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[No.52]
 人は、誰かになれる[1]
【登場人物】
ピサロ、フォズ、マルチェロ

賑わっていたであろう街の一角は、今ではきな臭い煙が立ち昇る戦場と化していた。
滅茶苦茶になった井戸や、焦げた土壁などがその哀しい事実を物語っている。
孤高の魔王は、そこにいた。

「…神官は…逃げたようだな」
 神官クリフト。ピサロも、見知った顔であった。
かつての世界で、共に旅をしていた『仲間』と言える。
 確かに思い込みが激しく、引っ込み思案ながらも直情的で何をするかわからない面が、彼にはあったのだ。
魔王が勇者一行に加わると決まった瞬間に気を失いかけたり、目が合っただけで悲鳴を上げられたこともあった。
何かと、礼儀の成っていない輩とは思っていた。
 そいつが、今は殺し合いに目を光らせているとはな。

「やはり、愚かなものだな…人間なぞ、命欲しさに修羅道へ易々と足を踏み入れる」
そう、天空の勇者さえも。
あんな、子供さえも、この世界の『ルール』の前には狂うのだ。
 そして、魔王たる自分もその狭い柵の中に放り込まれたのだ。
虫唾が、走る。
邪教の神官ハーゴンとやら。この屈辱は貴様の血で償ってもらう。

 ピサロは固めた拳を石畳に叩きつけた。
その激昂は、見るもの全てに恐怖を与える魔王の力。
人ならざる者の、真の力を垣間見せる怒りであった。

しかし昂ぶる気持ちを抑え、ピサロは城下町に姿を現す。
あのクリフトが二人…と言っても一人は子供だが、同時に始末したとは考え辛かったのだ。
戦闘中ひたすら死の呪文を紡いでいたことしか記憶に無く、戦闘に長けているようには見えなかった。

「煙ではっきりとは見えなかったが…私達の世界には無い、奇妙な杖だったな」
光弾は炎などの類では無さそうであったし、二発であの男が動けなくなるとは強力かと思われた。
野放しにしておいたことが後で邪魔にならなければ、よいのだが。
 そして、それを食らった被害者である青い法衣の男─マルチェロに歩み寄る。
呼吸をしているが、反応は無い。
眠っているらしかった。
 この男が持つ奇妙な武器はその辺りに転がっているだろうが、ピサロはさして興味を持たない。
重要なのは、魔力。
何故なら、この首輪にも魔力が関与している可能性が大きかった為であった。
 しかし、目の前のこの男はさして特殊な魔力を持ち合わせてはいなかった。
量より、質。
そして呪文に熟知していれば完璧であるのだが。

ピサロは踵を返し、生きているのか死んでいるのか判別がつかない少女の元へ向かう。
青白い肌は、血が通っているのかどうかも判らない。
 呼吸は聞こえない。
ピサロはそのまま立ち去ろうとも思ったが、念には念を押し、少女の胸に耳を当てる。
(生きている?)
微かな、鼓動。
弱弱しく、潰えてしまいそうだった。
そして、心音とともに感じた、魔力。
少女の体に宿る力は、命とともに消えかかっている。
だが微かに感じるそれを、ピサロは感じ取った。
ピサロは、知らぬ内に目を伏せていた。
頭に、何かが直接語りかけてくる…

生きとし生けるものの生き方、ここに表されし。
無限の可能性は各々違った形で自分自身に宿る。
魔物、人、生は平等なり。
 命は理解を深め、人は魔物にもなり、魔物は人にもなる。
人いつか魔物の力手に入れる。
 魔物も又等しくその可能性あり。
癒しの魔物、異世界の地にて、人と成る。
世界の勇者伝説を紡ぐ吟遊詩人となりて、また人々に語り伝える、その神話。
 言うべきことは一つ。
誰にでも、何にでも未来は待っている。
ひとは、誰かになれる。

 ピサロは、ハッと開眼する。
少女は、小さな体に無限の可能性を秘めていた。
 頭に流れ込んできたその力に、ピサロはやや狼狽した。
「…これは…通常の力では、ない。特殊な何か…か」
少女の眠れる魔力、といった所であろうか。
ピサロは、『転職』と呼ばれる自らの生き様を変えるその技法を知らない。
 それ故に、この見知らぬ能力に大いに惹きつけられた。
それは破壊を、癒しを生むただの呪文とはまた一線を引いた存在。
 人の、根本から生き方を変えてしまうような、そんな力を感じた。

「…捨て置いても、死ぬのみ。ならば、私の野望の為…生き延びてもらう」
 ピサロは、ベホマを唱えた。
以前の彼には似つかわしくない、優しく暖かい光。
 彼女の能力は『人を変える』可能性がある。
ともすれば、何かハーゴンの虚を突くような力をも生み出す可能性があった。
捨て置くべきでは、無い。そう彼は判断した。
 目指すのは、やはりロザリーの仇、ただ一つのみであった。
しかし、彼の心にはわずかな変化が現れ出していた。
愛する者への思いが、募るとともに。
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