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仄暗い井戸の底から

仄暗い井戸の底から


登場人物
クリフト(DQ4)、リア(DQ2)、アリス(DQ3)、マリア(DQ2)、アレン(竜王)(DQ1)


 ここは少し普通の井戸とは違って、地面が広いどころか、何故かお家がありました。
 周りは、真っ暗なのに。月の光も、ほとんど届かないのに。体によくなさそう。
 そもそも、井戸って普通はお水を汲むところだよね?

 私をここまで連れてきた恐い神官さんは、喜びながら家の中に入りました。もちろん、私も。
 神官さんは、その後はずっと「姫様、姫様」と呟き続ながら、トルネコさんの支給品を物色しています。
 お姫様。この人は、お城で働いている神官さんなのかな?
 私も一応、サマルトリアでは王女様。だからこの人のような神官さんがお城に居るのは知っている。
 お姫様。きっと、この人にとって大事な人だったのかな。
 その人と会いたいから、こうしてみんなを殺そうとしているのかな?
 それとも、このゲームに呼ばれていた人で――もう、死んじゃった人なのかな。

 私には、ランドお兄ちゃんが居なくなっちゃっても、アレンお兄ちゃんが居なくなっちゃっても。
 まだ、マリアお姉ちゃんがいるって「希望」があったから、みんながいたから、ここまで頑張ってこれた。
 この神官さんには、そういう「希望」がなかったのかな。だから、こうなっちゃったのかな。
 ……少し、かわいそう。恐い人だけど、かわいそう。

「フ、フフフ……外が騒がしいですね。出来ればこのまま、みんな共倒れしてくれればうれしいですねぇ」
 神官さんの言うとおり、何かが起きているようです。
 なんどもなんども、ふとい叫び声が聞こえてきます。
 ここまで届いてくるなんて、一体何が起きているのでしょう。
 それに雰囲気が、あの時と似ています。――アレンさんたちと、はじめて会ったときと。
 もしかしたら、みんなが危ない目にあっているかもしれません。
 ここからでは何も分からないけれど、心配です。
 
 
(どうして、姿が見えないの……?)

 アリスは焦っていた。
 リアを連れ去ったクリフトが、忽然と姿を消していたから。
 そもそも元を辿れば、今回のクリフトの凶行は自分の責任だ。
 夕方に彼をカンダタと共に拾い上げた時、彼の本性を見抜けていたら。
 定時放送の時、彼の内に隠された狂気を見抜けていたら。
 今こうしてリアに身の危険が迫る事など無かったのだから。

 地の利は自分にある。
 アリアハン城下町など、幼少の頃から駆け回った庭のようなものだった筈だ。
 この城下町の中に、自分が分からないところなどない。
 ルイーダの酒場の裏にタルがあって、そこに時折ルイーダのヘソクリが隠されている事も知っているし、
 アリアハン城は正門だけでなく裏門があり、そこに綺麗なお姉さんがいる事も知っているし、
 井戸の中に小さなメダルを集める偏狭なおじさんがいる事も知っている。

 ――なのにどうして見つからないのか。
 高まる焦りは注意力の散漫を誘い、さらにクリフトの気配が遠ざかっていく。

 そして。
 それに追い討ちをかけるように。
 アリアハン城が大きく崩落する音と、爆音のような叫び声がアリアハン城下全体に轟いた。

『バズズ―――――――――ッ!!!』
 
 
「あれは、アトラス!」
 闇に突如轟いた爆音、これはアリスの後方を追走していた竜王アレンとマリアの元にも届いていた。
「知っているのか?」
「アトラスはハーゴン直属の三匹の僕の一匹です。
 残る二匹は放送で死亡したのは聞いていたけれど、残る一匹がまさかこんなタイミングで……」
「主催の犬、か」
 アレンは覚えていた。トルネコ、リア、そして今は亡きビアンカを襲撃していた魔物の事を。
 名は『バズズ』。今あの魔物が叫んだ名と同様だ。
 そしてバズズはトルネコ曰く、ハーゴンと内通していた魔物。
 となればあの魔物も同様に主催と内通し、参加者の殺害を命じられている可能性が高い。
 少なくとも、話し合いが通じるような相手ではないだろう。

