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Pain

Pain


登場人物
キーファ、マリア、アリス、トロデ


 目に飛び込んできたのは、一面の青空だった。
 突然のことに、私は思わず目をこすりつける。
 起き上がって改めてあたりを見回してみると、広がるのは一面の緑。
 よく見覚えのある景色だった。
 小鳥がさえずり、水はせせらぎ、大好きなマリーゴールドの花の香りが広がる。
 そう、そこはムーンブルク城の中庭に設けられた、小さな庭園だ。
 しかし、だからこそ違和感が残る。
 私ははつい今の今まで、殺し合いの世界に連れて来られていたはずなのだ。

 ――全部、夢だったのかしら。
 記憶は今も鮮明に焼きついてるが、全て夢だったと言われれば辻褄があう。
 考えてみれば、そもそも殺し合いをさせられるだなんてこと、悪夢でもなければ説明のしようがない。
 私は脱力すると同時に、安心した。
 そして同時に、申し訳なく思った。
 みんなが死んでしまう夢だなんて、なんて不謹慎な夢を見てしまったのだろうと。
 アレンたちと会ったら、謝っておかなければいけないかもしれない。

「やあ、マリア」
 タイミングよく、後ろからアレンの声がする。
 せっかくだ、振り返って開口一番、ごめんなさいと言ってアレンをからかってみようか。
 そんな悪戯心を胸に、私は後ろを振り返って――絶句した。

 アレンの体は腹部を横一文字に大きく切り裂かれ、その中から臓物を垂れ流していた。
 肩口にも大きな穴が一つ開いていて、そこからはどぼどぼと血が滴り落ちている。
「い、き、きゃぁあああああぁああああああっ!!」
 わけがわからなくて、ただ恐ろしくて、私は悲鳴をあげてしまっていた。
 ふらふらと近づいてくるアレンから、思わず目を背けてしまう。
 気が動転していたのもあったが、傷だらけの彼が、見ていられなかったから。
「おいおい、どうしたってんだい、マリア?」
 すると今度は後ろから、ランドの声が聞こえてくる。
「ラ、ランドっ! 大変なの、アレンが、アレンが!」
 すがりつくように、私はランドに助けを求めようとして、その姿に、再び言葉を失う。
 ランドの体もまた、腹部に大きな穴を開け、その全身は血にまみれていて。
 さらに爆風を浴びたかのように、身体のいたるところが焼け焦げていたのだから。
「あ、ひっ……!」
 もはや言葉も出ない私に向かって、うつろな目をした二人が迫る。
 耐えられなくて、私はその場から駆け出した。
 
 
 どのくらい走っただろう。無我夢中だったので、どこをどう走っていたかもよく分からなかった。
 やがて目の前の何かにぶつかり、大きく転倒してしまう。
 打ち付けた腰をさすりながら、私はぶつかったものの正体を確認する。
「――リアちゃん!」
 ぶつかったのは小柄な少女、リアちゃんだった。
 アレンやランドと違い、彼女の姿におかしなところは見当たらない。私は安心する。
「ごめんね、怪我は無かった?」
 すぐに駆け寄って、座り込んだままのリアを抱えあげようとする。
 そしてリアちゃんの背中に触れたとき、べちゃっという生暖かい液体の感触が、私の手に伝わった。
 ――血だった。

「どうして、守ってくれなかったの?」
 正面からは何ともなかったリアは、その背中を真一文字に切り裂かれ、大きな傷口を覗かせていた。
 そこから流れ出た血は背中一面を真っ赤に染め上げて、もうドレスの色も分からない。
 私がぶつかったせい? いや違う、どう考えてもこの傷は、転んだくらいでできようのない傷だ。
「ひ、あ……」
 もはや、声を出すこともできなかった。

「苦しいよ、マリア」
「今にもブッ倒れそうだ」
 いつの間にか回り込んでいた二人が、私の前に立ちふさがった。
 驚く気力も消えうせて、私はただ立ちすくむ。
「お姉ちゃんは、どうして生きてるの?」
 そんな私にそう言うと、リアちゃんの指が、するすると私の首筋へと伸びた。
 ひんやりとした冷たい感触が、首から伝わった。
 ――私の首には、金属製の首輪がつけられていた。
「あ、あ……?」
 それが、証明していた。
 あの殺し合いは、夢でもなんでもなかったということを。
 アレンも、ランドも、リアちゃんも、
 こんなふうにぼろきれのようになって死んでしまった、ということを。
「あああああああああああ」
 それに気付いた瞬間。
 突然アレンの腹の傷が拡がって、やがて二つに分かたれて倒れた。
 突然ランドの体が燃え上がり、ぼろぼろになって崩れ落ちた。
 突然リアの体が切り裂かれ、首だけになってごろりと転がった。
「まってるからね」
「いやあああああぁああああぁああああぁあああああっ!!」
 そして最後に、どん、という衝撃があって、私の意識もプツンと途切れた。
 
