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望むのは剣ではなく

望むのは剣ではなく


登場人物
キーファ(DQ7)、トロデ(DQ8)、マルチェロ(DQ8)、アリス(DQ3)、マリア(DQ2)


 踏み込みざま、気合いの声と共にキーファが剣を振り下ろす。
速さ、重さ共に十分な一撃。
だが元は城で指南役を付けられて学んだ正統派の剣術も、
過去世界での幾多の魔物との戦いを経て、威力を求めるあまり大振りになる癖がついていた。
 どれほど疾い剣であっても、その軌跡が読めれば避けるのはそう難しいことではない。
斬撃の下を潜り抜けて突き出されたマルチェロの刃を、キーファは首を横に倒すことで辛うじて避けた。
 ならば、とマルチェロがその刃を横に薙ぐ。
本来なら反応すら出来ないうちにキーファの首を裂いたはずのそれは、
だが友に託された腕輪の加護による反応速度の上昇と、キーファが剣から手を離し、自ら後ろに倒れこむことでむなしく空を切り、
お返しとばかりに倒れこんだ際についた手を支えに、相手の顎を狙って蹴りを放つ。
マルチェロが跳んでそれをかわす間に、
キーファはそのまま転がり、跳ね起きて、落とした剣を拾い上げながら再び距離を詰めるべく地を蹴っていた。
 迎え撃つべく刃を構え、マルチェロは思案する。

 今マルチェロの装備している呪いの刃は、まさしく“皆殺し”の名を冠するに相応しい切れ味を誇る業物だが、
対するキーファが振るうのもまた、この世で最も固いと言われるメタル族でさえ易々と切り裂くという類稀なる名剣である。
無論、そう簡単にこちらの刃が折られるとは思わないが、折れて本来の半分ほどになった刃は、競り合いには明らかに不向きだった。
 今の呪文を唱えるには絶好の間合いをあっさり捨てたところからすると、
おそらく向こうは呪文を使えないのだろう。
その上こちらは片目を失って、距離感を掴みにくい。となれば、
(応じるのは愚策というもの)
  
 受け止めた刃を、押し返すのではなく自ら引く。
「――っ!?」
 体重を掛ける相手を失ってキーファはバランスを崩し、一瞬その剣が浮いた。
その隙を逃さず、今度は全身のバネを使って跳ね上げる。
 擦れた刃が悲鳴じみた軋みをあげた。
取り落としこそしなかったものの、標的を逸れて空を切った剣に振り回されてキーファは数歩たたらを踏み、その間にマルチェロは後方に跳び、距離をとる。

 その口が早口に何かの言葉を紡ぐのに、キーファは目聡く気付いた。
キーファ自身には素養がなかったが、旅の途中幼馴染たちが操るそれには何度も世話になったことがあった。

何らかの呪文。その中身は見当もつかないが、
少なくともこちらに有利に働くようなものではないことだけは間違いない。

「させるかよ!」
 体勢を立て直し、すぐさま追撃を仕掛けるキーファ目掛けてマルチェロが空の左手を救い上げるように振るった。
 何かを投じるような動作に、何の呪文が飛んでくるものかとキーファはぎくりと身体を強張らせたが、
呪文が飛んでくる様子はなく、かといって左手は変わらず空のまま。何を投げたようでもない。
いぶかしみ、だが歩調は緩めぬままキーファは走り――刹那、ぞわりと背筋を這い上がった悪寒に、咄嗟に頭を庇うように顔の前まで剣を持ち上げる。
直後、がつんと重い衝撃が刃を伝い、視界の隅でぱっと朱が散った。

「――へ?」
 理解するのに時間を要したのは、一瞬痛みを感じさせないほどの鋭さのためだった。
声を出した途端引き攣れた頬が痛み、慌てて拭った手の甲にべたりと付着した血に、
ようやく両の頬をざくりとやられたことに気付く。
  