「アレンの剣技とランドと私の呪文を持って、やっとの思いで倒したのに……」
 今は二人とも居らず、自分の魔力もあとわずか。
 こんな状況であの魔物を倒せるのかと憔悴するマリアをアレンが諭す。
「落ち着け。今はまずアリスと合流するのが優先だ」
「……はい、わかっています」
「ワシへのわだかまりは未だあるだろう、だが今はそれどころではないことも分かっているな?」
 力を貸せ。全ての敵の打破。ここは全員で結束せねば、乗り切れんぞ」

 マリアはこくりと頷く。
 敵対している場合ではない。竜王の力はこの状況を打開する上で必要なものだから。

「アレンさん、マリアさん!大丈夫ですか!」
「戻ったか」
 さすがに今の轟音で様子がおかしいと感じたか、アリスは一人突っ走らず、アレンたちとの合流を選んだ。
 すぐにマリアがアトラスたちハーゴンの僕の情報を流すと、アリスはそれを知っていると述べる。
「あの魔物たちとは朝方に一度戦闘しました。カンダタのお陰でなんとか難を逃れましたが、強敵です」
「やはり主催の犬は確実か……よし、あの魔物の討伐にはワシが出向こう。そなたらは捜索を続行しろ」
「私も行きます、アレンさん一人に任せるわけには行きません」
「この町を知り尽くしているそなた抜きに、誰がリアを探し当てられるというのだ。
 それにワシの目は節穴ではないぞ。気付いておる――そなたの左腕」

 はっとした顔でアリスが沈黙する。
 ヒミコに食いちぎられた左腕。世界樹の雫を持ってしても癒しきれず、時折痛むその左腕。
 リアを馬上にあげようとしたときアレンに不審な顔をされていたが、やはり見抜かれていたのか。
「ただでさえ魔力も無いのだ。それであの魔物とやりあえるとでもいうのか?ここはワシに任せておけ」
「……わかりました」
 アレンの主張はグウの音も出ぬほどに正論だった。しぶしぶ、アリスは承諾する。
「ですが必ず応援に行きます!だから、それまで……」
「死んではなりませんよ、竜王。あなたとは、まだ話がまだ終わってませんから」
 少しひねくれた言葉ではあるが、マリアも激励する。
「――案ずるな。アレンの遺志、こんなところで断たせてなるものか」

 アレンが走り去ったのを、静かに見送った二人。リアの捜索を再開する。
「アリスさん、アテはないのですか?」
「それが、足取りを掴む事すら難しくて……そんなに遠くには行っていないはずなんですが」
「よければこれ、使ってください。頭の回転が速くなるみたいです」
「それは……インテリ眼鏡!」
 インテリ眼鏡はつけた者の賢さを高め、場合によっては性格までも変えてしまう魔法の眼鏡。
 アリスたちもかつての冒険中これを入手し、主にサマンサが重宝して使用していた。
 なんでもこれをつけるのとつけないとでは、呪文のキレがまるで違うのだとかなんとか。
 レンズの吊り上ったそのデザインは人を選ぶが、シャープな目をしたサマンサには良く似合っていて――
(と、思い出に浸っている場合ではありませんね)
 マリアから眼鏡を快く受け取り、かける。少しだけ、サマンサに近づいた気分だ。
 もっともアリスの燃え上がるような熱血漢の性格までは、修正できなかったようだが。

 インテリ眼鏡によって回転の速くなった頭が、クリフトの居場所を的確に分析していく。
(考えるのよアリス。ここは私の故郷、いわば庭!どこかに、何処かに隠れる場所があるはずです!)
 頭の中で、アルバムをめくるように次々と城下町の光景が広がる。
 城門、教会、武器屋、道具屋、井戸のメダルおじさん――井戸?