 

 
 
「……ッッ!」
 がばっと、私はベッドから飛び起きた。玉のような汗が毛布に飛び散る。
 呼吸は異様に乱れ、心臓はまるで暴れるように上下している。
 すう、はあ、と何度も深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。

 今居るのは、何処かの家の一室のようだった。
 倒れたときに居た場所を考えると、きっと井戸の中にあった一軒屋だろうか。
 見回してみると、本棚やタンスなど、生活に必要な必要最低限の家具がきれいに並べられている。
 数時間前まで誰かがここで暮らしていたかのような、生活観を感じさせた。
 少し薄暗いのは、地下ということで光が入りづらいからだろうか。
 太陽が入らないとなると、長く住むには少し住み辛いのかもしれないと、何故かそんなことを思った。

 夢でされたのと同じように、私は首筋に手を伸ばした。
 そこには夢で見たのと同じように、冷たい金属、首輪の感触があって、
 この殺し合いが、嘘でもなんでもないことを教えてくれた。
 ――私にはもう、何も残ってない……。
 アレンも、ランドも、そしてリアちゃんも、みんないなくなってしまったから。
 がたがたと、身体が震えだすのがわかった。
 膝を抱えて抑え込もうとしても、その震えはとても止まりそうになかった。

 いつの間にか私は、一つの小瓶を手に取っていた。
 見るからに毒々しい、紫色とも緑色とも取れない液体が、瓶の中いっぱいに詰まっているそれは、
 かつてレックスという少年から取り上げておいたものだ。
 ――もう、生きている理由なんて……。
 絶望に支配された今、アレンたちのところに逝くことこそ、正しい道のように見えて。
 瓶の蓋を開こうと、力を込めようとしたところで――ぱし、とその手を捕まれた。

「それだけは、ダメです。マリアさん」

 手の主は、私と一緒に井戸へと乗り込んだ少女、アリスだった。
 どうやら彼女が部屋の中に入ってきたことにも気付けないほどに、私は思いつめてしまっていたらしい。
 だけどもう、止まれない。
「離してください! 私には、何も残っていませんから。
 仲間も、希望も、何もかも、もう失ってしまいましたから……!」
「まだ私が居ます!」
 抵抗する私の頬を叩いて、アリスは一喝した。
 呆然と動きを止めた私に、アリスは真っ直ぐな視線をぶつけて、続ける。
「仲間なら、まだ私が居ます。希望がないというのなら、私がそれになってみせますよ!
 だからどうか、あきらめないで! 生きてください!」

 遅れて痛み出した頬を抑えながら、私はあることに気付いた。
 それは私をまっすぐ見つめるアリスのその目が、真っ赤に充血していること。
 そして目の下には、大きなクマができてしまっていること。
 そういえば心なしか、出会った時よりもやつれたようにも見えてきた。
 ――ああ、そうか。
 その原因を、私はすぐに悟った。
 彼女もまた、悲しい別れを経験した直後なのだ、と。
 少し考えれば分かることだった、
 この殺し合いで、誰かを失ってしまったのが、私だけでないことくらい。
 なのにこの人は、自分の辛さを隅に追いやって、仲間のために、私のために強くあろうとしている。
 ――なんて、やさしいひと。

「……ごめんなさい。私、自棄になってたみたいです。
 もう少しであなたや、おじさまのことを、もっと悲しませてしまうところでした」
「無理もないですよ。……あの、リアちゃんのこと、本当に」
「でも」
 私はアリスの言葉を遮った。
 きっと彼女は、これまでのこと、そしてこれからのことを、全て一手に背負おうとしているのだろう。
 『私が希望になる』と言ってくれたのは、そういうことなのだろう。
 だけど、それでは、一つだけ足りないことがある。補えないものがある。
 ――彼女の心は、誰が支えてあげられるの?

