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別れの詩

別れの詩


登場人物
アレフ、フォズ、ピサロ


 夢を、見ていた。

遮る物一つ無い、澄み渡った天空。

足元を埋め尽くすのは、様々な彩りを宿した花。

その中を進むのが僅かに躊躇われる程に、美しかった。

(天国か?)

 自分は死んだのか。
どうだろう。
何も覚えていない、思い出せない。
頭の中に、霞でもかかったかのようだ。

 体は、羽のように軽い。
傷一つ見当たらない体に微かな違和感を覚えるも、それが何故かはわからない。
自分は何か大変な事に巻き込まれていたような、何か大切なものを喪失したような。

 掌を見るも、そこには紅は存在しない。
剣士の証である剣胼胝と、大きく暖かな掌があるだけだ。
そこで考える、何故この掌が血に染まっていなければならなかったのか。
思考はやはり、停止する。
虚空に問いを投げかけても、虚しさばかりがそこにあった。

(ここは一体…)

不意に、一陣の風が吹き抜けて、外套がはためく。

(そういえば)

 自分の出で立ちを見て奇妙に感じた。
鉄の鎧はどこへやら、自らを包むのは蒼と黄金で飾られた着慣れぬ正装。
旅装とはまるで異なる感触が、どうにも慣れなかったことは体が覚えている。
曰く、どこに出しても恥ずべくこともない偉丈夫とのことではあったのだが、豪華な襟が堪らなくこそばゆく感じられたのだった。

(そう、確か…これは…)

 そうだった、あれは確かラダトームに姫が帰還した祝いの宴。
用意された礼服など、ロクな育ちでは無い自分が容易く着こなせるはずがなくて。
息が詰まるようだ、と苦笑しながらぼやいたときに隣で笑みを浮かべた彼女に窘められたことを思い出す。
あたたかな、記憶。

(…そうだ…探さなくては)

 笑顔を向けてくれた、その人。
隣にいなくてはならない、大切な人。
蒼穹の下、手を握っていてくれた愛する人。
どこに、と足を動かすも、不意に動かされた足は思うように動かずに、足がもつれ片膝を突いた。

 かさりと軽く触れた足に揺らされ、空を覆わんばかりの花唇が舞い上がる。
思わず見惚れたその光景に、感嘆の溜息が大きく漏れた。

(美しい)

 朱色や黄金色に染まったこの大地。
風に揺れる花は、どこか自分を誘っているように見える。
彩りに染まった世界は、全てをどうでも良くしてくれそうな心地だった。
この中に寝転がり、暖かな風を受け、花と共に眠りについたらどうなるだろう。
美しき世界に溶け込んで、やがて見えなくなってしまいそうな、それほどまでに極楽であった。

 しかし、全てを凌駕してある一つの考えが頭に浮かぶ。
虚ろなる頭に浮かぶのは、ただひとり愛する女の名。

(ローラ…)

 理屈や状況を超越して、何を思えども思考の終着点はその名。
姫の、愛する女の名を呟いた。
声にはならない、口を開いてもそこからは何もこの世界に響きはしない。
ならばと、呼べぬ愛しの君の姿を探した。
姿は見えない、辺りを見渡してもその瞳には豊かな彩りしか写さない。
ただ一人項垂れた顔を迎えたのは、足元の花。

 しかし、その花の美しさすらも、今の自分の心には響かない。
求めるのはたった一つの愛。
いとおしさばかりが募り、胸を苦しめる。

(…♪……♪…)

 歌が、聞こえた。
はっとして、顔を上げる。
風の音すら絶えたこの世界。
夢か現かもはやわからぬ自分の耳に届いたのは、懐かしい声。

(俺はこの声を、知っている)

隣から、いつもしていた優しい声。
はっとして顔を上げると、そこにはぽつりと亜麻色が浮かぶ。

(俺はこの歌を、知っている)

