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[No.153]
 君は星を見たか
【登場人物】
トロデ、キーファ、マルチェロ

「静かじゃのう」
 閑散とした宿の中、一人小柄な緑色の魔物が身を潜める。
 いくつもの出入りを経て、いまや宿に残されたのはこの魔物らしき呪われし国王、トロデ一人。
 宿屋本来の姿としては、旅人を次々と送り出すのはごく自然なことではあるのだが、今は状況が違いすぎる。
 いってらっしゃいませなどと言うような余裕は当然なく、トロデは不安に駆られていた。
『――りょーかい』
 いつものように軽口を叩き――そのまま戻って来なかったククールのように。
 出て行った者達は、無事に戻ってこないのではないかと考えてしまっていたからだ。

 ザックから水を取り出し、一口を口に含む。
 不安でカラカラになった喉が一瞬潤うも、すぐにまたカラカラになる。
 これではきりがないとすぐにザックに戻して、ため息。
 動けば忘れられるだろうかと、腰を上げる。
 そう、自分は完全に一人になったわけではない。まだもう一人――いや、一頭。大事な仲間がいるのだ。

『もし何かあれば、ファルシオンが知らせてくれる筈です。
 身の危険を感じたなら、馬に乗るなり咥えられるなりで逃げてください。
 ――なあに、互いに生きてさえいればいくらでも後に融通は効きますからな』
 宿屋を出る前のトルネコから伝えられた言葉。
 ファルシオンは明らかに名馬であるし、馬の脚ならば逃げ出す事は簡単だろう。
「……とは、言ってものう」
 自分ひとりで逃げるという事は、皆を見捨てるという事になる。
 そうまでして未だ生きている可能性のあるエイトを探しに町を出るのか?
 ――そんな薄情な事、できるものか。

 みなの生還を信じて、待つ。
 かつて自身と娘の呪いを解く旅を続けていた道中もまた、自分はずっとそうしてきたではないか。
 それは、今回とて何ら変わることでもあるまい。

「皆のもの、無事に戻るのじゃぞ……!」
 トロデは声を出す。心を落ち着かせるために、そして皆に少しでも元気が届くように。

 北西の城の方から瓦礫が崩れるような轟音は、トロデはファルシオンと共に耳にした。
 ファルシオンは繋ぎを外してやったことへお礼を言うように、トロデの体をぺろぺろと舐めた。

 くすぐったさを感じながら、トロデは轟音の方角を見やる。
 いよいよあの赤き巨体とトルネコたちの戦いがはじまったのだろうか。
 トロデの小柄な身体ではその全容を伺い知る事は出来ないが、確かに巨大な気配はひしひしと感じていた。
 傍らのファルシオンも、ぶるると身を震わせた。
 大丈夫じゃ、と彼の身体をさすってやろうと視線を移したところで、気付く。
 ファルシオンが身を震わせたのは轟音が原因ではなかったのだと。

「おやおや、誰かと思えばやはりあなたですか」
「おぬしは……」
 城門の方角から一歩一歩近づいてきた、その男の名はマルチェロ。
 聖堂騎士団長にして、法皇を暗殺し、自ら法皇の地位へと駆け上らんとした野心家。
 そして、ククールの異母兄でもある男だ。
 片目が潰れてやや顔面が変形してはいたものの、それはトロデがよく知るあの男の顔だった。

「お久しぶりですな……と挨拶している時間も惜しいのでね。
 いつあちらの戦いが終わるとも限らない。――申し訳ないが、死んで頂きたい」
 突然の宣戦布告と共に構えられたのは、淡く紫色に輝く呪いの剣の刃。
 思い出してみれば、テリーが砕いたあの呪われし剣。
 柄こそレックスがそのまま握っていたが、刃の方は城内に放置してきたままだった。
 マリア王女の警告によって急いで城を離脱してしまったわけだが――思えばその時の男こそ彼だったか――、
 以後の呪いの被害者を出さないためにも、あの時刃の方はしっかりと処分しておくべきだったのかもしれない。

「おぬしもこの剣の呪いに染められてしまったというのか」
「……勘違いしないで頂きたい。私はこの呪いを利用しているに過ぎませんよ」
「その姿を見たら、ククールはどう思うじゃろうの」
「ククール、か。――宿屋にあなたがいたからこそ、あんなに必死に私に食らいついたのでしょうな」
 何気なく平静に、まるで世間話をするかのように告げられた言葉にトロデは動揺する。