「あなたが全部一人で背負い込む必要なんて、ありませんわ。
 あなたも、辛いのでしょう? まだ、泣き足りないのでしょう?
 あなたが私の支えになってくれるなら、私があなたの支えになりますわ。
 辛いとき、悲しいときは、一緒に涙を流しましょう。それが仲間、でしょう?」
 私の存在が少しでもアリスのためになるのなら、喜んで私は彼女の支えとなろう。
 それが私を、救ってくれた人への恩返し。

 驚きの表情を見せたアリスだったが、やがて少しずつ、その表情が崩れていく。
「……他の人には、ナイショにしといてくださいよ。
 ロトの勇者が、こんなにわんわんと泣く泣き虫さんだと知られたら、面子が立ちませんから」
「もちろんですよ、アリス……と、かまいませんよね?」
 だから私は、彼女の名を呼び捨てた。
 血筋の上でのご先祖様とか、そんなこと関係なしに、友達になりたいという気持ちもあったけど。
 そうすれば、彼女に一歩でも近づけるような気がしたから。
「もちろんですよ、マリア。それと……叩いてごめんなさい」
 アリスは、笑ってそれに答えてくれた。

 その後、私たちは、二人でもう一度だけ涙を流して、そして二人で少しだけ眠った。
 今度は悪い夢は、見なかった。
 
 

 
 
 ――何がユバールの『守り手』だろう。俺はなんにも守れていないじゃないか。
 未だすすり泣く少女たちの声が聞こえるその家に背を向けて、俺はただ項垂れていた。
 焚き火はいつの間にか消えてしまっていたが、点けなおす気にもならなかったのでそのままだ。
 傍らには、前よりもずっと顔色の良くなったトロデのおっさんが眠っている。
 彼を起こさないように立ち上がって、井戸の奥へと進んだ俺は、そこの二つの遺体の前に腰を下ろした。

「……ごめんな」
 そのうち少女の遺体に向けて、俺は深々と頭を下げた。
 これで何度目になるだろう。数えていなかったから覚えていないし、数える気にもならない。
 謝罪の言葉は、間に合わなかったことに対してか。
 それとも彼女の兄を、ほとんど自分のために死なせてしまったことに対してか。
 きっと、そのどれでもないだろう。
 ただ謝らずにはいられなかったから。それだけだと、思う。
 『ありがとう』『気にしないで』
 そんな許しの言葉が、彼女から一言でも聞けたなら、俺は満足できていたのだろうか。
 だが返事はない。答えも分からない。
 当たり前だ、彼女はもう生きてはいないのだから。

 リアの命を奪ったらしい、もう一つの男の遺体を睨んだ。
 そもそもこいつがいなければ、彼女が死ぬことはなかったと思うと、腹が立ってくる。
 男が心なしか安らかな表情を浮かべているのが、なおさら琴線に触れた。
 思わず剣に手が伸びるが、すんでのところで思いとどまった。
 握ろうとした手が痛かったからとかじゃあない。
 死んじまったやつを相手に今更何かしたって、空しくなるだけだと思ったからだ。
 そう分かっていても、怒りはおさまらない。
 結局、行き場の無い怒りは、自分への八つ当たりという形で解消することになった。
「……ッきしょう」
 俺は地面に、傷だらけの両手を打ち付けた。
 当たり前のようにずきずきと痛んだが、これが俺の生きている証だと思えば。
 ふがいない自分への罰だと思えば、さほど気にならなかった。
 目の前の彼女はもう、痛みを感じることも、笑うことも、泣くこともできなくなってしまったのだから。
 それに比べれば、痛みを感じていられるだけ、俺のほうがずっと幸せだ。

「いたずらに自分を責めてはいかんぞ」
「……おっさん、いつの間に」
 俯いていた俺に、トロデのおっさんが心配そうに声をかけてきた。
 目を覚ましてくれた嬉しかったが、もう少し一人にして欲しかったというのが正直なところだ。
 邪険に扱おうとしているのが見て取れたのだろう。
 今度は少し不快そうな声で、おっさんは言った。
「キーファ君、だったかの。おぬしは今、『自分は誰も守れない無力な男だ』とでも、思っていないかの?」
「――ッ」
 まるで心を読まれたかのようで、俺は大きく動揺した。
 そんな驚きを図星ととったのか、おっさんは続ける。
「じゃと思ったぞ。うちのエイトたちもな、昔は旅の途中で何度も同じ目をしとった。
 そのたびにわしは、こうしてやったもんじゃっ!」
 そう言いながら未だ少し不安定な足取りで俺の側へと近づいてきたおっさんは、
 なんといきなり、俺の頭に拳骨を打ちつけたのだ!
「!?」
 両手の傷とはまた違った、嫌な痛みが、頭から全身へと伝わる。
 あまりに突然のことに、怒りも起こらず唖然としていた俺に向かって、おっさんは声を荒げた。
「バカタレが! おぬしはわしのことを、このトロデーン国王トロデのことを守ってくれたではないか!
 それとも何か? わしのような魔物モドキなぞ、守ったに値しないとでもいうのかの?
 そりゃあまあわしのようなオイボレよりは、かわいい女の子の方がヒロイックでいいじゃろうがのぅ」
 ここまで一気にまくしたてて、少し息を切らしながら、ふんと鼻を鳴らした。
「あ、いや、そんなことは……ない……けど」
「冗談じゃよ。じゃが忘れてはいかんぞ。おぬしはわしを助けた恩人なのじゃ」
 言い終えて、トロデのおっさんはぐははと笑った。