「マリアさん!もしかしたら、二人は井戸の中に隠れたのかもしれません!」

「……井戸?そんなところに隠れたら、溺れてしまうのでは?」
「実はアリアハンの井戸には、ちょっと変わったおじさんが住んでいまして」
 井戸に住む?何を言っているんだろう、と怪訝な顔をするマリアにアリスが付け加える。
「本当に『家が立ってる』んですよ、井戸なのに。
 そこで小さなメダルって言うアイテムを集めて、品物を交換してくれるんですが」
「メダルって、これですか?」
 マリアのザックから取り出されたメダル、アリスはそれだと肯定する。
「ここにあのおじさんが居るとは考えられませんけど……施設が残っている可能性は十分あります。
 そしてもし彼らがそこに逃げ込んだのだとすれば、突然二人が消えた事にも説明がつくんです。
 ただ降りるのに時間がかかりますから、居なかった場合のタイムロスは大きいです」
 失敗したら、遠くに逃げられてしまうかもしれない。いわば一か八かの大勝負だ。
「賭けてみる価値はありそうですね、行きましょう」
 しかしマリアはそれを即決する。土地勘のあるアリスがそう言うのなら、間違いないと思ったから。
「ありがとう。井戸はこっちです、ついてきてください!」
 
 
 宿屋の裏側に位置していた井戸は、多くの瓦礫に包まれ、入口が無いと勘違いさせるほどだった。
 アリスがいなければ、そもそもそこに井戸があるということにすら気付けなかっただろう。
 なるほど、上手い隠れ場所だとマリアは感嘆する。
「では、降りますよ」
 アリスが地下へと繋がるロープを掴み、からからと地下へと降りる。マリアもそれに従う。
 結構な深さがあるようで、すぐには底が見えてこない。二人は慎重にロープを下っていく。

「ところで」
 そんな中、ふと思い立ったようにアリスはマリアに尋ねる。
「似合ってます?コレ」
「ええ、とっても」
 
 

 
 
 轟いた爆音。恐らくは魔物の襲来。現在の地上の混乱具合を想像し、有頂天になっていたクリフト。
 その優越感に冷水を浴びせかけるかのように、井戸への進入を知らせるからからという音に狼狽する。
(バカな!こんな早々にこの場所が見つかるなんて!?)
 見つかる筈はないとタカをくくっていたが、町の構造を理解する者がいたというのか。
 向かってくるのは、あのアレンとかいう魔物だろうか?
 それとも、アリスとかいう熱血女戦士だろうか?
 トルネコは動きを封じ、マリアには魔力がないと聞いていたが、残る二名はどちらも強敵だ。
 少なくとも、腕力にも、体力にも雲泥の差がある。

 だが、クリフトはすぐに冷静さを取り戻した。
(今の私にはトルネコさんから奪ったさまざまな支給品がある。
 この装備ならば、ザラキ抜きでも奴らを退ける事もできるはず)
 唯一気になるとすれば、実際に人を殺めた経験がないこと。
 魔力を奪われた大失態を筆頭に、クリフトはこのゲームで幾度となく戦いを挑んでは、仕損じていた。
 しかしそれは、装備が整っていなかったからに違いないと自分を納得させる。
(ならば今度は、きちんとした備えを以って戦いに望むまで)

 クリフトはトルネコから奪ったザックの中身をぶちまけ、改めて内容を確認する。
 ずっと持っていたこの杖に加え、二本の新たな杖が加わった。
 飛びつきの杖。解説によればそれを振った先に自らの体を飛ばすというもの。
 引き寄せの杖。同じく逆に振り当てたものを自らの体に引き寄せるもの。
 そして改めてずっと共に歩んできた杖を見る。
 これは青い神官との戦いの時の効力からして、恐らく本当は相手を疲れさせる効果があるのだろう。
 もっとも一撃で仕留めるほどの効果はなく、ただの時間稼ぎにしかならないようではあったが。
(そして、これからはこれもあります)
 氷の刃を眺める。これもトルネコから奪取してきた、振りかざせば冷気まで起こせる優秀な刃物だ。
 相手をこれらの杖で翻弄させた後、この氷の刃で仕留める。我ながら実に理にかなった戦術といえる。

