くに移動しながらサマンサは薄く笑う。
(これは……最後の機会かもしれない……)
アレフはあの女の解毒を邪魔し、殺害しようとさえした自分を許さないだろう。
放送であのルーシアという女が名を呼ばれたことは知っている。
ならば彼の憎しみは相当なものになっているはずだ。
(ピサロは私を死なせるわけにはいかない。必ず間に入る筈……後は、彼がピサロの意を外すほどの
 力を持っているか否か……)

「く、白々と! 貴様が俺たちに何をしたのか……」
「待て、アレフといったな。貴様と女の間に何があったかは知らん。
 だが今はこやつを殺させるわけにはいかんのでな。どうしてもというのなら……」
サマンサの思惑通りにピサロがアレフとの間に割ってはいる。
それを認め魔女はほくそ笑んだ。
涙が乾く間もなく移ろいゆく状況に戸惑うフォズの背後に立ち、サマンサは少女の肩を抱く。
「サ、サマンサさん……あの人は一体?」
「心配は入りません、ええ、何も入りません。ピサロが何とかしてくれるでしょう」
そういって艶然と微笑んだ。
 
 
その場の……誰も気づいていなかった。

赤い闘鬼の命の灯火がいまだ消え去っていないことに。
 
 
そしてその今にも消えかけそうな火は1つの風を受けてユラリ、と揺らめいた。
(……この……こ、えは……)
アリアハンで自分を負かした戦士の声。
消えかけていた闘志が再び燃え上がるのを感じる。
既に致死量を出血し、身体は赤紫へと変色してしまっている。
それでもまだ命の火はまだ消えてはいなかった。
(アト、ら、すは……負け、ない。あの戦士に勝つ……)
自分に敗北を味あわせたあの男に今度こそ打ち勝つのだ。
アレフに勝利し、最強を証明するのだ。
全てを打ち倒し、炎となるのだ。
それまでは自分は死ぬことは許されない……!
そして巨人は……もう、幾度目になるのか――

(アトラスは無敵!!)

傷ついた身体を押し上げて――― 立ち上がった。
 
 
 
 
咆哮は上がらなかった。
しかし強大な闘気が蒸気のように立ち昇り、ピサロとアレフは同時に鬼へと振り向いた。
それは一人を除いて全くの計算外の出来事。
おどろき、戸惑い、誰もが動きを止めたその瞬間。
迅速に行動を起こす者がいた。

サマンサ。

彼女だけはずっとこの機を待っていたのだ。
何かイレギュラーが起こることを。ピサロの動きが止まることを待っていた。
その為に全神経を張り巡らせて周囲を警戒していた。
それがこの瞬間、実を結んだのだ。
巨人が右拳を振り上げる。
眼の見えない巨人はただ闇雲に近くの気配に向かってその巨大な鉄槌を振り下ろす。
標的となったのは……サマンサとフォズ。
だが動きを束縛されていないサマンサがその攻撃を回避することは可能だった。
それだけ巨人の動きから速度は失われていた。

そして……サマンサはバックステップで攻撃を回避する瞬間。

 とん、とフォズの背中を押した。

「え?」

何が起こったのか分からないという表情で少女は前方につんのめる。
魔女の姿は既に鉄槌の軌道から逸れていた。
フォズは振り下ろされる赤い塊りを見上げた。

それはまさに死の象徴。
 
 
少女の顔に暗い影が落ちた。
 
 
ピサロはアトラスが突如として立ち上がったことに驚愕し、刹那その動きを止めた。
しかし瞬時に状況を理解し、拳が振り上げられた瞬間には行動に移れるようになっていた。
標的となったのは彼ではない。
攻撃の余波も僅かに後ろに下がるだけで防ぐことが出来た筈だった。
だがサマンサに背を押され拳の前に晒されるフォズの姿が目に映った。

ピサロの目的は復讐だった。
フォズを連れていたのはこの世界から脱する為に何かの役に立つかも知れないと考えたからである。
少女自身になんら情は感じていなかったはずだ。
サマンサも、フォズも、全ては彼がハーゴンの前に立つための駒であった。
そして彼女達が失われても彼は何の痛痒も感じない。
その時は彼自身が殺戮を行い、参加者を皆殺しにすればよいだけだ。
脱出法の模索などハーゴンへの意趣返しに過ぎない。
究極的な目標は復讐。
そして現在、脱出法に直接有用でないフォズが死のうが彼には全く関係がなかった。

