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[No.79]
 明星よ、見よ[3]
【登場人物】
エイト、キーファ、アリーナ、アトラス

アリーナは勢いそのままバク中するようにアトラスを蹴り上げ距離をとる。
(これは挨拶代わり。無駄打ちしてスタミナを消費したくないの)
アリーナの着地と、ずうん、とはずしたハンマーが地を叩くのが同時だった。
が、間髪置かず、そのハンマーが横に凪ぐ。
(まさか!速い!!)
運動物には慣性というものがある。まして重量のあるハンマーなら尚更。
打ち下ろしたハンマーがこんなにも速く軌道を変えるなどと信じられないことだった。
咄嗟に踏む、バックステップ!かわす!
ほっと一息をつく。が、さらにもう一撃が迫る。
―アトラスは一呼吸に二度攻撃できる。
(そんな……!)
「うっおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ぎりぎり反射神経だけで大きく身をのけぞらし、かわす。シュン、という音があごの下でした。
衣擦れの音。ハンマーがアリーナの衣服を掠めていったのだ。
なんとか肉体には触れずに済んだ、というすれすれの回避。
ハンマーが通り過ぎると、のけぞらせた身をそのまま倒し、ブリッジのような姿勢で両手をつき跳ねる。
空中でくるりと一回転し、体勢を立て直した。
同時に跳ねる。跳ねる、跳ねる!ダン!ダン!ダン!後ろへ!
(距離を…!速すぎる!)
瞬く間に三間の距離が開く。と、異変に気付く。
(い痛……っ!)
帷子の一部が異様に折れ曲がり鎖が外れていた。
(鎖帷子じゃ…、何の役にも立たない…!)
わずかに掠めただけでこの有り様なのだ、何の気休めにもならない。
むしろ、邪魔。回避をとるための重荷にしかならない。
アリーナはさっと鎖帷子を脱ぎ捨てた。さっきよりか幾分か体が軽い。
(チ…、最初から脱いでおけば良かったな)
汗の浮く肌を風が凪いだ。

それを見咎めるとアトラスもハンマーを捨てた。
三度も自分の攻撃をかわされた。まして、重りを脱ぎ捨てた相手はさらに素早くなるだろう。
この素早い相手にメガトンハンマーの動きは大きすぎる。
素手の方が速く、正確だ。

バシンと拳を打ち鳴らし丸腰のアリーナとアトラスが向かい合う。
(武闘家らしく、生身と生身のぶつかり合いなんて結構じゃないの!)
それは死の恐怖、兄の死による怒りと悲しみ、そのどちらでもない感情だった。
だが、それには二人とも気付かない。
「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
叫ぶ。走り寄る。今度はアトラスから拳を繰り出した。
ドシュン、ドシュンと聞いたこともないような風切り音を立てて拳がアリーナに迫る。
右…!左…!かわす、かわす!
まるでアトラスの両腕に引っ付くような紙一重でアリーナは連続攻撃をかわした。
最小限の動きでなければ、この間断ない連続攻撃をかわすことは不可能だった。
もしも一打目の回避に大きく動いてしまっては、それだけ二打目の反応に遅れる。
(三打目!来ない……?
 見切った!速いのは2回だけ!)
タタン、と伸びた関節を狙い打ち据える。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

声こそ上げないが、アトラスの顔に痛みの苦悶が浮かぶ。
巨人族のアトラスの体力から言えば、ダメージではない。
だが、痛い。まるでむき出しの神経をナイフで突付かれる様な鋭さだった。
隙を見てアリーナがもう一撃を加えようと飛び上がる。
(そう何度もやらせるか!)
ぶんとなぎ払う。しかし、空中でアリーナが水平になると、
まるで高飛びの棒を越えるようにくるりとかわされた。
(まさか!しかし……!)
着地を狙い、さらにもう一撃を加える。が、これもわずかに身をよじっただけでかわされる。

アリーナのすぐ脇でアトラスの拳が打ち下ろされた。アリーナはアトラスの拳の内側にいる。
今度はアトラスはその腕を引き込み、内にいるアリーナを襲う。
が、既にアリーナはその腕の逆側にいるのだ。

くるくると回転するようにアリーナは攻撃をかわす。
何十発、いや何百発ものパンチをアトラスは繰り出した。蹴りも頭突きもタックルも繰り出した。
だが、一発も命中することが無い。全てかわされる。それも皆が皆紙一重で。
まるでその光景は、―我々の馴染みのある日常で例えるなら―
静電気を帯びたビニール片が腕にまとわりついて離れない状態に似ていた。
だがアトラスは攻撃の手を休めない。休めるわけにいかなかった。
少しでも隙が生じれば、アリーナの突きが寸分たがわず急所めがけて飛ぶからだ。
一瞬の休みも無い拳打の嵐が続いた。

日は傾き始めていた。影法師が長い。
果たして、どれだけの時間が経ったのだろう。
二人が向き合った時、まだ明るかった空はすっかり赤くなり夕闇が訪れようとしていた。
それでもアリーナもアトラスも今だ動き続ける。時に近付き、離れ、交差し引っ付き。
大人と子供以上も体格に差があるというのに、拳打の応酬は続けられていた。

アリーナはこれを待っていた。(ほぼ)回避に専念し膠着状態に持ち込む。
巨人の注意を引き付け消耗させる、その狙いは見事に的中した。

そして戦い続ける内、武器を捨て向き合ったときに感じた感覚、その正体も分かった。
それは、充実感、戦うことの喜び―その予感。
思えば、アトラスもアリーナも、自分の肉体をここまで酷使して戦い抜いたことは無かった。
それも互いに生身と生身で。
<小細工抜きの肉体の勝負で、限界まで戦いたい!>
少なからず以前から、二人ともそんなことを願っていた。
激しい闘いは幾度も経験したことがあるが、そういった戦いには未だ出会ったことが無かった。

―その願いがついに叶ったのだ!
その感覚に、いつの間にやら死の恐怖も、
肉親のように慕った者の死による怒りと悲しみも、すっかり霞んでいたのだ。

アリーナは過ぎ去りし日を思い出す。
サントハイム城から出ること叶わず、戦いに憧れていた日々。一人技を研磨した日々。
今、望み憧れ続けていた戦いをしているのだ…!

だがしかし、そんなことを回想するのはもはやアリーナの体力が限界に達していることを示していた。
集中力が落ち始めているのだ。
このいつまでも続くかと思われた拳打の嵐は、唐突に終焉を迎えた。
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