愛しの君の薫りが、花畑を飛び越えて、風と共に届いた。
いても居ても立ってもいられず、駆け出した。
三色菫がベルベットの肌を足に摺り寄せてくる。
蓮華草の香りも辺りに立ち込めた。

 息はおそらく、上がっていただろう。
しかしその息は聞こえない。
聞こえていたのは、彼女のその歌だけだった。
聞き覚えがある歌。
この旋律は、ラダトームに響き渡っていた覚えがある。
遠い昔、勇者ロトを称えるために皆が声高く歌った、その歌だった。

(ああ、なんて美しい声なんだ)

 歩みが徐々にゆっくりになる。
そのときはただ、魅いられていた。
暗き洞窟で初めてこの声を耳にしたときにした、あの感覚。
闘いに生きた心が、一声一声で癒されていくような、あの愛しさに。
再び俺は襲われた。

 背後で立ち止まったときに、歌は止む。
ゆっくりと立ち上がり、こちらに顔を向けたのは…彼女だった。

「ローラ」

 声が出た。
目の前にいる、彼女の名を呼べた。
震えていたかもしれない、掠れて聞き取れなかったかもしれない。
だが、愛しの君は微笑を浮かべて、それにつられるように自らの口元も綻んだ。

(アレフさま)

 金糸雀の囀りよりも可愛らしい声が、頭に直接響くようだが、聞こえた。
この声の為なら、どんな古の財宝でも捨ててしまうだろう。
この微笑の為なら、地位も、名声も塵芥にも値しないだろう。

 腕は自然に持ち上がり、胸の中にゆっくりと身を預けた彼女を暖かく包み込んだ。
涙を浮かべているのか、時折揺らぐ彼女の眼。
翡翠と見紛うようなその瞳が、自分の視線とぶつかる。
頬は、仄かな桜色。
艶やかな亜麻色の髪が、時折揺れている。
今も尚恋焦がれるその姫の瞼が、すっ、と下りた。
視線は下ろされ、そこには下には幼さと気品を兼ね備えた、整った鼻。
そしてさらに下がれば、薄紅を引いた、朝桜にも劣らぬほどに美しい、小さな唇。

 勇者は双眸を閉じ、艶やかな花唇と自分の唇をゆっくりと重ね合せた。

 永遠に、続けばいいと思われる至福の瞬間。
二人は微動だにせず、互いに身を寄せ合った。
風は止み、花だけが揺れている。
互いの頬には、一筋の光。
混ざり合った涙は、嬉しさからのものではなかった。

─ゆっくりと、唇を解放して眼を開く。
白く柔らかな頬に光る涙を、そっと撫でる様に拭った。
こちらを見つめる瞳が、いつもの微笑を届けてくれる。
時を止められるのであったら、今この瞬間を永遠に変えて欲しかった。
しかし叶わぬ願いということは二人の涙の跡が物語る。
やがて、堅く抱きしめあったその手が、離れた。

 別離がそこにあった。

 言葉は要らなかった。
理解していた。

もう、逢えないと。

 視界の端を何かが掠めた。
追いかけるように、そちらを見やる。
ゆらり、ゆらりと、揺らぐのは光。

(蛍?)

 小さな光は空へと消えていく。
その数は次々と増し、舞い上がる花弁と共に幻想の世界を彩った。
光の出でる足元を見れば、その正体は彼女自身。
彼女はだんだんと、目の前から消失していった。
愛しの君が、足元から光の粒となって空へと溶け込んでいく。
繋ごうと伸ばしかけた手は、途中で動きを止め─やがて、力を失いだらりと下がった。

(これが現だ)

夢は終わる。
自分は戦いに身を擲たねばならない。
この、優しい世界は虚構に過ぎないのだから。

(だけど…ありがたいことだな)

今は…今このときだけは、目の前の幻想に感謝したかった。
未練が無いと言えば嘘になろう。
しかし、この自分の想いの世界では、いつでも傍に愛する人がいると悟ることができた。
彼女の微笑みは永久に色褪せることは無い。
俺は、一人じゃない。