その、筈だった。

しかし死神の鎌に刈り取られる寸前のフォズの姿が……刹那、愛しい少女と重なった。
姿も、髪の色も、種族すら全く違う。
何故フォズとロザリーが重なったのか全く解らない。

強いて言うならば……瞳。その哀しげな瞳は似ていたかもしれない。
その程度。

だが何故かロザリーを幻視した。
そして、ロザリーが、何かを、叫んだ、気が、した――
 
 
 
瞬間、ピサロはフォズを庇いその身を赤き槌の前へと晒していた。
 
 
 魔女は、哂った。
 
 
鈍い湿った音が鳴る。それは肉がひしゃげる音。骨が砕ける音。そして皮膚が破れる音だった。
そして一瞬遅れて響く破壊音。
それは吹き飛ばされたピサロが壁へと激突した衝撃音だった。
ズルリ、とピサロの身体が壁の傷痕から滑り落ちた跡には血がべっとりと貼り付いていた。

「いやぁあああああああああああああああああああああ!!!」

フォズが悲鳴を上げる。
泣きじゃくりながらピサロへと駆け寄り、回復呪文を唱え始めた。
しかし彼女が出す音は巨人にとっては格好の的。
再び、標的を捉えた巨人が拳を振り上げる。
その時、ようやくアレフが我へと還り呪文を唱えた。

「竜の吐息よ……我が掌に宿れ! ベギラマ!!」

凝縮された灼熱がアトラスの肩に命中し、アトラスは吹っ飛ばされる。
その巨体は爆圧に押され……

「なッッ!?」

サマンサのいる場所へと墜落した。
「アアッ!」
何とか回避しようとするもその巨体を避けきることは敵わず傷めていた左足を下敷きに潰されてしまう。
倒れたことで添え木が外れ、骨折していた左腕にも激痛が走る。
意識は失わなかったが声も出せないほどの痛みが彼女の全身を駆け巡った。

サマンサを巻き添えにしたことにアレフは一瞬顔を歪ませるが、
すぐにアトラスの気を逸らそうと声を上げる。
「アトラス、標的を間違えるな。お前の相手は俺だ」
アレフは剣を構えアトラスの前に立つ。
「そ、そうだ……お前、倒す! 倒してアトラすはほのオになる!!」
巨人は瀕死とは思えぬ挙動で身を起こし、アレフの前に立つ。
その場に動くものは二人以外にはもう存在しない。
ピサロは気を失い、フォズはその側でただ呪文を唱え、サマンサはアトラスの背後で痛みに震えている。

正真正銘の一対一だった。

「お、お前……名前なにいう?」
「俺はロトの血を引く勇者アレフ……今、この場でお前を倒す!」

盾を構え、剣を下段に構え、アレフは堂々と名乗りを上げる。
「そうか……あ、れふ……アトラスはお前倒す! 
 もう、う、動いてるのはお前だけ。お前倒したらアトラスが一番!! さぁ……」
アトラスの顔が歓喜に満ち溢れ、その大きな口が三日月のように弧を描いて釣りあがる。

「い、いざ!」

アレフも呼応して叫ぶ。

「尋常に!」

両者の闘志が交差する。

「「勝負!!」」

同時に大地を蹴り、相手へと迫る流星となってそれぞれの最大の攻撃を繰り出した。
 
 
勝負は一瞬。

アトラスに残されたのは自身の豪腕のみ。ただ全ての力を右拳に乗せて撃ち出した。
アレフが手にするは竜の力が宿りし剣。かつて竜王を打ち倒した渾身の刺突を繰り出した。
拳と剣尖が触れ……次の瞬間、赤の巨拳は粉々に打ち砕かれていた。
そしてそのまま切っ先はアトラスの鳩尾へと突き立った。
「ごぶっ」
鬼の口腔から紫の血が吐き出され、アレフの身に降りかかる。
だが、まだアトラスの命運は尽きてはいない。
一瞬の痙攣の後、動かぬ筈の左腕が持ち上がった。

(そうだよな……お前はこれくらいじゃ倒せない。解っていたさ!)