(そして万一危なくなっても、井戸の出口に向けて飛びつきの杖を振るえばいい。
 呆気に取られている間に、私はのうのうと脱出できます。まさに万全)
 戦闘手段、逃走手段……全てを見直し、クリフトは心を落ち着かせる。
 リアを人質に取った時の震えは、もうなかった。
 数多の武器を手にした自信はクリフトの恐怖心を鈍らせ、戦意を高揚させていく。

「では……リアさんといいましたか。
 あなたの大事な仲間達が死んでいく様を今からとくとお見せ致しましょう」
 使える武器を懐に収めた後、ぐい、とリアを引きずり出す。
 猿轡ごしにんー、んーと抵抗をされるが、構わず隠れた家から連れ出した。

 家を出てみれば、井戸をちょうど降りたところの二人の女性の姿が認められた。
 あちらもすぐにこちらの存在に気付いたようで、途端に表情を険しくしている。
(あの凶悪そうな魔物は姿が無い――となれば、あの声の方に向かいましたかな。
 ならばやりやすい。片割れのマリアには既に魔力はないし、熱血女さえ何とかすれば……)

「ようこそいらっしゃいました、お二人とも。
 アリスさん。そのお召し物はイメージチェンジですか?よく似合っておられますよ」
 言ってから気付いたが、あれはなんだろう。宿屋に見たときまではつけていなかったはずだが。
 まさかあの眼鏡の効力が私の居場所を嗅ぎつけた?だとすれば奪っておいても損はないかもしれない。
「……こんな状況でよくそんな軽口が叩けますね、クリフトさん!
 ともかくリアちゃんを放しなさい!そして大人しくお縄につきなさいっ!」
「それは無理な相談です。貴方達には、ここで死んでもらうのですから!」
 
 
 先に動いたのはクリフト。さっそく氷の刃を掲げ、高らかに吼える。
「凍えなさい!氷の刃っ!」
 刃から勢いよく冷気の風が噴出し、彼女たちに襲い掛かる。
 しかしその冷気はアリスの王者のマントにより勢いを削がれ、その冷気は二人の周囲を凍らせるに留まった。
(なんと、あんな防具があるのですか!これでは冷気の効き目は薄い――ならば)

 一方のアリスは王者のマントの性能に感心していた。
 咄嗟にマリアを庇おうと前に出たが、マントのおかげでダメージは殆どない。
 なるほど、アレンから受け取っておいて正解だったようだ。

「あれはトルネコさんの武器!さっそく使いこなしていますね」
「しかしどうしましょう?このまま冷気で間合いを取られるとまずいのでは」
 マリアの手元にはいかずちの杖がある。だが、こんな閉鎖空間で炎を起こしたらどうなるか。
 炎上した密室では余計な煙を吸い込みやすい。
 ましてここは地下。たちまち酸素は減り、呼吸は難しくなるだろう。
 また、炎が燃え広がれば逃げ道もなくなる。
 特に井戸と地上を繋ぐロープが燃えてしまえば、まさに一貫の終わりなのだ。

「ええ、そうですね。でも――」
 攻めるしかないでしょう!と言うが早いか、アリスは隼の剣を構えてクリフトに飛び掛る。
 しかしクリフトはそれを待っていたかのように不敵な笑みを浮かべ、懐から一本の杖を取り出した。
 アリスはそれを見て、先ほどリアを誘拐された際に使われた体力を奪う杖のことを思い出す。
 また力を抜かれたら敵わない。思わず足を止め、その杖の光を避わそうとし――それが仇となる。

「――えっ?」
 魔力の光が放たれたのは、アリスではなく、後方に居たマリア。
 そして振ったのは体力を奪う『サギの杖』ではなく、『飛びつきの杖』。
 マリアにいかずちの杖を構える間も与えず、クリフトは彼女の身体に氷の刃を突き立てる。
 散った血液は冷気に当てられ赤い氷となって、マリアは氷と共に倒れる。
 悲鳴を挙げる間もない、一瞬の出来事。