 暴言とも、説教とも取れぬおっさんの言葉は、俺の心に深く刺さった。
 ランドとリアを立て続けに失ったしまった今、俺は誰も守れなかったと思っていた。
 そしてこれからも守られるばかりで、誰も守ることなんてできないと思っていた。
 だけどこの人は、『それは違う』とズバリ言い切ってくれたのだ。
 ――そうだ、俺は自分の力で、トロデのおっさんをここまで連れて来れたじゃないか。
 あの時、もし青服の男が退かず、そのまま向かってきていたら、仲良く揃って殺られていたかもしれない。
 こうして訪れた井戸にアリスが居なければ、おっさんはそのまま永遠の眠りについていたかもしれない。
 考えてみれば、行き当たりばったりにも程がある。
 だけど現実は、青服の男からは逃れることができた。
 井戸で出会ったアリスの治療の甲斐あって、こうして今、おっさんは笑ってくれている。

 ――俺のやってきたことは、無駄じゃあ、なかった……のかな?

 バカ笑いを続けるおっさんを見ていると、一人くよくよしていたのが、なんだか滑稽に思えた。
「……ありがとう、トロデのおっさん」
「な、何をいきなり泣き出しておる! いきなりそんな態度をとられても、ブキミなだけじゃ!
 ……ときにキーファ、ここに来てからエイトの様子はどうだったのじゃ? 元気にしておったか?」
「ああ、元気だったよ。優しいんだろうなアイツは、なんてったって――」
 エイトのことを語りながら、なるほどたいした人だと俺は感嘆した。
 一言二言のやりとりで、いとも簡単に今まで抱いていた陰鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれた。
 そこらにいる大人じゃあ、なかなかできないことだ。自覚がないならなおさらだ。
 エイトが必死になってこの人を探している理由が、俺にも分かったような気がした。
 
 

 
 
「へえ、ずいぶんと大変な旅を続けてきたんだな、おっさんたちは。
 エイトのやつが『間に合わない』ことをやたらと気にしていたのも、納得ってもんだ」
「じゃろうじゃろう、本当に大変だったんじゃぞ。
 まあ何もかも、わしの活躍あってこそじゃったがなっ!」
 話はいつの間にか、この殺し合いに呼び出される前の、エイトたちの冒険譚へとシフトしていた。
 おっさんの演説は一向に止まる気配を見せないが、悪い気はしなかった。
 楽しそうに話すおっさんを見ているだけで、俺もまた、元気を分けてもらえる気がしたから。

 ――そういえば、家の二人はどうしてるだろうか?
 おっさんの声に隠れていたので気付かなかったが、すすり泣くような声はすでに聞こえなくなっていた。
 泣きつかれて、眠ってしまったのだろうか?
 だとすれば、あまり騒がしいのも考えものだが――と、俺が考えを巡らせたところで
 ちょうど勢いよくドアが開かれ、二人の少女が姿を現した。

「アリス復活ですッッ!」
 開口一番、いきなり大声をあげたアリスのテンションに圧倒され、目を丸くしたのは俺たちだ。
 隣で喋り続けていたおっさんさえ、絶句してしまっている。
 俺は苦笑しながら、アリスに訊ねた。
「……すっきりしたみたいだな」
「もちろんですっ!」
 白い歯を見せて笑うアリスを見る限り、どうやら空元気というわけでもなさそうだ。
 後ろにいるマリアさんも苦笑していたが、やがて俺の視線に気付くと、よそよそしくおじぎを返した。
 そういえば、彼女にはここに来た経緯だけしか話してないから、まだ俺の名前も知らなかったっけ。
 ようやく全員揃ったことだし、自己紹介も含めて、改めて色々と話がしたいと思った。