剣を握るその手に力を込める。そして彼の意志に呼応して剣が振るえた。
その力は竜を統べる者が生み出す王者の雷。

「来たれ 覇者の雷!!」

空を引き裂く音と共に青銀の閃光が迸りアトラスを体内から灼き尽くす。
巨人の身体が輝きを発し、そして……それで全てが終わった。
 
 
 
全身を焦げ付かせ、アトラスが膝を突く。
「終わりだ、アトラス」
アトラスの身体から剣を引き抜くとアレフはそれを鞘に収める。
「が……う……あ、トラス……負け、た? 死ぬ?」
「ああ」
ただ、静かにアレフは答えた。
「そうか……アと、ラス負けた……ベリ、あル……ご、めん」
アトラスもまたそれを静かに認めた。

もう彼の中には何の力も残されてはいない。
全力を尽くし、それでも負けた。気持ちよいくらいの敗北。
思いは果たせなかったが奇妙な満足感があった。
「アトラ、すは……強かったか?」
最後に最も気になっていたことを尋ねる。
それを聞いてアレフは不思議そうな顔をする。
「何故そんなことを訊く? お前は強かったよ。俺も……もし仲間がいなかったら
 お前がそこまでのダメージを受けていなかったら勝てなかったかもしれない。
 あいつが……ふん、あいつの力が追い風となって俺を遙かな高みまで引上げてくれたんだ」
その答えを聞いて……アトラスは笑った。
何故無敵だった筈の自分が負けたのか理解することができたからだ。
 
 
――そうだ、アトラスを火とすればそのペンダントは風。小さな火でも風を送り込めば大きく燃え上がるのだ。
――アトラスは……火。
―― 一つ一つは小さな力だが重ね合わせれば大きな炎となる。炎となったアトラスは無敵だ!
――ベ、ベリアル……。
 
 
アレフもまた風を受けて燃え上がった炎だった。
相手も無敵ならば傷ついた自分が負けるのは道理だった。

無敵となったアレフが自分の強さを認めてくれた。
それならば……

(アトラスはなれたかな? ベリアルの言うような炎に……
 ありーな、……あの女に恥ずかしくない戦いができたかな?)

その時、アトラスの首に掛かっていた首飾りの鎖がはずれ、地に落ちた。
幾多の激闘をくぐりぬけ度重なる衝撃を受けたことによる偶然だったが、アトラスはそう思わなかった。
それこそが自分の意志だと、そう信じた。
「あれふ……その風のアみゅ、レット…受け取ってほしい……それがアトラスの生きた証……」

アレフは黙って頷くとアミュレットを拾い上げ、自分の首にかけた。
風の加護が自分を取り纏うのが解る。
そして……ただ、戦いの為に生きた鬼は最期の言葉を紡いだ。

「ありがとう」

赤き鬼、アトラス。
その戦士の生涯はここに幕を閉じた。
彼は最期まで倒れなかった。

アレフは剣を天に掲げ、騎士の礼を取りその魂を送った。
 
 
 
 
しばしの黙祷の後、アレフは剣を仕舞いフォズの方を見る。
ピサロは未だ目覚めず、彼女は一心不乱に回復呪文を掛け続けていた。
自分も彼の治癒に参加するべきだろう。だがその前に……

「動くな、サマンサ」
「無茶を……言いますね。この状態で動ける筈もないでしょうに……」

煤塗れの杖を支えに魔女は立ち上がっていた。
しかし彼女の言うとおり左足は完全に砕かれ、移動することはままならない。
ピサロを討つ策略は成功したがその後でとんだドジを踏んでしまった。
だが、だからこそ彼女は見ていた。
アトラスとアレフの決闘を。
そしてアレフの手にある盾を、彼が名乗りを上げる場面を見ていた。

(彼が……ロトの血を引く勇者? そのような馬鹿なことが……)
ロトとは神話の時代の英雄の名前。
それが勇者の称号として歴史上初めて下賜されたのがアリスだった。

ならばアレフはアリスの子孫ということに……。
虚実と断じたかった。ロトを偽る愚か者をありったけの罵声で詰りたかった。
だが、彼の腕に装着されているのは紛れもなく勇者の盾。
常にアリスの側にいた彼女がその内なる輝きを見間違う筈もない。
だがアリスはまだ少女。ラダトームで突如としてアリスが姿を消してからも数ヶ月程しか経っていない。
明らかに彼女より年上であろう男がアリスの子孫を名乗るなど滑稽でしかなかった。
時系列の辻褄が合わない。しかし勇者の盾……これだけが……。