「マリアさんっ!」
「んんーんーっ!」
 振り返ったアリスが、瞳に涙を浮かべたリアが叫ぶ。

「ふむ、いけませんな……慣れない移動に、踏み込みが足りませんでしたか」

 一人ごちながらアリスと距離を取るクリフトを他所に、アリスはマリアに駆け寄る。
 しかし彼女の傷はさして深くなく、わずかに脇腹を掠るに留まっていた。
 突然倒されたために頭を打ち、気絶こそしてはいるものの、命に別状はなさそうだ。
 無事を確認し、アリスはほっと胸をなでおろす。
 切りつける体勢が不安定だったことと、彼が元々非力だったことが重なった幸運と言えるだろう。
 しかし回復が必要なのは間違いないし、何より
「……なんてことをっ!」
 傷が軽いからと言って、クリフトの行為が許されるわけではない。
 隼の剣を握りなおし、もう一度アリスが駆ける。

「おや、良いのですかな?そんなことをして」
 クリフトが再び杖を取り出す。しかし今度はアリスはその脅しに屈しない。
 体力を奪われる光を打たれようと、飛びつかれ間合いを詰められようと、この一撃で相手を無力化する!
 しかしそんな決意を嘲笑うかのように、クリフトから振るわれたのは今度は『引き寄せの杖』。
 その魔力の光はワイヤーで拘束され、身動きの取れぬリアの方向へ飛び、直撃する。

「――まさか彼女ごと、私を斬り捨てるとは仰りませんよね?アリスさん」
 リアを盾とするクリフトの前に、アリスは振り上げた隼の剣をピタリと止める。
「くっ、またしても卑怯なッ……!」
「なんとでも仰りなさい、さあ離れなさい!」
 そして今度こそ振るわれたのは『サギの杖』。
 魔力の光はアリスの体を押し飛ばし、再び死なない程度に体力を奪う。

「こんのぉ……っ、正々堂々と戦いなさい!」
「私はただ、生き残るために万策を駆使するだけですよ」
 アリスはすぐに立ち上がるが、その間にクリフトはさらにアリスとの距離をとっていた。
 そして氷の刃をリアに向けながら牽制する。
「さて。これ以上近づいたらどうなるかはお分かりですな?」
 
 

 
 
(お姉ちゃんが、あぶない)
 自分が人質に取られているから、アリスお姉ちゃんが動けない。
(なんとか、しなくちゃ)
 チャンスは今。神官さんが私から目を離し、アリスお姉ちゃんを狙っている今。

 リアは考える。自分の体を拘束しているワイヤー。これがなければ、私は自分の足でこの場を逃げられる。
 そうすれば、アリスお姉ちゃんはは不自由なく神官さんを追い払ってくれるだろう。
 ならばともぞもぞとワイヤーを引っ張るも、とても小柄な私の力じゃ千切れそうなものではない。
(……あ、これなら)
 しかし動いたおかげか、ある道具の存在に気付く。
 神官さんもいそいで縛ったせいか、手首の周りの自由はそれなりにあった。
 慎重にポケットからロトの印を取り出し、ワイヤーを少しずつ押し削る。
(お願い、切れて――!)
 恐かった。だけどどうしてだろう、握り締めた印が、全身に勇気を分けてくれた気がした。
 
 

 
 
「ハッハッハ!気分はどうです?」
 リアがワイヤーと奮闘している間、クリフトはアリスを痛めつけていた。
 避ける事しか出来ないアリスに向けての、『サギの杖』の連射。
「いいわけ、ないでしょうッ……!」
 減らず口を叩いてはいるが、アリスの体は既にぼろぼろだ。
 もう何回魔力の光を浴びただろう。
 だんだんと重くなる体が追撃の回避を困難にし、雪だるま式に魔力の光を浴びていく。
「しぶといですな。心なしか、杖の効き目も悪くなってきたような……」
 しかし『絶対に死ぬことはない』ために、その魔力はいたずらに倒れない程度の体力を奪い続ける。
 それを知らないクリフトは、ただひたすらにサギの杖だけを振り続けていたのだ。