(風、か)
 圧縮された風の刃。
咄嗟に剣を振り上げなければ両目を潰されていたかもしれない。
不吉な想像にぶるりと肩を震わせて、

「――強欲なる火蜥蜴の舌よ」
 一際響く声に、唇を噛み締める。
天にかざしたマルチェロの掌に光が灯り、それを中核とした炎の渦が巻き起こり、
「その衝動の赴くままに、喰らい尽くすがいい!」
 振り下ろした。
膨れ上がった火球が真っ直ぐキーファに向かって襲い掛かる。
 こんなものをまともに喰らってはひとたまりもない。
が、キーファは避けるどころかますます加速をかけ、臆することなく火球に向かって飛び込んでいく。

「切り裂けぇぇぇぇぇっ!」
 その声に呼応するように刃を風が取り巻いた。
己の扱える最上の技、真空斬りを真正面から叩きつける。
刃が纏う風が炎を切り刻み、急激に外気を取り込むことになった火球は
キーファの身体に届くことなく、空中で弾け飛んだ。
   
 閃光。次いで爆風。

 思わず腕をかざして舞い上がる砂煙から目を庇ったマルチェロは、
その向こうでよろよろと身を起こす人影を見とめ、すと目を細めた。 
 
(なるほど、全くの剣術馬鹿というわけでもなさそうだ)
 だが、直撃は避けられたとはいえ、至近距離でのメラゾーマの余波を喰らって全く無事でいられるとも思えない。
 現に、今までの疲労も祟ってか、キーファは明らかに消耗している。
たとえ次も、その次も小手先の芸で凌ぎ続けたとしても、
その剣の切っ先がこちらに届く前に、積もり積もった疲労はキーファを殺す。

 しかし、それも余計な増援がなければ、の話だ。
先程漏れ聞こえた名が、どうにも思考の隅に引っ掛かってならない。

 エイトといった、異母弟の仲間でもあるどうにも気に食わない目をした旅人。
『一緒に仲間の仇を討ってくれた』と語ったあのからりとした口調からして、奴が生きていることは確かであり、
一時は行動を共にしていたというなら、奴もまた此処アリアハンにいる公算が高い。
取り逃がしたあのやけに利口な白馬がいつ奴を連れて戻ってくるとも知れないのだ。
ククールが手綱を解かなければ、最初の襲撃の際に葬り去っていたものを。

(死してなお、私の邪魔をしなければ気が済まないようだな。貴様は)
 知らず失われた左の眼窩に爪を立て、マルチェロは顔を歪めた。

 その上、通りを隔てて聞こえてきていた轟音がいつの間にやら止んでいる。
巨人の頭が見えないところからすると、勝利したのはおそらくトロデの連れの側。
彼らに援軍に来られては面倒なことになろうし、
逆に彼らがその余力がないほど疲弊しているというなら、今のうちに叩いておいた方がいい。

 ならば、これ以上未熟な青年と手負いの老人なぞに構っている暇は無い。
が、このまま素直に退いてやるのも面白くない。
短い思案の末、マルチェロは再び同じ呪文を唱え始めた。
 
 
 
 
 
「いってぇ……」

 呟いて頬の痛みに眉を顰め、キーファはのろのろと身を起こした。
直接熱気に晒された顔面の皮膚が引き連れたようにひりひりと痛み、全身やけに焦げ臭くなってしまったが、
吹き飛ばされた際に背中を打った他には、さしたる外傷はない。
あれだけの呪文を喰らってこの程度で済んだのなら、幸運というものだろう。
 振り返り、変わらぬ姿で鎮座する教会の姿を確認して、キーファは頬を緩め、
直後、砂煙の向こうから聞こえた先程と同じ呪文に、すぐに表情を険しくし、駆け出した。

 距離を取られて呪文を連発されては、万に一つの勝ち目も無い。
両手で柄を握りなおし、風を呼び起こす。
砂が散らされ幾分クリアになった視界に背の高い影が映った。
こちらに気付いたか、影の腕が動き、キーファは剣を振りかざした。
応えるように、刃を取り巻く風が勢いを増す。
 もし、また風の刃を放たれたとしても、同じ風の力をぶつければ打ち消すことが出来るはずだ。
風には、風。
その軌跡を見逃すまい、とキーファはしっかりと目を見開き――

