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[No.91]
 双竜激突――そして[2]
【登場人物】
サマンサ、ローラ、ゴン、ヒミコ、テリー

血みどろの凄惨な戦いを制したのは……やまたのおろちだった。
五つの首からなる多角的な攻撃にサマンサは対抗しきれず、ついに押し切られその巨体を地に伏せた。
弱弱しい光がその身を包み――サマンサは竜身から満身創痍の人身へと戻る。
「ふ、ふふ、カァ、クハハ……随分と、手こずらせてくれたのう……さすが、と言うべきであろうな?」
おろちもまた全身に裂傷が疾り、紫の血をダラダラと流している。
「む?」
見ると、全身を痙攣させながらもサマンサはゆっくりと立ち上がろうとしていた。
手には一つのザックを携えている。
「…わ、たしは……使命を果たすため、に……ここで無駄に……死ぬ、わけには……」
「命乞いかえ? ククク、よいぞ。よいぞよいぞよいぞよいぞよいぞよいぞ!!!」

おろちは高く哄笑すると尾を振り回し、サマンサを撥ねる。
それと共に手に持っていたザックの中身が散らばった。
それはサマンサが殺害したマリベルに支給されたザックだった。
通常の配給品以外にザックに入っていたのは三つ。面、杖、石だった。
「実に、実に心地よい。そなた等のその姿を眺める為にわらわはここにいるのじゃ。
 さぁ、もっと泣き叫べ。命乞いをしろ。地べたに額を擦りつけよ! わらわの気が変わるやも知れぬぞ!!」
愉悦の笑みを浮かべながらおろちは一歩一歩ゆっくりと地に倒れたサマンサに近付いていく。
「ん?」
その時、おろちの視界の端に先程ザックから零れた面が映る。
鬼を象った面、般若の面だ。
「ほう、中々面白いものを持っておるな」
ほんの僅かな間……おろちの興味はサマンサから般若の面へと移った。

朦朧とした意識の中、それでもサマンサは必死に現状を打破する策を考えている。
例え相打とうともアリスの障害となる輩は討ち果たすつもりだった。
(でも、それでこの様……私は盾となることもできない)
それなりの痛手も与えたが、あの様子では大したこともあるまい。

無駄死にだ。

あれだけの決意も、あの自分が奪った少女の命も……意味が無くなる。
あの娘の……アリスの命を護る、ただそれだけの為に戦った。
それらは全て無意味となる。

許容、できない。

それだけは絶対にあってはならない。自分は無駄死にが許される立場ではない。
ならばどうするのか。戦えば死、命乞いをしても死、逃走しても死。
死、死、死。どの道を選んでも未来には死が溢れている。
たった一つを除いて。

何度、思索を繰り返しても自分が生き延びる道はそれしか思い浮かばない。
しかしこれは賭けになる。
自分の危地が救われても、アリスに窮地をもたらすかもしれない。
(それでも、もう私にはそれしか手が残されていないのですね)

サマンサは目の前に落ちている杖を手に取り、握り締めた。

おろちは般若の面を拾い上げている所だ。
そしてそこで身を起こしたサマンサに気付いたようだ。
口を裂き、牙を見せながら哂う。
「しぶといのう、それでこそ、それでこそよ。さぁ命乞いの言葉は考えたかの?」
「何、か……勘違いして、いるようですね……。あなたに乞うものなど、塵芥一つとして、存在しないのですけれど」
「ほう、ほう、まだ吼えよるか。腕の一本も喰らえばその考えは……変わるかのう!?」
竜の首の一本が高速でサマンサへと迫り来る。
その牙は正確にサマンサの左腕を捕らえていた――が。
「その面は餞別に差し上げましょう」
サマンサが杖を振るう。
杖から放たれた光弾はカウンター気味に迫る竜の鼻先に命中。

そして――おろちは消失した。

おろちの姿と気配が完全に消えたことを確認して、サマンサはガックリとひざを落とした。
「情けない……天運に行く末を任せるとは……なんと」
サマンサが手にしている杖。その名をバシルーラの杖という。
名の通り、対象を何処かへと転移させるバシルーラの呪文が込められた杖だ。
これでやまたのおろちはこの大陸の何処かへと転移したはず。
サマンサの窮地はこれで去ったことになる。
「願わくば……アリスからは離れた位置に飛んでほしいものですね」
杖を支えによろよろと歩き、サマンサはザックから零れたもう一つのアイテムを拾う。
事前に読んでいた説明書によると奇跡の石という治癒効果をもたらす道具だ。
石を手にし、念を込めることで僅かだが活力が流れ込んでくるのがわかる。
(それでも、微々たるものですね。今しばらくは動けませんか)

適当な木を背にして休もうとしたその時、声が聞こえてきた。

「本当にこの辺りですの?」
「ああ、確かにこっちの方向から同族の気配がしていた。匂いも残ってる」

木陰からチラリと声の方を見ると、お嬢様然とした女性と一匹のドラゴンがいた。
(さて、どうしたものですかね。あのドラゴン、人間と一緒にいるということは好戦的ではないと
 見受けられますが……もし双方共に『乗っていた』場合、うかつな接触は死を招きます)
今の自分の状態では慎重な行動にならざるを得ない。
しかしこのままでは見つかってしまいそうだ。
動くべきか、動かざるべきか。

その時、視界がグラリと揺れた。

(え―――?)
眩暈がしたかと思うと地面がどんどん迫ってくる。
衝撃と共にサマンサは自分が倒れたことを悟った。
(しまった……血を、失いすぎましたか……このままでは)

「きゃあ!? ゴンさん、この方凄い怪我ですわ!」
「おい、放っておけ! ……チ、面倒な」

駆け寄ってくる足音を聞いたのを最後に、サマンサの意識はすっと薄れていった。
(……アリス、あなたは……生きなさい……)
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