「まさか、おぬしが」
「この目の傷は、ヤツにつけられたものです。なかなか手こずりましたよ。
 まったく、もう少しあのじゃじゃ馬の管理をしっかりして欲しかったものですな」
「なん、と……!」
 腹違いであれ、兄と尊敬するものに。
 憎しみさえ受け入れ、それでも尊敬を忘れなかった、その兄に。
 ククールは殺められたというのか。
 怒りはなかった。トロデを襲ったのは、全身を殴り付ける様な悲しみ。
 確かにかつていがみ合い、自身やエイトらと、ククール本人とも対峙する事もあった。
 それでも。

「……ククールは、おぬしを兄と慕っておったのじゃぞ」
「――知った風な口を聞く」
「おぬしから授けられた騎士団長の指輪。あやつは片時もそれをはずしたことは無かった。
 その傷とて、おぬしに正気へと戻って欲しかったからゆえじゃろう、違うかの?」
 ククールは言っていた、マルチェロにとって親族はもはや俺しかいないのだと。
 死んだ両親に向ける事の出来なかった憎しみを、あいつは仕方なく俺に向けているだけなんだと。
 トロデは忘れない。
 自身にとっても唯一の肉親であるマルチェロを『救う』為に、聖地ゴルドに駆けたククールを。

「……かつてやつがどう考えていようが、もうあの男は死んだ。
 死人は何も、語らぬ。
 さて、お喋りはここまでです。――そろそろこいつが、血を吸いたいと五月蝿いのでね」
 言い終えて、右足の踏み切りからマルチェロが前進した。無論、全身から殺意を滾らせて。

 エイトやククールの剣術があれば、切り返す事ができただろう。
 ヤンガスのようなパワーがあれば、あるいは弾き返す事もできたかもしれない。
 だがトロデの今の小柄な魔物の体からはそのどちらも生み出す事はできない。
 小柄なトロデの身体をあの刃が切り裂くには、何秒もかからないだろうと思われた。

「ヒヒイィィーン!」
 しかし救いの手、ならぬ蹄が傍らから放たれた。
 蹄の主――ファルシオンは気合と共に、持ちうる全馬力で踏み込み。そのまま勢いよく突進。
 その馬身は一歩でトロデのはるか前を行き、マルチェロに豪快な体当たりを食らわせた。

「ぐっ……!?」
 予期せぬ奇襲に吹き飛ばされたマルチェロに見向きもせずファルシオンは反転。
 そのままトロデの元へ駆け、そして彼の体を咥えて上手に自らの背に乗せた。
「おぬし、どうして」
 一歩間違えればあの呪いの刃を突きたてられていたかもしれないのに。
 だがファルシオンは勇気に満ちた瞳で、凛々しく前を見ていた。
 その瞳を見て、トロデはなるほどと悟る。
 元々ククールが宿を飛び出したのは、ファルシオンが一つ声を上げたからだった。
 思えばあの時も、マルチェロの接近を伝えたかったのだろう。
 つまり彼はククールが命を散らした事を、自分の責任として感じているのだ。
 そしてククールが守ろうとしていたトロデを、代わりに自分が守ろうと考えているのだろう。

「えらいぞっ!ならばファルシオン、このままこの場を離れるのじゃ!」
「ヒヒーン!」
 ファルシオンの勇ましい一声が、とても心地よい。
 しかしそれと同時、邪悪なもう一つの声も、耳に届いていたことにトロデは気付いた。
「いかんっ!」
「――『メラゾーマ』ッ!!」

「ぬおーーっ!」
 業火の火球は咄嗟のファルシオンの踏み切りのおかげで何とか二人に直撃する事はなかった。
 しかしそれでもファルシオンは右後ろ脚を少し焼かれ、また背中のトロデが落馬する。
 脚を焼かれなおトロデに駆け寄るファルシオンを制し。

「ワシは大丈夫だぞい、ちょいと痛かったがの。……しかし、まずいことになったの」
 振り返ってみれば、体当たりなど何事も無かったかのようにマルチェロが迫ってきていた。
 もう一度ファルシオンの背に乗る時間はない。
 そしてファルシオンも隠してはいるが、この脚ではそう遠くには逃げられないのは明白だった。