参加者の中にヒミコがいた。

サマンサはそのことに思い当たる。
ヒミコ=やまたのおろちは確実に自分達がその息の根を止めた筈だった。
ならば……。
(まさか……ハーゴンは時空を捻じ曲げてあらゆる時間、空間を越えて参加者を招集したのでは……)
いや、ヒミコは自分達との戦いを覚えていた。
なら蘇生されて召喚されたことで時を越えたという証明にはならない。
だが自分の知らない呪文や特技を扱う他の人間、魔族たち。
少なくとも空間を越えて召集されたことは明らかだろう。

ならば時間すらも……。

根拠が弱いことは承知していた。
だが勇者の盾以上にアレフの中からアリスに似た魂の波動を感じる。
そしてそう解釈することでその疑問は解けるのだ。
(彼は……我々の生きる世界の遙かな未来から召喚された?)
だとしたら……いや、それでもアリスを生き残らせることは間違いではない。
祖である彼女が死ねば子孫たる彼らもまたその存在をなくすのだから。
(私は……間違ってはいない!)
潰れた足を引き摺り、ザックから杖を取り出してよろよろと立ち上がる。
壁を背にして、ようやく立ち上がったその時、アトラスとアレフの決闘は終わっていた。
 
 
「動くな、サマンサ」
「無茶を……言いますね。この状態で動ける筈もないでしょうに……」

決意は変わらない。
例えアリスの子孫だとしても……この場で死んでもらう。
「あなたは自分の血をどう考えていますか?」
「何だと?」
突然の質問にアレフは訝しげな顔を作る。
「今、この世界にはロトがいる。世界を救った勇者が……ふふ。
 そう、あなたの言葉を信じるならばあなたの祖ですね」
「な、なんだって!?」
その言葉が持つ意味を理解しアレフは思わず警戒を忘れ、ただ驚愕する。
「ならば、ロトを生き延びさせるのが我々が取る正しい選択だとは思いませんか?
 彼女の命が消えれば、あなたも、あなたの両親の存在も消えてなくなるのですよ」
アレフは言葉を口に出す余裕すらない。
サマンサとの邂逅のとき、彼女は命に代えて生き残らせたい人物がいるといった。
その決意の強さは対峙した瞬間から伝わってきた。

それが、ロト。

「あなたがロトの血を引くというのならロトの血を残す為に殉じなさい。
 ここであなたが死んでもあなたの時代には新たなロトが生まれるでしょう。
 それが世界の選択、この場に残された唯一の正答なのです」

だが、それを聞いてアレフは首を振った。

「違う……その選択は間違っている!」
「死を恐れるのですか?」
「違う! お前のいう話が全て本当だったとしよう。だが、勇者ならそんな選択はしない!
 ハーゴンに屈し、他の人間を殺して生き延びようなんて思わない!!
 そのロトも本物であるならば命を賭して抗う筈だ!!」

「そうですね」
激昂するアレフの言い分をサマンサは静かに認めた。
彼女の意図を悟れず、アレフは様子を見る。
「だからこそ私が手を汚すのです。アリスは……彼女はけしてこのゲームには乗らない。
 だから彼女以外の全てを私が殺す必要があるのです!」
「何故だ!? 君はそのロトの仲間なのだろう? 何故勇者と共にこのゲームに抗おうとしない!」
「対等の立場であったなら敵がどんなに強大であろうと私も戦うことを選択したでしょう。
 ですがこの場合は違う。首輪を嵌められた時点で私たちは既に負けているのです! 勝利などない!」
「必ず方法があるはずだ! 首輪を外す方法が!」
「そんなリスクは侵せない! 1つ間違えばその場で死ぬ……それでは私は使命を果たせない!!
 あなたはロトの子孫、ならば……ロトの為に死になさい!!」
「俺はロトの血を引く勇者だ! だからこそ死ぬわけにはいかない!」
「愚かな―― 自らの血を否定するつもりですか? アリスが死ねば全ては終るのですよ!?」