 かっと眩いばかりの閃光が迸った。
思わず足を止め、目をぎゅうと閉じて俯いたキーファの身体を、一瞬凍えるような寒さと名状し難い脱力感が襲い、
光に掻き消えるように刃に纏わせた風が四散した。

 一瞬の自失。
再び走り出した時にはもう遅く、練り上げられた火球が放たれたところだった。

 今からもう一度風を呼ぶのでは間に合わない。
だが、後ろに庇う教会に隠れるトロデのことを思えば避けるわけにはいかない。
――ならば、弾き返す。
  
 だらりと一旦両腕を垂れ、力を抜くと大きく息を吸い、吐く。
肩から肘、手首、柄を握る指、その先端から剣の切っ先に到るまで、
意識を這わせていくようにゆったりと剣を持ち上げ――その先端が火球に食い込む。
 圧倒的な質量と、顔面を焼く熱気にキーファは奥歯を噛み締めた。
押し負けぬよう、だが決して逆らわぬよう、細心の注意を払ってじりじりと火球の軌道を変えていく。
 受け流しと同じ要領だ。
本来のそれは、極めればあらゆる打撃をそのままそっくり相手に跳ね返すことさえ出来る、便利な特技だが、
呪文相手に試みるのは初めてのこと。
決して熱気のためだけではない脂汗が額に滲む。
 地獄の業火の如き熱量にも、人ならぬものの手で鍛えられた鋼はびくともしないが、
それを振るう使い手の方はそうはいかない。
直接火に炙られた刃から柄へと熱が伝わり、皮手袋越しにも伝わる温かさはいつしか明確な熱さとなって掌を苛む。
 徐々に痛み以外の間隔を失っていく指先にさらに力をこめ、
やがてキーファは確かな手ごたえを見出した。

(……いける!)
 あとはタイミングを計って、剣を跳ね上げさえすればいい。
はやる心を抑えて、来るべきその瞬間を逃すことのないよう、
踏み出していた左足に体重を掛け直し、

 途端、膝が崩れた。
踏ん張りの利かなくなった身体は呆気なく火球に弾かれ、
手を離れた剣がくるくると宙を舞い、石畳に落ちて乾いた音を立てる。
仰向けに飛ばされながら頭をめぐらせ、左の膝下から血が噴き出しているのに気付く。
その向こうで、此方に掌を向けたままのマルチェロが嫌味たらしく一礼し、踵を返すのが見えた。
   
 火球はキーファの頭の上を跳び越して、背後の教会へと吸い込まれていく。
僅かに残った外壁部分がぐらりと傾ぎ、がらがらと音を立てて崩れ落ちる。
 反転した世界の中で、そんなことばかりがやけにはっきりと見えて、喉から引き攣った悲鳴が漏れた。

「っトロデさあぁぁぁぁんッ!!!」

 叫んだ拍子、ゆっくりと流れていた時間が正常に戻り、
受身を取る間もなく背中から地面に叩きつけられ、息が詰まる。
 咳き込みながらもなんとか起き上がる。振り返れば遠くに走り去っていく青い後姿が見えた。

――あちらは、アレフさんたちのいる方角。
 ぎりと唇を噛み、射殺さんばかりにその背中を睨みつけ、だがキーファはそこから視線を引き剥がした。
アレフたちのことが気にならないわけではない。が、今はトロデの救出が先だ。
途中で拾い上げた剣を鞘に収めると、痛む足を引き摺って駆け寄り、大声で名前を呼び耳を澄ませる。
やがて、一際大きな瓦礫の下から弱々しい応えがあった。
 すぐさま瓦礫を持ち上げるべく手をかけて、