(…これでいいんだ)
既に胸の辺りまで光と化していたローラの頬を、そっと撫ぜた。
照れたような、可憐な微笑みが返ってくる。

─ああ、この笑顔ともお別れなんだ。

 不意に湧いた寂しさは、ぐっと飲み込みただ笑んだ。
彼女の笑顔を濁すような思いは、今の自分には邪魔となる。
互いに笑いあう二人を、空に散る花弁が祝福した。

 突如、かっと光が辺りを覆う。
思わず瞬間眼を逸らし、再び見やれば隣は無人。
ローラのすべては光の結晶となり、頭上をくるくると回っていた。
唇が動くことは無かったが、声は届く。

(アレフさま)

(アレフさまを…)

 声に、震えが宿る。
眼を細めた。
悲しんでいるのか?
よしてくれ、君には太陽のような笑顔こそ相応しい。

(ローラは…ローラは…)

 震えた声は涙声になり、姿が見えないというのに蹲り涙堪えている姿まで眼に浮かぶ。
自分も、泣きたい。
大の字に寝転がり、心行くまで泣き叫びたい。
─でも、無理だ。
惚れた女の目の前で、そんなみっともない真似が出来る男がどこにいるというのか。
悲しみ堪え、歯を食いしばり、流した一筋の涙を拭うことはせずに、微笑んだ。

(お慕いして…おります…)
(…俺もだよ)

 白い歯を見せ、快心の笑みを浮かべた。
これが、君に渡せる最後の笑顔だ。
心から、君を愛してよかったと思う。
君を愛せることが出来て、幸せだったと思う。
天空に向けて伸ばした掌を、ぐっと固めて拳と成した。
最後の約束を、今この手に宿す。

─だから俺は生きる。君の生きた証は─

「俺が生きて、残すから」

蒼空に、涙を拭った彼女の微笑みが溢れた気がした。

 空へと霞んで、光は儚く消え去った。
掌に残る微かな暖かさをアレフは胸に抱きしめる。

(…寂しかったのかもな。ほんの少し、慌しかったから)

 死闘の最中で、悲しむ暇もさよならを言う暇も無かったから。
現には在らずども、ここで別離を告げられて、本当によかった。
夢で会えて、本当に幸せだった。

愛する人を見送り、一人残された勇者の世界はそこで一旦終わりを告げた。

無音。
何か、薄紅の光が瞼の向こうで輝いている。
小さく呻きつつ、頭を起こした。
エイトを送り出してから少し経って、俺は眠っていたらしい。

「……あ。アレフさん」

霞む視界に、申し訳なさそうな少女の声。
一番に視界に入った空はくすんだ色をしていて、あの世界の空とは繋がっていない。
昇った日を見るとどうやら真昼あたりだろうか。
結構な時間を眠っていたなと覚醒しつつ考えた。
偽りの空を一睨みして、体を起こす。

「すみません、治療はまだなんです…あの、あまり動かれないほうが」
「平気さ」

勇者だからね、と微笑みかけて、手を伸ばす。
透き通るような空色の髪の少々の乱れを、感謝の意を込めて軽く撫で付けた。
やや狼狽しつつも、フォズは照れ笑いを浮かべて再びピサロの傷の治癒に専念する。
随分な時間を費やしてはいるが、未だ治癒には至っていない傷もある。
まあ、アトラスの痛恨の一撃を盾も無しにまともに喰らったのだ。
唯では済むわけがなく、改めて見ると右腕はもう駄目に思えた。
アリアハンで喰らった奴の拳を思い出す。
盾越しに感じたあの力。
思い出し、僅かにぶるりと震えた。

(盾…)

刻まれた不死なる鳥の紋章を見つめる。
ロト。
自分の先祖たる存在。

思い返せば、旅に出るまでは血など気にしたこともなかった。
ラダトームからの使者がやって来て、初めてその事実を知ったほどである。
10数代前の先祖がそんなにも偉人だったとか、そういうことは初めはどうでもよかった。
だがこうして人々に勇者と称えられてみると、自分の礎を築いた人物に対して感慨も湧くというものだ。
会ってみたい。