「……おぬしは逃げるのじゃ。
 トルネコの元でも、マリア王女の元でもよい。知らぬ者に頼るもよい。
 とにかく逃げて、この危機を誰かに伝えるのじゃ……よいな?」
 このままでは共倒れだと判断したトロデは、素早くそう結論する。
「おぬしが逃げるくらいの時間は、ワシとて稼げるじゃろう……さあ、行くのじゃ」
 戸惑いながらも思いを汲み取ったファルシオンはだっと駆け出す。
 やや進んだところで一度振り返り、ひと啼き。
 トロデにはそれは、"必ず助けを呼んでくるから"と言っているにも見えた。
 これでよい、とトロデが振り返れば、マルチェロは眼前に迫っていた。

「おや、自ら唯一の逃げ道を断つとは……死ぬつもりですかな」
「甘いの。ワシはそう簡単にはやられるつもりはないぞい!」
 振り下ろされた剣を、トロデはそれを素早く錬金釜で受け止めた。
 金属音が響く。
「錬金釜の強度を甘く見るでないぞい!」
「小細工を……!」

 相手の剣を、釜で受け止める。
 しかしそんな付け焼刃がいつまでも通じる筈もなく。
 二度、三度と続いたマルチェロの強力な一撃の衝撃は、そのたびトロデの身体へもダメージを蓄積させる。
 やがて限界を迎えた腹部の傷が再び出血を始めた事で、トロデの動きが鈍る。
 それに放たれたマルチェロの五度目の一撃が、トロデの錬金釜を勢い良く弾き飛ばした。
 最後まで錬金釜に損傷がなかったことが、せめてもの幸運と言うべきだろうか。
 ごろごろと転がっていく釜を眺めるトロデは、しかしファルシオンが離れたことを確認し安堵する。

「さすが、じゃのう……」
「随分と手こずらせてくれた。だが、これまでのようで」
 とどめを刺すべくマルチェロは皆殺しの剣を上段に構える。

「どうやら、そのようじゃの」
 ハッサンは死んだ。テリーも死んだ。
 ククールは殺された。
 マリア王女は、トルネコはここにはいない。
 アリスも、アレンと名乗る魔族もいない。
 そして先ほど助けてくれたファルシオンは、今しがた自ら逃がした。
 救いの手が伸ばされる可能性は、ゼロに等しかった。
 それでもトロデの目は、光を灯したままで。
「――じゃがワシは最後まで、希望を捨てんぞい」
 その目が気に入らないとばかり、マルチェロはより勢い良く剣を振り下ろす。
 瞬間、二度目の救いの手が伸ばされた。

「やめろおおおおおおおおおおおおっ」

 駆け寄るそれは、トロデにはまるで流星のように見えた。

「ふーっ……何とか、間に合ったみたいだな」
 浮遊感と共に、自分が助かったのだとトロデは気付いた。
 トロデを救った流星――自身を抱え上げ、そのまま風を切り駆ける金髪の少年――は息を弾ませながら言う。
 見てみれば年はエイトと同年代、そして同じく一途でまっすぐな瞳を持っている少年だ。
 トロデの視線に気付くと、少年はニカっと白い歯を見せた。
「あんた、トロデさんだろ?トルネコさんから聞いてるよ。
 ホントは先に別の用があったんだけど、この裏で白馬がいきなり助けを求めてきてさ。
 足元フラついてんのに無理やり俺を連れてこうとするから、こりゃ何かあったと思ってね」
「そうか、トルネコに、ファルシオンがの……」
 キーファと名乗ったこの少年は、二つの導きによってトロデを助ける事ができたと言う。
 ゼロにも思えた希望は、仲間の手によって探し当てられていたようだ。

「それに、トロデって名前、どうも聞き覚えがあったんだ。
 んで、その姿を遠目に見たとき、ピンときた。――エイトが探してる、『大事な人』の名前だって」
「なんとおぬし、エイトを知っておるのか?」
「ああ、エイトにはすげー世話になった。俺のダチの仇を、一緒に討ってくれたんだ。
 だから今度は、俺がエイトのために何かしてやる番だって、ね」
 ギリギリだったけど、無事でよかったぜとまた白い歯を見せ笑うキーファに、トロデも同じように笑い返した。
 導きは二つではなく、三つだった。
 そして手に入れた希望、その原点には、大事な大事な『息子』が居たのだ。
(エイトや。やはりおぬしは、最高のワシの息子じゃっ!)