「……っぐ」
 爛れた掌の肉に瓦礫が食い込み、脳天を突き抜けるような痛みが走る。
思わず喉から飛び出しそうになる悲鳴を堪え、全体重を掛けて押し上げる。
ぐず、と掌がえぐれ、持ち上げられた瓦礫の下から緑色の頭が覗いた。
  
「……全く、酷い目に遭ったものじゃが、まずはお互い無事に」
 言いかけてキーファの足を見遣り、トロデは眉を顰めた。
「――とはいかないようじゃが、生き残れてよかった、というところかの」
 トロデの言葉に、キーファは曖昧な笑みを浮かべた。
小柄な身体が幸いしたか、トロデはメラゾーマの直撃も、瓦礫に押し潰されることも免れたようだった。
が、常の人とは異なる緑の体色のせいで分かりにくいが、その顔色は明らかに先刻より悪く、
腹部からの出血のみならず、頭に負った新たな傷からもどろりと血が流れ出している。
 今の騒動が、この弱った老人にどれだけの打撃となったかは明白だった。

「ごめん、トロデさん。俺が……」
「何、もっと離れた場所に隠れておらんかったワシが悪いんじゃよ。
 何より、助けに来てくれた息子の友人を責める言葉なんぞ、わしゃ持っとらんからの」

 不器用にトロデが片目を瞑る。
優しい言葉に、先程よりは幾分マシな笑顔を浮かべて、キーファは手を差し伸べた。

「ともかく、早く此処を離れよう。
 誰かが来ないとも限らないし、リアちゃんたちのことも気になるし」
「うむ、助けに向かったマリア王女とアリス嬢のこともの。――ッ」
 頷いてその手を取り、立ち上がろうとして、果たせずトロデはがくりと片膝をついた。
失血のためか、はたまた頭を打ったためか。頭を動かすたび、ぐらぐらと視界が揺れる。

「トロデさんっ!?」
「これだから、歳は取りたくないもんじゃの……」
 言葉の後半は半ば低い呻き声に取って代わられていた。
想像以上に深刻なトロデの容態に、キーファは唇を噛み締めた。
一刻も早く治療しなければならない。――だが、どうやって?
   
(アレフさん……は、駄目だ)
 一瞬浮かんだのはアリアハンまでの道中を共にした青年の顔。
が、すぐに首を振り、その考えを打ち消した。
 地響きが途絶えたからといって、アトラスとの戦いが終わった確証があるわけでもないし、
何よりあちらににはマルチェロが向かっている。
鉢合わせにでもなれば、それこそトロデの命が危ない。
 エイトならばこの傷も癒すことが出来ようが、彼が迷わずアリアハンに向かっているかも、いつ到着するかも分からない。
かといって、他に癒しの呪文が使える人物に心当たりがあるわけでもない。

(アルスや、マリベルがいれば)
 もっとも、アルスはともかく、マリベルが使えたのはごく初歩の回復呪文だけである。
癒しの呪法の大部分を封じられたこの世界では大した効果は望めまいが、
しかしそれでも何も出来ない自分よりは数倍マシだろう。
剣を振るって戦うことは出来ても、今自分はこんなにも無力だ。

(……俺は、守り手なのに!)
 友も、家族も、居場所も。己の全てを投げ打ってまで過去に留まることを選んだのは、
ただ守りたかったからだ。
愛する少女を、神を復活させるという使命を背負った一族を。
――そして、いつか一族がその使命を果たした時、遠い未来の友や家族が笑っていられる世界を。

 だが、現実はどうだ。
命と引き換えに託された友の妹を見つけることも出来ず、
今またもう一人の友の父とも言える人の命が失われていくのを、手を拱いて見ていることしか出来ない。

 ともすれば火傷よりもひどく胸のうちを焼く焦燥感に、ぎりと拳を握り締め、
空を振り仰ぎ――目を見開いた。
 
 
 
 
 