(そう言えば……)

あの魔法使い─サマンサは、その名を『アリス』と言っていたような。
考えられない話ではないが、考えもしなかった。
まさか、はるか昔にラダトームを救ったのは、少女だったとは。
自分が居た時代にはそんな話は伝わっておらず、過去に城内で見た学者達が引っくり返る事実だなと苦笑した。

久しく開いていない名簿を、荷物から取り出して開いた。
パラパラと頁を捲り、『アリス』の名を見つけ手を止める。

(…驚いた)

確かに未だ幼さの残る少女だ。
背丈も小さめで、華奢にも見えるその身体を見て驚きを隠せない。
だが、凛とした瞳の輝きを見て考えを変える。
自分とはどことなく違うが、やはりそれは鋭い光。
勇者の気迫というものが、感じられた。

(会ってみたいな。ご先祖さまに)

先祖との邂逅の機会が訪れるなど、天地が逆転しても思いつかなかっただろう。
ちょっとした感動を覚えながら、ページをまたパラパラと捲った。
そして未だ健在の顔の中に、思わぬものを見つけ手が止まる。

(…ローラ?)

最愛の人に、そっくりな顔立ちの少女。
いや、もう一度よく見てみると若干の違いが見て取れる。
彼女の瞳とは、違う煌き。
先ほど見たアリスと似ているのか?とは思ったが僅かに違う。
なんだかずっと前からこの眼を知っている気がする、誰かに似ている。
しかし、この眼はどこで見たのだろうか。
ついさっきも見たような、だがこういった知人が自分にいたかどうか。
そしてアレフは、はたと気づいた。

(ああ…そうか)

どこで見知った瞳かが、やっとわかった気がした。
誰よりもそいつの事を知っているはずなのに、何故気づかなかったのだろう。
そいつと共に居ない事など、ない。
片時も離れる事は無い、そいつ。

(俺だ)
鏡の中に、その眼を見たことがあった。
凛とした目元や、整った眉などはむしろローラに近いだろう。
だがその奥、瞳の奥底の輝きは自分の物ではないか?
奇妙な話だが、もしやこの『マリア』という少女は。

(娘か、孫か。そんな関係なのかもしれないな)

見れば見るほど、ローラにそっくりな彼女。
溜息を一つついたところで、ふと考えてみた。
ローラは、もういない。
先祖が子を産まぬ子孫など、在り得るのだろうか?

(ローラと自分が…その、添い遂げて宿った命の下に彼女の存在があるとすれば)

繋がらなかった血筋の果てに、待っているのは系図の途切れ。

(もしやこの子も…ローラの子孫だとしたら、消えてしまうのかもしれない)

ローラによく似たこの子の命が、再び消える。
再び痛んだ胸を、アレフはぎゅっと押さえつけた。
「アレフさん、傷が…?」

フォズが心配そうにかけた声で、意識を呼び戻される。
ピサロの治療はやっと一段落した様子で、彼は相変わらずの仏頂面ではあったが、幾分楽になった様子であった。
随分な時間がかかったが、ようやく呼吸がままなるくらいには回復している。
今の俺はそんなに情けない顔だったかな、と苦笑しながら言葉を返す。

「いや、大丈夫。治療は済んだのか?」
「行動が制限されない程度までは回復した…なんとか、な」
「アレフさんも、かなりの重症ですのでお早めに処置をと、思いまして」

やはり下げられたままの右腕を固定しながら、ピサロは腰を下ろす。
もちろん、嘘であろう。
あの傷がそう早く直るはずも無い、まだ正午になるかならないかといった所だ。

(奴に気を使われたか)

なんだか情けないような、嬉しいようなこそばゆい感覚に襲われる。
不本意ではあるのだが、覚醒した瞬間から鋭い痛みが断続的に襲われていて治療を急ぎたいと思っていた。
ようやく訪れた休息のひと時、ありがたくいただいておこう。
自分の脚に開いた傷にそっと掌がかざされ、奇跡の石を握り締めた拳が添えられる。