「違う……自分の血を信じているからだ。偉大なるロトの力を信じているからこそ悪には屈せない!!」

愛しい人を護る。その為に生き抜くことを誓うことが間違いである筈がない。

「ならばもはや問答無用! この場で死になさい!!」

サマンサが呪文を唱える。
アレフが駆け出す。

「我は聞く覇竜の咆哮 我は見る金鱗の威風 我唱えるは王者の御名!!」

超高熱の魔力がサマンサの周囲にとぐろを巻き、炎の竜を形作る。
ギラ系最大の呪文、ベギラゴン。
その灼熱の奔流がアレフに向かい放たれようとした時―――鮮血が舞い散った。

「ピ、ピサロさん!?」

フォズの叫びが聞こえてくる。
 
 
アレフが見たのはサマンサの胸を貫く鎖鎌の刃だった。
サマンサは不思議そうに自分の胸を見る。

「こふ」

一拍遅れて吐血した。

そして鎖が連なる先を見る。そこには血塗れで起き上がり鎖鎌を投げたピサロがいた。
「ピ、ピサロさんどうして!? ああ……」
「黙れ……私に触れるな!」
ピサロは咎めようとするフォズを押し飛ばすと血混じりの咳をする。
(ふふ、熱くなりすぎて……見誤りましたか……全て、これで終るのですか)
ゆっくりと崩れ落ちる身体。目の前を床が迫って――彼女は優しく抱きとめられた。

「ア、レフ……?」
「あんたは仇だ。だけど……畜生、何故、こんなに哀しいんだろうな」

アレフの目には涙が浮かんでいた。
そしてそれはきっとサマンサもまた愛の為に生きていたからだとアレフは思った。
 
 
 
(ふふ、優しい人ですね……まるでアリスのよう……)
サマンサはこんな自分の為に涙を流すアレフを見てそう思う。
思えばずっと自分はアリスの為に生きてきた。アリスを護ることを使命としてきた。
そのことに後悔はない。
だが、そのことでアリスに嫌われてしまうのは少し哀しいかもしれない。
そんなことを思う。
使命とは全く無関係の所で……彼女はアリスを心から愛していた。
あの天真爛漫で恐れを知らぬ少女を己の細胞の全てで愛しいと思っていた。
 
 
 
(でも、もう守れないのね……アリス……ごめん、ね)

サマンサは静かに目を閉じ、視界を暗闇で満たした。
 
 
 
そして……サマンサが見たものは一面の緑だった。
何故か彼女は草原の真っ只中にいる。
「こ、こは?」
蒼い空、優しく頬を撫でる風。
周囲を見回すと草原の中にひときわ目立つ大樹が立っているのを見つけた。
なんとはなににそこへ向かって足を進める。

近づくに連れて大樹の根元に白いテーブルが置かれているのが見て取れた。
そしてそこに誰かが座っていることも。
椅子は二脚あり、テーブルの上には白いお揃いのティーセットが置かれている。
そして椅子の1つに座っているのは……。

「フィオ」
「ん、あんたかい」

水色の長い髪をたなびかせ、僧侶フィオは木陰で優雅に紅茶を飲んでいた。
サマンサはそれでここがどんな場所なのか理解してしまった。

フィオの対面の椅子に座る。

「ん、飲むかい?」
「頂くわ。あなたはいい加減な性格だけど紅茶を入れるのだけは上手かったから」
「ん、頭でっかちなあんたの性格よりはマシだと思っているんだけどねぇ」

笑いながらカップに金色の液体を注ぐ。

サマンサはカップを受け取り、香りを嗜んだあと静かに口にする。
「美味しい……」
「ん、当然さね」
感嘆の言葉にフィオは屈託なく笑った。

一陣の風が吹く。

どちらからともなく無言になり、しばしの静寂が過ぎった。
だが重い空気ではなく、実に穏やかな時間だった。
いつ以来だろうか、安らぎがサマンサの心を満たしていく。
そしてどれだけの時が過ぎたろう。フィオは髪をなで上げ、空を仰いだ。
「……あたしはあんたが嫌いだったさ」
そんな言葉にサマンサは頷き、平然と言葉を返す。
「奇遇ね、私もよ。でも……」
両者の目が合った。
「ん、それでも……あたしたちは仲間だったさ」
全く正反対の性格で常に互いを気に入らないと思っていた二人。
だがそれでも最後までやってこれたのはアリスがいたからだ。
みんなアリスのことが大好きだったからだ。