 窓の外、丸く切り抜かれた空が徐々にその色を変えていく。
差し込んだ一筋の光がちらちらと瞼を刺激して、アリスはのろのろと顔を上げた。
だが、決して眠っていたのではない証拠に、その顔色は冴えない。
 体力や精神力を回復させるには眠るのが一番いいと分かってはいても、
上にいる仲間たちのことを思えば、おちおち眠ることも出来ない。
 耳を澄ませる。長らく続いていた地響きが聞こえないところからすると、アレンは勝ったのだろう。
相打ちになった可能性は考えないことにして、アリスは一先ず胸を撫で下ろした。
 途端、それまで忘れていた寒さが急に気になって、自分で自分を抱きしめるようにきゅっと身体を縮こまらせた。
本来の用途で使われなくなって久しいとはいえ、じめじめした空気の抜けない光の届かぬ井戸の底は、決して快適な環境とは言い難い。
あのおじさんが風邪をひかなかったのが不思議なくらいだ。
 アリスの肩にもたれ掛かるようにして眠るマリアは、まだ目を覚まさない。
足を引き寄せ、なるべく小さく身体を丸めて隣で眠る少女を抱き寄せ、王者のマントの端に包まり、
ふと思いついてザックの中からもう一枚のマントを取り出す。
薄い布地の、まるで羽根のように軽いそれは風のマント。
もう二度と覚めない眠りについた少女が、つい先ごろまで大事そうに抱えていたものだ。
アリスは迷わずそれをマリアに纏わせた。
 もし今敵が現れれば、戦わねばならないアリスの方に王者のマントは必要になるから、
このままマリアにマントを貸し与えることは出来ない。
だが同じ年頃の娘としては、もともとあちこち破れていた上、
クリフトに脇を大きく裂かれたローブ一枚のままのマリアを放っておくことなど出来なかった。
もっとも、防寒用ではないから、暖かさという点では大して変わらないのかもしれないが。

「……でも、マリアさんにマント返せて良かったですね、リアちゃん」
 かちりと留め具を嵌めて、小さく呟く。
――出来ることなら、生きているうちに果たさせてやりたかった。
  
 マリアが目を覚ましたら、リアの死を伝えなければならない。
それを思うと鉛を飲み込んだように気持ちが沈み、
何も知らずに眠るマリアが痛ましく思えて、回す腕に力をこめ、そこでぴたりと動きを止めた。
 生来色素の薄いマリアの肌は、今や血の気を失って蝋のように白く、
抱き寄せた拍子に触れた頬の冷たさに、アリスは寒さとは別の理由で肌が粟立つのを感じた。
慌てて胸に耳を押し当て、弱々しいながらも途切れなく続く鼓動に僅かながら安堵を覚える。
だが、この身体の冷え方は尋常ではない。
アリス自身の手も冷え切っているにもかかわらず、握り締めた指先もまた、氷のように冷たい。
そう、氷のように。

(氷――まさか)
 マントの裾をまくり、一瞬の躊躇の後、
「ごめんなさいっ」
 ローブの破れ目に刃を当て、傷口を検めやすいように裂く。
そうして露出した裂傷に、アリスは眉を顰めた。
傷自体はそこまで深いものではない。が、その傷口には薄い氷が張り付いていた。
 この傷はクリフトの振るう氷の刃によって負わされたものだった。
吹雪を巻き起こすだけでなく、傷口を凍りつかせる力まで持っていたとは。

 幸い、というべきか、傷口が凍り付いているおかげで出血は最小限に抑えられている。
だが、このまま放置しておけば冷気はマリアの身体を蝕んでいく。
  
「……此処から出ないと」
 治療を施したくとも、今のアリスにはその為の魔力が残されていない。
片手で眠るマリアを抱え、家の外へ出て顔を上げる。
ロープは無事に繋がってはいるものの、
疲労の積み重なったアリスには、丸く切り抜かれた空までの距離は絶望的なまでに遠かった。
正攻法ではとても脱出出来ない、何か策を講じなければ。