 ・
 ・
 ・

「――というわけで、脱出しましょう」
 俺の提案で簡単な自己紹介を済ませたのち、そう言ったのはアリスだ。
 長時間にわたり井戸に篭っていたために、表の情報が全く分からなくなっていこと。
 本調子でない俺たちにとって、薄暗いここはあまりいい拠点とはいえないこと。
 そして何より、「朝は太陽の光を浴びるものです!」という、アリスの強い主張が決め手となって、
 俺たちは速やかにここを脱出することを、第一の方針として定めた。
「ですがその前に……やらなければならないことがあります」
 アリスが視線をぐるりと一周させると、俺たちはこくりと頷いた。

 そう、リアちゃんたちの埋葬だ。

 井戸の地面は、岩盤といえるほどに固く、穴を掘ることは、アリスの力を持ってしても難しかった。
 やむをえず、家の中に二人を安置することで、埋葬の代わりとすることになった。
 リアちゃんの元々軽かったであろう身体は、血がほとんど流れきったことでさらに軽くなってしまっていた。
 その彼女の遺体はマリアさんに任せ、アリスと俺はクリフトという男の遺体を運ぶことになった。
 はじめはリアを殺した男なんて、ここに置きっぱなしでいいんじゃないのかと俺は思っていたのだが
「ダメです。死んでしまった以上は、誰しも平等に扱われるべきです。
 ましてクリフトさんは、大切な方をこの地で失ったために、凶行に走ってしまっただけで、
 元々はとても良い方だったに違いないんです。
 ……何より、私が命を奪ってしまった人を、このまま放置していくことは私の正義が許しません!」
 というアリスの熱弁に負け、クリフトもまた、リアちゃんと同じように、安置されることになった。
 ――のちに彼の大切な人の名前を聞き、彼にも頭を下げることになったというのは、また別の話だ。

 ちょうど二床あったベッドの一つずつに、二人の遺体を寝かせ、毛布をかける。
 こうして見ると、二人とも、ただ眠っているだけのようにも見える。
 静かなこの場所で、このままずっと安らかに眠っていてほしいと願って、俺たちは手を合わせた。
「――絶対に、忘れないからね」
 去り際、ぽつりとマリアさんが呟いたのを、俺は忘れないだろう。

 そうして俺たちは、何時間ぶりかに、太陽の下へと戻った。
 
 

 
 
 アリスの案内によって、俺たちは井戸のすぐ近くにある武器屋の中に、身を寄せることになった。
 トルネコさんたちとの合流地点らしい、宿屋のほうにいきなり向かっても良かったのだが、
 喋りすぎて疲れたためか、井戸から出てすぐトロデのおっさんが眩暈を起こしてしまったこと、
 まだ三人とも本調子とは言い辛く、俺の両手にいたっては剣も握れない状態ときていること。
 そしてこんな状況で、外を出歩いて誰かに襲われるのはまずい、ということで
 まずは近場の武器屋で休息を取り、そして宿屋に向かうべきだとアリスが提案したためだ。

 この機転の利かせかたは、流石は『勇者』といったところだろうか。
 その甲斐あって、武器屋に入ってすぐにトロデのおっさんは元気を取り戻した。
 怪我の場所が場所名だけにまだまだ油断はできないが、それでもこうして意識があるだけ安心というものだ。

 今は、トロデのおっさんとアリスによって、井戸から持ち帰った支給品が見直されている。
 俺はというと、マリアの呪文によって、両手と膝の治療を施されている最中だ。
「ずいぶんとひどい傷ですわ。回復すれば治るでしょうけれど、かなり時間がかかると思います。
 その後も暫くは安静にしていただかないことには……」
「そうも言ってらんないだろ。もし何かあったときは、迷わず剣を握る覚悟だぜ」
「ではできるかぎり、動きやすいように治療をしておきます」
「そうしてくれ。頬の傷なんかは、そのままでもいいからさ」

 リアちゃんの無念を共有したことや、ランドのことを通して、マリアとはすぐに打ち解けることができた。
 「さんはいりませんわ」とのことで、地上に出てからはマリアと呼ばせてもらっている。
 その彼女だが、風のマントでなんとか誤魔化しているとはいえ、今の格好はどうにも刺激的だ。
 男としてはなかなか目のやり場に困るような状況であるものの、
 わき目も振らず、一途に俺の両手を治療してくれる彼女を目の当たりにすると、
 そんな邪な考えを抱いてしまった、自分が殴りたくなってくるというものだ。