「あたしはあんたが嫌いさね。だけど、……あんたはよくやったさ。行動の是非はともかく、ね」
「ありがとう」

本当に素直に、感謝の言葉が口に出た。

「あたしらにできることはもうないさね。だから、信じな。
 あの可愛いあたしの妹をね」
「あら、私の妹よ。でも、そうね……」

サマンサもまた空を仰いだ。
 
 
 
「ねぇアリス。 最後にあなたに伝えられなかった言葉があるの……本当に」
 
 
 
     ―― アリス……あなたを愛しているわ ――
 
 
だから―――死なないで―――あなたには生の輝きこそふさわしい。
 
 
 
 
アレフはサマンサの遺体を横たえるとピサロの方に振り向く。
「そんな小さな子を突き飛ばすなんて感心しないな」
フォズは泣いていた。
もうどれだけ泣いたかわからない。それでも涙は尽きることのないように溢れ出てくる。
「アトラスさんも……サマンサさんも……生きる道があったはずです。
 でも、私はそれを見出すことができなかった。導くことができなかった……」
アレフはそんな少女を慰めるように優しく髪を撫でた。
「君はまだ幼い。君が経験するには辛すぎることだったろう。
 今は何も考えない方がいい……」
「でも、でも……私は……!」
「眠りなさい……ラリホー」

心が弱っていたフォズはその催眠呪文に抗うことなく眠りへと落ちていった。
少女が眠りに落ちたのを確認するとアレフはピサロに手を伸ばす。

「立てるか?」
「黙れ! 私に触れるな!!」

差し出された手をピサロは跳ね除ける。
 
 
「だがピサロ……といったな。君のその怪我では一人では動けないだろう」
「煩い……私は……私は間違っていたのだ……ッッ」
「? どういう意味だ、ピサロ――」

「その名で私を呼ぶな!!」
 
 
ピサロは後悔していた。
自分の目的はたった一つ。ハーゴンの思惑通りにならずに奴を殺すこと。
それなのに目的を忘れ、飛び込んでしまった。
それでこの様だ。
あの少女を側に置いたことがそもそも間違いの始まりだった。
もう間違えない。もう後悔しない。
ハーゴンには必ず地獄を見せる。
その為にもう迷うことは許されない。
目的を見失ってはならない。
自分がこれから起こすべき行動は……

愛しいエルフの哀しそうな表情が脳裏に浮かぶ。

ピサロは歯を噛み締め、自身に回復呪文をかけながらゆっくりと立ち上がった。

「私は……私の名はデスピサロだ」

まるで、その宣言を祝福するかのように……回廊の中に重い鐘の音が響き渡った。


【E-3/岬の洞窟・地下回廊・ナジミの塔下部/早朝(放送直前)】

【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP1/2 MP1/3 背中に火傷(軽) 疲労 全身打撲
[装備]:竜神王の剣 ロトの盾 はやてのリング 風のアミュレット
[道具]:鉄の杖 消え去り草 ルーシアのザック(神秘のビキニ)
[思考]:ローラ姫を探し、守る このゲームを止める

【ピサロ@DQ4】
[状態]:HP1/8 MP1/2 右腕粉砕骨折 重度の全身打撲 中量の出血(既に止血)
[装備]:鎖鎌 闇の衣 アサシンダガー  炎の盾 無線インカム
[道具]:エルフの飲み薬(満タン) 支給品一式  首輪二個
[思考]:参加者を皆殺し優勝 ロザリーの仇討ち ハーゴンの抹殺 

【フォズ@DQ7】
[状態]:MP1/4 睡眠 精神的に衰弱
[装備]:天罰の杖
[道具]:アルスのトカゲ(レオン) 支給品一式
[思考]:ゲームには乗らない ピサロを導く

※鋼の斧はアトラスの遺体に食い込んでいます。
 サマンサの道具(支給品一式 奇跡の石 神鳥の杖(煤塗れ)  鉄兜 ゴンの支給品一式 ルビスの守り)
 はその場に放置。

【サマンサ@DQ3女魔法使い 死亡】
【アトラス@DQ2 死亡】
【残り12名】


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