 ずれた眼鏡をくいと掛け直し、ゆっくりと目を瞑る。
急激に頭の中が冷えていく感覚。次にその目を開けた時にはアリスは冷静さを取り戻していた。
辺りを見回し、転がるクリフトの遺体に目を向け、ふと思いつく。
 先程マリアを襲撃するのに彼が用いた杖。あれを使えば一瞬で上まで身体を運ぶことも可能なはず。
だが、回転数の上がった頭はすぐさまその策の穴を見つけ、却下の判を押した。
回復し切らぬ己の体力では二人分の体重を支えきれるか分からない。
その上片手に杖を、片手にマリアを抱えた状態では、上まで飛んだところで縁に捕まることも出来ない。
せめてマリアが目を覚まし、自力でアリスにしがみつけるくらいにまで回復しない限り、
この案を試すことは不可能そうだった。
 かと言って、風など絶対に起こらない井戸の中では風のマントで舞い上がることも出来ない。
自力で脱出するというプランは諦めるほかなさそうだった。

 差し込む光に手をかざす。か細い光は、だが先程よりその明るさを増している。
正確な時間は分からないが、夜明けはそう遠くない。
放送を聞けば、アリスたちの生存は外の仲間たちにも伝わり、いずれ助けが来るはずだが、
向こうにこちらの居場所が伝わっていない以上、誰も此処を見つけることが出来ない、なという悲劇も起こりうる。
 何らかの方法で、こちらの居場所を伝えなければ。
  
 一瞬の再思考の後、マリアが腰に吊るしたいかずちの杖が目に入る。
例えば、これを花火のように空に向けて放てば――
だが、とまたしても冷静な脳が待ったを掛ける。
 仮にアレンが首尾よくアトラスを倒していたとしても、
アリアハンには最低でももう一人、マリアとトロデの連れを殺したマーダーがいたはずだ。

――下手に自分たちの居場所を知らしめるようなことをしては、
マリアばかりか自分までが斃れることにもなりかねない――

(――そんなの)
 震える手が眼鏡の蔓へと伸びる。金属製のそれは触れるとひやりと冷たい。
妙に冷たく感じられるのは、そればかりではないのかもしれないが。

――効率を第一に考えるのならば、このまま井戸の底に潜んでいるのが一番いい――

「……っそんなの、知りません!!!」
 叩きつけた眼鏡がかつんと音を立て、床に跳ねた。
眼鏡を外した瞬間、装われた冷静さに押さえつけられていた感情が溢れ出す。
「私は……私は、勇者なんですから」
 何度も何度も母に聞かされた言葉が蘇る。
勇者は常に強くあれ。
剣をもって誰かを倒すための強さではなく、その強さで大切な人たちを守れるように、
ただ強くあれ、と。
自分の安全のために誰かを見捨てるのなんて、絶対に嫌だ。

 マリアの腰からいかずちの杖を抜き取り、空に向ける。
居場所を示すことの危険性は理解しているつもりだが、
アレンだけでなく、宿屋に残るトルネコやトロデも外に注意を払っているはず。
三人もいるのだ、そのうちの誰かが気付いてくれる公算は高い。
もしマーダーに気付かれたら、その時は自分がマリアを守ればいい。
――そのための、強さだ。
  
「アレンさん、トルネコさん、トロデさん……サマンサ」
 すぐ傍にいるだろう仲間と、
消息の知れない――だがきっと生きていると信じている姉のような存在の幼馴染の名を呼んで、
アリスは杖を握る手に力をこめた。

「どうか、気付いて――!」
 杖の先端から炎の帯が迸る。
それが空に吸い込まれ、消えるのを見届けて、アリスはその場に崩れ落ちた。
足下に転がる眼鏡を拾い上げ、一瞬考え込んだ末にやはりザックに放り込む。
いかずちの杖をマリアに返すとその身体を抱えなおし、王者のマントを被りぴたりと寄り添う。
 あとは、祈るほかない。

 少しでも奪われた熱を取り戻そうと、冷たいマリアの手に指を絡ませ、
アリスはただひたすらに夜明けを待った。
 
 
 
 
 