 結局、俺はアリスたちの支給品調査を眺めることで、気まずさを誤魔化すことにした。

 アリスの話によれば、クリフトの支給品はリアちゃん誘拐の際に、
 その場の支給品の一部を強奪したもので、元々は彼女たちの持ち物であったらしい。
 先ほどから妙に手際がよかったのは、そのせいだったようだ。

 俺の傷の治療が一段落した頃、ちょうどほとんどの支給品がリビングのテーブルの上に並べられていた。
 俺たちが装備して使っていたものも含めると、俺たちの物資はこれだけ揃っていることになる。
 ・刃物が四本(隼の剣、メタルキングの剣、氷の刃、イーグルダガー)
 ・杖が四本(サギの杖、引き寄せの杖、飛びつきの杖、いかずちの杖)
 ・矢のない弓が一張(ビッグボウガン)
 ・何かの魔法が込められた腕輪(魔法は「メガザル」と言うらしいが、誰も詳しく知らないらしい)
 ・その他、眼鏡に鏡、メダルに呪文書、毒薬から馬の手綱まで、さまざまな雑貨

 こうして並べてみると、ちょっとした店でもはじめられそうな気分だ。
 所狭しと物が置かれたテーブルは、なかなか壮観だ。

 続けて俺たちは、それら支給品の分配に移った。
「今まで使ってきたものは、そのままそれぞれが使うこととして……。
 呪文の使えないキーファさんは、もう一つ、これを使うといいかもしれません。
 振りかざすだけで、冷気の呪文『ヒャダルコ』を繰り出すことができます、ただ……」
 そう言ってアリスから差し出されたのは、氷を削ったような形状の青い刀だ。
 氷の刃と言うらしい。
 俺はそれをありがたく頂戴しようとするが、何故かアリスの顔は浮かないままだ。

「実はこれが、クリフトさんがリアちゃんを死に至らしめた道具なんです。
 そんな武器ですから、もしかしたらキーファさんは嫌がるんじゃないかと」
「構わねえよ。こんな状況で、武器を好き嫌いできる余裕なんかないだろ。
 使えるものは、使わせてもらうよ」
「……了解です」
 アリスは少し無愛想に、氷の刃を差し出した。

 複雑な気持ちなのは、俺だって同じだ。
 でもこの剣は、俺が使うべきなんだと思った。
 俺たちがこの剣を嫌い、ここに捨てていくことは簡単だ。
 でもそうしたせいで、それによって守れたはずの人が守れなくなったら、元も子もないのだから。
 アリスやマリアをこの剣で守っていくことが、リアちゃんの無念を晴らすことになると、信じたかった。

 その後、小柄なトロデのおっさんには、刃渡りの短いイーグルダガーが護身用として預ることにし、
 矢のない大きなボウガンは、アリスが預かることになった。
 曰く「鈍器としてなら使えるでしょう」だとか。
 さまざまな効果を発揮するらしい、各種の魔法の杖については、
 前線には向かないマリアが使用することになった。
 さらにタンスから布の服を頂戴したので、マリアとトロデのおっさんには、着替えをお願いした。
 それでようやく今の自分の格好を思い出したのか、
 服を掴むや否や、顔を真っ赤に奥へと駆け込むマリアが印象的だった。

 それ以外の道具については、元々持っていたものは基本的にそのまま各自が管理。
 クリフトから取り返したものについては、引き続きアリスが管理するということですぐにまとまった。
 一通り、整理が終わったところで、マリアが俺たちに声をかけた。

「さて、持ち物の整理も終わったようですし……みなさん、お腹、空きませんか?」
 
 

 
 
 部屋いっぱいに、磯の香りが広がっている。
 俺にとってはなつかしい、もう嗅げることはないだろうと思っていた香りだ。

 マリアの支給品が、「アンチョビサンド」だったと聞いたときには、本当に驚いた。
 普段は支給された食料を消費し、保存の効くこれは取っておいたと聞いたときには、
 まだ手の傷が治りかけなのも忘れて、マリアの両手を握り締めて振り回したものだ。
 そのせいでさらに、マリアに無駄な魔力を使わせることになってしまったのが……それはともかく。