(…あたたかい)
「どうでしょう、痛みますか?」
「いや…心地良い。大丈夫だよ」

少女が癒す傷を改めて見やる。
ざくりと裂けた闘いの痕。
止まぬ血の臭い。
ここが、最悪の現実と思い知らされる。

─やはり、あれは夢だったか。

納得はしていた。
そして後悔はしていない。
しかし、やはり現であって欲しかった。
甘えかもしれない、弱いかもしれない。
でも。
ローラは俺にとっての全てだった。
俺は全てを失った。

(…いや)

まだ、残っていたな。
しっかりしろ、耄碌するなと自嘲する。
残ったのは─
フォズを見やる。
魔王を変えた少女。
命の恩人でもあるこの少女を、死なせることは許されない。
俺が、彼女と引き換えに護った命だ。
こういう心優しい、明日を背負う子供たちの笑顔を護る為。
その為に俺は立ち上がったんだ。
これは勇者としての、使命。

ピサロを見やる。
こいつに死なれるわけにはいかない。
こいつに再び殺戮を選ばせるわけにもいかない。
俺が、彼女と引き換えに生かした命だ。
悪を滅するだけが、俺のやることではない。
俺は、奴の道が果たして正されたのかを見届けなければならない。
これは戦士としての、責任。

剣を握った。
研ぎ澄まされた刃に写るのは、決意に満ちた己が顔。
そして、その後ろには写りこむはずの無い嘗ての宿敵。
あいつの剣に誓ったからには。
俺は竜王…アレンの所へ戻らなくてはならない。
そして問おう、お前を変えてしまった青年の謎を。
これは男としての、約束。
(こんなにあるじゃないか。俺が背負ってる大事な物は)

最愛の人の手を掴むことは出来なかった。
でも、やれることはある。
できることはある。
生き残った人々を、命を賭して救ってやる。

(待っていろ、ハーゴン。その首を洗ってな)

拳が震えるほど固められる。
綺麗事を言ってはいるが復讐心があるのは否定できない。
この身尽き果てようとも必ず。

「けほっ」

浮かんだ物騒な思考はまたもフォズによって中断された。
小さな口を手で押さえ、俯き蹲る。

「傷が…大丈夫かい?」
「す、すいま、せ、けほっ。大丈夫です…ごほっ」

咳き込む彼女の顔の血色は、あまり良くない。
その身に余る手傷を負っているというのに、よく立って歩けるものだ。
伴う痛みをこらえつつピサロと自分を癒し続けていては唯で済むまい。
ピサロのほうも傍らに歩み寄り、フォズの背に掌を当てた。
その白く美しい手に、暖かな光が宿り始める。

「…ピサロ?」
「治療を同時に行う。お前への祈りに支障はきたすまい」
「そんな、でもピサロさんの魔力は…」
「寝れば治る」

ピサロに同調するように人差し指をたて、それをフォズの鳩尾のあたりに当てる。
指先に灯ったのはベホイミの光だ。
体の内部の損傷は、外傷以上に治り難い。
ぼんやりとはしていられない大の男は二人がかりで、少女を癒しにかかることに決めたのだ。
受けるフォズのほうはというと、二人に挟まれていささか恥かしい様子で赤面した。

「あ、ああ、あの」
「気にするな」
「俺の治療を続けてくれて構わない」
「は、はい…」

アレフの口に浮かんだのは笑みだった。

(随分と魔王様の角は取れてしまったようだな)

くく、と軽い笑いを漏らすと、耳の利く魔王はぎろりと此方を睨み付ける。
それがまた笑いを誘うのだが、アレフは意に介せず眼を閉じ、詠唱をまた紡ぐ。
魔王はそっぽを向くが、やがて一同の足元にメモを拡げ二人に示す。

「?」
(首輪による盗聴について)