「――いいでしょう、ならば直接私の手で止めを刺してあげましょう」
 やがて痺れを切らしたクリフトは、いよいよとどめをと懐から別の杖を取り出した。

(マリアさんのときと、同じ?それとも別の?)
 頭で色々考えをめぐらすも、どの道体力を失った今のアリスに、その魔力の光をかわす余裕はなく。
 アリスが諦めかけたその時、突然クリフトが杖を取り落とし、前のめりにバランスを崩した。
「ぬうっ!」
 そしてアリスの耳に、聞きなれた少女の声が飛び込んでくる。
「アリスお姉ちゃんっ!」

「な、何故!私の拘束を……」
 すぐに体勢を立て直し、クリフトは背後からの衝撃――拘束を解いたリアが突き飛ばしたのだ――を睨む。
(まさかあんな子供に、あの強靭そうなワイヤーが解かれるとは!)
 リアを拘束していたワイヤーは、トルネコとゲマの戦いにおいて炎に炙られ焦げ目がつき、強度が落ちていたものだ。
 ゆえに少女の力でも、ロトのしるしの様な装飾でも、幸運にも切り解くことができたのだ。
 しかしそんな背景を知らぬクリフトは、文字通り足元を掬われた格好になったことに苛立つ。

「――ええい、こざかしいッ!」
 その感情に任せ、氷の刃を横凪ぎに振るう。
 それは今まさに逃げようと背を向けたリアを深々と切り裂いた。
「リアちゃん!」
 赤い氷を撒き散らし倒れたリアは、そのままぴくりとも動かない。
 それを見たとき、いよいよ溜まりに溜まったアリスの怒りが爆発した。

「あなたは――ッ!!」
 アリスは疲れなどまるでなかったかのように、全速力で駆ける。
 おかげでクリフトが気づいた時には、既にアリスは眼前へと迫っていた。
「ひっ!」
 アリスの怒りに満ち溢れた剣幕に思わず脅えるクリフト。
 もはやこれまでと残された『飛びつきの杖』を出口へ構える。

「逃がしませんッ!」
 アリスはすかさず自分のザックをクリフトに投げる。
 かつてバーサーカーにひのきの棒をぶち当てたように、彼女はコントロールは抜群だった。
 果たして投げられたザックはクリフトの顔面にしたたかに直撃。それは、杖の照準を狂わせるには十分だった。
「はっ……?」
 不安定なまま放たれた魔力の光は井戸の出口から大きく反れ、壁へ着弾。
 結果そのままクリフトは壁に激突し、さらに井戸水の上へ落っこちた。
 めげずに再度逃走を図ろうと出口を探そうと振り返れば、そこにはアリスがどんと立ちふさがっていた。
「許しません!」

「うああああああっ」
 このままでは殺される――クリフトは我武者羅に氷の刃を振り回す。
 しかし震えの混じったその刃はアリスに簡単に弾き飛ばされ、更に隼の風が右腕を切り裂いた。
 氷の刃はそのままクリフトの手を大きく離れ、はるか後方の水の中に音を立てて沈んでしまった。
「痛っ!」
 右腕を抑え、苦悶するクリフトをアリスはようやく捕まえた。

「小さな女の子を連れ去るだけに留まらず、あまつさえ刃を向けるなんて!あなたという人は!」
「フ、フフ……何とでも言いなさい!私は姫様を生き返らせるために、優勝しなければならないのですよ!」
 腕の痛みのせいか、追い詰められた狼狽か、クリフトの目の焦点は合っていなかった。
「ハーゴンに従っても、何もいいことなんかないはずです!
 それにトルネコさんが――貴方の事をどれだけ心配していたか、分からないんですか!?」
「知りませんよッ!私の全ては姫様の為、そのためにならなんにでも魂を売りましょう!
 仲間など要らない!他の人間の命など要らない!
 姫様のいない世界など、私にとって何の価値もないんですから!」

 全てを吐露し絶叫するクリフトに、アリスは絶句した。そして同時に理解する。
 両親の死を、呪いへ依存することで逃げようとしたレックスのように。
 仲間の死を、殺した相手を憎むことで忘れようとしたマリアのように。
 彼はただ、大切な人を失った悲しみのやり場に困っているだけなのだと。
 だとすれば彼は、純粋な「悪」ではなかったのかも知れない。……だけど。