 アンチョビサンドは、小イワシを塩を効かせて寝かせたのち、オリーブオイル漬けにしたアンチョビを
 そのままパンにはさむだけという、シンプルな料理。
 フィッシュベルでは新鮮な魚が取れるために、これは保存食として毎日のように食べられている。
 特にアルスのおふくろ、マーレさんの作るアンチョビサンドはまさしく絶品であり、俺の好物でもあった。
 アルスの弁当をよくつまみ食いした思い出に浸る俺を覗き見ながら、トロデのおっさんが呟く。
「妙な匂いじゃのう。ウマイのかの? これは」
「そりゃあウマイさ、俺が保証するぜ! さあさあお前ら、食ってくれ」
「もう、キーファさん。これはマリアの支給品なんですからね!」
「かまいませんわ、みんなで分けるために、こうして配っているんですもの」
 一通り四人の手に行き渡ったところで、いただきますの一言ともに、いっせいにかぶりつく。

「「「「ンまぁーーーーいッ!!」」」」

 まるでピクニックにでも来ているように、俺たちは舌鼓をうった。
 平穏なひと時だった。
 それはここに呼び寄せられてからから久々の――いや、
 もしかしたらはじめての『安らぎ』だったのかもしれない。
 料理が料理と言うこともあって、俺はグランエスタードでの日々に戻れたような気分を味わった。
 
 
 そのまま、今度の方針や、今までの情報交換をはじめていたときだ。
 急に外から、建物が崩れるような爆音が響いた。
 対面にいたアリスの表情が、一瞬で戦士のそれへと変わる。
 俺もアンチョビサンドの最後の一口を一気に飲み込んで、気持ちを引き締めた。
「今の音は……」
「あちらからです!」
 アリスが指差した方角は、まさしく俺が、トロデのおっさんを拾い上げた宿屋の方角だ。
 ぱっと浮かんだのは、あの青服の男のこと。
 おっさんを一瞥すると、こちらを見つめてそわそわとしている。
 どうやら、同じことを思っていたらしい。
 あの男がまた誰かを襲っているのなら――今度こそ、止めなきゃならない。
 両手で握りこぶしを作る。マリアの献身の甲斐あってか、痛みはほとんどなくなっていた。
 これならば、また剣を握ることもできるだろう。

「よし、俺が様子を見てくる。みんなは、ここで待っててくれ」
「待ってください! 私も――」
「アリスまで来ちまったら、今度はこっちが手薄になっちゃうだろ。
 その間に他の誰かが襲ってきたら、マリアやトロデのおっさんは誰が守るんだよ?
 俺にはアリスたちと違って、呪文の心得もないし、
 ここに残ったって。ただ側に居てやるだけしかできないからな」
「そう……ですけどっ」
「その回復の使い手も、一人残ればいいでしょう?
 でしたら私が、アリスの代わりにご一緒しますわ」
 納得したアリスに対して、食い下がったのは意外にもマリアのほうだった。

「無茶を言うでない、王女!」
「そうです、あなただってまだ、お腹の傷は治っていないでしょう?」
「私だって、いつまでも守られてばかりではいられませんもの。
 キーファさんの援護くらいなら、私にもできると思います。
 それにもし、襲われているのが竜王なら、少々困りますもの。彼とはまだ――話が残っていますから」
「……分かった、付いてきてくれ」
 力説する彼女が、少し前の俺とダブって見えて、俺は彼女に同行をお願いすることにした。
 いそいそと準備を進める俺とマリアを見て、アリスが折れた。
「分かりました、二人にお任せします。
 ですが二つ、約束してください。もし戦うなら、絶対に負けないこと。もし負けそうなら、すぐ逃げること。
 逃げることは敗北ではありません。危なくなったら逃げて、私を呼んでください。いいですか?」
「分かってますよアリス。あなたが私たちの、リーダーですものね」
「俺にはこの腕輪があるし、マリアには魔法の杖がある。
 逃げることに関してだけは、一流の装備だと思うぜ」
 ――もっとも相手があの青服なら、退けるかどうかはわかんないけどな。
 そのことはアリスには隠して、俺はザックから取り出した二本の剣を腰に備えた。

 剣が二本あるからといって、二刀流を披露する腕は、あいにくだが今の俺にはない。
 構えるだけならできるだろうが、戦うともなれば、子供のチャンバラごっこになるのが関の山だ。
 幸い、氷の刃は振り回さずとも使い道があるようで助かる。
 などと考えているうちに、マリアもすぐに準備を整えたようだ。俺が振り向くと、力強く頷いてみせた。