「――なるほど貴様、あの男の差し金か」
 冷たい声に気付いて振り返った二人が見たのは、鉄の塊を構えたマルチェロの姿。
 そこから放たれた何かは二人に命中することはなかったが、後方に位置した教会へと着弾。
 直後にそこから起きた激しい爆発によって、駆けていたキーファは思わず尻餅をつく。
 突然、目の前の立派だった教会が半壊したことに、思わずトロデも冷や汗を流した。

「なんなんだあの男!隻眼のくせに、なんてヤツだっ。
 エイトのことも知ってるみたいだし、まさかトロデさんも知り合いなのか?」
「……あやつは、ワシの仲間の異母兄じゃ」
「じゃあ、仲間みたいなもんじゃねぇか!それがどうして、こんなことになってんだよっ」
「ダメなんじゃよ。元の世界でもしばしば対立しておったし、何より……何より。
 あの男はもう、この地で自らその弟を――ククールを殺めてしまっておるのじゃ……!」
「なんだって!?」
「元々兄弟仲はよくなかったのもあるがの。ともかくもはや、説得は――」

「ふざ、けんな!」
 キーファの突然の大声に、トロデは目を丸くする。
 驚かせてゴメンと謝り、キーファは続ける。
「俺がこの世界で最初に出来たダチは……ランドはさ。
 自分が死にかけてたって、まず一番に妹のことを心配するようなヤツだったんだ」
 ふるふると、彼の腕が震えていた。
 失った友を想い、悲しんでいるのかと表情を伺ってみれば、違った。
「俺だって妹が、リーサがこんなもんに参加してたら、心配するに決まってる。探すに決まってる!
 ――腹違いだろうがなんだろーが、きょーだいってのは、そういうもんじゃねぇのかよッ!
 なんで、弟を自分の手で殺して平気でいられるようなヤツがいるんだよ!」

 キーファは、怒っていた。

「おぬし」
「トロデさん、悪い。傷も辛いだろうけど、ちょっと待っててくれるか」
「……なんとっ?」
 トロデを降ろし、キーファは剣を構える。
 察したトロデがいかんと静止するも早く、マルチェロに向けて飛び掛っていた。

「俺は、こいつを一発ぶっとばさないと気がすまねえッ!」
「奇遇だな。私も貴様をそうしたいと思っていたところだ!」

 勢いのままぶつかり合う銀の聖剣と紫の邪剣。
 激しい金属音が、大通りから聞こえるもう一つの喧騒をかき消した。

 はじまってしまった戦いを止める術は無く、大人しくトロデは教会の瓦礫に隠れた。
 先ほどキーファの告げた友の名前――ランドという男の名――には、聞き覚えがあった。
 まさしくマリア王女が大切な仲間として挙げていた、アレンともう一人の少年の名前がそれだったはずだ。
 妹が居るという話からしても、恐らく間違いはないだろう。
 ならばその妹、リアは目と鼻の先にいるのだ。間も無く、会えるはずなのだ。
 キーファからランドの話を聞けば、きっと彼女も、そして王女も共に勇気付けられるに違いない。

 そのためにも、トロデはもう一度願う。
 少年の勝利と、皆の無事を。

 ふと見上げた空に星は無く、ただ月だけが妖しく輝いていた。
【E-4/アリアハン城下町教会前/黎明】

【トロデ@DQ8】
[状態]:HP2/5 腹部に深い裂傷(再出血中) 服はボロボロ 全身に軽度の切り傷(ほぼ回復)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2(不明の品が1?)
[思考]:キーファを案じる 仲間たちの無事を祈る 打倒ハーゴン

【キーファ@DQ7】
[状態]:疲労を超えた怒り
[装備]:メタルキングの剣 星降る腕輪
[道具]:ドラゴンの悟り 祈りの指輪
[思考]:マルチェロをぶっとばす トロデを守る ランドの妹(リア)を助け出す 危機を参加者に伝える

【マルチェロ@DQ8】
[状態]:左目欠損(傷は治療) HPほぼ全快 MP1/3
[装備]:折れた皆殺しの剣(呪い克服)
[道具]:84mm無反動砲カール・グスタフ(グスタフの弾 発煙弾×2 照明弾×1)
[思考]:キーファ、トロデを殺す ゲームに乗る(ただし積極的に殺しに行かない)

※錬金釜はアリアハン宿屋周辺に放置されています。
※ファルシオンはアリアハン井戸方面で休息しています。なお、右後ろ脚に軽い火傷を負いました。
※アリアハン城下町教会が半壊しました。

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