 炎がまるで花火のように打ち上がり、消えていくのをキーファは呆然と見つめていた。
「今のは……一体」
 無論、こんなところで花火を打ち上げる酔狂な人間などいるはずもない。
あれも呪文なのだろうが、戦闘中に打った呪文が外れたにしても、
真上に向かって打つというのはいくらなんでもおかしい。
 とすれば、あれは何かの合図かもしれない。
だが、それの打ち上がった方向はアレフたちのいる方とは明らかに異なっていた。
その他に、合図を打ち上げるような仲間がいる人物がいるとすれば。
  
(もしかして、リアちゃんを助けに行ったっていう)
 もっとも、アレンからその情報を聞いてから大分時間が経っている。
戦闘があったのならもう終わっている頃だろう。その後に、何か予期せぬ事態でも起こったのか。
確か、助けに向かったのは魔力が尽きかけた少女が二人。
魔力が尽きかけた、といちいち説明した以上は、二人とも何らかの呪文の使い手なのだろう。
――もしかしたら、回復呪文も。
 迷っている時間は、ない。

「……トロデさん、ちょっとだけ辛抱してくれよ!」
 ともすれば滑り落ちそうになる身体を背負い、走り出す。
小柄とはいえ、トロデも成人男子であることには変わりない。
二人分の重さをかけられた左足がずきりと痛むが、
助けられる可能性がある以上、今はそんなことを気にしているような場合ではない。

 誰かに助けられるだけではなく、助けることが出来る人になりたい。
「なりたい」のではなく、「なる」のだ。
――俺は、“守り手”なんだから。
(助けるんだ。トロデさんも、リアちゃんも、その子たちも!)

 痛む足を叱咤し、キーファはまさしく夜の終わりを駆け抜ける流星の如く、更に速度を上げた。


【E-4/アリアハン城下町教会前/早朝】

【キーファ@DQ7】
[状態]:HP1/2 両掌に火傷 両頬、左膝下に裂傷 疲労
[装備]:メタルキングの剣 星降る腕輪
[道具]:ドラゴンの悟り 祈りの指輪
[思考]:花火の打ちあがった方(井戸方面)へ向かう
    トロデを助ける ランドの妹(リア)を助け出す 危機を参加者に伝える

【トロデ@DQ8】
[状態]:HP1/5 腹部に深い裂傷(再出血中) 頭部打撲(出血中)
    全身に軽度の切り傷(ほぼ回復) 服はボロボロ 脳震盪・気絶
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2(不明の品が1?)
[思考]:仲間たちの無事を祈る 打倒ハーゴン

【E-4/アリアハン城下町教会前〜宿屋周辺/早朝】

【マルチェロ@DQ8】
[状態]:左目欠損(傷は治療) HPほぼ全快 MP1/3
[装備]:折れた皆殺しの剣(呪い克服)
[道具]:84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾 発煙弾×2 照明弾×1)
[思考]:アトラス戦現場へ ゲームに乗る(ただし積極的に殺しに行かない)

【E-4/アリアハン城下町井戸/早朝】

【アリス@DQ3女勇者】
[状態]:HP1/7 MP0 左腕に痛み(後遺症) 疲労大
[装備]:隼の剣
[道具]:支給品一式×4 ロトのしるし(聖なる守り) まほうのカガミ 魔物のエサ 氷の刃、
    イーグルダガー 祝福サギの杖[7] 引き寄せの杖(3) 飛びつきの杖(2) インテリ眼鏡
[思考]:自身とマリアの回復 『真の悪』(主催者)を倒す

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:HP1/5 MP僅か 服はとてもボロボロ 脇腹に切り傷(凍傷進行中) 気絶
[装備]:いかずちの杖 風のマント
[道具]:支給品一式×2(不明の品が1〜2?) ※小さなメダル 毒薬瓶 ビッグボウガン(矢 0)
    天馬の手綱 アリアハン城の呪文書×6(何か書いてある)
[思考]:竜王(アレン)はまだ警戒

※王者のマントは二人で被っています


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