「じゃあ、行ってくる。おっさんのことは任せた」
「お任せください。そちらも、マリアのことをお願いします」
「ぬう、さっきからどいつもこいつもわしをナメおって〜!
 自分の身くらい、一人で守って見せるわ〜い!」
 ぎゃあぎゃあとわめくおっさんを尻目に、俺たち二人は、武器屋のドアから飛び出した。
 
 
 道すがら、俺はマリアに気になったことを聞いておくことにした。
「ところでマリア、竜王がその……、君らの仲間のアレンってやつを殺したって話は、本当なのか?」
「本人がそうおっしゃっていたので、間違いありませんわ」
「なら今、あの人が『アレン』と名乗っているって話は、その償いのためってことになるのかな」
「私は、本当に今の彼が信頼に値するのかを、自分の目で見極めたいのです。
 もし、そうでないのなら……」
「なるほど、拘る理由が分かった。辛いことを思い出させちゃって、ごめんな」
「いえ、おかまいなく」

 アレフさんからは、竜王とは、アレフガルド――アレフさんの居た世界だ――の人々を恐怖に陥れた
 いわゆる『魔王』と呼ばれる存在であったと聞いている。
 しかし、アトラスとの戦いで一言二言会話を交わした時には、そんな雰囲気はまったく感じられなかったし、
 アレフさんも彼を信頼して、その背中を任せようとしていたように見えた。
 当然、この地で人を殺した過去があったことなど、思いもよらないことだっただけに、驚きは大きい。

「キーファさんは、竜王のことをどうお考えですか?」
「俺が会ったときは……正直、悪い人には見えなかった。でも……」
 もし、名前も知らない赤の他人が彼に殺されていた、というだけなら、
 俺は見聞したままの竜王アレンを信じて、「だから、信じよう」と続けていただろう。
 しかし、殺されたのがランド兄妹、そしてマリアの大切な仲間という『アレン』だと知ってしまった今。
 このまま手放しで、竜王アレンを信じてしまうには、少ししこりがあって。
「……まだはっきりとは言えないな。マリアと一緒に、見定めていくことにするよ」
 曖昧ながら、俺はマリアにそう返した。

 思うことは多々あれど、向かう先に何が待っているかなんて、行ってみなけりゃ分からない。
 だったら今はただ、俺たちは思うがままに――進むだけだ。


【E-4/アリアハン城下町武器屋前/午前】
【キーファ@DQ7】
[状態]:HP4/5 両掌に火傷(治療済) 左膝下に裂傷(治療済) 両頬に裂傷(治癒)
[装備]:メタルキングの剣 氷の刃 星降る腕輪
[道具]:支給品一式 ドラゴンの悟り
[思考]:宿屋の様子を見に行く 襲撃者がマルチェロなら容赦しない 竜王(アレン)を見定める

【マリア@DQ2ムーンブルク王女】
[状態]:HP4/5 MP1/3 脇腹に傷(治療済)
[装備]:いかずちの杖 布の服 風のマント
[道具]:支給品一式 祝福サギの杖[7] 引き寄せの杖(3) 飛びつきの杖(2)
    小さなメダル 毒薬瓶 天馬の手綱 アリアハン城の呪文書×6(何か書いてある)
[思考]:宿屋の様子を見に行く 竜王(アレン)はまだ警戒 アリスを支えたい

【E-4/アリアハン城下町武器屋/午前】

【アリス@DQ3勇者】
[状態]:HP1/2 MP1/3 左腕に痛み(後遺症)
[装備]:隼の剣 王者のマント 祈りの指輪(あと1.2回で破損)
[道具]:支給品一式×4 ロトのしるし(聖なる守り) まほうのカガミ
    ビッグボウガン(矢 0) 魔物のエサ インテリ眼鏡
[思考]:武器屋に待機し休息 トロデの頭の傷を治療 『希望』として仲間を引っ張る

【トロデ@DQ8】
[状態]:HP3/5 頭部打撲 脳震盪
[装備]:イーグルダガー 布の服
[道具]:支給品一式×2 メガザルの腕輪 アンチョビサンド
[思考]:武器屋に待機し休息 仲間たちの無事を祈る 打倒ハーゴン

※クリフトとリアの遺体を、井戸の家の中に安置しました。
※マリアの不明支給品は「アンチョビサンド@DQ7」でした。三人は完食。トロデが少し食べ残してます。
※トロデの不明支給品は「メガザルの腕輪@DQ6」でした。四人はメガザルの効果を良く知りません。


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