「――大切な人を失ったからって、それが他の人を傷つけていい理由にはなりませんっ!!」
 マリアを、リアを、そして友を思うトルネコを傷つけたクリフトを、もはやアリスは許せなかった。

「……ええい、五月蝿いッ!離しなさい!」
 アリスの言葉を耳に入れたくないとばかり、逆にアリスを突き飛ばしたクリフトは
「姫様見ていてください!私が今、彼女に天誅を下します!」
 裂かれた右腕の痛みに顔をしかめながらも、クリフトは瞬く間に早口で言葉を紡ぐ。
「死の腕に抱かれ眠れ――悪よ滅びよ!『ザラキ』ィィッ!」
 そしてついにクリフトの口から、扱い慣れたその呪文が唱えられる。

 ――――しかし、MPが足りない。

「……あなたの魔力もまだ、回復していないでしょう?」
 アリスは静かに、そして憐れむように告げる。彼の魔力がないことは、マリアから聞いていた事だ。
「あ、あ、あ……ああああああああああっ!!」
 クリフトは今度はザックからイーグルダガーを取り出し、いよいよ半狂乱にアリスへと突撃する。
 しかしアリスは真っ直ぐ単調に突き出されたそれをを右にステップし回避。
 そのまま隼の剣を横に流し、剣道の胴打ちの要領でクリフトを一閃した。

「ぐ、あ、あっ……」
 左の横腹を切り裂かれ、傷口から大量に出血したまま倒れ転がるクリフト。
 悶絶していたのも束の間、ほっとしたようにどこかへと呟き始める。

「おや姫様、また壁を蹴破られたのですか?ブライさまに怒られたばかりではありませんか」
 彼の目に、この辛い現実はもう写っていなかった。
 写っているのは、かつての日常。サントハイムで愛する姫と過ごす、何気ない、でも幸せな日常。
「まったくしようがありませんなあ、今私も、貴女の所へ――」
 直後口から大量の血を吐いたクリフトは、それを最期に動かなくなった。

「……ごめんなさい」
 アリスはクリフトにただ一言だけ、そう呟いた。
 
 

 
 
「リアちゃん、遅くなってごめんなさい!今すぐ回復します!」
 戦いが終わり、静まりかえった井戸の中。倒れたリアへとアリスが駆け寄る。
 背中に開いた大きな一文字の傷。
 その傷はマリアよりもはるかに深く、流れ出た血液は既に彼女の下に水たまりを作っていた。
「私、もうだめ、みたいだから……おねえちゃんに、おねがい」
 搾り出すように言葉を出すリアは回復を断る。

「バカなこと言わないで下さい!必ず助けます!」
 しかしそれが、気休めであることは分かっていた。アリスにもまた、回復できるだけの魔力がないのだ。
 どう足掻いてもこれだけ深い傷の治療ができるわけがない。
 リアもそれを分かっているから、回復は全て傷の浅いマリアに使ってと進言しているのだ。
(それでも……助けるんですッ!)

 ルビスから加護を受けた時、私はある状況で判断を試された。
 砂漠にて遭難した兄弟。倒れて動けぬ兄。残された僅かな水は、兄を背負っては持たないかもしれず。
 ならば倒れた兄を捨て、俺は一人で行くべきなのかと問われた時、私は即答した。
 ――見捨てるな、二人で町へ向かえと。

 諦めない。
 アリスの手から、『ベホイミ』の光が放たれる。リアは驚くも、すぐにありがとうと微笑んだ。
 例えそれが無駄なことだとしても、アリスはそうしなければ気が済まなかったから。

 結局、唱えられたのはその一度きり。やはりそれはリアの最期をほんの少し遅らせたに過ぎなかった。
 回復の光が出なくなったアリスの手は、代わりにリアの手をしっかりと握りしめて。