フォズは見覚えがあるようで、唇の前に人差し指を持っていき、厳しい顔をした。
分かっている、当然迂闊に口には出来ない話。
見れば、そこには自分達が常に監視されている事についての推察、考察が一面に書き記されている。
ピサロが筆記具ともう一枚のメモを取りだして、此方に渡した。
筆談、か。
ピサロの問いにすらすらと筆を滑らせた。
フォズの治療は合間合間にこなすので、やや忙しないやり取りだ。

(うすうす感づいてはいた)
(話が早い)

メモの内容が気になるのか、フォズの視線がちらちらと手元を覗いている。
祈りに集中しろ、とピサロに頭を軽く叩かれた。
しゅんとしたフォズに、後で見せると付け加える。
随分と手馴れていないか?
女子供の扱いに長ける魔王とは、何か奇妙なような…
お前も集中しろ、とピサロに窘められる。わかっているって。

(その盗聴、解かれた可能性がある)
(根拠は?)
(数刻前、トルネコが盗聴についてをあえて吐露した)
(トルネコさんは無事だったんだな)
(そうだ。まだ疑わしい点は残るが、解除された可能性がある)

ピサロの空いた手の人差し指がピンと立てられた。
その指でまず、自分の首を示す。

(盗聴されていたのは確かだろう。だがその監視が解かれた。何故だと考える?)
(……)

主催者側のアクシデントか。
だとしたら盗聴機能と共に爆発機能まで停止している可能性もある。
だとすれば、好機である。

しかし、盗聴機能は『停止』したと確定はしていない。
監視する者が居なくなっただけとも考えられる。
それならば機能に異常が来たしているわけではない、首輪を外せば即死は確実だ。

もしくは罠。
こちらに希望を持たせ、後々に一網打尽に…
いや、この遊戯の性質上、自らの手を汚すことを、あのハーゴンは潔しとするだろうか。
ここまで来て自分の手を軽々しく汚すのだろうか?
疑念は尽きないが、どれも確たる証拠はない。

(考えは浮かんでも、どれも確かめる術はあるまい)
(まあな)

もはや10人程の協力者しかいないのだ、リスキーな行動には出れないはずだった。
しかし向こうへのアプローチが全く不可な今、この世界についての考察もやはり必要。
ふと、行き着いた考えが一つ。
筆を持ち直す。

(術、無いことも無いかもしれない)
(何だ)
(今は出来ないが)
(構わん。言う前に死なれるより今言え)

もう少し言い方というものがあるだろう、と悪態の一つでも突きたかったがぐっと堪えてその術を書き記す。
(……)

ピサロはそれを見つめ、そして額を押さえ溜息を吐いた。

「…一つ、思ったことがある」
「…なんだ?」

もう口に出してもいいのかと、口頭で答える。
ピサロはというと、自分の顔を見据え、やれやれと呟いた。

「勇者という肩書きの者は、総じておめでたい頭の持ち主なのか?」
「…ほっとけ」

メモを拾い上げ、フォズもアレフの書き記した案を見る。
返ってきたのは、苦笑だ。
やれやれ、やっぱり駄目かな。
いい考えだと思ったんだけど。
『参加者全員で頭をくっつけたら爆破できない』
…何がいけなかったんだろうか?

ピサロは次のメモを取り出し、また一つ書き記す。

(脱出については、まず首輪の後に考えることだ。一つ確認するが)
(何だ?)
(ここで言う脱出は、我々のあるべき所へ帰る為のそれではない)
(当然)

ピサロと、同時に頷く。
そう、目的は一つ。
奴の下へ、たどり着くことだけだ。
愛する人を奪われた悲しみを、ぶつけるだけだ。
ピサロはメモをしまい、沈黙なる対話を打ち切った。
「情報を一つにまとめたいな。アリアハンにいる人物との接触が必要だろう」
「…エイト、だったか。あいつの働きにかかっている」
「エイトさん、ご無事だとよろしいのですが…」

と、フォズの胸元から小さなお客様が飛び出した。
手近にあったアレフの人差し指に、齧り付いてぶら下がる。

「あ」
「いて」
「……こいつはまだ…」

そういえば、この子蜥蜴はフォズとずっと共に居たというのに、平穏無事でいられたのか。
手から振り払ったアレフの足元を、うろうろと這い回って大きな目玉はあちらこちらを見回している。
幾多の苦難を平然とくっ付いたまま乗り越えてきたこの蜥蜴。
その様子がなんとも滑稽というか、場違いに感じられて。

「…ふふ」
「大したものだ。どれほどの幸運の持ち主だこの蜥蜴は」

フォズが、笑んだ。
アレフも、笑いを浮かべる。
ピサロが眼を伏せたのは、笑ったのかも、しれなかった。

「お腹が空いたのかもしれませんね。どうぞレオンさん」

細かく千切りとったパンを、レオンに与える。
なんとも美味そうに啄むレオンを見て、フォズは嬉しそうであった
「君も食べたほうがいい」
「え?」

きょとんとして、少女は首を傾ぐ。
しっかりしててもやっぱり子供だ、とアレフは微笑んだ。

「治療、お疲れさま。少し休憩がてら食事にしよう」
「あの、でもアレフさんの傷は、まだ」

フォズの抗議は腹の虫でかき消される。
なんとも絶妙な間で、フォズが発したものだった。
臓腑を傷めた彼女ではあるが、そこは人間、減るものは減るらしい。

「…すみません。いただきます」

かっと赤くなってと縮こまったフォズは、治療を中断してレオンにやっていたパンを一口かじる。
それを見て自分も久しく食物を口にしていなかったように感じられ、途端に空腹が押し寄せる。
荷物を探り水を取り出し口に含むと、生き返るようだ。

「俺達も、食事にするか?」
「…そうだな…休めるのは、今だけだ」

最後となるかもしれない休息を、3人は座り込んで取り始めた。

腰を下ろした一同は、暗き天を見上げその向こうの邪なる者を見据える。
辿り着く、それは確たる意思。
塔の頂に宿るは癒しの光。
そして、さらに上、誰も気づかぬことではあるが。
地獄の雷、覇者の雷、共に爆ぜた衝撃は、小さな小さな歪を刻んでいた。

雲間に覗く、唸り上げる混沌。
それは、かつて見た闇。
魔なる大神官の前へと召された瞬間の、それであるのか。
届かぬ手は、繋ぎ合わされ、天へと伸びるか伸びぬのか。

破壊を呼ぶ神の嗤いが、微かに聞こえた気がした。


【E-3/ナジミの塔最上階/昼】

【アレフ@DQ1勇者】
[状態]:HP1/6(回復中) MP1/8 背中に火傷(治療中) 左足に刺傷(治療中)
[装備]:竜神王の剣 ロトの盾 風のアミュレット
[道具]:鉄の杖 消え去り草 ルーシアのザック(神秘のビキニ) 無線インカム
     神鳥の杖(煤塗れ) 鉄兜 ゴンの支給品一式 ルビスの守り アサシンダガー
[思考]:とりあえず食事 このゲームを止めるために全力を尽くす 治療を終え次第、アリアハンへ
    (爆破阻止方法は実践してみたいとひそかに考えている)

【フォズ@DQ7】
[状態]:HP1/4(回復中) MP0 全身打撲(治療中) 肋骨にヒビ・内臓に損傷(治療中)
[装備]:天罰の杖
[道具]:アルスのトカゲ(レオン) 奇跡の石 支給品一式
[思考]:とりあえず食事 ゲームには乗らない ピサロとともに生きる

【ピサロ@DQ4】
[状態]:HP1/5 MP僅か 右腕粉砕骨折(固定、半分治療済み) 全身打撲(半分治療済み)
[装備]:鎖鎌 闇の衣 炎の盾
[道具]:支給品一式  首輪二個  ピサロメモ
[思考]:とりあえず食事(吐きそうだけど) ハーゴンへの復讐 脱出方法への模索


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