「これでまた……おにいちゃんたちに、あえるかな……」
 これが、リアの遺言となった。
 全身から力が抜けていくのを、アリスはじっと感じていた。

(きっと、会えますよ……私が、保障します)
 リアの両目を優しく閉じさせ、もう見られていないことを確認してから。
 ついにアリスの瞳から、もう堪える必要の無くなった、大粒の涙が零れ落ちた。
 
 

 
 
 戦いの末に散乱した道具を拾い集めた後、アリスは意識のないマリアを抱えて井戸の中の家に入った。
 死別による精神的疲労、サギの杖の連打による肉体的疲労。アリスは既に満身創痍。
 左腕の傷もあり、さすがにマリアを背負って井戸を脱出するまでには、彼女の体力は残されていなかった。
(これじゃしばらくは、上には戻れませんね……アレンさん、ごめんなさい)
 アトラスの討伐に向かったであろう、アレンに援護にいけないことを詫び、そして無事を願う。
 アレンだけでなく、宿に残したトルネコたちの安否も心配になる。
 しかしまずは、自分達の問題を解決するのが先。一刻も早く体力を取り戻し、地上へ戻ろう。

 マリアの呼吸は安定していて、まるで眠っているようだった。
 彼女に王者のマントを被せ、即席の毛布にする。
 アリスもそのすぐ側で、少しの休息を取ろうと座り込み、一息。
 
 
 ――頭を巡るのは、先ほど殺めてしまったクリフトのこと。
 "ゲームに乗った悪は討つ"と決め、そして彼は"ゲームに乗った悪"だった。
 仲間を何人も傷つけた悪。自分はその悪を討っただけだ。
 ……なのに、このやりきれない気持ちは。
 最期に垣間見た、彼の大切な人への想い。それがアリスの心に深く突き刺さる。

 彼だって大切な人を失わなければ、こんなゲームに呼ばれさえしなければ。
 こんなことにはならなかったはずなのに。平穏な日々を送れていたはずだったのに。
 いや、これは彼だけじゃない。
 この地に呼ばれた誰一人として殺しあう事を、人を傷つける事を、望んでなんかいなかったはずだ。
 誰もこんなところで死ぬ事を、望んでなんかいなかったはずだ。

 たくさんの幸せな未来を、いたずらに奪っていったこのゲーム。
 大切な人を想う強い気持ちを、いびつに歪ませたこのゲーム。

「……こんな理不尽は、絶対に終わらせなければいけません」
 
 
 そしてアリスは一つの誓いを立てた。
 こんなゲームを仕組んだ元凶を――『真の悪』を、必ず倒すと。


【E-4/アリアハン城下町井戸/黎明】

【アリス@DQ3女勇者】
[状態]:HP1/8 MP0 左腕に痛み(後遺症) 疲労大
[装備]:隼の剣 インテリめがね
[道具]:支給品一式×4 風のマント ロトのしるし(聖なる守り)
    まほうのカガミ 魔物のエサ 氷の刃、イーグルダガー
    祝福サギの杖[7] 引き寄せの杖(3) 飛びつきの杖(2)
[思考]:自身とマリアの回復 『真の悪』(主催者)を倒す

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:HP1/5 MP僅か 服はとてもボロボロ 脇腹に切り傷(要治療) 気絶
[装備]:いかずちの杖 王者のマント
[道具]:支給品一式×2(不明の品が1〜2?) ※小さなメダル 毒薬瓶 ビッグボウガン(矢 0)
    天馬の手綱 アリアハン城の呪文書×6(何か書いてある)
[思考]:竜王(アレン)はまだ警戒

【E-4/アリアハン城下町周辺→北へ/黎明】

【アレン(竜王)@DQ1】
[状態]:HP4/5 MP僅か
[装備]:竜神王の剣 魔封じの杖
[道具]:プラチナソード ロトの盾 折れた皆殺しの剣 ラーの鏡 首輪×2
[思考]:アトラスを倒す この儀式を阻止する アレンの遺志を継ぐ

※切れたワイヤー(焦げて強度は弱くなっている)はそのまま井戸に放置されています。

【クリフト@DQ4 死亡】
【リア@DQ2サマルトリア王女 死亡】
【残り14名】


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